第七章前日譚「そして彼女は消え去った」
「君みたいな人間から教わることなんて無いから、端っこで時間でも潰しててよ」
二時間前ほど、嘲笑交じりに青年がそう言われた。
今朝、ラウフがじゃあよろしくとどこかへと姿を消し、今日この青年の教えを授ける予定の生徒たちにさぁ自己紹介をと喋ってる途中に言われた言葉である。
さて、騒ぎ声が遠くから聞こえる中でアラムという青年は今、盛大に不貞腐れていた。場所はある日ラウフさんが戦利品として無理やり押し付けてきただだっ広い箱の中……それを青年はラボとして今日まで有効に活用していたのだが、今日は朝からこの場で優秀な学徒と交流会のようなものが行われるはずだったのだ。
しかし、スクールコンプレックスというべきか。あまり仲良くはできなかったらしい。この青年は学校で謳歌できなかった青春というものに強い憧れを持ち、同時にそれを謳歌する人間に強い敵意を持っている。
まぁ、学校に通えていたとして彼という人間が輝かしい青い記録をその人生に刻めるかと追及すれば、本人は黙秘権を遺憾なく行使するのだろうが……。
「なーんでぼかぁ、自分の話しすら聞こうとしない同年の子を相手に講師なんてやらないといけないんでしょうかねぇ?」
そんな青年のコンプレックスを刺激する存在が、だだっ広いラボが授業の自習時間で暇を持て余した学生が談笑していた。
それを猫背で一人用の椅子に座り、適当に用意した少し低めの箱に頬杖を突きながらアラムはそうボヤく。だがそれに答えを返すものなどいない。ただの独り言であり愚痴だ。
――事の発端は約三時間前に遡る。
ディザスターは存在するだけで時空に嵐を起こし、これにより時空転送は困難となりかの災厄が存在する異界へのジャンプの成功率は限りなくゼロに近くなる。
つまり、あの世界崩落の怪物が現れた瞬間に増援を送るどころか批難すらもままならないのだ。だが、アラムはあの竜と魔術の世界でそれを僅かだが確立を上げることに成功。急場でのトライ&エラーで生まれた偶然の産物ではあるのだが、実際ディザスターの前身となるクリサリス討伐の際に実用データもある技術だ。
それをこの場でアラムは伝授、改良していく場として今回このラボを解放したのだが……集められたのはなんとアラムとそう歳の変わらない学生であったのだ。
「この技術にはラウフさんも興味を示してたし、もっと力を入れて現役バリバリの技術者が来ると思ってたんだけどなぁ……」
数時間前にいた陽光の王子の言葉を思い出しつつ、青年は遠い目をする。
「あの人、これは画期的な新技術だ。そして君たちはこの船の未来を担う有望な新芽、私と共にディザスター打倒を成す技術をここで学び有益な時間を過ごしてほしい。とか学生に言ってすぐに僕にこれは試験的なものなので気楽にやってほしいとか説明しにきてましたけど……これ、そろそろ真面目にやらないと僕は船長辺りに小言を言われる奴だよねぇ」
流石は政治家、驚くべき二枚舌であった。さて、今回のこの授業はそのラウフの話によると断れない筋から頼まれごとをされたらしい。その依頼人というのが有名学術院のお偉いさんらしく、講師料は出すからぜひ今回の研究でうちの学生に経験を積ませてくれとかなんとか頼まれたとかなんとか。
この話自体は一週間前ほどから船長を通しアラムに伝えられていた。散々アラムはあーだこーだと文句を言って渋りに渋ったのだが、悲しいかな拒否権など初めから存在せず無理やり学生の世話を押し付けられたのである。
と、なれば気は進まないとはいえ仕事は仕事、そして青年とて金銭が発生するならばある程度の責任も自動的に発生するのは承知の上である。なのでその日から夜なべして資料を作成、わかりやすい冊子にして簡易的な教科書を作ったのだが……それも全部無駄になった。
――この生徒たち、最初からアラムを舐めており話など聞いてくれないのだ。
お前は下で自分たちは上。そう言われなんとか講師として話をしようとしても学歴がとか家の格とかそういうことを言われ、自己紹介すらまともにさせてもらえなかった。
とはいえ全員が全員ではない。数名の者が真面目に話を聞こうと主張はしたが少数だった為か声の大きな者に威圧され、今日一日だけの教室は見事に初手から学級崩壊を果たした。
そして今やこのラボで責任者であるアラムが眺めているにも関わらず、相も変わらずワイワイと騒ぎながら何か玩具でも探しているのか、複数名の生徒はラボにあるガラクタを物色し始めていた。
これが小さい子供だったらアラムも危ないと注意するだけで済む話なのだが……頭の痛いことに僅かに年上の方々である。注意をしたところで生意気だとかなんとか言われるのが落ちだろう。
