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第七章「希望はきっと打ち上がる」 九話



「くそっ! 舐めやがって、火筒か? いや雷鳴剣の守りを抜ける火筒など……何がどうなってやがる!」


 よく見れば、利刀という男の頭髪がその心情を表しているのか先ほどよりも燃え上がっていた。

 時刻はすでに正午辺りだろうか? 空を覆う黒い雲でも日の光を完全に遮れず明るい。ルアネを助けに一振りの住む小屋を出たのは明け方だったか、あそこから昼になるまで時間が経過、更にその中に山王との決闘が含まれるのだから、そろそろこの無名の忍といえど消耗が色が出てくるはずだろう。


「……」


 荒れ狂う利刀を前に、一振りは押し黙る。

 逃げる算段を、生き延びる術を、最後の最後にこの男を倒す為の活路を見出そうとしている。

 だが、利刀の後方、数ある銃口がそれを許さない。十中八九、一振りが怪しい素振りを見せれば銃弾の横雨が通り過ぎるだろう。

 ――それを、青年はわかっていた。


「ん?」


 草陰に潜む銃兵の一人がその異変に気が付く。ぼとりと、空から何かが落ちてきたのだ。鳥のフンではない。もっと重く、丸く、それは一目見て人工物だと判断できた。

 だがそれだけ、それが何かなど、この世界の人間に理解できない。そして銃兵がその手でそれを拾い上げようとした瞬間――炸裂した。


「次はなんだ!?」


 まだ冷静さを取り戻していない利刀に追い打ちが成される。絶対の有利を取っていたと思っていたのに今その盤石の布陣が理解不能なものによって覆されているのだから、たまったものではないだろう。


「もしや……青年の絡繰りか」


 空に一瞬、透明化しているアラムの万能偵察機が光の屈折を処理しきれずちらりと見えた瞬間に一振りは何が起きたのか察する。

 アラムは偵察機を使い安全圏から攻撃を仕掛けたのだ。


「と、とりもちだ! 空からとりもちが降ってきたぞ!」

「とりもちだと!? そんな馬鹿な話があるか!」


 まじかに爆発を浴びた銃兵が騒ぐ。そう、死んではいない……爆発的に膨張する粘着性の高い液体で、銃兵の動きを止めるだけの非殺傷武器なのだろう。ご丁寧に高くには広がらないので顔を覆い窒息死させる心配も無いらしい。


「ええい、撃て! 巫女仕えをこ――」


 ――ここで殺せと、ここで利刀が一振りだけでも殺そうとそう命令を下そうとするも遅い。さきほどの粘着爆弾が利刀の頭上にも落とされてきたのだ。


「ちぃ!」


 冷静を欠いた状態でのその判断は遅くはなく、むしろ早かったといえるだろう。だが今回はアラムの方が一枚上手だった。

 利刀が自分の頭上の粘着爆弾を刀の居合で弾き飛ばすもそれだけ、その隙に利刀と一振りの間に大量の粘着爆弾が数多くの偵察機によって降下される。

 連続する爆発音、それと同時に大きく横にそして人一人隠せる高さにまで膨れ上がる粘着質の壁が形成され火筒の射線を塞いだ。これはもう、逃げの一手として最上のものであろう。


「――見事」


 決断に用いた時間は瞼の瞬きよりも速かった。すぐさま青年の意図を理解した一振りは逡巡する間もなく青年のいる方へと逃走を図る。

 たった一人で三十人ほどの一小隊を相手取り逃走経路を確保せしめたアラム、これ以上ない働きに一振りは感謝し逃走を図る。だが、そこまでだ。


「舐めるなよぉ! こっちは殺しで飯を食ってんだぁ!」


 アラムの技術は利刀という男にとって未知ではあったが、同時にアラムとて利刀という男の全ての手の内を知ってい訳ではない。

 裂いたのだ。あろうことか紫炎を纏わせた刀で、利刀は粘着質の壁を縦一閃に刃を光らせ切り裂き道を作ってみせた。

 アラムの持つ新品のサバイバルナイフでも、船で使われる医療用のメスですらあの粘着質の壁をすぐさま切り裂くことなどできないだろう。ならばあの紫炎が何か特殊な力をもっていたのだろうか?


