第六章「親と子は歩み寄る」 十九話
いつの間にか始まって、いつの間にか終わって、当然のように答え合わせが開示されることは無かったのだとハニーンはこの事件をそう振り返った。
彼女の創造主であるアラムが仲間と共にこの船で雲の上にいるような人たちと話を付けに行ってから約二週間後、流石に何も知らされない現状を憂いてか、はたまた業を煮やしてか……ハニーンはある部屋を訪れていた。
いや、正確には報は彼女にきていた。ただその知らせはカーインとルアネから、詳しいことは言えないが一応解決した……という言葉だけであるったのだ。
ついでにアラムはどうやっても会えずにいる。勇気を振り絞りこの前の話の続きをしようとしたのに、逃げられているのだ。
「まったく、父さんはこのままボクに顔も見せない気でいるんじゃ……」
なので、自身の父親が今何をしているのかと調べにここにやってきたのだ。
どんな設備も最新型にされている区画で、その古びた部屋のドアは目立っている。常ならば一般人が立ち入らない場所で、少し緊張しながら彼女はそのドアをノックをした。
「入りたまえ」
中からの返答を聞き、この船では珍しい手動のドアを開き恐る恐る彼女はその赤を基調としたその部屋へと足を踏み入れる。
「お久しぶりです。ファナール船長」
「……ああ! 随分と姿が変わっているがハニーンか。久しぶり。そこに座るといい」
忙しそうに仕事の手を止めずに、この部屋の女主人であるファナール船長は愛想の良い笑顔を見せ、来客用のソファーに座るよう彼女に促した。
この船長とも長い間顔を合わせていなかったが、昔と容姿が大分違う自分をすぐさまハニーンというアンドロイドだと理解したのは流石は船長と言うべきか。
この観察力がなぜあの父親に受け継がれなかったのかと思っているのか、少し変な顔をしてハニーンはおずおずと来客用のソファーに沈むように座る。
「おや」
「えぇっと、何か?」
「いや、アラムと同じ位置に座るのだなと思ってね」
ファナール船長にそう言われ、少し驚くハニーン。
「父さんもここに?」
「ああ、そこに座りよく下らない言い訳をつらつらとするのだよ。まぁ、最近はあいつを呼びつけることも少なくなったが」
そっと、ハニーンは自分の座っているソファーを触る。
「それで、なぜここに?」
「その、あれから何がどうなったのかを聞きに……カーインさんやルアネさんからは詳しくは言えないと告げられ、父さんに関しては連絡すら寄越さず……というか避けられてまして」
「避けられている? まったくアラムの奴め。いつまで怖がっているのやら」
「怖がっている? その、ボクに興味ないの間違いでは?」
「興味が無い? まさか、確かに長期間、君を放置していたが気にはしているのだろうさ。人間、興味の無い相手から逃げようなどと思わんさ。大方、娘に怒られるとか情けない自分を見せる勇気が無いなどと考えて逃げ回っているのだろう」
「まぁ父さんは……自己評価が低いですからね」
ハニーンがそう言うとファナール船長は業務を止めキョトンとする。別に間違ったことは言っていないとハニーンは思っているのか彼女も似た表情を作るが、どうやら彼の養母である人物の意見は少し違うらしい。
「確かに自己評価が低いように見えるがどうも違うらしい。私も最近まで勘違いしていたがね。アラムは自己評価が低いのではなく、他人への評価が以上に高いのだろう」
「それはその、どういうことですか?」
「あれがインタービーナーズとして働きだしてからアラムの書いた報告書を読む機会が増えたのだが……自己評価は意外にしっかりできているのだと知ってね。何が自分にできて何ができないのか、あれできちんと把握しているらしい」
「はぁ……」
「だが、他人への評価が以上に高いのだ。もし自分ではなく別の人間が同じ立場になっていればもっとうまく事を成していただろうなどと、よくそんなことが書かれている。先のクリサリス討伐の報告書にもそんなことが書かれていたよ」
「クリサリス!? 父さんがそんなことを……初めて知りました。でもなぜ報道機関はそれを取り上げないのですか?」