まぁ、大勢のお客さんが来るということで本当に危ない物は全部見つからない場所に隠してあるので大事にはならないだろう。あそこにあるのは文字通り昔からの伝手でアラムがゴミ捨て場から収集してきた部品群で文字通りガラクタ、手を切るぐらいならば自己責任で押し通せばいい。
それにそう、あれはつい最近のことだ……このラボの床には隠し扉がありその中に知ってはいけなさそうなことが書いてある紙を見つけてあのラウフさんに全部引き取ってもらったのは。そこに全部鍵を付けた箱に押し込めて隠してあるので対策は万全である。
「ま、そんな対策なんて役に立ってほしくなかったけど」
人間、群れると気が大きくなる。学生の齢であればそれは顕著に表れるのだ。彼らも普段はもう自分たちは大人だと思っていることだろうが、どう見ても今のバカ騒ぎをしている子供にしか見えない。
「良い所のお坊ちゃんお嬢さんなんだから精々嫌味を言われるぐらいで済むと思ってたのに、まさかあそこまでやんちゃだと思わなかったよ。こんな仕事無理にでも断っておけば――」
「やぁやぁアラム君、何かお困りかな?」
と、青年が後悔と今後どうするかで頭を抱えるとそんな声が青年の隣から聞こえてきた。
「……びっくりしたぁ」
気の利いた挨拶の一つでも返せればよかったのだが、生憎とこの青年にそんな機能は期待できない。突如現れたそのアルピノの少女に思ったことを正直に伝えるしかできなかったらしい。
「カーインさん、なんでここに?」
「さっきお兄様から電話でアラム君がそろそろ困る頃合いだから顔を見せるといいとか言ってきたのですよ。なのでこれは身内がまた君に迷惑かけてるんだろうなと思いやってきた訳なのです」
なるほど、早々に姿を消したラウフはこの展開が読めていたらしく、助け舟として妹を動かしたらしい。とはいえカーイン一人が助っ人に来てこの学級崩壊が沈静化されるとは思えない。助っ人ならば本来の彼らの講師を呼び、成績を下げると脅してくれた方がマシだ。
「しかしこのラボ、危ない物もあるのに施錠してないのはどうなのかと思うのですがねぇ、アラム君?」
と、ちょっと責めるようにカーインは不用心だとアラムに注意する。この部屋には銃器もあるのだ。なのに鍵が掛かっていないらしく、白い娘は簡単に入り込めたらしい。確かにこれは問題だ。
しかしこれには事情があった。
「まぁ……事実上ここは僕専用の研究室みたいになってますけど、書類上は公共施設ということになっているのでボクが使っている間は出入り自由として解放しているんで……というかそう規則でそう決められてるんで」
世間一般に知られていようとなかろうと、規律を律儀に守るアラム君なのである。
「んん? それはどういうことなのかな?」
「えーと、ガウハルさんを巡って君のお兄さんと戦った時の戦利品としてラウフさんから送られたのがこのラボなんだけど、こんな面積の広い箱を貰っても税金だけで僕の財産は枯渇してしまうので船長が知恵を出してくれて……で、書類上はこの部屋は公共施設ということになってるんだ」
「あー、なるほどなるほど……つまり第一研究所と同じような免税方法をしていると。それにしてもお兄様……プレゼントのセンスが皆無すぎる」
そういう理由だったのかと苦笑いをしながら気まずそうにするカーイン。あれもこれも自分の兄が原因であればこの青年を責める通りは無い。
「あの腹黒お兄様がとんだご迷惑を……」
「まぁ、このだだっ広い倉庫でしかなかった場所も少し手を加えてなんだかんだ有効には使わせてもらってるので、今もこうして技術の交流会みたいな……みたいな……できてないけどぉ」
「ふんふん、なるほど。じゃあアラム君は今あの子たちに悪戦苦闘している訳なのかな?」
そう言われ顔を両手で覆うアラム。こうしてここの主にも関わらず部屋の隅に追いやられている自分をこの白い娘に目撃されたことを恥じたのだろう。
と、それに声を掛けることなくカーインはまじまじと騒ぐ生徒を観察する。
「うん。大体わかったかな」
「へ? 何が?」
「あの人たちのことが。じゃあアラム君、あの人たちの派閥はいくつあるかわかるかな?」
突然そんなことを言われ、目を白黒させるアラム。派閥、という聞き慣れない言葉が出てきたからだろう。だが意味は理解できる。要するにグループだ。
「まず僕がゴミ捨て場から持ってきた廃品を投げて遊んでいるグループがいるね。あ!」
円盤状の部品をフリスビー代わりにして遊び、たった今アラムがゴミ捨て場から拾い磨いて新品同様にした机に命中させ壊した集団を指を指すアラム君。そこそこ思い入れのある品だったのか悲しそうな顔をしていた。
「そうそう、あの子たちがこの中で一番大きな派閥なのですよ。見た目からわかるように流行に敏感で自分の意見をしっかり主張してそうで、更に友人という横のつながりが一番多い子たちの派閥かな?」
