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第六章「親と子は歩み寄る」 十七話



 ――種純血主義。古くから時空移動船バイトにおけるありとあらゆる行政や司法、経済に絶大な影響力を持つ財閥的一族であり、支配者たちの俗称である。

 自らに流れる血こそこの船を支配するに足る証であると信じ、実質的なこの船の舵取りをしている集団でもあり、そしてファナール船長の大きな大きな頭痛の種なのであるが……アラムにとっても浅からぬ因縁がある。

 青年が製造したあの万能偵察機、その利権をこの純血主義がかすめ取ったのだ。この偵察機を作ったのは純血主義で、もちろん収益も独り占めと主張。それで色々ありアラムは研究職を止めて現場(異世界)(異世界)へ介入するインタービーナーズとなったのだが……以外にも青年は怒るそぶりもなく彼らを前にして落ち着いていた。


「ふん、そこで殺されておけば話がややこしくならなかったものを」


 そんな彼らの魔窟へとせっせっと足を運んで超有権者たちと会いにきた青年に、そんな罵声を浴びせたのはその部屋で唯一立たされていた白衣の男であった。


「あっ」


 つい、青年がその白衣の男に反応してしまう。その顔には大変見覚えがあったからだ。確か、青年を冤罪裁判にかけようとしてラウフに捕まっていた人物ではなかっただろうか?

 背が高いが猫背で、あまり自身の身だしなみに頓着しないタイプなのか血色が悪く薄毛、そしてその目は攻撃的であった……それとやたら肌がテカテカとしている。きっと脂分が多い食生活を送っているのだろう。


「ガウハルさん! あの人! この前、僕を裁判で嵌めようとしてた人ですよぉ!」

「ほほう、此度の隠れ里の襲撃といい、先のメイドの暴挙といい、貴様の悪だくみと考えて相違ないな? この船に潜む裏の王よ」


 だがガウハルはこの悪の科学者みたいな男など最初から目に入っていない。この部屋の主である赤髪の男を睨み、重圧を掛ける。


「ああいやー、ガウハルさん? そんな喧嘩腰じゃ駄目ですって……話を拗らせたらどうなるかわからないんですから、ね?」


 それに小声で注意するアラム君と、青年を殺されかけ殺意で部屋を満たす魔王。

 殺されかけたことに対して文句を言いたのは青年も同じであろうが、ここで不用意に荒波を立てる気は無いらしく、思いの外この青年は冷静あった。それもこれもこんな相手と険悪な関係になりたくないからだ。

 だが、相手側にいる白衣の男は違うらしい。


「何を言っているんだね! こちらを悪者にしてもらっては困る! そもそもそこの餓鬼が考え無しであんな偵察機だかなんだかを作るからこちらに“損”が出たのだ! 他世界の言語翻訳は純血主義の古くからの一大事業であったのにそれをあんな機械一つで――」


 コツン、と……指が何か固い物に当たる音がした。それだけで憎まれ口を叩いていた痩せた見た目の男は冷や汗を流した。

 その音を出したのは、不機嫌そうに目を瞑り眉間にしわをつくっているこの赤い髪を持つ純血主義の長であった。


「第一研究所所長……そこの出口に転がっている“物”はそちらで製造されたものだったな……言い訳は?」

「ああいや、そのぉ、それはですなぁ」


 部屋の最奥、赤い髪の男だ。この男が質問を投げかけただけで小狡そうな薄毛の男は言い淀む。

 コツン、と、また指が何か固い物に当たる音がした。


「――誰が、殺せと命じた?」

「申し訳ありません! しかしそこの餓鬼は我々にとって――」

「誰が、殺せと命じたのだ? それとも独断か?」

「た、大変申し訳ありませんでした……少々出しゃばった真似をしてしまいまして、そのぉ」

「もういい、構わん」


 一応は許されたらしく、細身の男……どうやらこの人物が第一研究所の所長らしいのだが、ほっと胸を撫でおろしていた。しかしアラムは別に先ほどの凶行を受け流せるほど器が大きいはずもなく、これでこの話はお終いなのかと言いたげにカーインに目線を送る。

 しかしカーインは久々に再開したであろう父親を睨むように眺めており、青年の事情説明を求めるサインを逃していた。

 そう、父親だ。この顔を見ればわかる。説明など必要ない……この赤髪の男こそきっと彼女の父なのだろう。


「……(えー、一言ぐらい謝るなりしてほしいんだけどなぁー)」


 などと、青年が部屋を眺めながら見て考えていると、お叱りを受けた所長様に睨まれる。流石に逆恨みだろうと青年が不満げな顔を作るも、それが癇に障ったのか更に忌々しげに第一研究所の所長は顔を歪めた。どうも徹底的に他責的な思考を擦る人物らしい。

 すると長テーブルに座っている男の一人……というか見覚えのある人物がにこりと優雅に笑ってこの部屋で唯一客人を歓迎した。


「アラム君、昨日ぶりだね。いや、壮健そうでなによりだ。こういう事態の進み方をすれば私の予想ではオウカ辺りに襲われたと推察するのだが、そちらの状況は――」

「ラウフ、不必要な発言は許可しない」

「これはこれはお父様、友人と語らうぐらいは許してほしいのですがね? 今の今まで見張りですら会話をしてくれないので、暇を持て余し人恋しいのですよ」


 赤髪の男を父と呼ぶ男……間違いない。オレンジの長髪と囚われの身になってもその余裕を崩さない態度は間違いなくカーインの兄だ。


「あ、お兄様だ」

「やぁ、愛しの妹よ。やっとこの兄に気が付いてくれたのかい?」


 狭く暗い部屋の中、なんだそこにいたのかと言わんばかりにカーインがラウフの存在に気が付いてあっけらかんとした態度でそんなことを言う。まさか囚われの身である兄が話し合いに同席するなど思ってもいなかったのだろう。