「逃げるな卑怯者、この臆病者がぁ! あの時のように、巫女を見据えてて逃げた時の様に尻尾を巻くのか!」


 決死に利刀が挑発をする。だが一振りは意にも返さない。内容的に安くはない挑発なのは察せるが、それでこの熟練の忍を振り向かせることなどできなかった。

 その変わり、地面にキラキラとした何かが撒かれる。鉄製のまきびしだ。


「ちぃ! 冷静に罠を撒くな! 一瞥ぐらいはしろ!」


 だがそのまきびしもそう意味など無い。一瞬だけ利刀の動きを止めるも、紫炎を纏わせた刀の一閃で全て吹き飛ばし道を無理やり切り開く。

 この人斬り、単純に強い。挑発、状況判断能力からみて、すでに冷静さを幾分か取り戻しているのだろう。それに疲弊しているとはいえ忍びである一振りと同じ速度で走れている脚力も侮れはしない。

 これでは埒が明かない。一振りがこのままアラムの元まで走っていいものかと考え始めた瞬間に、青年は更なる動きをみせる。


「一振りさん足を止めないで! 援護します!」


 草むらから飛び出しそのまま巨大なライフル銃を持ったまま青年は地面へと腹から不時着する。それと同時にライフル銃から反動吸収用の杭が自動で撃ち出される。

 そう、これは青年の筋力だけで撃てるものではない……いわゆる対物ライフルだ。


「なんだあの火筒は! いや長筒か!?」


 異様なその銃に利刀が驚愕する。アラムは大きく息を吸いこちらにくる一振りに当たらぬよう射線を確保しながら狙いを付け、その引き金を引いた。

 風が、空気が捻じれる。少しかすっただけでもその部位は一生使い物にならない大口径による螺旋の暴力が利刀を仕留めに掛かる。

 間違いなく殺す気で放たれたその銃弾と表現することすら憚られる一撃。それを、利刀は――。


「舐めるなよぉ!」

「なぁ……!?」


 ――両断した。今度はそれにアラムが驚愕させられる。対物ライフルの銃弾を刀で真っ二つにするなど人間には到底不可能だ。だが目の前でやられたので認めるしかあるまい。

 しかし利刀が苦しそうにその場で悶絶している。神技を披露はしたがやはり衝撃を全て逃がすことは不可能だったのだろう。腕の骨にひびが入ったか折れたかのどちらか……よく見れば一振りの者同様に刀も折れていた。しかし対物ライフルを受け、まだ刃が折れただけで原型があることに驚く。名刀か業物だったのだろうか?

 しかしなんという執念か。あの戦況をひっくり返された状況から一振りとアラムの首寸前にまでその刃を伸ばそうとした執念に、アラムは薄ら寒いものを覚えた。

 今のこの青年に敵ながらあっぱれなどという気持ちなど無い……利刀という男の底知れなさに鳥肌を立たせるのみ。アラムは対物ライフルの杭を地面から抜き、撤退を始めた。

 ――そしてそういう危険を察知する勘というか本能というものは、大抵当たるものであった。


「逃がすか! 逃がすかぁ! 雷鳴剣を失ったんだ! せめて、お前らを殺し痛み分けまで持っていかねばなるまいよ!」

「この……こいつ!」


 もはや、髪だけではない。全身を紫炎を纏い、顔に髑髏の様な影を作りながらその男は歩いてくる。両の腕など使い物にならぬだろうに、まだ撤退という選択肢を選ばないのだ。

 加え、すでに冷静さを取り戻しているらしくきちんと一振りのことも視界に入れ、警戒している。忍と人斬りは共に満身創痍、されどこの利刀という男がただの人間では無いのは明白だ。

 この紫炎がどのようなものなのか不明瞭な時点で、アラムも下手に動けない。


「一振りさん! あの紫の炎は危険ですか?」

「仔細は省く……いや、知らぬが、あれは噂では祟りらしい」

「祟りって……」


 ならば燃やされれば呪われるのか? 一度、撹拌現象を起こした世界でやたら偉そうな男を相手にしたがこの男、あんなものとは違う。

 この男はきちんと人を殺すことを業とし実力もあり、なにより自分が“殺されること”をきちんと理解している人間だ。それだけでアラムにとって脅威なのだが、それにあの紫炎が危険なものならば厄介極まりない。


「……(ここで仕留めるのが正解か?)」


 すると少しの間だけそんな思考に意識をやったアラムに紫炎が飛んでくる。アラムは手にしていた対物ライフルを盾にしてそれを防ぐが、武器はドロドロに溶けてしまった。


「死ねぇ巫女仕え! 雷鳴剣を壊した借りは即刻返す! そこの餓鬼共々、灰と化せ!」


 利刀の前身から出ている紫炎が燃え上がる。刀など無くともこの炎だけで疲弊した一振りとアラムなど簡単に殺せるだろう。

 固唾を飲み、手を考え続けるアラム。

 ――その瞬間、飛翔音がアラムの耳に届いた。それは剣であり、槍であった。紫炎を纏う男を突き刺さんと斜め上から降り注ぐ。


「ルアネさん!?」

「アラム、ごめん遅れた!」


 ここに来ての援軍にアラムが一瞬だけ安堵する。これで逃げられると……だが、その考えは見当違いであった。


「――は?」


 そんな素っ頓狂な声を出したのはルアネであった。彼女が魔術で飛ばした武器はどれも鳥が飛ぶような速度である。それは利刀は炎で作った刀を口に加え、その全てを弾き飛ばしたのである。

