第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 十二話
休憩を終え一時間後、アラム一行は新天地へと来ていた。
魔界、と聞けばアラムは地下を思い浮かべた。地の底にあるイメージである地獄から関連されるからか、安易といえば安易だがとにかくそんなイメージを浮かべていた。
だがこの世界の魔界はあろうことに神の領域に近しい天高い地上の台座に存在しているのだった。魔王ガウハルが造りし怪物たちの楽園、だった場所だ。
「……ここに生物が住めるの?」
それがアラムの素直な感想だった。魔界と人界を遮る崖に魔族が秘密裏に掘ったであろう抜け道を通り抜け、天に近い地上を眺めてみれば草木が一本生えない荒廃した大地が続いているのみだった。
彼とキレスタールを背に乗せたサルジェは暇つぶしなのか、律儀にそんな独り言じみた言葉に返答を返し始めた。
「これこそ魔界、前魔王の竜王が収めていた時からここは不毛の大地……変わったのは地中にある魔石の数のみよ」
サルジェの言う通りならば大昔から変わらずこの魔界に緑など生えなかったらしい。ただあるのは活火山がそこら辺りで活動して、遠くに一際大きな山が見える。
「ということは魔石って火山から生成されるんですね。こんな土地でエネルギーになるのってそれぐらいだし」
「左様、しかし溶岩のみで魔石の生成は時間が掛かる。動植物を飲み込めば比較的早くに、大量の魔石は生成されるが……」
「それでも百年単位?」
「正解だ。大小によってかかる時間は変わるが、今の魔族の飢餓はそれだけの時は耐えられないだろう」
それを聞いてアラムは口をへの字にして考え込む。どう魔王を打破するのか、彼の頭の中では今もそのプランがあるのだろう。それを今整理している……だけではない。
キレスタールのバイトへの乗船。それをどう相談したものかとも頭を悩ましてもいた。
「うーん……大事なことだし今すぐにファナール船長にも相談しようかな……あー、もしもしショクル君、ファナール船長います?」
と、悩んでいても仕方ないと思ったのかアラムはおもむろに通信機を取り出し、思い切って自らの担当を呼び出した。
「はい、こちらショクルですが、何か問題でも」
「問題というよりかは相談に近いのかな、実はキレスタールさんがバイトに行きたいらしくてさ、ほら、僕ルーキーだからどうしたものかと」
「良いと思いますよ」
「え?」
「では申請手続きを――」
「ちょっと待ってください! え、そんな感じでいいんですか?」
難航すると思われた交渉をあっさりとオーケーを出され混乱をする青年は、何事かとキレスタールとサルジェに見守られながらも会話を続ける。
「まぁこんな感じですよ。むしろこんな非常時でなければスカウトしてくださいと頼んでいるでしょうし、自ら乗りたいというのであれば断る理由もありません」
「いや、彼女の人生を決めることだし、もう少し考えても……というか船長と相談しなくて大丈夫なのかな?」
「したいというのであれば止めませんが、私と同じような回答になると思いますよ。少々お待ちください」
やんわりと、優し気な声でそう説明されるも、アラムはまだ一波乱あると思っているのか通信機を固く握りしめ最高責任者の登場に備えた。
「話は聞いた。キレスタールさんと話がしたいので変わってくれるか?」
そして開口一番、ファナール船長はそう告げた。その声からは怒りにも似た張りつめた感情が読み取れる。青年はそんな声に気圧されてか、無言でサルジェの後ろにいる少女に通信機を渡す。
「いくつか、質問をしてもいいかね?」
「構いません」
「なぜバイトに乗ろうと?」
「アラム様の恩に報いる為です。この方をお守りします」
はっきりと、昨日言った台詞をキレスタールという名の少女は繰り返した。今傍らにいるこの青年の為だと、ファナールはそれに一瞬、言葉を詰まらせた。