「お兄様、そこにいるならば自力で逃げられるでしょうに」

「いや、そういう訳にもいかないんだ。まぁ、二人とも座ったらどうだろうか? 今回の話は長くなりそうだ」


 と、ラウフがそう言いつつすっと両手を上げた。その手には手錠が嵌められている。金属製ではなく見るからに重そうな石造の物だ。きっと魔術封じの手錠か何かなのだろう。

 そしてラウフの勧め通り座ろうとして、ガウハルが青年の肩を掴みそれを止めた。


「先ほど殺されかけたというのに不用心すぎぞ栗毛……」


 呆れつつガウハルは入り口近くにある二つ空席を引いて、三秒ほどで調べる。なんらかの魔術か、その優れた観察眼か……いずれにせよ魔王は調べ終えると、アラムの肩を二回叩き座るよう促した。


「あぁ、どうも。ありがとうございますガウハルさん。それはそうとラウフさん……その、やつれてますね?」


 と、カーインと共に用意された椅子に座りながらアラムがラウフを見てそんな心配をした。確かに言動はともかくラウフらしからぬ憔悴した顔をしている。すると席に座っていた男の一人が咳払いをしてアラムを睨む、何か気に障ったのだろうか?

 しかしラウフはそれを気にも留めずアラムとの会話を続けた。


「ああ、そこの父と色々とあってね。私も全力で抵抗したのだが、こうして手錠を掛けられて今も部屋に幽閉されているのだよ。食事ぐらい用意してほしいのだが、一日二日では死なないからとでも思っているのか放置されていてね」

「今も? ああ……えーと、この部屋の機材を見るにつまり今、僕らの前にいるラウフさんは立体映像(ホログラム)か何かなのですね?」

「ああ、この場にいる純血主義全員がね。察しが良くて助かるよ」


 と、いきなりドンっと机を叩く音が響き、ビクリと青年と第一研究所の所長が体を反応させた。


「先ほどからラウフ様のことを気安く呼ぶなど、この子供はどういう教育を――」

「おや、この私本人が彼に気安い態度を許しているのに。何か、問題でも?」

「断じて! ラウフ様、あなたは今やこの船の未来であり希望の象徴。なればこそこのような木っ端の様な若造に気安い態度を許すなどあってはならんのです! この船の未来を担うに相応しいからこそ、私たちはあなた様に忠誠を誓っておるのですから! だというのに、こんな小僧に気を許すなどと、純血主義全体の沽券に関わりますぞ!」

「ほう、よもやあなたはそこまでこの私を買ってくれていると……しかし、あまりにもその言葉に説得力が無い。我が父に幽閉されていたこの一日、この場の誰か一人でもこの私の味方に回った者がいないのでしょう? それは誰もが我が父(過去)(過去)こそ主君とし、その言葉を絶対とし忠誠を誓っているからこそだ。だからこそ未だ私はこの手錠を掛けられているのでは?」

「そ、それは、序列というのもがあります。まだあなたの父上は現役……そちらの意見を尊重するのは当然のことでしょう。私はただ、この船の未来を想い行動しているに過ぎません」

「まさか、ただ私より父が“恐い”から従っているだけでしょうに。それに、この船の未来を想うと語るならばこそ、その青年も丁重に扱うべきだ。彼は先の戦いでクリサリスを滅した。新たなるディザスターの誕生を阻止した実績は、我々純血主義といえど無視するべきではない」

「し、しかしですな。現船長の養子だかなんだか知りませんが、そこの男にそれほど価値があるとは――」

「おや? あなたがそこの青年に価値を見出せないことなどこの場においてどうでもいいはずだ。価値があると我が父が判断したからこそ、この度アラム君を直々に我ら純血主義が住まうこの船の最奥に呼びつけた。つまりは我が父の意思だ。先ほど“序列”という言葉を使った御仁がそれをわからぬ愚物ではないでしょうに?」


 よもや我が父の意向を無視するのかと言いたげにラウフは激昂した壮年の男を睨む。いや、若いといえど流石は政治家、口が上手い。

 ついでにアラムとギャレンは先ほどの話についていけていないだろうに眉間にしわを作りながら何度も頷き「俺、わかってますよ」みたいな顔をしていた。ルアネがいたら後ろからぶっ叩かれていただろう。


「ではお父様、話を進めましょう。なぜあなたは我が友人をこの場に呼びつけたのか……それを教えていただきたい」


 だがここからが本番だった。自分の父に監禁され、今まで動けなかったラウフ。何かしら情報が欲しいらしく自分が進行役を務めらだした。自分が知りたい情報を得たいが為だろう。


「アラム……だったか――」

「あ、えっと、はい」


 と、ラウフとカーインの父である人物直々に話しかけられて困惑するアラム。この中で一番偉い人間が周囲にいる部下を使わずに自分から話しかけてくるとは思ってもいなかったらしい。


「貴様の召喚技術、その全てをこちらに開示してもらう。拒否権は無い」

「……へぇ?」


 と、アラムが間をおいて素っ頓狂な声を上げた。それに部屋の全員が眉間にしわを作った。


「どうした栗毛? 嫌ならばこの場から逃げる算段はあるが」


 青年的には拒否権が無いと言われたのだからここで逃げれば後が恐いのだが……そんなことを魔王が耳元で囁く。緊張感が暗く狭い部屋を満たし、ホログラムを射影しているのであろう機械がゴウンゴウンと駆動する音しか耳に入らない。そんな中、パクパクと口を動かしていたアラムがなんとかその口から言葉を捻りだした。



