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第六章「親と子は歩み寄る」 十六話



 翌朝、古い校舎でハニーンが用意していた朝ごはんを食べ終えた頃に迎えがやってきた。

 青年にとっては久々に見るその姫騎士は少し疲れた顔で、旧校舎の正面入り口に立っていたのだ。


「妹御様、この度はラウフ様の身を守る為に尽力していただき、感謝いたします」


 皆で出迎える中、深々と迎えの女は頭を下げる。その女性はアラムも知っている人物ではあった。ラウフの元にいたあの姫騎士で間違いない。

 しかしとにかく高圧的で苛烈、ラウフを神の如く崇拝しそれ以外を見下していた姫騎士はそこにはいなかった。青年と一戦交えた時とは違う……どこか、大人びた顔をした女性がそこにはいた。


「このマレカ、先の戦いでの恩共々、忘れずいつか返すことをここに誓いましょう。それでは妹御様、準備がよろしいならばこちらに、不肖ながら私が案内をします」


 ディザスターを倒した戦いで左目を失ったのか顔半分を覆う黒い眼帯をしたその姫騎士は粛々と、そんな言葉を口にしたのであった。





 ラウフの父と謁見する許しが出たのは三名、いや……正確に言えば四名であった。

 まず当たり前だが呼ばれたアラムとギャレンの二名、それと実の娘であるカーインも当然参加……そしてもう一人はカーインの強い要望が通り、ガウハルが加えられた。この魔王ならば政治的なやり取りに強いだろうという判断だ。

 あの自然公園にある古い校舎から最寄りの転送機に移動、それからどこか知らない場所へと飛ばされ、今現在、アラムたちは誰もいない通路を永遠と歩かされている。

 この通路は純血主義、この船における権力者の一族のみが立ち入れる場所へと通じているらしい。どうやら普通の転送機では純血主義の者が居城としているエリアには飛べないらしく、来客はこのような通路を歩いて彼らに会うのだとか。


「不便をおかけしますがこれも決まりですので……ご容赦を」

「そのぉー、マレカさんは随分雰囲気が変わったと言いますか……どうしたんです?」


 と……よせばいいのに、薄暗い通路を歩く途中、アラムが怖がりながらそんな質問を彼女に投げかける。彼女への恐怖心より好奇心が勝ったのだろう。

 すると先導して歩きながら少し後ろを向くマレカ。だが左目の方を向けたので、黒い眼帯しか彼らからはその顔は見えなかった。


「身の丈を知ったのだ。ディザスターとの戦いで……多くが死に、多くを失い、そして私も色々と失った。それだけだ」


 その色々というのはその左目だけではないのだろう。彼女にあったあの圧倒的な態度と絶対の自信、そして強者として尊厳、それすらもあの災害との戦いで奪われたのだろう……。


「着きました」


 マレカはそう言い立ち止まる。アラムとカーイン、ギャレンとガウハルの四人も足を止めた。


「妹御様」

「ん?」

「私などが言うのは憚れますが……ラウフ様をどうか、お願いします」

「任されたのですよ! というかお兄様にはあの赤い武者さんをどうにかしてもらわないと……」

「ああ、確かにそうですね……しかしまぁオウカ……彼女の気持ちは、私にも少しわかるのですがね。お互い、国の為に生涯を捧げる為に生きていた女ですから」

「え? あの赤武者さん女の人なんです? いや、高い声してるなとは思ってましたけど」


 かつての亡国の姫はそんなことを口にする。似た生い立ちでラウフの使える者同士、通じるものがあるということだろうか?

