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第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 十八話

 災害、というものには前兆があるらしい。

 騒ぎ出す鳥や姿を消す獣、小さな地面の揺れに、潮が引き沈黙する海がそれだ。

 だが、その自然からの警告を察知する人間はこの船にはほとんどいないだろう。

 なにせ科学に魔術、その技術の恩恵に我々は浸りすぎて、危機察知能力というものを退化させすぎた。

 ゆえに、あの忌々しき災厄に我々はいつも、後れを取るのだと思わないかね?

 まぁそもそも、察知できたところで対応はしないだろうと私は考えるがね。



 止められるはずがないから? まさか、それ以前の問題だよ。

 ならばなぜか? おいおい、君は幼い子供かね? 何年記者をしている? 人間二十年ほど生きればこんなこと気づくだろうに。

 自然のものであれ他者のものであれ、安穏の中で生きる人間は警告というものは基本無視をする。

 そして、そんなはずがないと目を背け続けた結果、取り返しがつかなくなってから後悔し誰かにこの責任を取れと、それはもうみっともなく喚き散らすものさ。



 ――時空移動船、旧政治部代表補佐、ケレン・マクナンシーのインタビュー記事。



 いざ攻め込んでみると、やはり聖都と呼ばれた中央都市は閑散としており、城まで続く道で出会った人間は指で数えれる程だった。


「……まずは食糧をどうにかしないとねぇ、まさか魔族と同じ対応しないといけないなんて」

「はい、早急に食べ物をどうにかしないといけません」


 街の惨状を見てから色々考えていたのかアラムが独り言を漏らすとキレスタールがそれに同意する。聖都、女神を崇拝し聖女聖誕の地として伝え聞いた地は痩せこけていた。

 今現在、聖都突入から一時間後、彼らは聖都中央にある城のすぐ下の教会近くで見張りをしていた。実戦経験が少なく戦闘力の低い二人はまぁ、邪魔にならない所で適当に暇を潰す係りとなっていたのだった。

 アラムの仕事はこの後の転送機の設置、まぁ彼曰く説明書片手に誰でもできる仕事なのだがトラブルが起きた時の保険、なのでキレスタールの他に護衛が一人付いていた。


「アラム様、お話が、あるのですが」


 と、キレスタールがアラムの袖口を弱弱しく引っ張る。それを見た護衛役は吸っていた煙草の火を踵で踏み処分し始めた。


「ちょっとあっちに行きますんで、後はお二人でどうぞ」


 手にライフル、腰にグレネード、顔に黒一色のマスクといった魔法と剣の世界にミスマッチな兵士は、気を使ってか自ら少し離れた位置へと移動する。


「……気を使わせてしまいましたね」

「キレスタールさんの情報が伝えられてたのかな? まぁ今はいいか、それより話って?」

「あの、それは……私めの正体について、です」


 ステンドガラスが見える教会の前で、少女が言葉を詰まらせながら語り始める。


「古から伝わる伝説です……女神様から産み落とされたのが聖女様、千年前に魔王を倒し神の元へと還ったとされる聖女様、その遺髪から私めは、造られたのです」

「あー、クローンなんだよね。ああクローンって言葉はこの世界に無いのか。まぁ聖女様の、何かを元にキレスタールさんは造られたんだよね? うん、なんとくわかってたよ」

「……はい?」

「最初、僕と会った時に自分は造られたと言ってたし、聖女様もキレスタールさんと同じ能力も使えるって聞いたからまぁその辺りかなって、うん、というかそこの教会のステンドグラスの絵で確信になったよ。あれ女神様と聖女様の絵でしょ? キレスタールさんそっくりだし、うん」


 何か、勇気を込めてやっと言葉にできた真実を軽く受け流され、少女はただ唖然としていた。確かに後ろにある教会のステンドグラスには女神から産み落とされる聖女の一幕が描かれており、それから今までの情報を元に、キレスタールの正体を見破った青年はというのだ。


「その、アラム様は私めを気持ち悪いと思わないのですか?」

「え!? ああいや、そうかこの世界の人はクローン技術とか知らないから怖がっちゃうのか。大丈夫だよ、バイトは技術としてそれは皆知ってるから。それでどうこう言われることは無いよ」