「あのぉー、その、僕の召喚技術の設計データなんてとっくの昔に船に開示しているので……」


 とっくの昔に開示した。確かに青年はそう語った。ならばこれまでの騒ぎは一体なんだったのか? 誰もが青年のその言葉に唖然とし、固まっていた。


「そりゃあ、長年秘密にしながら開発を進めてましたけど、ガウハルさんの世界に飛ばされた時あれを使わないと助からなかったのでやむを得ず使用しましたからね。なのでその後に船長含む各所にバレてあの件の後、観念して渡したくなかったデータの全部を――」

「馬鹿を言うな! まだ何か隠しているだろう!」


 するとアラムの説明を遮って第一研究所の所長が声を荒げた。そういえばこの人物がアラムを冤罪裁判で嵌めようとして青年の召喚術を奪おうとしたのだ。全てはこの男の暴挙から始まったといっても過言ではないだろう。


「開示された情報など既に何回目を通したと思っている! それだけではない! 純血主義の名の下に閲覧禁止の情報網を探るに探った! なのになぜ私たちがお前如きの技術を再現できないんだ! いいからさっさと召喚システムとやらの設計図でも出しやがれ!」

「……あのぉ、だからもうそんな物は提出済みですのでぇー」

「嘘を吐くなぁ!」


 怒鳴られた。怒鳴られたがそんなこと言われてもといった表情でラウフの方を見るアラム。それを見てラウフが挙手する。助け舟を出した、といよりそもそも彼もまさか話がこんな風に転ぶとは思ってもいなかった様子でいつもの優雅さ(仮面)が少し剥がれかけ、訝しんだ表情になっていた。


「失礼、第一研究所の所長殿。私から見てアラム君は嘘を吐いていないように見えますが?」

「い、いえ! こいつは絶対に嘘を吐いています!」

「……私は幼い頃からそこの妹と同じく人の嘘を見抜く術を叩きこまれている。それに彼の性格と何を欲するかはよく知っている。なにせそこの魔王を一度欲し戦いを挑んだ時に調べ上げたのだからね。そして表情、声色、発汗から推測して嘘は吐いていないと判断するが?」

「こいつが本当に嘘を吐いていないと!? この――」

「私に三度も同じことを言わせないでほしい。それとも、この私の目が信用ならないとでも?」


 会話の通じない相手を言葉の圧で黙らせるラウフ。だがそんな力技をアラムは望んだのではない、このまま勘違いされたまま禍根を残し、再び襲われては堪ったものではないからだ。

 ならば、自身で相手の誤解を正すしかない。もう自分にはあなた方が取り立てる物は持っていないと。


「えーと……あの、こちらから質問をしてもいいでしょうか?」


 まるで生徒の様に挙手をしながらアラムはそう言った。この重々しい雰囲気が、かつてわずかな期間だけ通った学校と同じ雰囲気だったのだろう。


「構わん」


 その赤獅子の様な男の一言にカーインとラウフが目を見開いて驚く、この二人が思考を停止させるほどの驚愕など珍しい。父親がその一言を発したのがそれほどまでに意外であったのだろう。

 だが、そんな事情を知らぬアラムはそれを見て小首を傾げるだけであった。


「まず、どうして僕の召喚システムを再現しようと?」


 その質問に、ちらりと純血の王は周囲を一瞥する。右に、左に、そして射抜くような真っ直ぐな目で青年を射抜いた。


「様々な益を見込めるからだ。先の……終焉の竜と呼ばれしクリサリスとの戦闘で、貴様は時空間の乱れが起きている最中、このバイトの通信復旧と船からの召喚術による物資転送確立を上げる為に、ほとんどの時間を使ったらしいな?」

「えっと? まぁ、数パーセント確立を上げた程度ですが……でも、それぐらい大抵の技術者ならできるんじゃないんですか?」


 それに、今度こそラウフとカーインは目を見開いて驚いた。味方側だと思っていた二人に責められているのかと思ったのか、アラムが居心地の悪そうに委縮する。


「アラム君、その話は本当なのかな?」


 すると口元を隠したラウフはそれが本当なのか確認してきた。きっとあれは悪い顔してるんだろうな思いながらも、自分は別に悪いことをした訳ではないので青年はあっさりと白状する。


「いや、まぁ……報告書にもそう書きましたよ……なんですぅ?」


 僕は怒られることなんてしてませんよ? という不安顔で部屋にいる人物の顔を一人一人見る。見知った顔以外、いや、第一研究所の所長以外、自分のことなど興味無いといった風だったが、その顔つきが明らかに変わっていた。こいつは使えるという悪い大人の顔にだ。

 正直青年は一刻も早く逃げたかったがそれでまたハニーンを狙われ誘拐され、言うことを聞けと脅されても困る。逃げ出したい気持ちを押さえこの船の権力者を真正面から向き合った。とはいえちょっと足が震えていたが……まぁ、努力賞ぐらいは貰ってもいい頑張りだろう。

 と、ラウフが少し興奮してアラムにこう言った。


「いいかい、君がやったことはこの船にとって何回も行われた試みの唯一の成功例だ」

「いやぁ、僕も魔術の召喚術については齧った程度ですけど……理論上は魔術のみで時空間の乱れの中、召喚確立を上げるのは可能なはずなのでは? 召喚という分野に関しては科学より魔術の方が何歩か進んでるはずですし?」