「――アラムを守ると?」
「はい、いかなる時も」
「……バイトには現場に出て働く者を守るエスコートという職があります。その多くは生涯に戦いに身をおくこととなります……正直、あまりいい生き方とはいえません。ただバイトに来たいというのであれば諸手を上げて歓迎するのですが、貴女は若い」
「ですが」
「いえ……船に乗れば、様々な分野の教育を受けることとなります。その中で、今一度自分の人生の選択をしてください。ええ、歓迎しますキレスタールさん。その為にも、魔王をどうにかせねばなりませんが……信じてあなたの受け入れ準備も進めておきましょう」
「……はい!」
それが、ファナール船長の出した条件だった。彼女も現場からのたたき上げらしいので、何か思うことがあったのだろう。
「……アラム、この言葉は決戦前までとっておくつもりだったが……船長命令だ。この少女の未来の為、全身全霊を言葉に込め魔王を説得してみせろ!」
「説得?」
と、少女が持っている通信機からアラムにも聞こえるように大声でそう言うファナール船長、だが“説得”という言葉に違和感を覚えたのはキレスタールだ。
「魔王を討伐するのでは? 説得とは」
「あー、うん。言うタイミングを逃してたけど、倒すのは無理。だから説得するんだ……うん、一番いいのは頭を下げてお願いすることだからさ。まぁ、強力な説得材料はもうそろそろあっち(バイト)が用意してくれてると思うんだけど」
アラムはそう言い、後ろで訝しむ少女に対し説明を行っていく。
空は噴煙で薄暗く、まるで彼らの道行きを示しているようだ。されど、青年の全身全霊を賭けた作戦を決行される他に道は無し。
大空からみれば大地の点である青年の全身全霊を賭けたプレゼンが、今始まろうとしていた。
「来たか」
魔王の命を受け、門前で最強の守りとして立ちはだかっていた髑髏がその体を震わす。
髑髏の空洞であるはずの瞳に肉が作り出され、一つ、瞳が造られ堂々と前からくる敵を視認した。人間が二名、そしてその二人を背に乗せたこの髑髏と同じ肩書を持つ魔王の剣ともいえるサルジェが崖の上に姿を見せていた。
「老兵め……偵察の話には聞いていたが、この裏切り者がぁ!」
髑髏が怒りに震え、その身を己が蒼炎を包んだ。
それだけで周囲の部下たちをざわつかせる。触れれば死に瞬く間に灰と化す怨嗟の炎に恐れおののいたのだろう。
そして今にもその蒼炎でやってきた侵略者を焼き殺そうと手を前方にかざした瞬間――。
「すみませーん! 魔王さんと合わせてくださーい。押し売りです! 耳寄りな話がありますよぉー。へーい、アイムフレンドリー!」
と、なんとも場にそぐわない頓珍漢な声が響いたのだった。棒に白旗を括り付けバッサバッサと振り回すあの青年が叫んでいるらしい。
「くだらん」
そうぼやき、かざしていた手から蒼炎の玉を噴出する。それが魔王軍が三将、ジェファーフの回答だった。話し合いの余地など無く、外敵はただ滅するのみと――。
放たれた蒼炎の玉は掲げられた白旗を見事に黒く小さな灰へと変える。魔族と人の壁は高く、厚く、決して飛び越えられるものではない。それを示されたのだ。
「うわぁ……」
これ以上ない宣戦布告にアラムは額に冷や汗を流す。次には自分が掲げていた旗になっているかもしれないのだ。だが、そうはならない。魔王軍において最長老のサルジェが目を光らせていたからだ。
「いったん逃げて兵が薄い時に来ます?」
「上策ではあるが今は却下する、あの山を見よ。今か今かとその脈動を震わせ荒ぶろうとしている。噴火まで時が無い」
サルジェの言う通り魔王城の横にある大きな火山から言いようもない威圧感をアラムは感じた。
そして確かに地面が揺れているようにも感じる。もう、人間が滅亡するまでの秒読みは始まっているのだ。
「サルジェ、貴様どうするつもりだ!」
「知れたこと、押し通る」