つまりはスクールカーストの頂点とその付近、上位グループ、最大派閥だ。
「で、あそこでそのグループを睨んでなんか悪口言ってそうなのがじめじめとしたグループ。いやぁ、実に親近感湧く方々だよ」
「親近感はとにかくそうだね。あそこ辺りは上位グループの下に位置する集団かな? うーん、周囲を威圧するみたいに睨んでるし、多分あまり他の子とは仲が良くない感じだと思うかな」
「それは確認済み。僕が発言権を失ってトボトボとその場から離れようとしてたら、君は低学歴の凡人だがチャンスをやろう。講師ということは今日の成績を付ける仕事もあるのだろう? なら僕らを満点にしてその他を最低点にしてくれよって言ってきたので社交性は低いでしょうねー」
「ああ……味方になれって勧誘されたんだね」
「まぁ、そんな極端なことをすれば後で船長に報告いって問い詰められそうなんで丁重にお断りしましたけど。というか初対面の人間に学歴どうこう言ってくる時点で喧嘩を売ってるとしか思えないんですけどぉ! 一瞬でも話しかけてきれくれた嬉しいと思った僕の気持ちを考えてもらいたいよぉ、本当に」
「えっと、嬉しかったの?」
「基本的にはぼかぁ、ちょっとでも構ってもらえると嬉しいというそういう生態の生物なんで」
凄くコスパいいでしょ? なんて言ってお道化てみるアラム。だがカーインは笑いもせず真顔だった。
「いいアラムくーん、インタービーナーズとしての仕事に関わることだから教えるけど、部外者にやたら友好的に関わる人というのはその集団に馴染めない人で、場合によっては性格に問題があるから馴染めてない人も多いんだよ?」
「それが僕らの仕事にどう関わると?」
「そういう人は、元いる集団になんとか溶け込もうと必死だから色々やるのですよ。例えばスパイとか。しかもこっちが何もやましいことが無いのに部外者に冤罪を掛けて手柄をでっち上げて自分は役に立ちましたぁーって言い張ったり、とか」
そういう経験でもあるのだろうか? カーインは苦虫を噛み潰した表情でアラムにそんな教えを授ける。それにあまりピンとこないのか、アラムはぼんやりとした顔で天井を見上げていたがそれでもそんな話だけで人間という生き物の業の深さに辟易としていた。
「どこの世界でも人間ってのは変わらないんだねぇー」
嫌だ嫌だと言いつつ、目の前の学徒に目をやるアラム。するとカーインが先ほどの会話の続きを始めた。
「それで、他の派閥は?」
「それは、この二グループだけでは? リア充とそれに嫉妬する愛すべき日陰者たちがあそこにいる人たちでは?」
「第三勢力もいるのですよ。まぁ派閥、と表現していいのかは微妙なところなのですが、我関せずと中立を貫く彼らも一つの大きな集合体なのですよ」
言われ、確かにバカ騒ぎしている生徒やそれに対して陰口を叩きまくる人間の他に、何かに没頭している生徒が点々と別れて存在していた。
「じゃあアラム君、それぞれ三つの派閥のリーダーは誰かわかるかな?」
「えーっと」
言われ、彼らを注意深く観察するアラム。
「……あの金髪の子と、水色……中立のグループはわからないかな」
「うんうん、じゃあこなたに付いてくるのですよ」
「いやいや、カーインさん!?」
先ほどのテストはなんだったのか、その意味さえ教えられず急に元気よく立ち上がり一団に近づいていくカーイン。そしてそのまま生気の感じられない茶髪の女生徒に声を掛けた。
周囲の者は突然の乱入者に目をやる。騒いでいた者は口説こうかと相談し、悪口を言っていた者はそのまま彼女の悪口を口にし、興味ないものはチラリと見ただけでそのまま無視を続けていた。
「はいはいどうもどうも、あなたのお名前はなんというのかなぁー!」
「……誰?」
「こなたはカーインというのですよ!」
「ああ、確かニュースでディザスターを倒した時に先頭指揮をしてたっていう……現場の最前線で活躍している人がなんの用です?」
怪訝そうにしながらカーインをあしらおうとする女生徒、明らかな拒絶の意思を感じてアラムがオドオドしていたがカーインは気にせずぐいぐいと女生徒に質問を続けていた。
「あなたは今、何をしているのかな?」
「研究課題ですよ……時間がもったいないので」
「ふんふん、アラム君これわかる?」
と、いきなりのご指名に自分の顔を指をさして困惑するアラム。一方茶髪の女生徒は一瞬自分の持ち物を隠そうとするも、すぐにそれを止めた。
見られたところでこんな奴に理解できるとは思えないと考えたのだろう。だが、アラムは彼女のノートを見てすぐに顔つきを変えた。