「そういう技法は何百年も前に提唱はされているが、実現は不可能とされているんだ」

「確かサムサナートの時空気流制御魔術論法ですよね? 召喚システムを作る時少し参考にしましたけど……え? 今は可能とか言われてませんでしたか?」

「ああ、サムサナート論法は数年前に実現が可能と発表されたが、重大な欠点が見つかり再び机上の空論になったんだ」

「え、でもあの、科学技術と魔術技術をうまく融合させて……名前なんでしたっけ」

「それはテルナットの科学と魔術の混合技術かな?」


 難しい単語が出てきてガウハルが眉を吊り上げる。曲がりなりにもアラムは技術者であるのだな感心しているのだろうか? まぁ、専門家でもないのに彼以上に聞きなれない単語をつらつらと出してくるラウフの方にこそ感心するべきだろうが。ついでにギャレンにいたってはもう何を言っているのか理解できずにただただ無害なスマイルを作っていた。


「あ、それです。あれを使えば可能でしょう? いやぁ、あれ難しいんですよね……昨日、自分の技術テストで作った武器をルアネさん……僕のエスコートの一人にプレゼントしましたけど……故障しないか心配で」

「あぁっと……待ってくれ。その話は本当かな?」


 と、またラウフが頭を押さえる。笑ってはいるがあれは呆れているのだろう。アラムにとって新鮮な反応だった。


「世迷言だ! テルナット混合技法など、莫大な研究費が合って初めて成果の出せるものだぞ」

「そこの子供にそんな資金どうやって捻出したというのだね。まさか、ファナール船長から裏金が!」


 と、なんか物騒なことを叫ぶ純血主義のお偉方。と、あの義母にあらぬ疑いが掛けられてはたまらないとアラムは今日一番の大声で叫ぶ。


「いやいや! そんな訳ないじゃないですか! こちとらゴミ捨て場の廃材とジャンクパーツでやりくりしてですねぇ! ぼかぁ、船長からお小遣いもらったこともないんですよぉ! いやまぁ、自立するまで生活費は適当に毎月机の上に置いてくれてましたけども!」

「廃……材?」


 こいつは一体何を言っているんだと周囲が沈黙する。そしてアラムも頭の上に疑問符を浮かべ、終いには口を小さく開けて思考をフリーズさせた。


「アラム君、君は天才なの?」

「まさかぁー、ぼかぁ凡人ですってぇ。師匠にも大きくなってからはお前は技術者としての才が無いとかいっつも言われてたんですからぁ……あれぇ?」


 カーインが思わず隣で間抜け面を晒している青年にそんな質問を投げかけるも、そこにはいつもの青年がいるだけだった。

 さて、少々面白い状況になった。

 どうやら青年が今まで使っていた技術はこの船において未知のものらしい。思えばアラムが作り出した彼の娘(ハニーン)も当時アンドロイドの専門家が首を傾げるほど奇々怪々な新技術が使われていたのだから、他の技術もそうである可能性はあったのだ。


「アラム君、君の我流の召喚技術、これは一人で作り上げたのかい?」

「作り上げたというかぼかあ、ただ師匠にこれはこういうものだと教えられながら試行錯誤してただけで……まぁ、厳密に言うと一人で技術を磨いてたわけでもないですし」

「ああ、なるほど、協力者が? その師匠という方との共同開発かな?」


 ならばその師匠が凄いのだ。周囲の者もラウフの予想にそうだそうだと頷いてみせる。こんな頼りない男が未知の技術の金脈な訳がないと言いたげだ。


「いえ、師匠は別に……それに協力者というほどのものじゃないですって。僕が人工知能を専門にしているのはラウフさんも知っていますよね? 僕はただ自分の造り出した人工知能と一緒にあーでもないこーでもないと日々開発と発明をしてただけなんですよ」


 人工知能、そう、人工知能だ。器用貧乏に思えるほど様々な物を作るこの青年だが、彼は人工知能の専門家を自称していた。そして今まで作っていた様々な物は青年のみの知識ではなく人工知能の補助があって作られたものであったのだろう。


「人工知能を補助に使っているだとう! 人工知能に物を教えるのはこの船において権利侵害の罪にあたるぞ! やはり貴様なんぞが我々を凌駕するなどあってはならんことなのだ!」


 と、そこで第一研究所の所長が噛みつく。それ見たことか、お前はズルをしているのだから罰せられるべきであると言いたげだ。

 だが青年がそれに不満げな顔をする。臆病なアラムが誰かに怒気を向けるのは珍しい。


「そんなこと師匠に何度も何度も言われましたよ! そりゃあぼかぁ、世間知らずですがそこら辺の知識は嫌でも師匠に叩き込まれてますからね! ですから僕の人工知能は長い年月をかけて一から育て上げたんですよ! ちゃんと疑われた時の為に馬鹿みたいな大量のログ(成長記録)も毎日付けてるんですから! なので今すぐにこの場で提示できますからね!」


 人工知能を一から育て上げる。なるほど、子供に教えるように人工知能に物事を教えていけば権利侵害も糞もない。そもそも他人の論文やら研究成果やらを読み込ませてもこの船の技術系統を覚えるだけだ。それでは新技術を編み出す人工知能など作れまい。

 だが、それ以前の問題があった。


「き、貴様は馬鹿なのか! そんなものどれほどの手間と時間が掛かる! 人間の子供を育てるとは訳が違うのだぞ! それに思い通りに育たなかったらどうする!」

「え、そりゃあ変な学習の仕方起こしたりはしますけど、その都度消せばいいじゃないですか。というか数を作って間引かないとこんなこと可能じゃないですので」


 さらりと、アラムはそんなことを言ってのける。それにまた所長が噛みつく。


「間引くだとぉ! それは人工知能人権保護法に引っ掛かるだろう!」

「合法ですって。そもそも僕の作り出した人工知能は一機(ハニーン)を除き人格を付与していませんし。というか予算の都合上、計算に特化させるしかないんで。まず百ぐらい用意して実験、成長させ、見込みがある一機を百にコピー、実験、成長させる。それを繰り返して予測演算精度向上と知識、撃ち込んだオーダー(命令)に対する満足な成果を出す個体を作り出すんです」