 あっさりとそう断言するアラム。一方少女はカルチャーショックを受けて何も言えずにいる。


「髪も目も肌も、性別が無性とか、機械生命体とか幽霊に片足突っ込んでる存在とか、色々いる魔境だからバイトはね。だからキレスタールさんはちょっと個性があるレベルの見た目かな?」


 だから、安心していいと、アラムの目と声色が優しく彼女にそう伝える。


「ああ、もうなんだか私めが馬鹿でした」


 笑った。今まで事務的なやり取りをし、大きく表情の変化させることの無かった彼女が朗らかに笑顔を浮かべる。

 それに青年は一瞬、心を盗られる。それは青年が初めて見る美しいもので、ただ――。

 ――瞬間、何かけたたましい音に、感動が上塗りされていく。初めて聞くその音は通信機から発されていた。

 見れば遠くで仕事をしていたあの兵士も耳にやけに残る警報を鳴らす通信機を手に握っていた。原因不明の緊急事態(サイレン)、それに誰もが狼狽えた。通信機は警報を鳴らすだけでバイトからの通信は入ってこず、故障かと青年が考え始めた時、何かが割れた。

 ――ガラスに亀裂が入ったかの様な音が世界に鳴り響く(それは、終焉を告げる鐘の音)

 ――誰もが空を見上げた(その厄災は唐突に現れ世界を崩す)

 ――そして、それは姿を現すのだ(嗚呼、まさにその怪物こそあらゆる生命への冒涜だ)


「ザァ、ザ! ザ――ディ……ター、ディザスターが出現しました! すぐにその場から避難してください! アラムさん、逃げて!」


 砂嵐混じりの声を発する無線機が告げた通り、大空(そら)を割り、それは現れた。月と見間違う強大な人面、穴から覗いたそれはその顔(絶望)をこの世界へと見せつける。

 そして、その大きな口が蛇の如く顎を外し開かれ、瞬く間に光りの線を走らせる。

 ――さぁ、この世界の寿命と引き換えに、貴方たちに贖罪を送りましょう。





 ――ディザスター、時空を飛び、世界を崩す怪物。それは大厄災でありバイトは元来その究極の怪物の調査、又は討伐を目的として発足された組織である。

 現段階での遭遇回数千七百六十五回、撃退数二回。この記録は将来バイトにて生まれる子々孫々を勇気づける戦果であり、我らの誇りである。あの大厄災を二度も退けた事実は――。

 昔、船長から渡された教科書の一文を彼は夢見て、息苦しさに意識を覚醒させる。苦しそうな咳が自分のものだと気づくのに、アラムは意識が覚醒してから数秒の間認識できなかった。

 何か赤い光が目に焼き付いた瞬間、彼は気を失い、気が付けばこうなっていた。


「……何、これ」


 だが理解などできない。空が割れ、そこから顔を覗かせているそれを、脳が理解を拒んだ。巨大、あまりにも巨大な人面がこの世界を眺めている。その表情は絶叫しているかのような壮絶なもので、ふつふつと本能へ恐怖を駆り立てた。

 それに周囲の臭いも彼に嫌な記憶を呼び覚まさせる。血だまりの中、頭から血液と何かの肉を零れさす子供の死体を彷彿とさせて――。


「キレスタールさん……どこ、キレスタールさん!」


 その臭いが正しく血の臭いであることを理解し、臭いに急かされ青年は少女の名を呼んだ。


「アラム様!」


 少女が血だまりに沈んでいるイメージは杞憂で、返事はすぐに返ってきた。声を頼りに青年は急いで火と瓦礫が散らばった街を駆けまわり、彼女を探し出そうとする。


「アラム様! アラム様ぁ、どうしたら、どうしたら!」


 その光景に、アラムは言葉を失った。そこに血だまりは確かにあり、その中で少女は治癒を施している。重傷を負っているのは先ほどアラムたちを護衛していた兵士で、瓦礫からその上半身を出しており……大量に出血していた。

 なんとか少女の治癒術で命を繋ぎとめている兵士は、光無い目でやって来た青年を見つける。そして、口が、何かを、乞うように……動かされた。


「……キレス、タールさん」

「アラム様! 救援をお願いしま――」

「コード、ハンドガン」


 それは、少女にとって二回、目にしたものだ。一度目は魔獣から命を助けてもらった時、二度目は魔王が銃に興味を持った時、そして今、その武器を今、アラムは兵士に向けていた。