「ああ、普通ならば報道機関が話題にしてもいいレベルの成果だが……ほら、今はラウフ様のディザスター討伐の偉業により影に隠れてしまっているのだよ。これを機に自信の一つでも身に着けてほしかったのだがね……まぁ、無理だろうが」
そう言って大きなため息を吐いてみせるファナール船長。あの青年への自己肯定感の低さを思い出してか、苦笑いを浮かべていた。
「だがその癖してアラムは他人の目に怯えているからか、よく人を見ていてね。他人に依存したり頼りっきりにならず、うまく他人をカバーするのが上手いらしい。ガウハル殿もその点は評価していたか。栗毛は敵からすれば一番厄介な存在だろうと……意地の悪い笑みを浮かべてな」
「それは、矛盾しているのでは? 他人を評価しすぎているのに適切に命令を下せるのは……」
「多分だが、あれが過大評価しているのは仮想敵に近い……というのは少し大雑把な表現か。あーいや、適切過ぎる表現かな? まぁ、世間一般における不特定多数の標準レベルを過大評価しているのだろう」
不特定多数。つまるところ世間様であり、彼が嫌うイケメン様であり、名も知れない誰かをアラムは高く見過ぎているのだろうというのがファナール船長の見解であった。
「そもそもだ……あいつの周囲にいる人物は少しハイレベル過ぎる。ガウハル殿やラウフ様もそうだが、キレスタール君も秀才か、はたまた天才と呼んでもいい術師だろう。彼女も有象無象とは呼べないレベルに成長した。だからこそ、あれは普通の人間というものは騙し騙し標準というものを精いっぱい演技をしているなど知らないのだろう」
「そういうものですか……」
「あぁそういうものだ、私含めね。役職柄、色々な人間を見てきたが皆が見栄というものを精いっぱい張りながら生きているだけだよ。それをあれはまだ理解していないだけだが、そもそもあれは普通ではないのだから、他人と比べるだけ無意味だろう」
普通ではない。そう聞いてハニーンは少し表情に暗いものを作る。だが続いて出てきたファナール船長の言葉に、その顔を柔らかくした。
「あれが子供の頃にも言ったのだがね。一日を全て実験に注ぎ込める姿勢は尋常ではない。更にそれが好奇心からくる異常な集中力ならば才能と呼んでやれるのだが、聞けばあれは研究を苦痛と認識しながら常人が注ぎ込めない熱量をもってトライ&エラーを積み上げられるのだから普通、などというものを目指すこと自体間違っているのだよ」
「……それ、きっと父さんは悪い受け折り方をしていると思いますが?」
「だろうな。だが普通に褒めたところで気を使われて吐かれた嘘か何かと判断しかしないあいつの性格に問題があるのだよ。そうだとしても私の責にされるのは少々困るよ」
それだけ言い、ファナール船長は業務を再開する。だが、すぐさま言い忘れていたことを付け加える。
「ああ、それと悪いのだが私からは今回の件について開示できる情報は無い。私にも守秘義務がある……と言いたいが正直私にもあの件がどうして起きて、そして今なぜ改善に向かっているのかよく理解できないのだよ」
「そうですか……すみません。忙しいところお邪魔して」
「いや、楽しかったよ。ああ、もし運よく先生を捕まえたら私の所に来るように伝えてくれると助かる。今回の件であの人には聞きたいことが山ほどあるのでね」
聞きたかったことを聞き、ついでに多分徒労に終わるであろう役目を押し付けられてハニーンはその部屋を後にする。
「ふぅ……そうか、父さんはボクに興味が無い訳じゃない、か」
ファナール船長、自分の祖母にあたる人物に言われたことを復唱し彼女はその場から去る。
そして、彼女はいつもの日課をやる為に、大型ショッピングエリアへと向かうのであった。
ハニーンはファナール船長はこう話した。あの件がどうして起きて、なぜ改善にむかっているのかよく理解できないと。
そう、どうしてかあの事件からこの船におけるアンドロイドとエルフの待遇は改善の兆しを見せ始めていたのだ。
「約二週間前に起きた船内地震、その原因は未だ不明のままですが、発信源にいたエルフとアンドロイドたち……彼らが隠れ潜んでいた場所は、更地へと変わり果ててしまいました。人知れず隠れ住んでいた隣人、私たちの社会が排斥してきた彼ら彼女らに、今できることは何か?」