 それは、途方もない時間と労力がかかっただろう。誰もが思い付きはする、人間の変わりに考えありとあらゆる問題を解決する人工知能(神の代役)がいればと。だがそれはありとあらゆる妄想(作り話)ディストピア(反理想郷)として描かれる。人間より賢くなった人工知能など高確率で人類は持て余すだろう。だが、それも人格を付与しなければ無問題だ。

 しかしだ。そもそもの話、そんな物を作り出せる保証など無かっただろう。そんなことをするならばただただ自分が学び、他の優秀な学者とチームを組み何かを共同開発した方が確実に成果へと繋がり、それに見合った社会的地位を会得できる。

 だが、この青年は自分の人生の十分の一もの時間をその博打に注ぎ込んだ。毎日毎日、機械を弄り人工知能を育て、自分もまたその人工知能から学んだ結果、彼の技術系統図は歪な進化をした。ありとあらゆる天才が積み上げたこの船とは違う、まったく違う科学の進化樹へと。

 彼が教えを乞うた師も特殊だったのだろう。だがそういてこの青年はオリジナルの技術を発展させていったのだ。

 そして技術系統が違うならば、作り出せる物も違う。例えそのほとんどがこの船の技術に劣ってはいようと一つでの優れている者があれば有用だ。

 そうして今回、その有用であったものの一つとして目を付けられたのがディザスターによる時空かく乱時における転送確立の上昇なのであったのだ。


「まぁ、あくまでご意見番としてしか機能しないので、ある程度自分で技術を身につけないと人工知能が何を言ってるのか理解すらできませんし、毎日毎日ある程度の調整やら間引き作業もやらないといけませんけど」

「つまり、君が育てた人工知能は持ち主であるアラム君とセットでないと使えないと?」


 ラウフが食い気味にアラムにそう聞いてくる。この陽光の王子はディザスター討伐に意欲的だ。アラムの持っている技術に価値を見出しているのだろう。


「すぐに、という意味では。師匠曰く僕の技術なんてこの船の最高峰の研究者が五人いれば半年で解析されるから秘密にはしておけ、と釘を刺されてましたし……で、お役所に設計を出した段階でこりゃ売れない技術になったなと思ってたんですが……」


 その青年の言葉で第一研究所の所長へと周囲の目が集まり、彼は忌々し気に表情を歪めた。アラムに余計なことを口走るなと言いたげな顔だ。


「き、貴様の訳のわからん技術など部下に見せられるか! あんな物を見せた段階で出所が私ではないと悟られるわ! ただでさえ研究所内であの偵察機の設計を私がしたのではないかと疑われているのに!」

「……つまり、貴方の保身の為に情報を秘匿していたと?」


 偵察機の生みの親であるアラムとディザスター討伐に使える技術が手に入ると思い少し冷静さを欠いたラウフはその言葉に呆れるも、カーインとガウハルは真剣な顔で何か考えていた。


「お兄様……その話から推測するに、純血主義内でも大多数が偵察機を作ったのはそこの所長、という認識になっているのです?」

「まぁ、そういうことにはなっている。ただ純血主義関係なく、それなりの技術者ならば偵察機を作ったのが我々ではないと気づいている者も多い。なにせ現物が現場に大量に支給されているのだから入手自体は簡単だ。となれば分解し構造を調べる者も多いだろう」


 それはアラムも初耳だったらしく、オリジナルを産んだ本人が目を見開いて驚く。完全にあれは純血主義が作り出した物というのがこの船全ての認識だと思っていたのだろう。


「うむ、我も栗毛から改造された偵察機を使っているが、既製品と比べ明らかに違う。よもや純血主義の開発者よ。栗毛から利権を無理やり奪ったはいいものの、どう改良して良いのか困っているのか?」

「そ、それはこいつが、あんな劣悪な粗悪品を世に広めようとしたのが悪いだろう! 撹拌現象を起こさない発展性の無い技法だか知らないが、私などあれより優れた物、すぐに作れます!」

「いやぁいやぁ、そんなの当然でしょう。他の世界に流出して問題ある技術も造れるならこの船の技術なら僕の偵察機より何百倍も高性能な物を作れるでしょうし」


 なるほど、アラムの偵察機がなぜここまで評価されたのかはその一点が優れていたかららしい。発展性の無い他世界への影響を最小限に抑える技術で作られた物だからこそ、ここまで重宝されていたという訳だ。まぁ、だからこそ第一研究所の所長すらどう改良して良いのかと頭を悩ませていたようだが。


「それにプロトタイプ(試作品)をそのまま盗んだのはそっちでしょうが! パクったならパクったらなら責任もってグレードアップするべきでしょうに! いいですか? 偵察機が現場で誤作動起こして船長にその報告書がいく度にあの人、僕に遠慮がちとはいえ小言を言ってくるんですよ! お前のせいじゃないんだけどなぁと前置きしながらぁ!」


 ストレスで胃が壊されると青年は怒る。これには流石の純血主義の面々も何も言い返さなかった。というかそんな愚痴を言われていたのかとガウハルも後ろで苦笑いしている。


「で! 話を戻しますけど、今回はそれを交渉材料に持ってきました」


 その青年の言葉に純血主義の王である男が目を細める。それに気圧されつつもアラムは気丈にこう言い切った。


「そ、そこのラウフさんの解放を要求します。今僕の手元にある偵察機の改善案と手直しした設計図、それともうコードシステム(召喚装置)の複製もまぁ、おまけでいいですから、これでその人を解放して、ついでにもう僕たちと僕の娘を襲うことは止めてもらいたいのです。それと何かあれば実力行使ではなくまずは話し合いをしませんかね? いや本当に!」


