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第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 十五話



 夢とは、人が太古から得ていた娯楽である。

 かつて少年だった青年はそんな一文が書かれた本を読んでからよく眠った。

 微睡みは現実で生きているのが耐えられない、死ぬ勇気も無いが生きていられないかつての子供がなんとか見つけた居場所だったのだ。

 しかし、そんな彼の居場所も時には彼に牙を剥く、見る夢は選べない。時に忘却の揺り籠は過去を振り返る棺桶となるのだ。

 照明がやたら明るい、空気が停滞している牢屋の中、少女の声が青年の耳に届く。


「どうしたのアラム?」

「なんだ、腹でも減ったのか?」


 心配する子供たちの声と共に、機能だけを考えた空調の音がやたら鼓膜を蝕む。

 場所は地下だ。一塊の子供が牢屋に入れられているこの空間は、アラムがよく知る場所だ。


「ナキ……ごめん」

「なんで謝るのよ」

「ごめん。皆、ごめんなさい。ごめん一緒に死ねなくて」


 青年の姿をしていたアラムはいつの間にか少年の姿に変わり、謝罪を繰り返す。

 ここはかつて少年が死んだ友人たちと住んでいた世界。使う側(消費者)使われる側(消耗品)の二種類の人間しか存在しないどん詰まりの世界だ。

 地下の施設で飼われている子供たちはいつか理不尽に死ぬ運命を当たり前のこととして受け入れる。親など知らず、毎日毎日体力増強の訓練と銃の使い方を教え込まれる。


「ごめん……」


 ふと、アラムを心配する声が消えた。

 アラムが涙を流しながら閉じられていた目を開けると、そこには見慣れた長廊下があった。

 先ほどの場所とは違う。壁に自然豊かな景色が画面に映し出されている。そう、バイトの廊下だ。


「ここがバイトだ。アラム君」


 今よりも若いファナール船長が膝をおり、少年時代のアラムにそう説明する。


「今日からここで新しい人生を歩み始めるんだ……友達のことは、その、残念だったが……彼らの分まで君は生きなければならない。その為に私は助力を惜しまないから。自棄にならないように、ここで生きていこう」


 優しくそう話しかける彼女の目は、可愛そうな者を見る目でアラムにそう語りかける。


「ファナール船長、僕はあなたに感謝しています。ありがとう」


 今度は繰り返される謝罪ではなくたった一言の感謝を口にする。


「よそ者! 臭いんだよ」

「消―えーろ! 消ーえーろ、消ーえーろ!」


 今度はバイト船内の学童子が教育を受ける為の教室だ。

 鞄を片手にしたアラムは教室に入るや否や、一部の生徒から罵声を浴びせられる場面だった。

 それを彼はただ黙ってそれを聞くのみだが、その目は冷ややかなものだった。


「よくやったアラム船員。これはバイトに技術革新を起こすだろう」

「ええ、ファナール船長。それに僕はこれで皆に認められます……そう思ってたんですがね」

「……ああ、きっと認められるさ」


 また場面は変わり、今度はバイトの船長室だ。

 落ち着いた赤を基調とした部屋でいつの間にか青年の姿に戻ったアラムは穏やかな表情でそうファナール船長に語りかける。


「では、失礼します」


 そう言って部屋を後にするアラム。するとドアを閉めた瞬間ファナール船長の怒鳴り声が扉の奥から響いてきた。


「なんで! なんで、あいつが責められるんだ! あいつは頑張ったしその結果生まれた恩恵を今現在多くの者が使っている! 成果を出したんだ。なのにこの仕打ちはなんだ! 功労者を追いやるのがバイトのやり方だと、ふざけるなよ!」


 いつの日か、ファナール船長の元を訪ねる為に船長室へ入ろうとした彼が扉の前で聞いた声だ。

 普段、仕事人間であるこの人物は決して己が感情のまま暴走しないが、その日、この時だけは感情をむき出しにして怒っていた。


「ファナール船長、すみません。努力が足りなかったみたいです」


 悔しそうに、彼はただ扉に頭を擦り付けてそう謝る。

 今度は周囲が黒一緒に染まり、どこからともなく聞こえていくる陰口が少年を蝕ばむ。


「調子に乗って馬鹿じゃない?」

「船長もなんであんなのに構うんだか」

「所詮よそ者だからさ」

「恥っずかし!」

「死んでくれないかな、あれ?」


 どれも、彼が現実で聞いた言葉だ。

 面と向かって言われたものではない。偶然彼の耳に届くはずのなかった言葉が彼の耳に入ってしまっただけのこと。


「僕は……」


 かつて、死んでいった仲間の分も生きなければならないと恩人に言われた。


「死ねよ」


 しかし、聞こえてくる言葉は明確な意思を持って彼を傷つける。死ねと。


「――僕は」

「死ねよ!」

「……僕は!」

「死ねよ、うぜぇんだよ消えろよきしょい糞が馬鹿だろお前なんかどこいっても同じだ無価値が理解できない調子こくなよ殺すぞお前が悪い殴ろうか頭が悪いんじゃないの何もしてこなかっただろ居場所なんてないんだよぉ!」