ショッピングモールの天井から均一に生えている何台もの同じモニターが同じニュースを流していた。
あれから約二週間、エルフとアンドロイドの隠れ里はメディアやネットを介して、広く知られることとなった。
様々な意見がある。人間はアンドロイドに職を奪われたという化石に近い記録を掘り出して反アンドロイドを叫ぶ者。
優秀であるはずの彼らをこの船の隅っこに追い込んだ人間の無能ぶりを批難する者。
エルフは人間ではなく彼らとの共生など土台、不可能であるとただただ語る者。
数年前に起きたアンドロイド人権問題を取り上げ、あの活動内容はやはり利権団体が私服を肥やすだけで、アンドロイドの為になっていたなかったのではと再確認を促す者。
機械より自分たちの生活をもっと改善、優遇しろとのたまう者。
だが、大多数の意見はこうだった。
――彼らは可哀想であり、救わなくてはならない存在であると。
「……本当、人間というのはコロコロと意見を変えるよ」
いくつも並んでいるモニターの中で、聞いたことも無い肩書を持つ偉い人が中身の無い議論繰り広げる。
この船は豊かだろう。だが、金というものにはやはり限りがある。何より人間というものは比較により幸福を感じる存在だ。
今は自分たちが彼らより苦しい生活をしているから同情的な意見も多いが、人並みの生活を手に入れれば、また差別的な風潮ができるのだろう。
「ボクらは勝手にやるからほっといてほしいんだけどなぁ」
それが彼女の意見であった。モニターの中では今まで自分たちが苦しんできたと話しているが、あの里にいた誰も自分を不幸だとは考えもしなかっただろう。
そう思えるほど、ハニーンにとってあの里での生活は充実していたのだ。
「さて、今日はここでやろうかな」
目障りなモニターが無い広場にやってきて、今日も日銭を稼ごうとマジック品を準備しだすハニーン。
子供騙しのステッキに細工済みのカード、子供受け狙いの風船を膨らませ、そしてあの古い校舎にいつの間にか届けられていた親愛なる友人が送ってくれた花束を大切そうに飾り付け、最後におひねりを貰う為の帽子を床に置いた。
そして準備を終えると手に違和感を感じたのかグーパーと開いて閉じてを繰り返す。
「ちょっと緩んだかな?」
そう言い、袖をめくりポケットから棒状の道具を取り出し蹴首の関節部分の点検を始める。普段、人間と見分けがつかない彼女だが自分の体を修理する様は誰がどう見てもアンドロイドで……それがいけなかったのだろう。
床に置いていた帽子がいきなり誰かによって蹴っ飛ばされたのだ。
「お、お前、アンドロイドか! 誰の許可でここで商売してるんだ!」
「ん? ここでの商業は飲食でなければ許可が無くてもできるはずなのですが?」
「そんなことは聞いてねーんだよ! こ、こっちはあんたがアンドロイドか聞、い、て、ん、の!」
「いや、それは失礼。その通り、ボクはアンドロイドだけれど」
さて、その第一声であまり関わりたくない人物であるのは明白だが、一応は商売中。ハニーンはニコニコと笑いつつ、客とは呼べないその人物と軽やかに話す。
「アンドロイドがこんな所で商売するんじゃねぇー!」
そう主張する人物は年齢は四十から五十代半ばほどの男性で、顔がやたら赤いのは怒りっぽいからでなく真昼間から酒を煽った可能性が高い。
ハニーンは慣れた様子でその酔っぱらいをなだめ始める。そう、慣れているのだ。
路上パフォーマンスをしていると稀にこういう人目があろうと絡んでくる手合いはいるのだ。今回の場合、素面でやっていないだけまだ救いようがある方だ。
「あまり怒鳴り声を上げないでもらいたい。ほら、ここには子供多いから驚いて泣いてしまうよ」
やれやれといった表情で周りを見渡すハニーン。周囲には好奇の目を向ける野次馬が数名いたが、携帯端末のカメラを向けている者だらけで通報は期待できそうにない。
こういう輩はいる。アンドロイド差別など、代謝の激しいこの船の社会では過去の遺物だ。差別などすぐに代用品が用意される。
だが時折、誰かを攻撃したいが為に古いものを掘り出して嬉々として使う暇な者もいるものだ。この人物もそうなのだろう。
「お前のせいだろうが! お詫びに金を払えこの尼ぁ!」