「へぇ、魔術転送の技術を科学分野に置き換える研究かぁ……ああいや違うか。これは通信技術の確立に重点を置いてるんだね」
その言葉にギョッとする女生徒。ノートを少し見ただけで自分が何をしようとしている鎌で言い当てられたのだ。
「なんで。わかったんです?」
「そりゃあ、テルナットの混合技術と時空間波長図が書いてあれば」
と、これに渾身のドヤ顔をするカーインさん。どうも普段日陰者であるアラムが褒められたのが嬉しいらしい。
「なんでカーインさんが自慢げなの?」
「むっふっふー!」
それにアラムは困惑するも、カーインは不敵な笑みを浮かべるだけであった。
「あなた、この分野に詳しいの?」
「うーん、現場に出てる偵察機。あれ……の通信技術は僕もある程度は関わらせてもらってるのでそこら辺の知識はそこそこ……まぁ、あなたより詳しくはないと思いますよ」
「次元越しでの通信技術を……あなたが? 信じられない」
本当は偵察機の基礎を全てアラムが組み立てたのだが、表向きは第一研究所の発明ということになっているので控えめなアピールをしておく青年。
「僕が朝に渡した資料の五ページ目を見たら信じてもらえれると思いますけど……ああ、五ページ目と八ページ目はあなたの研究に使えそうだと思いますよ? まぁ、それ以外はまぁ後学の為にチラッと見といてくれるだけでいいので、はい」
そう言われアラムが夜なべして作った資料に目を通す茶髪の女学生。すると感心したような呆れたような表情を作った。
「これまでにない新しいアプローチだけど、これ、エネルギー効率はどうなの? ギリギリ実用ラインはクリアしているけど」
「いやぁまぁ、いかんせん僕一人の手探りでなんとか実践運用にまで漕ぎつけた技術なんで、そこら辺はまだ改良の余地有りでね」
「でもこれ凄い……これ、本当にあなた一人で? 理論の発表は? 利権は?」
「そこら辺は第一研究所が秘匿してて、とはいっても一応は僕が発案なのでこうやって教材の中に組み込ませてもらいましたけど」
「私は第三から声が掛かっててそこ志望だけど……この技術はもっと横に広めるべきよ。ああでも改良の余地が……いや難しいわね? あなたどういう意図でこの技術を研究したの? 発展性についてどういう私見を?」
技術の粗さを指摘されたと思ったら素直に称賛されたりして、たははと喜びと困惑の入り混じった顔で笑ってみせるアラム。長年一人だけで新技術の開発に勤しんでいた身には新鮮な大剣だったらしい。
「へぇ、第一研究所! あなたがそんな凄い人だったとは」
と、三人が少しだけ盛り上がる中、金髪の男性が柔らかい笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる。それになぜか身構えるアラム。
「何か?」
「えーと、すみません……ラウフさんみたいな雰囲気でちょっと」
「私がラウフ様に? 悪い気はしないね」
アラム的には胡散臭いと言いたかったのだろうが、まぁ良い方に解釈してくれたならわざわざ訂正する必要は無いので黙っていた。沈黙は金なりとこの青年は知っている。
「しかし、ラウフさん、とは少々気安いのでは? 君は確か以前にラウフ様と試合をして奇跡的に勝利したらしいけど――」
「それはアラム君はお兄様のお気に入りなのですよ」
と、そのカーインの一言で目を丸くして固まる金髪の男子学徒。だが瞬時に今自分が誰を前にしているのかすぐに理解したらしい。
「これは、まさか……あなたはヴァンクロード家の次女様で?」
「そう、そして知っての通り家出娘なのですよ。あなたのご実家は純血主義だから親御さんからこなたの陰口を散々聞いてるでしょう?」
「まさか、ヴァンクロード家のご息女にそのような」
「まぁこなたのことはさて置き、あの多忙なお兄様が直々に出張って挨拶をし激励をしたというのに……随分と弛んでいるようなのだけれど、これはどういうこと?」
そう言ってカーインは未だにアラムが拾ってきた廃材を投げて遊んでいる学生へと向けられる。茶髪の女学生は肩をすくめてみせて、爽やかな印象を受けるこの金髪の学生は顔に笑顔を張り付けてこう言った。
「いやぁ、確かに。こういう貴重な場を設けてもらっているのにこう騒がれては迷惑ですね」
「なら“あなた”が止めては?」
「私が……それはなぜ?」
「あまりこなたを甘く見てもらっては困るのですよ。あなたが彼らのボスなんでしょうに? 少し見ればそれぐらいわかります」
その白い娘の言葉に肯定も否定もせずニコリと笑顔を見せてからその場を去る金髪の男子学生。そしてすぐ遊んでいる学生に声を掛けて彼らを止め始めた。
「はぁ……他人受けの良い態度と言葉、その裏で遊び他意盛りのエネルギーの有り余ってる子をうまくまとめて自分が手綱を引いて教師陣を味方に引き込み、学園で一番大きなグループを作り上げたってところかな? 純血主義の帝王学は嫌になるのですよ」
