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第七章「希望はきっと打ち上がる」 七話



 気が付けば……雨脚は激しくなり、黒い雨は豪雨となった。それが腐り朽ちている切り株たちに突き刺さる様に降り注ぐ。

 一振りが伐採場と呼んだこの広場にある全ての切り株は黒く腐り果て、少しの衝撃で崩れる。かつて人間に荒らされ、長い時を雨に打たれ死滅し、そして今現在、二人いる男の戦いの場になっていた。


「一振りさん……その――」

「直に終わる。それよりも身を守れ、あの大鬼はたまにとんでもないことをする……そうなれば庇いきれん」


 戦いを止めたかったのか、それとも武運を祈る言葉を送りたかったのか……青年が二の句を口にする前に一振りはそう指示を出した――その前方、遠くを一点を凝視しながら。

 その視線はもう、この戦いが終わるまであの大鬼から逸れることはないのだろう。鉄傘の下からやけにぎらつくその目を見れば、並みの動物ならばすぐに逃げ出そう。


「久しいな、忍。お前とやるのは」

「……だな」


 険しい顔つきの一振りとは違い、山王と呼ばれる鬼は上機嫌だ。その角同様、下あごからやけに伸びた犬歯がにたりと笑うことにより、遠くからでもよく確認できた。

 ――いつの間にか、音もなく一振りは構えていた。

 青年が瞬きで視界を遮ったその一瞬で構え終わっていたのだ。刀を水平にし、少しだけ屈みこんで、その刀の刃よりも鋭い目で大鬼を無言で睨んでいる。

 それに味方であるはずのアラムが気圧され唾を飲んだ瞬間に、一陣の風が吹いた。


「ぅ!」


 驚きから青年の口からなんともいえぬ声未満の音が出る。人は、肉体のみであんなにも早く動けるのか? ギャレンこそが身体能力の最上位だという青年の認識がこの数秒で覆された。

 あの白竜公が研鑽の極地とするならば、この無名の忍は傑出した技巧の(すい)である。一振りは魔術を使っていないギャレンより速い。足場の悪い切り株だらけのこの戦場で、隼の如き黒い影が大鬼を目掛けて飛んでいく。


「はぁ!」


 それに歓喜したのは今まさにその最速の動きで剣先を向けられている大鬼自身だ。その巨体からは連想できない反射速度で、真正面から突っ込んできた一振りに目掛け蹴りで腐った切り株ごと土砂を蹴り、土砂の散弾を浴びせる。

 それでアラムは終わったと思った。人間離れした速度でのただ真っ直ぐ、目標物目掛けての最短移動、そして超人的な反射神経による追撃(カウンター)、ならば後は両方が衝突するだけだ。そこに回避も防御も行えるという選択肢は存在しえない。常識で、青年はそう考えた――だが違う。

 鋭い煌めきが二つ、鬼の斜め横から飛んでいるのをアラムは視認した。青年の常識など、あの忍は易々と飛び越えたのだ。


「え?」


 大鬼の首すれすれ、肩甲骨辺りから控えめな血しぶきが上がり、そこで初めて間抜けな声を出す青年も無言で笑む大鬼も、一振りの現在位置を把握した。

 ――避けていた。野生動物でさえ回避など不可能な超高速の一撃を無名の忍はなんなく避けて、投擲物を投げながら大鬼を中心に時計回りに駆けていた。大きさからして手裏剣やクナイではない。そも、そんな小さな物ではあの大鬼の厚い皮膚を貫けない……ならば、投げたのは小太刀か何かだったのだろう。


「忍ぃい!」


 大鬼は再度歓喜する。鉄傘の影から自分を射抜くその鋭い眼光に、どんな名刀でもあの眼の鋭さには敵わないだろう。


「最高だ!」


 先ほどの飛び道具の返礼といわんばかりに、大鬼はその手にしていた金棒を地面に突き刺す。それに何をするのかと青年が訝しむ間もなく、回り始めた。

 そう、回転だ。暴力的なまでに、単純で力強い回転だった。地面に刺した金棒が地をえぐり、土砂の波を作る。

 先ほどの散弾など比ではない。山崩れの様な土と勢いが大鬼を中心に四方八方広がっていく。

 青年が慌てて身を引くしてとんでくる飛礫(つぶて)から身を守る。土砂の波は青年の所までは来ないが、青年より大鬼の近くにいる一振りにはそれが迫る。


「――馬鹿力め」


 自分を飲まんとするその土砂の波、それに一振りは悪態一つ吐いてから冷静に大きく後方に飛びのき逃れるも、銃弾の如く飛散する石礫(いしつぶて)はこの忍を逃さない。

 散弾の嵐、いや、これはもはや広範囲爆撃だろう。逃げ場など存在しない。ならば次の一手は決まっている。

 頭にある鉄傘だった。肉を抉り貫く石の銃弾を一振りはその被っていた鉄傘を手にして盾にすることにより凌ぐ。機転を利かした訳ではない……身に沁み込んだ動作だ。この鉄傘は本来こういう時の為に用意された忍び武具なのだろう。


「好機」


 そして、地面を抉る音の轟きが震え終わる前に一振りは鉄傘を捨て、刀を片手に先手を打つ。

 先の攻撃で形成された小山、その真ん中には穴が開いており、その中心に先ほどまで巨大なドリルと化していた山王がいる。一振りはそのアリジゴクに一振りは迷わず飛び入った。


「ふはははははははははは! やはり戦いとはこうあるものよぉ! なぁ忍ぃ!」

「――っ」


 一振りは山王の問いに答えない、いや答えられない。自分の怪力に臆せずつっこんでくる人間に山王は歓喜しているが、この無名の忍はただただ冷淡に状況を分析し最善の一手を選ぶことに善集中力を注ぎ、単純にその余力など無いからだ。

