第七章「希望はきっと打ちあがる」 二話
カーインが贔屓にしている民間の巨大な転送施設、そこを船内が就寝時間となり静かになった頃に貸し切りにして彼女の救出作戦が始まろうとしていた。
なんでも公共の物ではアラムの理論を組み込んだ転送の負荷に耐え切れず、潤沢な資金で何台も転送機を回せる施設を民間から借り受けたのだとか……公費というものは切り詰められるのが常だが、人命に関わる命綱に金を余分に落とさぬとはとそれを知ったガウハルがため息を吐いて「どこもそういうものか」と嘆いていた。
現在、第一研究所の選りすぐりの技術者をかき集め、急ピッチで時空の乱れに対応した転送機が組み上げられて行く。所長はあれだが下の者は優秀らしく、アラムは暫く眺めていたが今から自分たちを飛ばす機械だというのに口を挟もうとしなかった。すぐさま彼らの転送機における技術の見識が自分より数段優秀だと悟り、任せたのだろう。
そんな選りすぐりの技術者により見栄えなど気にもせず、ぐちゃぐちゃに配線を繋げた突貫工事で偵察機を飛ばしての試験運用が何度も行われていた。
それを無表情で眺めるアラム、そしてかれと共に飛ぶメンバーに選ばれたキレスタールとルアネもそこにはいた。これから青年はこの二名と共に呪怨降る世界へと飛ぶこととなる。そしてもう一名、本当にどこからこの情報を聞きつけたのか当然のようにガウハルもいた。
「成功率、三時間前より数パーセント上昇しました。最低想定値を突破!」
と、その言葉を聞いてアラムがそろそろ自分たちが飛ぶことになると察して、二人を見ずにこう言い放った。
「その、巻き込んでしまい申し訳ありません」
作戦前の会話はそんな青年の謝罪から始まった。
「栗毛よ、貴様が頭を下げる道理は無かろう?」
「ありますよ……カーインさん救出は僕の意思でもありますから」
「そうではない。修道女とこの才女は栗毛の行動に賛同していると見える。誰も嫌々貴様に付きあっている訳ではないゆえに、その謝罪は不要だと言っているのだ」
周囲の者が慌ただしく動く中、ガウハルが少し説教臭くそう語る。それに目でそうだと賛同するかのようにアラムを見つめる女性二人、先ほどの謝罪は無粋であったのだろう。
「でも、ルアネさんは終焉の竜を倒して平穏な暮らしを手に入れたばっかりなのに……何かあったら僕はギャレンさんにどう顔を合わせていいか」
それでも青年はこんな時でも申し訳なさそうにしてそう言葉を続ける。
「もしそうだとしたらこの船に乗った私たちの落ち度ってだけでしょ? アラム、なんでもかんでも責任を持とうとするんじゃないの」
「……でも、ギャレンさんは納得したんですか?」
「え? そんなのしなかったわよ。だから口論になったから無理やり魔術で眠らせてきたわ」
「い、いやルアネさん!? そんなことしてきたんですか、あなた!?」
「だって何回も説明しても理解しないしあいつ、つい面倒くさくなって……ま、続きはカーインを連れて帰ってからにするから気にしないで」
あっけらかんとそう言い放つルアネ。微塵も自分が死ぬなどと考えていないその態度にアラムは数秒間、口をパクパクとさせてからなんとか言葉を絞り出した。
「いや、死ぬかもしれないんですよ。これが最後の会話になるかもしれないんですよ! 今からでも遅くはありませんからもう一度よく考えて――」
「そんなの理解してるわよ。でもね、人生っていうのは死や小さな不幸でさえ恐れた瞬間に選べなく選択肢が多すぎるのよ。だから私は常に全てを取りに行く、私の命もカーインの命もキレスタールとアラム、あなたたちの命もね。それができる才と実力が私にはあるのよ」
――断言した。ありとあらゆる不幸を才能と実力でねじ伏せるとこの才女はそう言い切ったのだ。
「幸運に思いなさいアラム。あの馬鹿でもそこの魔王様でもなく、今回私があんたに同行することをね」
腕を組んですっと背筋を伸ばし不敵に笑うルアネは文句のつけようのないほど頼もしかった。
「具体的に言えばまぁまずは転送の成功率、マズったら私が土壇場でどうにかできるかもしれないから」
「それは……どういう?」
「異なる世界の転送って技術的によくわからなかったから、少し前にあんたの師匠にあれこれ聞いたのよ。で、私の魔術で補強できそうだからそこは期待しなさいな終焉の竜から見て盗んだ瞬間移動魔術、今でも魔力かなり持っていかれるけど一応はできるから、それの応用でなんとかするわ」
「へ? 師匠に会ったんですか?」
「あー……色々とあってあっちから接触してきたのよ。しかしアラム、あんたの師匠とんでもない傑士ね。こっちの領分にまで見識が深いじゃない」
「まぁ、もう何年生きているのかよくわからない人なので、知識や技術力ならこの船でも相当上位かと」
師匠であるターレブ女医を褒められても別になんとも思っていないのか無表情でそう肯定するアラム。と、そんな青年の前にずんっと半透明の髪が突き出された。
いうまでもなくこんな髪をしているのはキレスタールだ。
「アラム様」
「は、はい」
少女、と呼ぶには成長した彼女の妙な迫力に気圧されアラムは後ずさる。
「私めはあなたの命を守る守り人としてこの船に乗り込みました。なのでこういう時は率先して“巻き込んで”いただかないと困ります」
「いやぁ、でもですねキレスタールさん」
「アラム様」
「あ、はい」
「困りますゆえ」
どうやら無表情でわかりにくいが怒っているらしい。
「……はい」
無理やり青年からそんな返事を引き出して、満足げにアラムの隣に付くキレスタール。