「アラム様……アラム様! お辞めください。なんで!」


 少女が青年の腕にしがみ付く、それで、それだけで事足りた。回復魔術を断たれた瞬間に、兵士は事切れる。すでに彼は助からなかったのだ。無駄な延命は苦痛しか生まない。


「……ごめんキレスタールさん、ごめん。その人、もう」


 アラムはなんとかそう言葉を繋げる。少女は瓦礫の下にまだ兵士の下半身があると信じていたのだ。いや、常人ならば咄嗟にそう思う。押しつぶされたものだと。だが、兵士の下半身は、少女の見えない壁の影にあったのだ。


「……わた、私め、は」

「いや、いいんだ。君は、人として正しい行為をした」


 辛うじて、そんな慰めが青年の口から絞り出された。地獄だった。見れば、あの頭上から現れた怪物の攻撃一回で地獄が創り出されていた。街は木材どころか石すら焼け、煙と熱で人々がそこらで息絶えている。あの寂しい街にこれほどの人間がいたのかと驚くほどの数だ。


「……っうあ、ああああああ!」


 行き場の無い青年の怒りが、空へと向けられた。発砲音が何度も何度もで鳴り響く。

 青年が空へ向けて、届くはずの無い銃弾が連写する。これは、今も広がる地獄は、この国を救おうとしたアラムの行為を、穢す蛮行なのだ。


「なんで、なんでだよ、くそ! くそったれ!」


 その怒りは、怪物に向けたものか、はたまたさきほど投げ捨てた銃と同じく役立たずの自らに向けたものか、だが、怪物はその抗議を聞きつけてか、その大きく開けた口を煌めかせた。

 ……死んだ。青年はただそう理解した。後悔も、憤怒すら置いてきぼりにして、そう本能か心か、自分の芯にある何かで感じ取った。

 ああ、何か、轟音と共に暗闇が視界を覆う。一瞬で夜が来たのかと思う程の暗闇の中で、青年は自分があの怪物の攻撃で吹き飛ばされたのだと判断した――だが、しかしだ。


「ザッ、ザザ」


 死んだはずなのに、相も変わらず通信機は鳴りやまらず、彼の耳に届く。おかしい、変だ。ここがあの世なら、なぜ通信機なんてものが彼の手にあるのだろうか?


「アラム様、これは?」


 見れば、さきほどから兵士を早く楽にしてやれなかった自分の罪に苛まれていた少女は、青年の腕にしがみ付いたままだ。死んでいない。ならばこの闇の正体は何か? すぐに答えは出た。

 大きな物体が自分の目の前に造り出されたからできたものだと、青年はようやく理解する。


「何をしておる。栗毛、貴様は死ぬまで足掻け。足掻き通せ、それが貴様の業であろう」


 すぐ頭上から、重く、優しい声が響いてきた。

 ――黒き鎧に身を包んだその者のマントが風により翻されて踊る。

 その背を見た瞬間、確かに刹那の時、青年と少女の時間が止まった。

 誰もが恐れ、逃げ惑う中、その者だけがあの怪物と対峙し、視線に視線を交わす。

 この者がここに現れたのはいくつもの偶然と奇跡が重なったからだ。武では無く対話で、一人の青年(アラム)とかの武人(サルジェ)がいたからこそ勝ち得た希望であった。

 そうだ。その者こそこの世、最強の存在。そしてこの場にいる者の中で一番強き覇者。


「――魔王さん!? なんでここに」

「なに、例の如くアーセファに仕事を押し付けてこの都の行く末を見物しに参ったのだが……かの女神が舞戻ってくるとは思わなかったぞ」

「女神って……魔王さん、あれについて何か知ってるの!」

「あれはこの世界にいた女神の果ての姿よ。千年前にこの国の王族と争い、この世界に見限りを付けたと思ったが……よもやこの都に未練でもあるのか? 栗毛、通信機で他の者と連絡が取れるか?」

