第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 十七話
アラムが魔王を説得が成功してから二週間が経った。
いくら魔王が認めたとはいえ人間である彼に疑いを向けていた魔族は多かったが、一週間ほどしてから大量の魔石がバイトから届いた時は、それはもう本当の意味でアラムは英雄として持ち上げられた。
感謝の言葉や今まで大人が好奇心旺盛な子供たちを遠ざけていたが、魔石の供給が始まると無邪気にアラムに感謝を告げてきた。それはいい、彼にとって一言でも褒められるというのは大変喜ばしいことだ。だが、なんだ。遊びでじゃれつかれて……骨が折れた。腕の骨が折れたのだ。魔族と人間の強度は違う。あれは力加減のわからない子供ならではの事故だったと言える。
すぐさまキレスタールが治療したので一日で完治したのだが、顔面蒼白でアラムは「ここにいたら死ぬ」とファナール船長に泣きつき、今は魔族領を出て最後の仕上げをしようと再び処女と共に見知らぬ地を歩き、今はもうじきザガが指揮を取るあの砦目前の位置にいた。
「キレスタールさんはどんな食べ物が好き?」
「腹が膨れるものが好ましいです」
「うーん、まぁ食糧不足の世の中ならばそうなるよね……うん」
とはいえ道中はキレスタールと会話ができるので、アラム的にはそれほど苦痛しかない時間ではない。魔王の説得から二週間、幾分かアラムに対して砕けた対応をしてくれるようになった少女に、青年も話しやすさを感じていた。
「しっかしザガさんの所に戻れとかファナール船長も人使いが荒いよぉ」
「ほう」
と、愚痴を零した瞬間、通信機から恐ろしい声が漏れる。先ほどの愚痴を本人に聞かれていたらしい。
「おっと」
アラムはわざとらしく口を押えるも、通信機からファナール船長の「んー?」といった嵐の前の静けさを思わせる声が止むことはない。
「はいはいなんでしょうか、ファナール船長」
「いや、仕事中にやけに楽し気な話をしていると思ってな。陰口は楽しいかアラム?」
「はははは、仕事って事件で僕この世界に飛ばされたのに、なんで一件落着してバイトに返してもらえてないんですか? いや本当に!」
先ほどの文句を言われる前に先制攻撃を行うアラム、とはいえ彼の言い分は正しい。確かに元は故意の転送ミスによりこの世界にアラムは飛ばされてきた、ならばバイトへと帰還できるようになった今別に彼が仕事を継続する理由は無い。
「一週間半、賓客として魔王城で贅沢してただろう? それが休暇だ。休暇が終われば仕事をする。当たり前だろう? 古来より人はそのルーティンで生きてきたのだ」
「バイトから送られてきた転送機の準備! 魔族の皆さんへの説明! ついでにコードシステムの修理してたら怖い人に怒られて、技術提示を嫌々して! それとなんか変な病原菌に感染してないかって毎日毎日検査させられるのが休暇であってたまるもんですか!」
「三食出て、さらに労働の後はふかふかのベッドで寝れるのだ。こんな贅沢はない。それに魔族領にいたくないと駄々をこねたのはそちらだろう? 私の指示に文句があるのかね?」
「キレスタールさんと一緒にバイトかーえーりーたーいー、ねぇねぇ酷くなーい。ショクルさんもそう思わない? 超過労働だと異議申し立てしますよ!」
今ファナール船長の横で苦笑いをしているであろうショクルを味方に付けるべく、アラムは同意を求めようとそう通信機に訴えかけるが、乾いた笑い声しか聞こえてこず、ついにはふて腐れてしまう。
「ああ、まぁその馬鹿は放置してだ、キレスタールさん。いや、我らが船に乗るならばキレスタール君と呼ぼうか。君のバイトへの受け入れ準備はすでに済ましてある。そちらで思い残しがあるならばなるべく済ましておくといい」
そこで、アラムはファナール船長の真意に気が付いた。もうキレスタールはこの世界に戻ってこれないのかもしれないのだ。ゆえに彼女の付き添いとしてこれまで旅を続けたアラムを同行させたのだろう。それに今からアラムたちがしようとしていることは――。
「――それに、今から君の祖国は亡びるからな。感傷に浸っても誰も責めはしないさ」
長期に渡る戦争による疲弊、あげく国民の命を薪になんとか延命している国に対し、バイトはそう結論を下した。
武力介入を行い新国家を設立、他国との交渉も裏で糸を引くつもりだ。アラムの転移失敗により観測した世界だが、介入者としての仕事は全うするつもりらしい。
「私めの故郷はどうなるのでしょうか?」
「すまないが今は私からはなんとも言えない。だが悪いようにはしないさ、その為に行政部の連中が頭を捻ってくれているところだろう。それよりも例の砦はすぐではないのか? 魔族領を出て三日ほど経っただろう」
ザガの所に行くのは、魔王の人類への攻撃阻止の報告が一番の目的だが、もう一つ大きな目的がある。新国家設立後、彼らに頑張ってもらいたいとファナール船長は考えているのだ。