 平和的にやっていきましょうと自分には敵意は無いとアピールする青年。元々この騒動を丸く収める為にこの場へとやってきたのだ。エルフとアンドロイドの隠れ里の件など、色々と言いたいことはあるが純血主義と敵対してこの船でやっていくことなど不可能だからだ。


「……ラウフの解放はこちらの事情で先に延ばすが、それでいいのならばその条件を飲もう」

「あー、あの、すみません。その人をすぐに解放してくれないとその人の部下である赤武者さんがガウハルさんを殺しにきそうなんですよぉー……あの人、なんとかなりません?」

「理解した。ならばそれもこちらでどうにかしよう」

「あ、ならラウフさんお解放は追々で大丈夫ですぅ。家庭の事情と判断してこれ以上は口を出しません」


 その青年の一言にラウフは笑顔でアラムに圧を掛ける。君は僕の友人だろうといいたのだが今のアラムにとっては仕方ないこととはいえ自分の部下を制御ができなかった、ただのはた迷惑な人物なのだ。横で笑みを作り話に納得している妹同様、ラウフにかける情など無い。


「それと……もう一つお前に問いたいことがある」

「とぉ……言いますと?」


 あまり無茶なことを言ってほしくないなぁーと眉を八の字に曲げるアラム。それを気にも留めず、ただ純血主義の王はこう言った。


「……お前の技術で死人の模造品を作ることは可能か?」


 その突拍子の無い質問に、誰もがその意図を測ろうとした。ラウフが、カーインが、ガウハルが、純血主義のお偉方が……だがただ一人、アラムはただただ余計な思考を挟まず反射的にこう言い返した。


「それは、一応は可能ですが無意味です」

「なぜだ?」

「僕にそんなことを頼むということはその人の人格のコピーデータは無いんですよね? 確か下船処理された犯罪者や死刑囚の人格をコピーして犯罪心理学の研究に使われているとかなんとか、一般人の正確な人格のデータを取得するのは違法ですが……あなたはそれを破っても秘匿できる立場の人でしょう。なら、十全なデータは持っていないのでしょう?」

「……ああ、無い。だが“あれ”が生きていた時の動画、音声データはある。長い期間、病院にいたので一日何をしていたかという精密な記録も――」


 それは、この王が初めて見せる人間らしさであった。諦めきれないのか、口早に差し出せるものを順番に語る。その光景に今度こそラウフとカーインは言葉を失った。父であるこの人物がこれほどまでに言葉を語ったことなど無かったのだろう。


「いえ、どれほど精密で膨大な記録があっても無意味です。僕がその人を模したアンドロイドを作ったとしても、それは僕から見たその人のコピーです。どうしても製作者というフィルターを通して人格が形作られてしまう。ならば、それはもう死んだその人の完璧な模造ではないんです」

「どうしてもか、なぜそう言い切れる?」

「それは……一度、僕がやろうとしたことだからです」


 一瞬の躊躇いの後にアラムは確かにそう言った。

 ガウハルが、ギャレンが、そしてカーインがその一言に瞠目する。青年は、一体誰に会いたかったのだろうか? だがそれは語られない。秘めるべきものであるといわんばかりに、それ以上青年は語らなかった。


「……そうか。では先ほどの話に戻す。先の発言通りその技術提供をもって身の安全を保障しよう……だが、アラムといったか。お前の技術は有用だ。第一研究所に来る気はないか?」

「えっと、僕がですか?」

「私の言葉のみでの保証など信用できまい。だが我らの傘下に入るというのであればそれは確約される。それに有用性を示し続けれれば、それなりの地位と褒賞をやろう」


 思いもよらぬ提案にアラムが口を半開きで固まってしまう。確かにアラムの技術は希少ではあろう。だが有用な部分を抜き取ってしまえば後は現状、使えないゴミ屑に他ならない。

 だからこそ、そこまでする価値があるとはアラム自身が思えなかったからこそ困惑したのだ。

 ラウフの父の後ろで第一研究所の所長が物凄く何か言いたそうにしていたが、この青年が第一研究所にくれば利用できるとでも思いついたのか、すぐに悪い顔になった。


「何が欲しい。金か? いや、クリサリスの討伐でまとまった額を手に入れているはずか……ならば女か? ならば貴様の出した成果次第で、そこの娘をやろう。それもまぁ、嫌な顔はすまい」

「それは素晴らしい案だ。アラム君、君がディザスター討伐の為に新たな技術を生み出してくれればカーインとの婚姻もありえるかもだ」


 などと、勝手に盛り上がる父と兄。いや、ただ単に父親の方は交渉の材料として娘を差し出しているだけだが……頭の回転の速いラウフはこの発言を最大限に活用としていた。


「え……じゃあ、ありとあらゆる問題が全部解決して、で、場合によっては……なら、こういう手を打てばアラム君が出世して――」

「白き娘よ……頭の中で理想の未来設計図を組み立てているところ悪いが正気になれ。なってくれ。我一人では貴様の父をどうこうできん」


 さて、都合がいいとはいえ自分の未来が勝手に決められているはずなのに、当の本人であるカーインに至ってはアラムとの乙女として怒るなり恥ずかしがる前に、これを千載一遇のチャンスとして目をカット見開きスパコンみたいに頭を働かせていた。なるほど、この一家の血がこの娘にもしかと流れているのだろう。

 家出娘とはいえ、あくまで一般人のアラムと結婚をするとなればありとあらゆる要因が壁となる。しかし今の流れに乗れば障壁が一気に崩れ去るのだ。こうもなろう。


「あまり、カーインさんを物みたいに扱わないでくれませんか? この人には大きな借りがあるので……それに自身の娘と妹を交渉の材料にするのはどうなんです? ラウフさんとカーインさんのお父さん」