それをルアネはニヤニヤと眺め、打って変わって魔王ガウハルは苦虫を噛み潰したかの様な表情で固まっていた。
「……何か?」
ルアネではなく、苦悶の表情を浮かべるガウハルにキレスタールは不服そうに質問を投げかける。基本この魔王に対してこの青年の守り人は塩対応であるのだ。
「いや、許せ修道女。貴様の元となるあの聖女を思い出してな……」
「聖女様に?」
「そうだ……別に他意など無い。そんな怪訝そうな顔をするな……それよりも才女よ、白竜公への言葉ぐらいは置いていってもらおう。救出に向かえば十中八九こちらと連絡が取れぬと聞いておる。その間、不安に駆られるであろう奴をなだめるのは我が役目となろうて、その時にそなたの言伝でもあれば少しでも楽なのだがな?」
と、そんなことを頼まれキョトンとするルアネ。まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。少し考える素振りをしてから、笑いながらこう言い放った。
「あんたも周囲を巻き込んで私を好き勝手助けたんだから、今回は私の番よって伝えといて。あー、後あっちで私とキレスタールじゃ手一杯って感じたらきちんとあんたらを呼べるように動くからとも」
「承知した。しかし、先の発言から一人で全て片付ける気でいるかと思ったが?」
「億しはしないけど奢る気なんて無いの、そこら辺の線引きはきちんとできてるつもりよ」
「ほう。流石、とだけ評しておこう」
ガウハルの褒め言葉を当然といわんとばかりに聞き流し、ルアネは何か思い出したかのような表情をして、アラムとキレスタールの前へと歩み寄る。
「アラム、キレスタール、ちょっとこっちに来なさいな」
「はい」
「……はぁ、あなたたち気を張り過ぎよ。常時そんなんだといざって時に空回るわよ? 考えすぎて変な行動なんかされても困るからちょっと気を緩めなさいな。はい、お呪い」
そう言って固い顔をしている二人のでこを指でトンと叩く。
その小さな痛みにアラムとキレスタールは目を瞑り首を後ろにのけぞらした。そしてそのまま二人はお互いを見る。
「準備が整いましたので……」
と、そんなアラム一行に純血主義の黒服が駆け寄り仕事の開始を告げた。
もう時間らしい。
「ではキレスタールさん、ルアネさん……カーインさんの救出、必ず成し遂げましょう」
「はいはい、任されたわよ」
それにアラムは顔を叩いてから準備された転送機へと向かう。と、そんな青年にガウハルが笑みを浮かべてこんな言葉を送った。
「栗毛よ。あちらでは何が起きるかは予測不能であろうが、もし我を呼べる段取りを整えたならば白竜公と共にいの一番に駆け付けようぞ! では、武運を、いや、貴様の場合は悪運か?」
「そこは素直に武運でいいじゃないですか……」
そんなガウハルの言葉に辟易とした顔でそう言い返すアラム。そして、三人は転送機に乗り過酷な救出作戦を開始したのだった。
――瞬間、バチリという異音が青年の耳を貫いた。
だがすでに転送は始まっていた。体が軽くなり、視界も白に染まる。
急停止も抵抗も許されない。ただ青年は必死に無事に飛べることを祈り続けるだけだった。心臓が跳ね、嫌な想像で頭の中と心が満たされる。
――もし、転送に失敗したら?
手足の欠損はまだいい、即死も十分にあり得るのだから。
――もし、同行する二人が死んだら?
ルアネが死ねば間違いなくアラムとキレスタールだけでは今回の作戦は遂行できないだろう。
もし、自分だけが犠牲になったら?
増援を呼べなくなるし、最悪カーインの死亡を確認しても一か八かで船への帰船もできなくなる可能性もある。飛んだ先での転送はこの青年頼りなのだ。
腹をくくっていたはずだ。死ぬ覚悟もしていたはずなのに、あの異音のせいで最悪の想定というものの底をどんどん思考というドリルで穴を開けてしまうのだ。
――そして、青年はいつの間にか滝の様な雨の中、一人四つん這いになっていた。
「……何が、起きた?」
まずは成功したのか? 失敗したのか? その疑問の解を得るべくアラムは周囲を見渡した。
体に打ち付ける雨粒に気が付き、空を見上げると黒い墨をぶちまけたかのような曇天が視界に入る。次に前、右、左、後ろ、立ち上がろうとして“あるはずのものが無かったので”体勢を崩し、その場に倒れたまま体をのたうち回らせてぐるりと周囲を見渡すも同行していた二人の姿は無かった。
「っあぁあ! キレスタールさん! ルアネさん!」
泣きながら大声を出して二人を呼ぶ。もしここに肉食獣だの危険な生命体がいればそれに自分の場所を教えてしまう愚行だった。だがそれを承知で青年は叫ぶも返答はない。
「くそぉ……痛、ああ、あがぁ! 右腕がぁ!」
泣き出す一歩手前の情けない声だった。声だけ聴けば手厳しい者は軟弱者と罵るだろう。だが、この姿を見ればそんな言葉引っ込むだろう。
青年の耳が自身の心音で塞がれる。そして、その痛みがピークに達した時、あれだけ煩かった土砂降りの音が無音になっただろう。
――底なし沼を思わせるほど柔らかくぐちゃぐちゃになった泥土の上に、青年は腕を捥がれた虫みたいになってただ一人、飛ばされていたのだった。
――転移失敗による右腕の欠損して他二名の安否不明。
通常、確立の低い転送は危険で普通はこうなります。今回はこれでも比較的運が良かった方で問答無用で死ぬ確率の方が高いです。
第一章のアラムはまさに幸運だったんですよ。いやまぁ、わざと辺境の地に飛ばされた時点で運は悪いのですが、幸運というよりやはり悪運ですね。