話が通じなさそうだが、主張は理解できた。どうも酒代でもたかりに来たらしい。これは運が悪かったと諦めハニーンが今日は店仕舞いかと荷物に手をやると、その腕を酔っぱらいに掴まれる。
「お、おま、お前! 武器を隠してるんだな!」
「いやまさか、武器だなんて持っていないさ。それにおじさん、そんなにボクの腕を強く握ると壊れてしまうよ。痛いから放してくれないか?」
「痛い? 痛いだなんて嘘を吐くなぁ! に、人間のふりなんかしやがって、壊れてもまた修理すればいいだろうが! 十年前、あんなことがあったからお前みたいな鉄屑がつけ上がるんだよぉ!」
そんな言葉と唾を顔に飛ばされながら、ハニーンは少し悲しい顔をする。
「み、見たんだぞ! お前らエルフと仲良くしてたんだろ! そんでエルフ達と一緒になって人間に復讐しようとしてたんだろ! お、俺は知ってんだ! ネットにもそう書いてあった!」
無論、事実無根である。
「……(ああ、なんでこうなったんだろう)」
――数年前、より詳しくいえば約十年前ほど……ある人権団体が勢いを付けた。
その団体はアンドロイドの人権確保を叫んだ。アンドロイドに人権を、そして労働から解放を! ある女性をリーダーに、彼らは叫び続けた。
アンドロイドの為に募金を! 我らに基金を! そして弱者の為に社会は変わるべきだと。
だがそんなもの、元より彼らには必要なかった。そもそも彼らは生物ではなく残酷なまでに鉄であったのだから。人間社会への奉仕こそアンドロイドにとっての存在価値で意義であったのだ……そう、人間に設計され彼ら彼女らはそう作られ生まれてきたのだから。
そして団体の言い分通り、彼らは労働から解放され、職を失った。その達成感に喜ぶ誰一人、彼らという存在に理解を示さずに……。
その後、アンドロイドと認められないほど思考機能が劣っている新しい機械により彼らは不要な物として社会から排斥された。かつてアンドロイドが人間から職を奪ったように。
団体は叫ぶ。彼らは人間と同じであるべきで、人間として扱われるべきであると。
そして我々は弱者を救った主張、救済は達成された。その正当な報酬として今まで集めた資金は黙って懐に、これからの活動を支える資金を社会に要求し続けた。その後にあの団体は色々と暴走して解体されたが、その派生組織は今もまた別の弱者を看板にして金を集めている。
そう、まだ残ってはいるのだ。数多くのアンドロイドを不幸にし、ある一人の少年を糾弾したその意思はまだこの船に残っているのだ。
「い、いいか! 俺の言ってることは正しいんだ! お前は間違ってんだよ! し、知ってっか! 法律で現行犯なら――」
「なんでこんな人たちのせいで、ボクらは、エルフは……そして父さんは!」
「な、なんだやれんのか! き、機械が人間様に――」
酔っぱらいに掴まれた腕にハニーンは力を入れ払いのけようとして……脱力した。
「もう、ほっといてくれよ……」
「な……なんでアンドロイドが、泣くんだよ」
泣いている。その言葉にハニーンは戸惑った。最初、誰が泣いているのかと辺りを見渡したほどだ。
「え、嘘!? アンドロイドが泣いてるんですけど!」
「えー、キモ!」
「え、人間じゃないのあの人?」
その言葉を聞いて初めて、自分の目の下をハニーンは触り、そんな機能があったことに彼女は驚いてただただ放心する。
だが、その涙だけでは酔っぱらいを一瞬驚かすだけであったらしく、すぐさまは男は嬉々としてとの口を開き、騒ぎ立てた。
「なんだおめぇ、気持ち悪い奴だな! そ、それより金を――」
「おい、離せ下郎」
「いだだだだだだだ!」
ハニーンの腕を掴んでいた酔っぱらいの手首を、誰かが掴み赤子の手首の様に捻った。
「っ……!?」
まるで、この街中で猛獣にあってしまったのかとハニーンは錯覚した。それほどまでにその和装の女は鋭い目をしていたからだ。
鮮やかな赤色の着物に長く青みがかった艶やかなその髪はこの人物が高貴な人間ということを周囲に知らしめるが、笠を被りその影から覗かせる目はよく研がれた刃物の光沢の様に鈍い光は紛れもなく人斬りか何かであった。
「お、お前! これは、暴力罪だ! 手を放せぇ!」