「へぇ、凄い世渡り上手」
同族嫌悪からか、少し侮蔑を込めてカーインはそう言ったのだろうにアラムはそれを聞いて素直に感心してみせる。それにカーインは呆れてこう付け加えた。
「アラム君? 君はあの子に舐められてたんだよ? あの子がその気になれば遊びまわってる生徒を止めるなんていつでもできたのにそれを放置してたんだから」
「それはまぁ、僕の威厳不足が原因だからさ。基本、他人は善意じゃなくて利益で動くものだし仕方ないよ。だからこそ善意で他人を助けられる人は尊敬されるべきだし」
「それはー……まぁ、そうだけど」
「ところで、この人に話しかける前に僕に各勢力のボスは誰だゲームしたのはどういう意図なんです?」
「あー、うーん……簡単に説明するとこの学生たちはじゃんけんみたいな関係になっているのですよ」
「あーとー、三すくみってこと?」
「そういうことなのです」
青春の勝者と敗者、そしてその他多数という普通の学生の人間関係ではないのだと白い娘は語り出した。
「あの金髪の男の子に緑の髪をした男の子は劣等感を抱き、緑の髪をした男の子に茶髪の女の子は一番警戒していて、茶髪の女の子を金髪の子は敵視している……そういう関係なんだとこなたは睨んだのですよ!」
「よく本人を前にそういうこと言えるわね……」
「でも当たっているでしょう? あなたは研究者としてここの学生の中で一番優秀。成績も常に上位なのでは?」
「その根拠は?」
「全部! 動作、位置、目線、そういった仕草で優秀な人材を嗅ぎつけられるようにこなたは育てられているのですよ」
「そう、純血主義の帝王学ってのは本当に怖いのね……さっきの話からあなた、そうとう家の格は高いのでしょう?」
アラムの作った冊子を読みながらカーインと興味なさそうに話す茶髪の女学生。そのマルチタスク容易く行う姿から彼女が優秀なのは理解できた。
「見ただけでそこまでわかるなら、生きやすそうね」
「いやぁー、こなたも敵は多いのですよ。貴方同様に。うんうん、成績や世渡りの上手さで嫉妬してくる人間なんかより、将来的に研究者として敵となるあなたを金髪のあの子は敵視している。でも露骨に嫌がらせをすれば自分の評価を落としてしまうリスクがある」
「そこである程度の悪知恵が回る子を自分のグループから外し、敵対勢力として育てて私たちをそこに取り込ませて対立できる大義名分を欲しがった。でも私はそれを見抜いて孤立することを選んだ。でも時々その敵対勢力が本命に敵わないストレスをぶつける発散先にされている。だから私にとって今現在、一番厄介なのはあの緑の髪の子……でしょ?」
「ほほう。こなたの読みは当たってたようなのですよ」
答え合わせがなされ満足げに腕を組み得意顔になるカーイン。実際、少しだけの観察でここまで人間関係がどうなっているのか言い当てられるのは凄いことだろう。
「なので一番優秀な人に声を掛けるだけで金髪の子はそれを無視できなくなる。何かの拍子で“差”を広げられたらたまらないからひっそり近づいて盗み聞きをする……そして無視できない情報が出たらあっちから話しかけてくる。で、ここでこなたがお兄様の名前を出して注意すればドーン! ということなのですよ」
と、そんな説明を聞いて口を小さく開けて呆けているアラム君。といか最後の全部面倒くさくなってドーンという言葉で全て片付けたインパクトで前の説明が全部吹き飛んだらしく、先ほどの話を理解できなかったようだ。
「色々とぉー、面倒すぎる……」
「成果の横取り、資金の簒奪に外部へのパフォーマンス力、重複した研究相手との潰し合い、研究者や学者っていうのはそういうつまらないものに一生煩わされる覚悟がいるでしょうに? だからこそ人を上手く使って利用するか私みたいに圧倒的な実力で黙らすかのどっちかしかないのに……あなたも私たちと同職ならそれぐらい知ってるでしょ?」
「ぼかぁ、そういうのは苦手なものでして……」
「そう、なら技術力があってもそれが無理ならあなたは研究者として才能は無かったのね」
その一言にちょっとむっとするカーインさん。だがアラム本人は別に気にすることなく、その言葉を肯定した。
「そうですね。偵察機の利権絡みのいざこざで、僕自身、研究者には向かないってのは散々思い知らされたんで……研究だけできてもこの船で開発者にはなれないと五年前ぐらいには知りたかったですよ」
「でも、個人でここまでの成果を上げれたのなら……あなた、きっと頭がおかしいのね。ある意味……羨ましいわ」
――それの言葉は侮蔑だったのだろうか? それとも本当に妬みを抱いたのだろうか?