何から何までバイトがする訳にはいかない。自立できない者を救ってもあまり意味は無い。
「その為にもザガ殿には協力して貰わんといかんのだが」
「――ええ、ちょうど見えました」
「なんだと? まだ砦の中には入ってないだろうに?」
「偵察ロボットの映像で、砦の前を確認してください」
アラムは話すよりそちらが早いと判断し、ファナール船長にそう伝えてた。
長時間そこにいたのだろう。早朝になり消し炭しかない薪の跡、そこらにいた獣を狩ったのか、骨が何本か地面に放置されており、彼が気まぐれに砦の門前にでてきた訳ではないことが見て取れる。
「ザガさーん!」
「――」
件の男は一瞬、青年に自分の名を呼ばれ驚いたような、泣きそうな表情を見せたがすぐさま取り繕い、なんとか不機嫌そうな男の仮面を被る。
「よく、帰った。お前ら」
だが、仮面では声だけは誤魔化せない。その咄嗟に出た声色は暖かな零れ日みたいな感情が確かに込められており――この壮年の不器用な優しさが嫌という程伝わったのだった。
「お前んところのボス、おっかなすぎるだろ。童貞のあんちゃん」
「だから婚期逃がしてるんですよー、で。今僕そのおっかないボスに監視されてるも同然なんで、あまりそういうこと言わない方がいいですよー」
「お前、そういうのは早く言え!」
平穏な山道の中、大部隊を率いたそんなザガの怒号が響いた。
時は昨日に遡る、ザガとアラムとの感動的な再開を果たした瞬間から始まり、あの後すぐさまファナール船長は通信機越しでザガと交渉、とアラムは思っていない。
彼が思うにあれは恐喝、恫喝の類だ。簡略して説明すると「いいからこちらの言うことを聞け、さもなくばお前たちに明日は無い。だがこちらの言い分通り終わった国を再建し民を生かすならば、助力は惜しまない」という内容だったのだ。
そして今バイトの舞台が彼らと合流、大まかな作戦を決め、大人数で時折襲ってくる魔物を返り討ちにしながら楽しい楽しいピクニック、と言うのは冗談で死にかけの国に止めを刺しに行こうというのだ。
「久々に肝が冷えたぜ、国を十回潰せる戦力を送ると言われた時は半信半疑だったが……あの連中を見たら信じるしかねぇな。いや、バイトってのはヤバい所なんだな、おい」
大部隊の先頭を歩くザガは、チラリと後ろを盗み見てひっそりと心の内をそうアラムに耳打ちする。味方だ。一応、味方なのだが……ただ、昨日初めて会った誰も彼もが、あのサルジェみたいな化け物レベルなのだから、恐ろしいったらありゃしないと言いたげだ。
「まぁそりゃあ、ありとあらゆる世界から戦力集めている組織ですからねぇ」
一方、アラムは呑気に欠伸などしながらザガに適当な返答を行う。まぁこの青年からすればザガも自分を簡単に殺せる実力者なのだ。その本人にそんなことを言われてもといった感じなのだろう。
「アラム様、そろそろ聖都が見える頃合いかと」
少女に言われ、偵察ロボットで地図を確認するアラム。今彼らがいるのはキレスタールの故郷近くの山の山頂付近、その頂きからならば聖都とやらが一望できるはずだ。
「俺も初めて聖都とやらを拝むがな。どうなってんだ今は?」
「……」
ザガの質問に答えないキレスタール。まぁすぐにわかることだと言いザガは山頂に昇りきりその眼で自身の妻子の仇でもある聖都を確認し――。
「……まぁ、そうなってるわな」
諦めにも似た、そんな感想を漏らした。
立派だ。大きさだけは立派だった。だが国の城壁を囲む水は淀み、街から日の気配が感じられない。単眼鏡を覗き細部に目をやると、市には空の屋台が並び、三階建ての集合住宅のほとんどの窓が固く閉ざされているか、強盗目的か何かで割られていた。
「あれが聖都か。とんだボロだな、ありゃあ」
憎んだ。王族とは関係の無いあそこに住まう安全を確約された民すらも憎んだはずだった。だが、すでに滅びかけているのならば、それに抱く感情はもっと違うものだったのだろう。
憂い、同情もあったかもしれない。壮年の男はその目に憐憫を映す。ああ、長く、されどそのほとんどが無意味と感じる人生だっただろう。なれば今日、この男は他が為に剣を抜く。
「お前ら、介錯だ。俺たちは今長い歴史を築いたこの国の、その最果てにいる。ああ造ろう新しい国を、もう愚かな闘争も、馬鹿な戦争も終いだ、こりごりだ。ああそうだ、俺たちは怒った、存分に嘆いた、だから俺たちは無理でも、せめて次の世代からは笑わせてやりてぇ、だからこの背中を追ってくれ。共に歩もう、馬鹿野郎共!」
傷つき果てた者、この国の権力者に振り回され人生を壊した者にそう問いかけるザガ、多くを失った。それはもう、莫大な命が無意味に散った。だから今日終わらせると男は吠える。
「行くぞぉお!」
歴戦の者が使う古い一振りの剣が天に突き立てられる。それに続き短剣が、長槍が、弓が、杖が、槌が同様に掲げられ、波を造る。
そうだ――今日この日、今現在、現時刻をもって、聖都は陥落を約束されたのだ。