 しかしあの赤武者、名前はオウカというらしい。いや、それよりもあの赤武者が女性であったということに驚いた様子だ。今まであの老魔術師の言葉から察せられる部分はあっただろうに、今更そんな事実に気が付いたらしい。


「ですが今は彼女のことよりもラウフ様です。どうか、どうか……我が主人をお救いくださいませ。妹御様、ご武運を」


 生気の無い無機質な通路の中、その祈りにも似た姫騎士の言葉は……なんだかやけに青年の耳に残った。





 マレカの案内を経て、アラム、ギャレン、ガウハルとカーインの四名は純血主義の居住区へと飛ばされる特殊な転送機により見たこともない場所へと飛ばされた。

 どんな豪華絢爛な場所なんだろうなどと考えていたアラムだが、飛ばされた場所は青年の予想とはまったく違う場所であった。


「……蝋燭?」


 飛ばされた先、つまりこの船における王たちの城内は真っ暗だった。

 電灯一つ無い。だが目指すべき場所はわかる。何しろ暗闇の中、一人ぽつん蝋燭を持ったメイドが近くに佇んでいたのだから。


「お嬢様、お客様。私は清らかなる血を流す方々に従える従者の一人です。此度は皆様方の案内を仰せつかりました。どうか良しなに」


 まるで死者の国への案内人のように不気味な女であった。血色が悪く、その目はぎらぎらと黒く光っている。まるで蝋人形がそのまま動いているようだ。


「まずはここまで歩いたことへの労いと謝罪を、なにせこの場所はバイトにおけるトップシークレット、複雑な手順と道なりになったことをここにお詫び申し上げます。お疲れさまでした」

「ああ、いえいえ、これはどうもご丁寧に」

「では、何もなければこちらに」


 どうやらマレカに引き続き、このメイドが彼らを案内してくれるらしい。


「うむ……白き娘(カーイン)よ。あれとは顔見知りか?」

「ううん、初めて見る人なのですよ」

「……そうか」


 仰々しく頭を下げるメイドにつられて、アラムも会釈する中……魔王はメイドの顔を見てカーインにそんな問いかけを行っていた。警戒しているのだろう。


「しかし、暗いな」

「平にご容赦を。皆様方が通ったのはこの場所の“裏口”にて、灯りを最小限にして施設内の構造を気取られぬようにしております」

「うむ? その、どういうことだろうか?」


 と、ギャレンの呟きにメイドが反応した。だがギャレンはこのメイドの言わんとしていることを理解できなかったようだ。遠回しな言い回しではこの察しの悪い大男には通じない。

 なのでカーインが噛み砕いて説明をしだした。


「つまりこなたたちは信用されてないのですよ……娘であるこなた含めて。純血主義が住まう区画の構造を予測、把握されないようにこうやって暗がりの道を歩かされる訳です」

「いやぁ、僕らはともかくカーインさんは家出するまでこの区画に住んでたんだから意味あるの、それ?」


 アラムがそんなことをたずねる。と、カーインがため息を吐いた。きっとそんな質問をした青年ではなく、そんな質問をさせてしまう自分の生まれについてなのだろう。


「それがあるのですよ……純血主義の子は許可なく自分の家以外は出歩けないし――」

「お嬢様」


 と、ここでメイドの口止めが入る。純血主義の身を守る為、こんな情報も秘匿されないといけないらしい。


「皆様方、詮索はここではご法度ということでお願いします」

「すみません……どうも僕は一般人なものでして、そこら辺どうも疎く……」

「いえ、気を付けていただければそれで。では着いてきてください」


 青年の謝罪もそこそこに、メイドは蝋燭を乗せた燭台を片手に先導を務めた。

 そこからは無言で歩くだけだった。アラムが怒られたこともあり、世間話一つ交わさなかった。

 ――上下、長い坂道を右に左に、昇り下り歩いていく。

 きっと平衡感覚を失わせ、現在地を気取られないようにする為の仕掛けなのだろう。


「ちょっと疲れてきたかな……アラム君は大丈夫?」

「え? 大丈夫だよ。ああ、ギャレンさんとルアネさんと一緒に旅したからね。いやはや、出不精だった僕も歩き慣れたものだよ。でも何分ぐらい歩いたんだろう? 一時間、二時間?」