 そも、この大鬼に人の身で立ち向かうなど自殺行為なのだ。それこそ大人数で取り囲み銃弾を浴びせるぐらいしか、人がこの大鬼に勝つことなど無理だろう。

 だが、それを承知で一振りの刀は近づく。だが何も無謀でただ近づいた訳ではない。

 再び忍から煌めく何かかが二つ投げられる。黒い手裏剣だ。だが今更こんなもの投げたところで大鬼は気にしない……それが寸分違わず目に向けられ放たれていなければだ。


「!?」


 あれだけ楽し気に笑っていた山王が慌てて目を見開いて腕を前にしてその手裏剣をその太腕に受ける。

 鬼、それは怪力無双の怪物であり刀を通さぬその厚い皮膚を持つ大妖だ。まず接近戦では勝てない。だが、そんな鬼にも弱点はある。あの竜にされも逆鱗という弱点はあるならば、鬼にも弱点はあり、そしてそれは人間とさほど変わらぬのだろう。

 ――眼球、そして首の薄皮だ。


「山王!」


 その声を確かに大鬼は聞いた。自分の名を呼ぶその声を自身の“真下”から聞いた。一瞬の防御行動、そのわずかな隙で一振りは大鬼のすぐ下に素早く潜り込んでいた。

 既に敵の接近を許した。ならば大鬼がやることは一つ、その怪力をもってこの強者を叩き潰すのみ。山王は金棒の柄を一振りの脳天目掛けて振り下ろす。

 最高の威力を出す動きではなく、最速の速さを生む動きでもない。だが人一人を殺すには充分な威力と膂力を兼ね備えた一撃だ。だから迷いなく山の王の名を持つこの大鬼はそう行動した。

 それを――。


「なぁ!?」


 一振りは弾いてみせた。なんの変哲もない刀で、大鬼の一撃を弾き飛ばしたのだ。無論、人間が易々とそんなことはできるはずもない。

 相手の動きを殺せる位置、そこに近づくまでの計算、そしてなにより相手の一撃に合わせた足運びとその剛剣を合わせてのカウンター、その全てを完璧にやったこその結果(現実)だ。


「はは、ははははははは!」


 まさか、鬼ではない人間がここまでするとは思わず山王は笑うしかなかった。それは歓喜であり感謝だ。これほどまでの強者と戦えた幸運に対することへの。

 そしてそのまま刀は山王の首元へと跳び、刀で半月を描き……静かに着地した。


「……」

「……」


 だがそれだけ、首どころか血すら落ちない。


「おい、忍……なぜ俺の首は落とされていない?」

「よく見ろ、刀が折れた。動きをある程度殺したとはいえお前の金棒での一撃を受けたのだ、刀の一振りや二振り……折れるに決まっているだろう。このような刀で貴様の首など斬れん」

「折れていなければこの首が落ちていたのか……そうか」


 折れた刀を見せながらつまらなそうにそう説明する一振りと、それを見る山王のなんと悲痛な顔か。まさか、そのまま殺された方が良かったというのだろうか?


「山王。一族の長が戦いに興じる生を送るなどあり得ぬことなのだ。長ならば生きて仲間を統率し、やるべきことをやれ」

「そんな説教、村の老いぼれ共に何度もされたているわ。今更お前の口からなど聞きたくない」


 少し拗ねる様にそう言い放ち、苦虫を噛み潰した顔で舌打ちまで追加する山王。まるで子供だ。


「で、合格か? この忍刀は鬼の長を一時でも楽しませられたのか?」

「もう一度、と言いたいが合格だ。今日は見逃す……ああいや、やはり、もう一度は駄目か?」

「二言など勘弁しろ。次やればこちらは死ぬ」


 ダメ元で再戦を所望する大鬼に疲れ切った顔でそう突き返す一振り、それを見て山王は黙り込み、ため息を吐いてからこう言った。


「老いたな忍、若い頃ならばそんな(さび)れた顔などしなかっただろうに」

「……」


 何はともあれ大鬼の気は済んだらしい。この鬼が約束を破らなければ今日のところはアラムたちは無事に逃げられる。


「――っさん!」

「そら忍、客がお前のことを呼んでいるぞ。とっとと――」


 と、山王が四方八方砂の坂に囲まれた蟻地獄の中心で一振りに早く行けと促す。だがそれを、山王が手で静止させた。


「待て、声色がおかしい」


 一振りに言われ、アラムの声に耳を澄ます二人。その瞬間、黒い墨を零した様な天に確かに紫色の稲光が走ったのを、忍と鬼は確認する。


「これは――忍、伏せろ!」

「何を!?」


 咄嗟だったのだろう。見逃すという約定を守ろうとしてか、大鬼は一振りに覆いかぶさり一振りを庇う。だがその前に二人のいる場所は何か大きなエネルギーが迫ってきているのか、全ての物の輪郭があやふやになった。


「――逃げてください!」


 天から紫電が落ちる直前、山王に覆いかぶされる前に一振りは確かにその切羽詰まった青年の声を出すあの空を飛ぶ黒い機械が消し飛ぶのを目の当たりにしたのだった。



 激突する無名の忍と鬼たちの頭。黒雨降りしきる中、辛うじて一振りは鬼の頭を退ける。

 だが、その戦いが終わった瞬間に突如強烈なエネルギーが戦いを終えた二人に降りかかる。


 次回「利刀」


 あと次の更新はいつも通り翌朝八時十分の予定となります。

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