「おや、これは失礼。そうか、君は臆せず世間一般の常識的価値観で私たちと相対してくれる存在であったね。だから私は君を友人にしたんだった。失念していたよ」


 だが、それを青年が今日一番の怒気を込めた言葉と共に蹴り飛ばす。


「……アラムくぅーん」


 カーインは自分の身や人権を大切に扱ってくれたことに感動しつつも、この朴念仁はちょっとは殴りたい憤りに口をもにゅもにゅと動かす。

 それに頭を押さえながら、いや、これは笑いを堪えているのだろうか? 片手で顔を覆い隠しながらガウハルはアラムを横からジトっと眺める娘の肩に二か三回ほど軽く叩きなだめていた。


「それに失礼ですけど第一研究所に所属なんてしたらそこの所長様にいびられる未来しか予想できませんから……ぼかぁ、もう怪物の相手なんかしたくはありませんけど、インタービーナーズとして身の丈のあった仕事をしつつ生計を立てていくつもりなんで……はい」

「我もそこの栗毛以外の者に付き従う気は無い。栗毛が自ら望み職を変えるというのでなれば致し方ないがそうでなければ我は誰にも従わぬぞ? それとも、このガウハルを力尽くで御してみるか?」

「いやいやガウハルさん? 穏便に、平和的にお願いしますよぉー!?」


 その魔王の脅しともとれる発言にアラムが慌てふためく。しかしこの魔王が素直にこの船に力を貸しているのはアラムに対しての恩あってこそだ。その損失を考えると彼を第一研究所の所属にするのは得策ではない。


「……では今後、有用な技術があれば買い取ろう。額、有用性の品定めはラウフに一任する。必要ならば第一研究所から若い職員を出し技術提供の場を設けばいい。その金は私から出す」

「わかりました。確かに私自らが仕切りをさせてもらった方が一番良いでしょう」


 そう言ってちらりと第一研究所の所長を見るラウフ。それに歯ぎしりする第一研究所の所長……ラウフを通して買取りが行われるならば第一研究所がまたアラムの技術を盗んだりはしないだろう。


「では次だ」

「えーと、まだ何かあるんです?」

「技術の話は終わりだ。次は人員についての話だ。そこにいるクリサリスを下した男、それをこちらの指揮下に置く」


 と、これまで話がまとまりかけていたのに、その純血主義の王が発した命令ともいえる言葉に空気か冷えていく。

 それに抗議したのは意外にも強力な戦力を日々欲しているはずのラウフであった。


「……お言葉ですがお父様、それでは私の面目が立ちません。私は一度そこのアラム君と魔王ガウハルを奪い合い敗れました。なのに父親が横入りして彼の戦力を奪うなど、それに彼に法を変え重要な戦力(エスコート)の貸し借りをする案を授けてもら――」

「ならん、効率が悪い。ラウフ、貴様は今後一切、矢面(現場)に立つな。貴様はこの船の政界(裏方)にてその才を生かせ。これまでは今までの献身に免じ目を瞑っていたが一体倒したのだ。これからは私の後を継ぐ純血主義の王として更に適正する」

「しかしお父様。先の戦いで我が船は大きな損害を――」

「それは貴様が前ではなく後方に座していれば軽減できた損害だ。今回の件でそれがはっきりとした。ディザスターを自らの手で倒したいという貴様の個人的な願望で二度同じ損害を出すことは許さん。貴様のエスコートは一時私が預かり、相応しき者へと譲渡する」

「……お父様、もしやその為に私を幽閉など? お言葉ですが――」

「ならん、これは決定事項だ。それにそこの魔王のみならずクリサリスを打倒できるほどの逸材を一人のトラベラーが複数を従えることなど異常なのだ。なのでここで修正しておく」


 それに慌てふためくアラム。まぁ、彼自身がガウハルのみでも、それを従えるほどの器でないことなど常々思っていることだが、これはあまりにも一方的だった。

 ラウフもなにやらインタービーナーズとして活動できないような話にもなっている。情は無くとも彼がディザスター討伐に心血を注いでいるのはアラムとて理解できる。


「待ってください……それはあまりにも一方的ですよ。もう少しラウフさんと話を――」

「貴様に私の決定を覆す権限は無い。技術者としては評価するが、貴様に政治的駆け引きが理解できるとは思えん」

「いや、僕はただ親子として……」


 親子として話し合ってほしい。それを、青年は言いきれなかった。あの養母である船長と、娘であるハニーンとこれまでの人生で十全に話し合ってきたのか? そんな自責が彼から言葉を失わせたのだろう。


「ぬぅ、独りよがりで他の者の意見を聞かぬか、やはり我は貴様は好かんぞ純血の王……それよりも白竜公、何か言うことはないのか? これは貴様の話だぞ。いつまで無言を貫く?」


 と、厳格な表情を作る父と笑みを張り付けた息子が睨み合う中で、ガウハルがギャレンにそう言葉を掛ける。

 そこで初めて話が自分のことに切り替わっていると理解したのか、今まで難しい話に首を突っ込むべきではないと口を閉じていたギャレンは少し驚いた表情をしていた。


「……愚生に発言権はあるのだろうか?」

「ああ、報酬の話は聞く」

「報酬だけなのか? ならばそれは困る」


 困る。その言葉に純血主義の王がギャレンを睨む。アラムならば失禁しえないほどの重圧をもって拒否権は無いと無言で告げていた。だがその重圧をもってもギャレンは呑気なもので、指で頬を掻きながら言い難そうに言葉を濁しつつ、こう説明しだした。