 両腕が使えぬのならば口で武器を持てばいいという発想なのだろうが、あまりにも怪物じみていた。もはやこれを人間と呼ぶ者は少ないだろう。


「なんなのよ、こいつ! アラム!」

「あぁあああああああああああああ!」


 そして、利刀は新しく現れた敵などもう興味など無くただまっすぐにアラムに突進する。一振りではなく、飛び道具を使うであろうアラムを先に狩ると決めたらしい。

 ぶわりと、脂汗を流し横に大きく飛び利刀が口に加えていた紫炎の刃から逃れるアラム。だが二度目は無い。もう一度襲い掛かられればアラムは確実に殺されるだろう。


「ちょっとは怯みなさいよね!」


 それを見てルアネが武器を飛ばし、一振りも大きな針の似た暗器を飛ばす。だがそれを利刀は避けなった。背に針が刺さり、剣と槍で胴を貫かれようと意に介さない。


「本当になんなのよ、こいつ!」

「――逃げろ!」


 アラムと一振りが叫ぶ。だがここに来てアラムの腰が抜けた。生粋の戦闘職かどうかの違いがここに来て出てしまったのだ。

 だが無理もない。この鬼気迫る利刀を見れば、屈強な格闘家でも委縮してしまうだろう。青年は手を地面に叩きつけながら何かを探す。先ほどルアネが飛ばした武器、その外れた剣が丁度横にある。銃を召喚することを忘れ、これで身を守ろうとしたのだろう。

 その剣を、歯をカチカチ鳴らし泣きながらもアラムは“どこかで見た”ことを思い出す。だが詳細が思い出せない。なにより今、そんな余裕など無かった。

 そしてすがる様にその剣に手を伸ばし、柄を掴んだ瞬間――確かに“利刀”が吹き飛んだ。


「……!」

「は? え?」


 驚きは三人、冷静に腹に蹴りを入れられた利刀本人とアラムの仲間二人。何が起きたのかは、蹴りを入れた本人にしかわからなかっただろう。


「は! なんだなんだ! 随分とピンチじゃねぇか! おーい、喧嘩かぁ?」


 そして、あまりにも青年らしからぬ言葉が青年の口から出てくる。気が狂ったのだろうか?


「しっかし不愉快な雨だな? あー、ここはどういう場所だ? おい、誰か教えてくれ!」

「……お前、なんだ?」

「ああ? どこからどうみても色男……いや今は皮はそうじゃねぇかもしれねぇが、まぁ霊魂の波長が、ほら、そういう感じだろ! それよりお前、なんか燃えてるけど……大丈夫か?」

「答えろ! さっきまでの臆病な餓鬼じゃないだろう。お前は誰だ?」


 言われ、アラムは、いや……アラムらしき何かはニタリと笑った。

 周囲は混乱する。何が起きたのか、この状況は何なのか。だが、それはそんなことを説明しない。だが、誰だと聞かれたらただ、いつの日か終焉の名を冠す竜と相対した時と同じようにこう答えるのだった。


「野郎に名乗っても仕方ねぇんだがよぉ……まぁいい。俺はお前の名前なんざ覚える気はねぇが、それでもいいなら名乗ってやるぜ!」


 圧倒的な自信、強い眼差し、そして挙句には快活な笑み。アラムに持ちえない全てを携えながら、アラムであるはずのそれは確かにこう名乗ったのだった。


「俺は! 強欲のぉ、ドラゴノスだぁ!」



 まず、言い訳をさせてほしいのですが……一応、伏線として第五章の最後……バルバット王の口からドラゴノス帝国が宝剣を戦場で無くし上へ下への大騒ぎっと言ってたんです。へ? 覚えてない。ですよね!

 で……その剣、実はルアネさんが持ってました。

 ええ、帝国を象徴する国宝の剣です。現実で、更に日本で言うと三種の神器を盗んだ感じですね! うん、かなりヤバいですね! なぜそうなったのか、そしてこれからどうなるのか……次回にご期待ください。では。

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