「まったく、自分を賢いと勘違いする愚図ほど付け焼刃の知識を盾に増長する。法などの知識をひけらかすより人としての倫理が先に出てこぬなど、人として頭がおかしいだろう」
「頭がおか、おかしいだと! お前、お、女だからって容赦、あだだだだだだ」
「容赦? 何をだ?」
「痛い、痛い! 痛い、助けて! 痛い、痛い! 誰か助けて! 何もしてないのこいつが――」
「ほう、今度は弱者の素振りか? その齢でどうしようもない男らしいな!」
呆れてか、いや、軽蔑して女はそう吐き捨てる。
「手首の骨が折れ、折れる!」
「この船の医療ならば瞬く間に治療できるだろう? 何を騒ぐ。それにさっき貴様が言っていたではないか、壊れてもまた修理すればいいのだろう?」
「いだだだだだだ! 助けてぇー! 助けてぇー! 皆さんここに犯罪者がぁ!」
和装の女は本気でこの酔っぱらの手首を砕こうとしているのか、その腕に力を入れ続ける。それを遂にそれを見かねてハニーンが和装の女を止める。
「も、もういいですから。その人を放してやってください」
「ふん!」
そしてそのまま手首を放せばいいものを蹴りを入れて酔っぱらいを吹き飛ばす和装の女。そのままよっぱらいは「あだっ!」と叫びながら床に倒れ込む。
「お、お前! お前ぇ! 訴えてやるからな!」
「ああ、構わんぞ……確か私をこの船に誘った大馬鹿が日に一人までならば金で簡単にどうにかできると言っていたか。この船の法律とやらなんぞ覚える気にはならんがあれの言うことだ。まぁ、その通りなのだろうよ。恨むならばその馬鹿を恨むことだな」
そう言い、和装の女は腰に佩いていた刀をなんの抵抗もなく抜いてみせる。それだけで酔いなど覚めたのか、よくわからない叫びを上げながらどこかへと消えていった。
「ああいう国の豊さゆえの秩序に守られていることすら自覚できず、誰も殴り返さないことをいいことに横柄な態度を取る愚図はどこにでもいるものだな」
そう言って刀を鞘に戻しながら遠くを睨む和装の女性。と、その鬼気迫る目に圧倒されてか集まっていた野次馬も霧散するように消えていった。
「あんな男、引っぱたいてしまえばいいものを。私ならば無礼打ちで即刻切り捨てているぞ」
「そういう訳には……あ、あの……それより助かり――」
「その言葉を吐くな。貴様から罵詈雑言を貰ってもいい、だが礼などは一切口にするな」
「……」
礼の言葉を鬼気迫る態度で黙らせ、刀を鞘に納める和装の女。ハニーンが見惚れるほどの見目麗しい見た目をしているのだが、どうも苛烈な人物であるらしい。
と、二人はしばし見つめ合う。
「おい……何をしている?」
「へ?」
「芸者なのだろう? 何かしろ。歌でも琵琶の弾き語りでも芝居でも見てやる」
そう言って、ひらひらと札を投げて渡す和装の女。こういうものは小銭を防止に入れるだけで十分なのだが別に上限金額を決めている訳ではない。
それを拾い客ならば、とハニーンは簡単なマジックを始めた。
まずは和装の女に引かせたカードのナンバー当てたり、布で隠した風船の色を変えたり、杖を宙に浮かせたり……。
それをなんともつまらなそうに腕を組んでそれを眺める和装の女。すると、一組の母子がやってきた。
母親は和装の女を怖がったが子供がせがむのでハニーンのマジックをキラキラとした目で見ていた。それに続いて人がわらわらと集まってくる。投げた杖が花束に変わった辺りでそろそろマジックがネタ切れで、もう一周同じことをやりだすハニーン。せっかく人が集まってきたので、終わらせるという選択肢が出てこなかったみたいだ。
「子供騙しだな」
「実際、子供を相手にしている商売なので」
他の客が息の合わない拍手をする中、和装の女はそんな嫌味を口にするもハニーンは笑ってそう言い返す。
「お前の芸を貶した訳では……まぁいい。そういえば、さっきの男に襲われていた時にお前、父親がどうとか言っていたな?」
「ええ、アラムという名前に心当たりは? 数年前にこの船で有名になった人物なのですが……聞き覚えはありますか?」
他の客の手前、あまりこの和装の女ばかり構うのは駄目だと思いつつ、助けられた礼を返そうとしているのかハニーンは聞かれたことを素直に答えた。
