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第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 十六話



「……うむ」


 魔王ガウハルが玉座にて目を瞑り頬杖を付いていた。何年この体勢でこの椅子に座り続けていたのかといえば、ざっと千年ほどだろう。

 言ってしまえば、この千年の魔王の生は瞬く間に消えゆく星の如く軌跡だった。

 最初は飢えた魔族を見て、魔石を危険な火山から掘り起こし段々と協力者を増やしていった。次は小規模な集落を作り、責めくる魔族を返り討ちにしその多くと杯を交わし仲間を増やして国を建国したのだ。

 そうだ、彼がそうなる(魔族と化す)前から知り合いだったサルジェと共に、アーセファ、ジャファーフと実力も癖も強い仲間を臣に置き、人界から魔族領を隔絶、最近人間が魔石の乱獲を始めるまで千年もの間この荒れ果てた世界に平穏をもたらした王こそ魔王ガウハルだ。


「失礼する」

「きたかサルジェ」


 と、部屋に来訪者が一人、その馬脚で床に蹄鉄の軽快な音を鳴らしながら老兵が入室する。


「帰ってすぐに三将に収集をかけたと聞いたが……他はまだか?」

「ああ、貴様が一番乗りだ。いやはや、一番に我にではなく同族の幸福に忠を尽くす貴様がくるとはな。サルジェよ……いや、先に言わねばならんことがあった。よくぞその脚で魔族領を回り飢えに苦しむ民を集めた。改めて大義である」

「一日、二日遅れれば消える小さな命がある……ゆえに駆けた。それだけのこと」

「そうだな、サルジェよ。だが貴様はそれでも我に良くしてくれた……感謝しているのだ」

「今更よ。何度その背を追いかけ回し苦労を掛けられたか、足りんぞ言葉が」

「む、貴様、なにやら言動が昔に戻ってはいないか?」

「うるさいアーセファがおらんのだ。多少崩すぐらい良いではないか、坊主」


 そう呼ばれ、露骨に顔を歪めるガウハル。


「よせよせ、どこまで戻せば気が済む。それは我がまだ勇者をやっていた時の呼び名だろうに、大昔の話だ」

「否、前魔王を討ち取るまでに歩んだ旅路、今も昨日の如く鮮明よ」


 勇者、確かに魔王はそう口にした。自身を元勇者だと。魔王とは逆の、人間の絶対的な味方だと。


「あの修道女に、かつての仲間だった聖女の姿を重ねた」


 そう言ったのはサルジェだ。


「顔を見て驚いた。千年前、お主と旅をしていたあの少女と瓜二つなのだからな」

「まぁ、性格は大分違うがな……む、この話は止めだ。次の者が来た」


 その言葉通り、再び扉が開けられる。次に入ってきたのは蝙蝠の翼を持つ悪魔の男だ。知将アーセファは魔王ガウハルに笑みを送るが、先客のサルジェを見るや否や表情を曇らせた。


「ガウハル様、馳せ参じました」

「アーセファか。そう顔を曇らすな、一番にこれなかったことそう悔やむな必要はない」

「いえ! そのようなことは……」

「貴様はいつもそうだったな。荒れた村で人間に親を殺された孤児であった貴様が、元勇者である我の前に出て、気にくわんと食ってかかってきた時から変わらぬ」

「いえ、その。私は変わったと思いますが、今では魔王様に忠義を誓う身。あの時より知を身に付け役に立てるかと」

「いや、確かに成長した、よくぞそこまで自身を育てた。だが心根が変わらぬ。いや、責めている訳ではないのだ。その負けず嫌いの性質、我は高く評価しているのだ」

「はぁ……」


 褒められていると言われ、アーセファはなんとも微妙な顔で小さな声で「ありがとうございます」と辛うじて喉の奥からその言葉を絞り出していた。

 すると部屋をノックする音が聞こえた。どうやら最後の三将がきたらしい。


「遅れてしまい申し訳ありません。ガウハル様、失礼します」

「ジャファーフか。謝るな、我の命じた魔石の管理作業を途中抜けさせたのだ。非は無い。それより忙しいところ無理をさせた、苦労を掛けるな」

「ああガウハル様、なんとお優しい!」


 ガウハルの労いの言葉に感極まり体をくねくねとさせる髑髏の女戦士。なにやら隣で不審者を見る目でアーセファがジトリと睨んでいたが、眼中に無いらしくその独自の動きが止まらない。


「ジャファーフと出会ったのは、この城近くの岩の柱が並んだ場所だったか……」

「はい、風除けにとあそこに陣取りくる者を片っ端から倒しており……ある日ガウハル様が来ました。そして私は完膚なきまでに負け、忠誠を誓いました」

「ああ、よくぞ今まで我を支えてくれた。ジャファーフよ。貴様は我が元勇者と聞いても素性など関係なく強き者に、自分が認めた者に従えると言ってくれたか……当時は我に不信感を抱く者は多くいたからな。その言葉にどれほど我が救われたか。改めて礼を言うぞ」

「そんな! ガウハル様の手足となれて私こそ幸せ者です!」

「三者とも、誠の忠臣よ。感謝している」


 その言葉に三将は違和感を覚えたのか。黙して魔王ガウハルの顔を観察する。

 玉座に座り、黒と僅かな金の装飾がされた鎧を纏った魔王は頬杖を付きながら目を閉ざし、過去を振り返っているのか口元をほころばせ穏やかに笑う。そして、ゆっくりと口を開けこう言い放った。


「近々、魔王の座を相応しい者へと交代させようと考えている」

「――」


 三将の誰もが絶句した。誰がその言葉を予測できたか、今日この日、呼び出された理由がその言葉を聞かされるなどと。


「また、ご冗談を」

「……アーセファ」

「いつもの、いつもの冗談ですよね? 私は、私はガウハル様。あなたを今まで、これからもその隣でお使いするものだと!」

「アーセファよ。我は魔石を喰らい魔族となった元人間だ……それに前例が無い。常々思っていた。いつ限界がくるのかと、千年先か、百年か、一年か、明日か、今日か、いや、そもそも気づいてないだけですでにその限界を超えているのではないか、とな」

「……」

「今、我らは土地を、国を変える。世界を渡り戦乱の世から繁栄の世へと移る。我は乱世にて本領を発揮する魔王、なれば引継ぎを行うには良き機会だ」

「……いきなりです! 貴方はいつもいつも急だ」

「今日辞める訳ではない、きちんと引継ぎも行う……だが、もう玉座には座らぬだろうな」

「ガウハル様……」

「まぁ、その前に個人的にやることもある。あの栗毛は皆を救うと言ったのならば、まぁこれからやることも大方予想がつく……我もそれに便乗し、見物をしようと思う」

「それは、一体?」

「まぁ、すぐにわかる。それよりも――」


 そして、魔王ガウハルは自身の前に並んだ三つの宝を前にして、深く息を吸いこう言葉を零す。


「我が愛しき臣よ。今までありがとう。我は、いや俺は……そなたらと出会えて良かった」

 魔王、そう呼ばれる者とは思えぬほど慈悲に満ちた顔で、何度目かの感謝の意を伝えたのだった。



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