 時間間隔さえあやふやになって、白い娘が疲れを訴えた頃に、メイドが立ち止まった。

 休憩なのか? それともこんな会話も駄目なのかと青年が口を紡ぐと、メイドが蝋燭の灯を揺らすことなく振り返った。


「到着となります。それでは皆様方、無礼なきよう……」


 どうやらここが目的地らしくメイドは一礼をする。と、メイドの斜め右に扉が見えた。暗い中何も考えず歩いていたら通り過ぎてしまうほど壁と変わらない扉だ。これも純血主義の秘匿性を守るために故意にそういう設計にされているのだろう。

 と、アラムがノックでもしようかと悩んでいると、扉がいきなり開いた。さっさと入れということらしい。


「えーっと、失礼しま――」


 礼儀のつもりなのか、青年がそんな言葉と共に部屋に入ろうとすると銀の煌めきが青年の顔を走りさった。

 何が起きたのか? ただただ何も把握できないままアラムは反射的にその光から逃げる様にしゃがみこもうとする……だが彼の体はガウハルが首元を引っ張ったことにより魔王の胸元へと動かされた。

 キン、と何か金属が弾かれる音がする。それと同時にメイドの方を見たアラムは目を見張った。

 銀の短剣を握りしめたメイドの体がそこにはあったのだ。そしてアラムがいた位置にその刃を振りかざそうとして、とっさにアラムを守ろうとしたギャレンの腕を斬りつけていた。

 だがギャレンの腕をそのメイドの短剣に刺さることはない。硬質化の魔術でも使用していたのか、短剣は石にでも当たった様にギャレンの腕に弾かれていた。


「っ!?」


 殺されかけた。それだけは理解できたのかアラムは召喚システムを作動させようとして――。


「――御免」


 メイドの背後から伸びてきた刀によりメイドの首が宙に飛ぶのを見て、それを止めた。


「……いや、えぇ」


 そんな声しか青年は口から出せなかった。なぜ殺されかけたのかという疑問すら青年の頭から吹き飛び、メイドの首を跳ねたその暗殺者をただ茫然と見ていた。

 メイドの持っていた蝋燭と燭台が彼女の首と共に床を転がる。その灯りで、アラムはその暗殺者があの赤武者と一緒に行動していた同一人物だと理解できた。


「ほう、貴様は……あの赤武者の弟だったか」

「囚われた我が主を助けるならば今は味方……影に身をひそめ傍から見ていたが、要らぬ世話だったようだ」


 それだけ言い残し、影となり飛散して消える暗殺者。どうやらどこかのタイミングでアラムたちを守る為に付けていたということだろう。


「……あの、どういう?」


 だが青年は事態についていけず、ギュッとガウハルの腕を掴んでいた。なにせさっき殺されかけたのだ。恐ろしくてたまらないだろう。

 と、ここで転がるメイドの頭と青年の目が合った。死人のはずのメイドが目を動かしアラムを見ていて、その蝋のような灰色の肌に似合わないニタリとした笑みを作ったのだ。


「っぅ……」


 恐怖で青年の血の気が引く。だがこのメイド、幽鬼か何かではなく、よく見れば首から断線された銅線が見えた。血も出ていないところを見るに、ただ単に人間ではない者(アンドロイド)だったようだ。


「それで? この説明はしてくれるのだろうな? この船の影の主よ」


 ガウハルは開いている扉の奥を睨み、そう問いを投げる。

 アラムも今更ながら脂汗を流しながら、ガウハルと同じ方向を見た。

 通路と同じく暗いくらい部屋ではあったが、壁中に仕込まれた機械の光によってその人物たちをアラムは確認する。

 赤い髪と髭を持つ獅子の如き男が数人の男性が長机に並び座り、その最奥に座っていた。

 その男が発する存在感か、威圧感か……それだけで他にいる男など青年は目に入れることさえできなかった。肌がイボを立てて叫ぶ、この男には絶対に逆らうなと――ただただ本能で彼は理解させられたのであった。



 皆様お久しぶりです。ついに六章を最後まで書け、校正なども終わりました。

 個人的事情により、最終確認が済み次第、随時投稿していきます。

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