「……」
アラムからは彼女が日々どういう葛藤を抱き生きているなど理解できない。
研究者として優秀で、それゆえに嫉妬され仲間外れにされてたった一人でこの船の社会の中で戦い続ける彼女の苦心など、一般人には想像もできないのだ。
だがもし、目の前に他者に煩わされず研究にだけ没頭できた人生がころころと転がったのならば……それを彼女は石ころではなく宝石と見間違うのではないだろうか。
「うーん、そんないいもんじゃないですよ」
「そう? ああ、あとこれについて詳しく質問したいのだけれど」
と、ここで話が変わる。茶髪の女子生徒は青年が夜なべして作った資料にマーカーを引いて根掘り葉掘りこの技術を自分の研究に応用できないか品定めを行う。
そう、あくまで品定め。ここにいる全員がアラムより優秀なのだ。学費を出せる親を持ったという幸運もあるだろうが、彼らが身を置いている学園はそれだけでは入れるような場所ではないのはアラムとて理解ぐらいはしている。
「じゃあ私はここについて知りたいんだが? 簡潔にまとめて説明してくれ」
「まぁ、この技術だけは有用そうだから利用してやろうじゃないか」
と、教えを乞う態度とは思えない言葉を発しながら金髪と緑髪の子が青年に近づいてくる。後は雪崩だ。廃品投げ遊びの延長線上で今度はアラムに質問をするのが遊びとなって続々と人が集まってきた。
「うぃー! アラム君は彼女とかいるのー? というか女の知り合いとかいるのぉー君?」
「いますよー。彼女なんて生まれてこの方できたことありませんけど、長いこと疎遠になっていた娘となら最近関係を修復しましたからねぇ」
「ねぇねぇ! なんか俺たちとそんな変わらないのに離婚してくたびれたおっさんみたいなこと言ってんだけど、こいつー!」
そんな茶化した質問にも慣れた様子で対応するアラム。撃てば響くことを発見した若者たちはアラムで遊ぼうとくだらない質問をし続ける。
だがたまに技術に関して聞かれたことについては彼は真摯に答えていた。そしてそんな彼に刺激されてか段々と茶化す生徒は減り、技術に対しての質問が多くなってくる。彼らとて研究者の卵、大小はあれど志はあったらしい。
そして最終的には講義、にはならなかったが勉強会みたいな感じで話し合いが行われる。ふざけていた者も真剣な顔つきに変わり意見交換を行い続ける。アラムの口から出てくる未知の技術と情報に驚きながら、ときおりなんでそんな無駄な工程を踏むのかと首をかしげながら彼らは語り合った。
「うーん……こなたのおせっかいは必要なかったかな?」
例え人間として尊敬できなくとも、自分にとって嫌な相手でもアラムは質問されれば真剣な顔つきで説明し、訂正されればその場で調べ自分の技術として吸収していく。こういう技術に関して素直な部分はきっと青年の数少ない美徳なのだろう。
そうしていつの間にか時計の針の速度は速くなり、解散の時間が過ぎるまで言葉が枯れることはなかったのであった。
それはアラムが幾ばくかの達成感を胸に、腹を空かせて帰路についている途中であった。
「やぁアラム君、今日は私の無茶な願いを聞いてもらい悪かったね……」
「……ひぇ」
「ひぇっとは新鮮な反応だね。アラム君」
その人物は一般人が使用する通路でエンカウントしていい人物ではなかった。
陽光を連想させるその綺麗なオレンジの長髪、柔らかい笑みと物腰、だがそれがすぐに有無を言わさない力強さを兼ね備えていると思い知らされることをこの青年はよく知っている。
「そのぉ……ラウフさん? あなた、こんな場所にいていい人物ではないでしょうに?」
そんな控えめな青年の言葉に、ラウフの後ろで佇む姫騎士もすっと目を閉じる。あれは肯定の意思の表れなのか、ラウフをさん付けで呼んだこの青年の態度に文字通り目を瞑っただけなのかは青年は判断がつかなかった。
「なに、運よく仕事が早く終わってね。まぁ、そういう風に調節はしたんのだけど……今日は君を労いたいと思ってここまで足を運んだまでだよ」
「結構ですぅ―」
「ははは、そうか。では家に案内してくれるかな? 君の部屋を前から見てみたかったと思っていたんだ」
青年渾身のお断り表明を軽く無視され、そのままトコトコと本当に青年の後ろに付いてくるラウフ様。道中通行人が目をギョッとさせ横切るラウフを見るも姫騎士の無言の圧で黄色い声を上げることなく去っていった。
「あのぉ……本当に僕の部屋に?」
「ああ、それとこういうものを用意していてね」
そう言ってからガサゴソと先ほどから手に持っていた紙袋に手を突っ込んで、何か取り出すラウフさん。アラムもその独特なマークが書かれた紙袋に見覚えがあったのだが、この御仁がもつには分不相応な物体だった為脳がそれであると処理してくれなかった物だ。
「ハンバーガーですか」
「そうだとも、前から食べてみたくてね! 我が姫騎士に並んでもらい買ってきてもらったんだ」
ふわりと暴力的で食欲をそそる匂いがアラムの鼻をこそばした。しかし、大金持ちにもなるとジャンクフードは珍しい食べ物になってしまうのかと青年が困惑していると、その足は止められる。会話をしながらでも自分の部屋を通り過ぎることなくここが終着点と体が覚えていたらしい。
「一応言っておきますけど散らかってますよ?」
「おや、片づける時間が欲しいのかな? なに、一人暮らしの男性の部屋にアダルトな雑誌や道具が転がってても別に驚きはしないさ」
「いやそういうのが存在しているかは強く否定できませんけどぉ! 部屋の前であなたを待たせている姿をご近所に見せる訳にはいかないんで、汚い場所に入る覚悟をしてもらいたいんですよ!」
「それは助かる。ここにはお忍びで訪れたのでね。なるべく人目に付かない方がいい。心配ないと言伝ぐらいは残してきたが、今頃家の者が大慌てだろう」