「今は通信機が不調で、ああ、連絡なら魔王さんがしてください、空飛べるんなら上から叫んで呼びかけてくれれば!」

「それは不可能であろう。どれほどの大声で叫べば良いのだ?」

「そこは大丈夫です、これ貸しますんで。この偵察機には拡声器機能がついてるので、はい」


 そう言ってスペアの偵察機がガウハルの前まで飛んでいき、勝手にその声量を大きくする。


「ほう、便利だな! 後で高値で買うことは可能か!?」


 未知の技術に目を光らせる魔王ガウハル、しかし好奇心を働かしている暇など無い。

 すでに、あの人面の怪物は迅速に体を痙攣させる動きで天に開いた穴から這い出てきた。


「――化け物だ、あれ」


 今更に、青年からその言葉を吐かせるほど、それの見た目は醜悪であった。

 巨大、山が三つほどの巨体の芋虫に人の顔を貼り付けられている。更に足は人の手、それが肥大した幼虫のからだから十対ほど生やしているから醜悪極まりない。嫌悪感すら覚える。

 だが、醜いだけではない。その背から生えるステンドグラスの蝶の羽に似た翼は、あれが女神だった頃の名残なのだろうか? あの羽だけは、女神という存在であった名残を感じさせる美しさを秘めていた。

 だがその羽は使われることなく、怪物は聖都郊外の土地に落下し巨大な衝撃を起こす。地響きに交じり――うめき声にも似た怪物の叫び声が響いてその後に生臭い風が吹き荒れた。


「栗毛、修道女、気圧されるな。その兵士は残念だが、今よりここは戦場、嘆く暇など無い」


 そんな魔王の叱咤が響く。青年が、少女が、子供を踏み、我が身大切さに逃げ惑う大人でさえも、あの厄災の強大さにその動きを止め息を飲む中、それを真っ直ぐと見据える者が一人、黒き鎧に身を包み、ここに恩を返しにきた男だけは戦う者の顔をする。


「栗毛、我は貴様に礼を返さねばならんと思っておった、魔族の飢えを癒し、新天地を用意した貴様にな……そして、その機会がすぐ巡ってきたらしい」

「魔王さん、何を――」

「堅苦しい、ガウハルで良い……簡単な話だ。我は今からあれを相手取る。貴様らは逃げよ」

「何言ってるんですか!? あんなの流石に一人じゃ無理ですよ!」

「勝つ負けるの話ではない。無謀だろうと逃げる間はもたせよう……魔族は既に大半が別世界への避難をした。我らが種は飛ばされたのだ。ここでこの命をここで使っても悔いなど無い。それと……ここに謝意示しこの言葉を賜す。我は認める、そなたの生を。我が許す、そなたの咎を。ゆえに生きよアラム。此度は、この魔王ガウハルが――貴様を救おう」


 それが、魔王ガウハルがアラムへと送った言葉だった。彼の半生など知ってはいないだろう。だが、この者の他者を見る目は本物だ。だからこそ、そんな言葉を手向けたのだ。

 双角の絶対者は聖都上空へと昇り、荒廃した聖都を見渡す。思えば、この聖都を滅ぼすと宣言していたのに、今はこの都を救おうと立ち向かっている自分に気づいたのか、苦笑を漏らし、こう声高らかに叫んだ。


「――聖都に住む者に告ぐ。我こそは魔王ガウハルなり! 魔族の王として最後の勤めを果たしにきた。神殺し、それを魔王としての最後の伝説とする! 約定通り崇め奉る存在を滅し、この国を無に帰す。さぁこの偉業を目に焼き付けよ、語り告げ……ゆえに命じる、生き延びよ!」


 まさか、誰が予測しただろうか、聖都を滅ぼさんと、人類を脅かす存在である魔王が、まさかそのような言葉を吐くなどと。

 多くの者が空にある一つの染み同然にしか見えない男を見上げえる。この未曾有の危機に、人々に一筋の光が差んだ瞬間だった。


「うむ……大義である。下がって良い」


 一方で魔王は鉄のお供にそう話しかけた。アラムの託した万能偵察機はそっと魔王の口元から離れ、次の指示を待っているのかすぐ隣で飛んで待機している。

 この健気な小さなお供を横に、魔王ガウハルは遠くで体勢を立て直したばかりのディザスターを睨み、こう、啖呵を切ったのであった。


「さて、女神よ。貴様も巨大だが我もまた強大、覚悟せよ。我はガウハル。全ての物質を操りし魔の王なり……つまり、この地がそのものが貴様に仇名す武器と知れ!」



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