「ああ、あああ!」


 罵声の絶叫が響く。

 その瞬間、彼は叫びながらベッドから飛び起きた。

 脂汗が額から流れ落ち、目からは大粒の涙が零れ落ち、手を誰かに強く握りしめられていた。


「……」

「……」


 キョトンと、ベッドの横で驚いた顔でじっとキレスタールはアラムの手を握ったまま固まっている。アラムはそんな彼女とじっと顔を合わせて、随分と長い間無言のまま見つめ合っていた。


「アラム様」

「……うん」

「何か、欲しい物はありますか?」

「……そうだね。うん、認めてほしいんだよ。僕」

「えっと、他にはありますでしょうか?」

「他は、居場所、あと、一人前の人間になりたい。立派じゃなくてもいいから、真っ当な人間になりたいんだ、僕は」

「いえ、そのお水とか、ずっと眠られておりましたし、その喉は乾いておりませんか?」

「……キレスタールさん?」

「はい」

「これ、夢?」

「いえ、その、現実で、あ、その、手を握っているのはうなされていたのでその、はい……」


 ここにきてやっと、自分が夢から覚めたのだと知り顔を紅く染めるアラム。


「ああ、あははは、うん。うん……だよね!」


 そのままゆっくりとした動作でベッドの布団にもぐっていくアラム。あたかも自ら底なし沼に沈んでいくようかの光景だった。

 そしてそのまま太陽の光が少し動くまで待ってからキレスタールが恐る恐る布団を白魚の様な指と指で摘んで、ベッドに避難しているアラムがどうなっているか確認する。顔は見えない。ただ縮こまっている後ろ姿は耳まで赤かった。そうとう恥ずかしかったのだろう。