「今更ですけど、僕に会いにきて良かったんです?」
「良いとは言えないが、たまの我が侭だよ。まぁ、だからこそ何人か黒服の飛ぶであろう首を繋げておかなければ……いや、ここは少し私の具合がいいように整理しておこう」
サラッとラウフからそんなことを言われ、はいはいあなたはそういう人ですねと青年がため息を吐くアラム。少しだけこの人物に慣れてきたらしい。
「……本当に汚いな」
その言葉を吐いたのはラウフではなく、彼のお付きでマレカだった。顔半分を覆う眼帯をしていてもわかるほどアラムの部屋の惨状にその顔を大きく歪ませた。
アラムの部屋はそれはもう見事に物が散乱していた。本が五割、工具が三割、得体のしれない物が二割といったところだろう。
「今日は比較的まともな方ですよ。ほら、足の踏み場があるんで」
そう言って器用に散乱している物品の間を水辺を歩く鳥みたいに進んでいくアラム。それにこの姫騎士は何か言いたげだったが悩んだ末喉に出かかった言葉を飲み込んだらしい。
「椅子なんて気の利いた物は無いんで、ラウフさんはベッドにでも座っててください」
「そうか。悪いね」
だがラウフは別に驚く様子もなくアラムが足を置いた場所をなぞりベッドへと到達する。
それに手を上げ指をでラウフを追った姫騎士だったが、部屋の出入り口から動くことなくどこか浮かれた様子の主人を自由にさせていた。
「ああ、そういえば君は好き嫌いはあるのかな?」
「別にありませんよ? 昔何かのアレルギーはありましたけど、この船の素晴らしい医療技術で治りましたし」
「そうか、それは素晴らしい」
そう言って紙袋からハンバーガーを取り出すラウフ。
「ならば飲み物もこちらで買ってある。コップは準備しなくてもいい」
ベッドに座り、氷の入ったジュースの容器を揺らしてラウフはそう言う。
「もしかしてわざわざ僕の分も買ってきてたんです?」
「ああ、マレカと合わせて三人分を用意しているんだ。彼女は買い慣れているみたいなのでね。どういった物を買うのかも彼女に任せたのだが」
と、その言葉にかっと顔を赤くする姫騎士。まさか自分の主人にジャンクフードを買いに行っているのを把握されてるとは思っていたなかったらしい。
「ああ、マレカ、これが君の分だ。こっちまで来てくれると助かる。こういうものは熱いうちに食べるものなのだろう? 私に気にせず食べていてくれ」
「その……ラウフ様、知っていたのですか?」
「少し前に、ああ、情報の出所は教えられないがね」
「どうせオウカでしょう……何度か彼女にはハンバーガーを食べてるところを見つかり、横からねだられたことがありますから」
「はは。さて、それはどうだろうかな。彼女は私を嫌っているし、そんな世間話なんてしてくれないだろう? それにしても」
何がおかしいのかラウフはそう言ってから、アラムの部屋を隅から隅まで目をやる。
「ここはまるでドワーフの工房のようだ。いや、もっとこう……ああ、穴倉、という表現の方がそれらしいか」
「いやいや、こんな隣の部屋と間取りが同じな格安の借り部屋なんかが、どうしてドワーフの住処に見えるんですか?」
「見えるとも。ここは随分と君というものが“染みついている”ようだ。土と鉄を愛する彼らの聖域と似たものを感じる。しかし、朝に見たが……君が使っているはずのラボはここに比べると些か綺麗が過ぎた。もしや、何か気に食わない部分でも?」
「まさか、今更人に贈られた物にケチを付ける気は無いですよ。ただ、あそこは書類上は公共の場なので、自室ならともかく人の目があるならば整理整頓は欠かさないだけですよ」
そう言ってからアラムはラウフの隣に座る。お茶でも用意しようと台所を目指していたらしいのだが、ラウフの方で飲み物を用意していると聞いて、普段くつろいでいる自分のテリトリーに戻ってきたらしい。
そしてモグモグと手渡されたハンバーグを二人は食べる。だが無言はそう長くは続かなかった。
「そういえば今回、君の仕事を頼んできた御仁もドワーフだったか」
言われ、一瞬アラムがフリーズする。確か今日アラムのラボに来た学生は名門校らしい。純血主義の者が交じっていたのがその証拠だ。エルフとは正反対の彼らは、土と鉄を愛する者達で鍛冶師が多い。それに酒突きで声も気も随分と大きくと聞く。
そんな種族が名門校にどう関わっているのかうまく想像できなかったのだ。
「ドワーフですか? 確か断れない筋の願いだったとは聞いてますけど、ドワーフといえば鍛冶師になる人がほとんどですが……そんな偉い役職のドワーフもいるんですね」
「ああ、純血主義以外にも古くからこの船に根付く組織は多く、その一つの現在の長でね。随分と怖いお方だ」
「ぼかぁ、ラウフさんも十分すぎるほど怖いんですけど?」
「いやいや、私なんかと比べ物にならないさ。最新を走る技術者でもあり、あらゆることに精通している科学者でもあり、古くから生きる魔術師らしい。どれほど前からあの椅子に座っているのやら……ああ、その御仁から言伝を賜っていてね。生徒の顔つきが少し変わった。ご苦労と」
「ご苦労なんて言われましても……講師らしいことなんてできませんでしたけどね。同じ目線で意見交換をしたぐらいでして」
「それが良かったのだろう。常々あの御仁は栄えある自身の学園の門下が権謀術数にかまけることを快く思わなかったらしい。何人もただ懸命に己が生に挑み新たなる物を生み出すべし、と私に何度も言ってきた。その点、君はあの方の理想を体現していたのだろう」
はて、門下などというがそこまで偉い役職なら下に多くの現役の研究員を従えているはずだが……学生という末端の意識改革が何になるというのだろうか?