大声で意思確認の会話が行われた。元より戦闘は避けられないと判断してか、すでにその眼光は鋭く、必要とあらばいつでも駆けジェファーフの首を取れるようその馬脚に力を入れていた。
「両名背の鱗に掴まれ。絶対に落ちぬよう力を籠めなければ、あれの炎で焼け死のう」
「え、ちょっと押し通るって本気で! この崖を駆け下る気? 正面から敵陣突破!?」
「左様」
「だったらキレスタールさん結界貼って!」
「それは下策なり、結界術は熱や酸の溶解に弱い。相手は蒼炎を操りし骸、ここは我が単身にて切り開く」
「え、あ、えぇ! わぁあああああ!」
と、合図無しに、ほぼ直角の坂に身を投げ出すサルジェ、それと同時にアラムの愉快な大きな大きな悲鳴が閑散とした魔界に響き渡った。
「老骨め、血迷ったか!?」
突進してくる脅威にジェファーフすら驚きを隠せずそんな言葉を漏らした。ジェファーフは魔術を得意とし、広範囲を焼き尽くす遠距離型である。
それとは対照的にサルジェは接近型。ゆえに最短で距離を縮める判断は間違っていはいない……いないのだが、それは近づくまでの攻撃を考えなければだ。
骸の身体を蒼炎が包む。迎撃だ、残滅だ、そう言わんばかりに周囲の部下で遠距離攻撃ができる者は、指示が出る前に攻撃態勢を取っている。圧倒的にこちらが有利だ。
「総員、撃てぇ!」
骸の将が号令を放つと、ありとあらゆる攻撃が崖を下りきった瞬間のサルジェに向かい飛ぶ、魔術の光弾、鋭い斬烈性の水圧、ただ力任せに投げられた岩、そしてそれらすべてを無へと消し去る勢いのジェファーフの蒼炎。
「全弾、命中しました!」
「見ればわかる!」
部下の報告など不要、そんなことよりもジェファーフは自らの目で確認しなければならないことがある。ああ、誰かに報告されてからでは遅いのだ。
あの老兵の能力だ。氷、そして雪。全てを凍らせ砕く魔界でガウハルに次の実力を持つ古の先兵。氷雪の化身にして、魔王ガウハルに三将の肩書を与えられてもなお、軍など不要と言わんばかりに単身で多くの敵を屠ってきた同族からも怪物と呼ばれるあの老兵が、何かしていないのかと目を凝らす。
「――はぁあああああああああああああああああああああああああ!」
視線は、雄叫びに怯まされた。あの武人が雄叫びと共に爆煙から飛び出してきた。老兵は健在、ほぼ無傷。ジェファーフの蒼炎以外の他の攻撃など脅威では無く、その蒼炎は氷の鎧と盾で防がれていた。
「総員退避! 死ぬな、回避だ!」
有利だ。有利なはずだった。数も、地形も、大義名分すらこちらにある。なのに勝てない。同じ三将であるジェファーフがすぐさま敗北を認め、撤退を命じる。
言われるまでもなくすでに部下は蜘蛛の子を散らしわが身第一と駆け出していた。
さもありなん。今魔王城に突進してくるは生物ではない。吹雪そのもの、あの氷雪の化身は本気で同族を殺す勢いでこちらに駆けて来ている。ゆえに逃げる、ただ兵は決して臆病ではない。歴戦にゆえに、ここで命を賭けるゆえの戦いではない為、引くのだ。
サルジェを通したところで、かの魔王にあの怪物の武力はその首に届かない。ならば今は被害を最小に抑えるが上策、最善の一手、なのだが――。
「それでこそ三将よ」
「!?」
称賛だった。ジェファーフのガウハルへの忠誠は高い、高すぎるとも言えるほどに。だからこそ彼女は、粉骨の思いで被害を抑えるべく部下に退避を命じるとサルジェは確信していた。
だがそれだけではない、門をぶち破る寸前、同じ三将である骸の美女を一瞥し、たった一撃、技を見舞う。空気すら逃げることを許さぬ早業、瞬間凍結、しかして技の威力は絶大。永久氷牢とも呼べる氷塊を瞬時に造り出しすれ違いざまにジェファーフを封じたのだ。
「――っ!」
ここに、勝負があった。一言も発せず骸の女は凍り付く、そして、サルジェは二人を背に乗せたまま、その馬脚で門を蹴り破ったのだった。