「アラム様、その、お水はいりませんか?」

「……お願い、します」


 辛うじて消え入りそうな声でそう返答する青年。その姿を見てからキレスタールは何度か喉を詰まらせてから言葉を発した。


「私めは……認めております」

「……」

「それと居場所は、よろしければ一緒に探しませんか?」

「……」

「私めも欲しいですから」


 そう言ってから、水でも取りにいったのか部屋を後にする修道服の少女。


「いやいや、年下に何言わせてんだ僕は」


 一人になり、顔半分を抑えながら布団からもぞもぞとでてきてそう愚痴る青年は心を落ち着かせてから窓の外を見る。

 人を滅ぼす為に流された溶岩は黒く固まり多くの魔族が忙しそうに城下を行きかっていた。

 風景を楽しんだ後、ずっと寝たきりだったのかやたらと重い体を動かそうと布団を跳ね除けると、パンツ一丁姿の自分の姿が目に入るアラム。


「なんで? いやいやそうじゃない。そうだ、ファナール船長に報告しないと。あれ、僕の荷物は?」

「いやな、勝手ながらこちらで見聞させてもらっていた。ああ、貴様のファナールという船長とやらも会話をしたが、いや、中々に話がわかるではないか」


 と、ふと声がする方を向けば窓の奥で魔王ガウハルが宙に浮かびアラムのリュックを持ってなんでもないように彼に話しかけてきたではないか。


「……キャー!」

「む、なぜ女ではないのに胸元を抑えか細い悲鳴を上げる? 男同士だろうに」

「いやいやいや、びっくりして変な行動しただけですぅ! で、なんで浮いてるの! というか、え。僕の荷物漁ったんですか!」

「ははは、許せ、家臣に止められたが好奇心に勝てんなんだ」


 悪びれもなくそう言い、なにやら下から魔王に気づいた彼の部下が悲鳴を上げ始めた頃、よっこらしょと窓から部屋に侵入する魔王ガウハル。


「まったく、魔術で浮くぐらいでそう騒ぎ立てるな」

「いやぁー、自分たちの最高権力者が宙に浮いてたら大抵の人は驚くと思いますけど……」

「そうか? 魔王なのだから頭上に顕現するのは当たり前だろうに」

「いやぁ、物理的に浮く必要はないのでは?」

「ふははははは! いや冗談ゆえそこは突っ込むな。で、体は動くか? 部下から貴様が目を覚ましたと聞いてアーセファに仕事を押し付けて様子を見にきたのだが」


 どうやら心配してきたらしい。仕事を押し付けた、というのは少々気になるが。


「ええ、少し怠惰感があるだけで問題は無いかと」

「おお、ではこれについて教えよ」


 と、アラムのリュックをガサゴソと漁り色々とベッドの上に広げる魔王。まるでその顔はクリスマスに貰った大量のおもちゃを選別している子供の様に無邪気だ。


「これだこれ、この武器で貴様は我が結界を破ったのだ。覚えておるか?」

「勿論覚えてますよ。あとそれは武器ではなくてヒートカッターっていう工具です。まぁ今は壊れちゃってますけど」

「なに、工具とな!? ふはははは、聖剣ではなく工具で我が結界を破るとは、ははははは!」

「魔王さんはその、よく笑うんですね」

「おお、愉快だからな。面白きことあれば大いに笑い。悲しきことあれば黙して受け止める。怒らねばならねば激昂し、喜ばしいことあれば同胞とそれを分かち合う。それが生きるということだろうに」

「……僕には難しいです」

「そのだな……貴様はあれだ。ともかく自信がない、劣等感か? それに他人に対して潜在的に恐怖心を抱いているとみえる。その為に自分を出せず人生を謳歌できていないな」

「魔王さんは占いができるんですか?」

「ははは! まさか、何度か言葉を交せばそれがいかような者か判断できる。目の動き、口調の変化、問いへの返答に掛かる時間。為政者なれば当然に身に付ける能力よ」


 当然に、と言いつつやたらと自慢げなのは気のせいだろうか? いや、自慢したいのだろう。

 どうにもこの魔王、気安い。とにかくフレンドリーで子供っぽい。


「アラム様。お水を……」

「おお修道女。邪魔をしておるぞ」

「……魔王ガウハル、なぜここに」


 壺の様な容器に水を並々と入れ現れたキレスタールは、ドアを開けた瞬間硬直した。

 魔王ガウハルに向けられる警戒心と僅かな敵意は、まだ彼女が魔族のトップである彼に気を許していない証拠なのだろう。アラムの手により表向きに有効な関係を築いたとはいえ魔族が敵と幼い時から教え込まれている彼女にとって、ガウハルと対峙するとどうしても緊張が走るらしい。


「自分の城ならばどこに行こうと我の勝手であろう? と、いや失言だ。あまり意地の悪いことは言わんでおこうか……この青年と貴様と話をしにきたのだ。キレスタールよ」

「話、とは?」

「まぁ雑談よ、栗毛との話は大方済ました。だからまぁ、次は貴様の番だな……教会から使われし修道女よ。貴様はこれからどうするのだ?」

「なぜ、貴方にそれを教えないといけないのですか?」


 彼女らしからぬ刺々しさで魔王の問いを突っぱねるキレスタール。しかしそう言われても魔王ガウハルは気分を害した様子もなく、ただ黙して少女を見つめていた。

 そんな魔王に観念してか、キレスタールは凛とした目で魔王を見据え、口を開いた。


「……私めは、私めはアラム様と共にバイトなる船に乗せてもらおうと思っております」

「そうか、それは貴様が選んだのか?」

「はい、私めは自分の意思で、歩み始めました」

「――そうか、そうか! うむ。自ら考え道を選ぶか。良い答えが聞けた」


 少女の言葉を噛みしめる様に、そして喜ぶ魔王ガウハル。


「なぜ、そんなに嬉しそうなのですか?」

「いやなに、貴様がどこぞの馬鹿と似ていてな」

「回答になっておりませんが……」

「ふはははは! まぁ回答は濁させよ。ではよく療養するように、なに、バイトから来た船員とやらが今は変わりに血眼になって仕事をしておるはずだ」

「いやいやいや! それ聞いたら気が休まりませんからね、僕は!」

「他が動けば自らも動けばならない道理は無し、休むのも仕事よ! ではな、すぐに元気になれ」


 そう言ってなんとも愉快そうに去っていく魔王ガウハル。そしてまるで嵐が去った後の如く静けさの中、アラムとキレスタールはお互いの顔を見合わせたのだった



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