すると、和装の女が見るからに不機嫌そうな表情を作る。
「貴様、あの軟弱者に作られた絡繰りなのか? はぁー、そうか……」
「その、父をご存じで?」
「あちらは私の顔など知らぬだろうがな……ところでだ。私はお前を攫えと命令されている」
――その言葉でハニーンの動きが止まった。マジックのカードをパタパタと落とし和装の女から逃げる様に後退する。
「あなたは純血主義の!」
「そうだ。私だ……私があの隠れ里を壊滅させた赤武者だよ。今日はこんな格好だがな」
少し、後ずさりをするハニーン。だがそれしかできなかった。目の前にいる赤武者が本気を出せば自分だけでなく周囲の客すら巻き込むだろう。
「だが、お前を守れとも命じられた」
しかし、自らを赤武者であると明かした女は続いてそう言い放った。そして今まで気にもしていなかった周囲を見る。
母親、小さな女児、若い男子学生二人、どこにでもいそうな若い独身男性を見て、声だけで人を斬り殺せそうな圧を発した。
「そういうことだ……疾く去れ」
その言葉で先ほどまで客として周囲に集まっていた人だかりは、誰もが和装の女を睨む。
――まるで悪霊に乗っ取られたかのように、大人も子も、皆同じ動作でハニーンに掴みかかろうとして、ある音と同時にその動きを止めた。
かちゃりと、刀を抜く音だった。
「ただ命を聞くしか能がないのか阿呆共、これはラウフの命だ。お前たちの雇い主より命令系統が上だということだ。そら、二度も言わせるな……疾く去れ傀儡共!」
その言葉でハニーンを掴みかけた客だった者はすたすたとその場を蜘蛛の子を散らす様に人込みに逃げていく。
それをただ茫然とハニーンは見ることしかできなかった。
それから先ほどの客全員が純血主義の息が掛かった者だったのだと理解すると、その場にへたり込んでしまった。
「純血主義というのは幼子すら操り人形にするのか。まったく、やることはどこも同じか」
「その、あなたは私を攫いにきたのでは?」
助かったことは辛うじてわかったのか、ハニーンが恐る恐る和装の女にそう問う。
すると笠の影から鋭い眼光を覗かせながら、和装の女はこう答えた。
「気が乗らん。それに助けたのも気まぐれだ」
「気まぐれ……じゃあさっきのははったり?」
「先ほどの話は本当だ。第一研究所だったか、お前の父……あの軟弱者と禍根がある場所からお前を攫うよう命じられ、それからすぐにラウフからお前を守るよう言われ、どちらの言うことも聞く気はなかったが、まぁ流れで助けた。運が良かったな、お前」
「ラウフ様が? ボクなんかを気にかけてくださったと」
「まさか。あの大馬鹿は飼い犬が……いや、あいつ風に言うならば駒がきちんと機能するのか確かめたかっただけだろう」
どっちの命令も守る気など無かったと言っていたが、もし傍観を決め込んでいればそれは彼女の立場を悪くしたのではないだろうか?
「なら、あなたが処罰されない流れになって良かった」
「……」
「えっと」
「お前、私がお前たちの隠れ里を滅ぼしたのを忘れてないか?」
言われてみればそうだったとハニーンは思い出して和装の女を睨んでみせる。だが長続きせず、その表情は疑問を表すものへと変わっていった。
「やめましょう。あの件で誰一人壊れることなく死ぬこともなかった。それでいいでしょう」
「ふん、聖者のつもりか?」
「まさか、ボクも思うところはあるけれど……こんな綺麗な女性と争うのはボクのポリシーに反するのでね」
「私が綺麗だと? なんとも、物好きな奴だ。絡繰りの考えることなんぞ理解できんな」
「それにあの件以来、どういう訳かアンドロイドとエルフに対して世間から同情の目を向けられてますし、そう悪いことだけじゃないので……まるで誰かの手の平で弄ばれてるみたいで気味が悪いですが」
「だろうな。実際、世論を操る奴はいるのだろうよ。私もうまいように転がされた気がしてならない」
と、まさかこの抜き身の刀みたいな女から同意を得られるとは思わなかったのか、ハニーンは尻餅をついたまま目をぱちくりさせる。
「まさか、本当に? 誰が……」