「愚生はどうも頭が弱い。なので、金銭の絡む話が出た時はその、愚生の恋人にあたる人物が私も同伴せずそういう話を決めるなと、きつく言い聞かされているのだ。彼女はそこら辺しっかりとしているのでな! 実に頼もしい!」


 その言葉に誰もが変な顔をして、この大男はこの状況を理解しているのかと本気で疑った。相手はこの船で一番権力を持つ人物、その人物の命令を恋人に言われているから保留にしてくれ頼んでいるのだ。もし不興を買えばこの先この船では生きていけない。ちょっとした圧力で彼とルアネの生活は悲惨な物ものになるだろう。

 だというのに、この大男は恋人という言葉を使うのにやや頬を赤らめて、惚気話な空気感を醸し出していた。大人物か、もしくは大馬鹿か。大体の者は彼を後者と認識したらしい。


「いい大人が自分のことを決められないと?」

「……その、本当にこの人物がクリサリスを打倒したので? 些か疑問ですな」


 思わず、純血主義のお偉方の一人が嘲笑しながらそう質問を投げる。だがギャレンは特に気を悪くすることもなく、懐をまさぐりながらこう発言した。

「そうなのだ! やはり頭のいい方は実に聡明だ、話が早い。確かにその認識には誤解があると思っていた!」


 懐から何を取り出すのか、もしや銃などの武器かとホログラムに過ぎないはずの純血主義の面々が構える。だが、ギャレンが取り出した物はそれよりもある意味、強烈な物体だった。


「これを見てほしい!」

「それは、な、なんだね?」

「よくぞ聞いてくれた。ダイエット軍曹だ!」

「いや人形の名を聞いているのではなくて……それは、なんだというのだね?」

「む? ああ、どういう存在かという問か! 我が師だ!」

「……この男は……頭がおかしいのか?」


 空気が違う意味で凍る。そして追い打ちとばかりにその空気を愉快な声が粉々にした。


「よう、俺はダイエット軍曹だ! 今日は不健康そうなルーキー共が沢山いるな! これは食生活から改善していくしかないな! まぁ取りあえず先にまずは部屋の電気を付けろ。暗い所じゃ気分も視力も下がるぜベイビー!」


 ダイエット軍曹、その奇怪な人形がそう言葉を発する。この生みの親(アラム)はもはや、もうこの人、もう無敵なんじゃないかと思い始めて終には思考を停止して色素の薄いカーインよりも白くなっていた。

 今まで相手を刺激せずなんとかいい感じに和解できそうではあったのに、とんでもない所からとんでもない爆弾が起爆したのだ。こうなるのも無理もないだろう。

 ついでに魔王など大爆発(大笑い)寸前で肩を震わしてただただ耐えていた。


「これはアラム殿が授けてくれた物だ。この尊敬するべき師がいたから愚生は終焉の竜を打倒するべき一撃を手に入れることができた」

「これは、そのぉ、何かの冗談かね? 私らも忙しい身、このような茶番――」

「む? 冗談とはどういうことだろうか?」

「……こ、こいつ!」


 ああ、本気だ。証拠にギャレンは虫網片手に夏の青空の入道雲へ走る少年の様な澄んだ目をしている。そして陰謀策謀に目を濁らせた方々には馴染みのない目でもあった。人間、違いすぎる存在を目にした時、どう対応していいのかわからなくなる。つまりこの場においてギャレンは無敵(天然)なのであった。

 この大男には間違いなく皮肉も嫌味も圧力すらも通じない。それをその通りに受け取ってくれず、良い方向に曲解して認識するという確実な信頼しかない。


「それにアラム殿は大国二つを繋ぎ大軍勢を、様々な助力を愚生にしてくれた。終焉の竜を打倒した時も、ガウハル殿、ここにはいないがキレスタール殿、そして我が最愛にして生きる意味であるルアネがいたからこそ成せた偉業だ。なので終焉の竜を倒せたことを、愚生一人の手柄かのように言われては困るのだ!」


 それ以上にギャレンの扱いに困っている方々が今アラムの目の前にいるのだが……そして誰もが脳の機能不全に陥っている中、ただ一人、純血主義の王は神妙な顔でギャレンにこう問いを投げる。


「つまり、間違った評価であると?」

「まさしく! 愚生はあの偉業は全員の力、その全てがあったからこそ成せたと断言する。なのに愚生だけを特別に評価をしても、後でそちらに迷惑を掛けることになるだけだろう」

「……だが貴様の実力は本物だ。我々が有用に――」

「いや、この話はここで止めておくべきことだ。そちらの貴重な時間を浪費させることとなる。これは愚生の勘だが、後で恋人からそちらに話を付けに行くだろう。ああ、ルアネはそういう女性だ。なのでその時に決めてもらいたい。どうだろうか?」


 妙に確信めいたギャレンの言葉に、純血主義の王は目を細める。はったりではなく、この大男は本気でそう言い切った。


「……そこの魔王といい、恐れ知らずか」

「いやぁ、愚生とて地位の高い人間を敬うという気持ちは持ち合わせて――」

「まぁいいだろう。貴様の言葉を信じ再査定を行うとする」


 と、カーインとラウフが凄いものを見たという風に目を見開く。この父が他人の言で決定事項を変えるなど、今まで無かったのだろう。本日三度、いや四度目となる兄妹揃っての驚愕だが、これが一番大きかったことだろう。


「ではこれで話は終わりだ……各自、自らの職務に戻るように」


 そして、もう興味は無いと言いたげなその言葉と共に、長い長い交渉は幕を下ろしたのであった。



難しい話や遠回しな恐喝をゴリ押し(天然思考)で何とかする男、その名もギャレン!

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