まぁ、そんなこと青年には関係ないことだ。
「体現って、ただただ面倒くさいことから逃げてるだけですよ」
「君は、例え害されようと嵌められようと貶められようと、ただ諦めることなくこの船にとってより良き物を探究し続けた。それは誇るべきことだろう」
静かにこの時空渡りの船における次世代の王となるべき若い男は語る。その横顔を、アラムはキョトンとした顔で眺めていた。
「今日のラウフさんはなんだかいつもより“演じていない”風に見えますよ」
「ああ、そうだね。少し疲れているのか、それとも君に気を許しているのか……どちらだろうね」
「例え気を許してても僅かには演じ続けるんですね……」
「そういう家の生まれだからと言いたいが、それは誰しにもいえることだろうと私は思う。大切な人間の前でこそ、人は襟を正し演じるべきなのだろう。さて、忙しくて申し訳ないが今日はここで失礼させてもらうよ」
アラムがハンバーガーを平らげる頃、唐突に話の流れを折りラウフはそう言った。
「本当に慌ただしいですね」
「ああ、だが今日は得難い時間を過ごせたよ」
「そうです?」
「そうだとも、友と何かを食べながら語らうなど、私の人生で有るか無いかの稀事だとも……ああ、最後に。君はインタービーナーズの仕事をいつまで続ける気なのかな?」
「さぁ、特に決めてませんけど、多分痛い目を見るまでは続けるんじゃないんですかね?」
そこで一生、と言わない辺りこの青年のらしさがうかがえた。
自分は臆病だからこそ、恐ろしい目にあったのならばとっとと逃げ出すだろうと青年は恥ずかしげもなく言ったのだ。
「そうか、その時がきたら是非私に声を掛けてくれたまえ。一緒にあのお転婆も危険な仕事から足を洗うように説得してから、君にいい仕事を紹介するとしよう」
そんな言葉を残してラウフは自分の持っていたゴミを紙袋に入れてから、その腰を下ろしていたベッドから立ち上がる。
そして優雅に汚い部屋を歩いて、付き人であるマレカと共に部屋の入口を開けた。
「では、また」
「はい」
それを最後の言葉にして、ラウフは去る。そして、それを確認してから青年は誰に語るでもなく、独り言を呟いた。
「……ラウフさんでも自分の妹には危ない仕事をしてほしくないんだなぁー」
そんなことをぼやきつつ、青年は手に持っていたハンバーガの包み紙をくしゃりと握り潰して日課の機械弄りを始めた。
――今の仕事を辞める日、そんな日はいつかは来るだろう。あのカーインもきっと同じだ。だがそれは遠い未来だとこの時、青年は考えていた。
だが、変化とは積み重ね続けたとある日に突如、現れるものなのだ。
吉報もそうだが、特に凶報というものはそれ以上に油断している時に知らされる。
――介入者任務、最新損害報告書。
エスコート、ショーラの生死不明。
上記同役職、マァの生死不明。
上記同役職、リヤーフの生死不明。
上記同役職、サイカの生死不明。
トラベラー、カーインの生死不明。
一般職閲覧可能開示記録。
経緯、異界探索時における突然の通信途絶及び転送成功率の急速な低下。
対処、不可能。船内における対応の不手際無し。
経過、捜索隊の結成は最終会議にて不可能と結論。
原因、不明。
――上記のことから上記船員の救助困難、事実上死亡と判断し今作戦を断念、以上の行動を凍結とする。
また、神出鬼没な彼女とはどこかで会うだろうと、青年は思っていた。
また、あの天真爛漫を演じ切り明るい笑顔をいつでも見れると、青年は考えていた。
けれど、それが永遠に続くこともそれを受け入れる間もなくそういう日は訪れる――そして、彼女は消え去った。
次回投稿は未定です。