「知るか。どこの世もそういう風にできていることを知っているだけだ。私は複雑な仕組みや考えを好かんし、難しいことなど知らん。そんな面倒なことをする奴の気も知れん。まぁ、ラウフかその父だろうが」
和装の女はあっけらかんとそう言ってから尻餅をついているハニーンに手を伸ばす。と、それにまたもハニーンは戸惑った。
「何を呆けている。いつまでそんな体勢のままでいるつもりだ?」
その顔の前に出された手が助け起こそうとして伸ばされたものだと把握するのに数秒掛かり、ハニーンは戸惑いがちにその手を取った。
「力持ちなんですね。ボク割と重いのに」
「お前など私の長刀より軽い。それに私は男として育てられたからな。この程度、どうということはない」
「男として?」
男として育てられた。それは、どういった葛藤や周囲の目があったのだろうか? 赤い具足を脱げば一国の姫に相応しい容姿を持つこの女のことを、ハニーンは知りたくなった。
「あなたは……どんな人なのですか?」
「異なことを聞く奴だな。まぁいい……持ったぶる話でも無し。それにお前はどうしてあの里が私に更地にされたのか聞く権利もあるのだろうよ」
そう言って、和装の女は立ったまま何秒か固まった。何から話せばいいのやらと悩んでいるようだ。そしてまるで戦争を時代へと伝える語り部の様に静かに口を開いた。
「私がいた世界では男が城を持ち、国を治め、神を鎮め払っていた。だが私はどういう訳か武の才が秀でていた。だからだろうな、父上は私を男として育て、弟が生まれたのにそっちに家督もやらず草の者として育て、私は武者として鍛え続けた……何を考えているのかわからんお方だったよ」
「それは、先進的な考えを持ってたんですね」
「まさか、伝統や習わしを重んじ頑として自分の意見を曲げない。それに寡黙でよく家臣を無言で圧して命を聞かしていたほどだ。だが、そんな人物でもこの身に宿る武の才は先祖代々の決まりを無視してでも開花させたかったのだろう」
忌々し気にそう吐き捨てる和装の女。それだけでその父が強情で問題があったのだと理解させられる。
「それは、その、さぞ苦労したんでしょうね……」
「ああ、なぜ女として育てぬのかと鬱陶しいと思うこともあった……だがある日、そんな父が死体になって城に戻ってきた」
「……その、ボクが質問したせいで悲しいことを思い出させて、すみません」
「いや、悲しくはなかったよ。いつかこうなるだろうと思っていたし……実際、自分でも驚くほど涙が出なかった。それからは西へ東へ、ただただ神と崇め畏れられる怪物共を駆逐し、人の世がやってきて……それから世は戦乱へと突入した。神などおらずとも、人は自分たちのみでその命を散らすのだなと思ったよ」
「……」
それを彼女はどう思ったのだろう。役目を果たし、父やその他大勢の犠牲の上に平和な夜が築かれると思っていたこの和装の女は……本当に、どう思ったのだろう。
「それから人と人が戦をする世となり、個の武では優れていても軍略、兵法などさっぱりだった私は国を守り切れず、挙句、母上も殺され弟と当てもなく落ち延びていると……ある日、変な奴が声を掛けてきた。まぁ、それがラウフだったんだがな」
「ラウフ、というと純血主義の……カーインさんお兄さんに助けられたと」
「気持ち悪いことを言うな。あれは脅しか何かだったよ。あいつは荒ぶる神より質が悪い……私の元に下るならば君たちが想像できないほどの快適な生活を用意できると、それから弟はあれを崇拝する勢いで慕った。まるで今までの生などこの為にあったのだといわんばかりに、だが私は違う。ああいう男は嫌いだ」
そう言って、和装の女は遠くを見つめる。その目はまるで戦うことに付かれた兵士のようで、悲痛さを秘めていた。
「……私の元いた世界には、神と戦い死んだ者の魂は無条件で極楽へといけると伝えられた。神も人も殺してきた私は、地獄にでも落ちるのだろうよ。父上もそうして生きてきた。だが父は神に挑み英霊となった……ふと、思ってしまったのだ。父上に、あの考えもわからぬお方にもう一度会い、私たちは正しかったのかと問いただしたくなった」
それが、彼女の願いだった。特別仲も良くなかった父にもう一度会い、この生に意味があったのかと……。
「本当にそうなのかなどわからない。だが、それでもその伝承に縋りたかった。しかし私は神を殺し尽くしてしまった。ならば、ディザスターと呼ばれる神と同等の怪物と戦い死ねれば、またあの父に会えるやもしれんと……それをあの魔王に邪魔され、ああなった」
ああなったというのは、隠れ里の一件なのだろう。
「私は世界崩落の怪物との戦いの中で死にたかったがあれは邪魔をした。それにああいう口が上手い男はラウフ共々生理的に無理だ。だから報復にと……私は私情でお前の里を巻き込み壊滅させたんだ。昔から頭に血が上るとこうなる……だから、罵詈雑言を浴びせるなら今の内だぞ?」
最初、ハニーンは何を言われているのか理解できなかった。まさかこの人物が自分に罵詈雑言を浴びせろなどと言うとは思えなかったのだろう。
傲慢で、芯があり、強く、美しく、この儚い女には、そんな自分を卑下する言葉など……本当に似合わなかったのだから。
「……綺麗に咲く花への罵倒なんか、思いつかない」
だからだろう。そんな格好つけた言葉しか人間の模造である彼女は口にできなかった。
「なんだそれは? やっぱり絡繰りの考えることなんぞ私にはわからんらしい」
そんな演劇にでも出てきそうな気取ったセリフを鼻で笑い、和装の女は肩を揺らした。
「うん、あなたを恨むエルフもアンドロイドもいるのだろうけど、正直ボクはあなたをそう嫌いになれない。別に行動の理由を知った訳じゃなく、ただ直感であなたを好いているみたいだ」
「は、そりゃどうも、だが私はお前に好かれるような人間じゃあない。絡繰りも、エルフという亜人も、そも無辜の民草すらも私はどうでもいいと思っている。昔も、今もだ。武者として人を殺せるようそう育てられ、変わる気も無い」
「それこそ善悪なんて言い出せば、ボクらこそ不法にあの場所に住居を作って住んでた訳だし……ボクの仲間はそこら辺弁えているから、きっとあの件であなたに恨み言をいう奴なんて少ないですよ。だから律儀に罵声を浴びせられるべき、なんて構えずにいてほしいかな。綺麗な女性は何も気にせず朗らかに笑っていてほしいんだ、ボクは」
「そうかよ。まったく、仕事をしようとしたふりだけでもと顔を出したら機械なぞに口説かれるなんて思わなかったぞ……変な奴だなお前は。なら、罵声を浴びせないならせめて私からの助言ぐらいは迷惑料の駄賃として聞いておけ」
最後、赤武者であった和装の女は何かを見つけそれを眺めながら、こう口にした。
「――親が生きてるうちに言いたいこと、聞きたいことは話しておけ」
そんな言葉が捨て吐かれた直後、まるで鳥が飛んできた様な速さで黒い影がハニーンの横切った。それに驚いてハニーンが後ろに尻餅をついて倒れてしまう。
ついでにその彼女も驚かした影も盛大にずっこける。それはもう見事な首からの着地だった。きっと和装の女はこの愉快な影を見つけてあんな言葉をハニーンに吐いたのだろう。
さて、その影は床に倒れたままピクリとも動かなかったが、意識でも取り戻したのかいきなりむくりと体を起こして小さな犬が精いっぱい威嚇する様な声が響き渡った。
「こ、この子に何をする気だ! この子に危害を加えるなら、僕が許さないぞ!」
「あぁ……いや、父さん!?」
そう、それはアラムだった。和装の女を見て怪しい人物がハニーンに接触してると判断し、慌てて飛んできたのだろう。
純血主義の王であるザイームとの約定があるとはいえ、自分の立場を考えればあんな口約束すぐに破られると思っていたのだろう。その顔は必死そのものだった。
「用などもう済んだ。おい、それよりも何かの間違いで魔王を従えた軟弱者!」
「な、なんだ!」
「鼻血が出てるぞ。この間抜けが」
それだけ吐き捨て、今度こそ去っていく和装の女。
ただただ残されたアラムは、ずっこけた拍子に顔面を強打したことにより出ている鼻血を舌で舐め取りながら、機嫌が良さそうな笑みを浮かべたままに、どこかに行くその和装の女を呆けた顔で見送ることしかできないのであった。
あ、ちなみに和装の女の国が亡ぶのを予見してただ滅ぶのを待ってからラウフは彼女とその弟に声を掛けました。
それを薄々感づいてか赤武者さんはラウフさんのことが嫌いです。本当に糞野郎だね!




