第六章「親と子は歩み寄る」 十二話
「……ら……ア……ア……ム!」
「ル……」
混濁した意識の中、アラムはそんな声を聞いた。どうやら言い争いをしているらしい。この声の主たちには青年的には仲良くしていてほしいのだが……いや、これは言い争いではない。男の方が女を止めようと必死なだけだった。
というか、それよりもただただ痛かった。青年は両頬に猛烈な痛みを感じ、早急に意識を覚醒させ――。
「ほら、アラム起きなさいって! アラム!」
「ルアネ、その、だから、アラム殿の顔をそう乱暴に叩くのは止めた方が……」
「うっさいわね! だったらどうしろってんのよ!」
「いや、無理に起こさず意識が戻るまでそっとしておくべきではないだろうか……」
「さっきからカーインが半泣きなのよ! キレスタールも不安そうだし! 早く目を覚まさせて安心させてあげたいじゃないのよ!」
「いや……カーイン殿とキレスタール殿は多分、ルアネにやりたい放題されているアラム殿を見て心を痛めていると思うのだが……どうだろう?」
喧嘩ではないとわかり青年は安堵する。それはなんてことのない、この男と女のいつものやり取りだった。体は大きいが温厚なギャレンと、優秀だが気が短いルアネのよくある会話だ。
――というか、それよりもだ。
「や、やめ、もう……いいです。や……すみません……すみません! その、ビンタやめてください! 痛い、いた、痛いって! なんか僕に恨みでもあるんですぅ、ルアネさん!」
「あ、ごめんなさいアラム。このバカを怒鳴ってて意識戻ってるの気づかなかったわ」
さて、アラムがルアネにより強制的意識を戻したら、周囲はもうなんか徹夜明けの仕事終わりみたいな空気だった。つまり皆さん元気が無い。
アラムが気絶してオロオロするカーインが一番騒がしかったが、それももう収まった。白い娘の横を見ればもうどうにでもなれと達観した老魔術師が宙に浮いていた。そして傍には赤武者とその横で介抱する黒い影……いや、介抱というかもう暴れ出さないように気絶していた赤武者をアラムにしたように縛っている途中だった。
「……うぁあああああああああああああ」
そしてこちらも今し方意識が覚醒したのか、いきなり叫びながら暴れ始めた。まるで罠にかかった野生動物みたいに赤武者は暴れ、体を縛る縄をブチブチと引き千切りはじめる。そして流石にもうこの赤武者に暴れられては堪らないのか、老魔術師がため息を吐きながらなんらかの魔術でこの赤武者の動きを止めてその声さえも聞こえないようされていた。
「縄を引きちぎるか……白竜公には届かぬが剛腕よなぁ。して栗毛、そちらも目が覚めたか」
「ガウハル……さん! なんですその血ぃ!」
そして、顔面が血まみれのガウハルと少女が青年の視界に入った。だがすでにキレスタールの回復魔術で怪我はほとんど回復した様子だった。
「いやぁ、死にかけたわ!」
「笑いながらそんなこと言われましてもぉ……」
「して栗毛、目的の人物とやっと会えたぞ」
「ん?」
そして最後に、青年は男装の麗人をまじまじと見た。
アラムは目を二回瞬きさせ、男装の麗人は青年の視線に耐え切れず目線を少し下へとずらす。
妙な間、妙な空気の中、最初に口を開いたのは青年だった。
「えっと、初めまして?」
ぼかんと、アラムは頭を叩かれた。ルアネだ。それに続き先ほどまでアラムが心配で泣きべそをかいていたカーインからも追撃が続く。
「キレスタール!」
「キレスちゃん!」
ルアネとカーインに言われ、キレスタールがどうしていいのかと固まる。だがすぐに名を呼ばれた意図を理解してか、戸惑いながらも青年の頭を軽く杖で小突く。
「あのー、なんですぅ?」
「はぁー、栗毛よ。流石に今のは貴様が悪いぞ?」
最後にガウハルのため息……理由は把握できていないが取りあえず自分が何かやらかしたのを察知して、凍えた小動物並みに冷や汗を流しながら震える青年。だが慌ててアラムの前にいるアンドロイドはこう釈明した。
「ああいや、その、皆さん、違うんだ! 父さんと別れた時と、今の姿はかなり違うので……髪の長さも色も違うし、喋り方も、その……だからわからなかったんだろう」
「……え、ハニーン!?」
その声には聞き覚えがあったのか、アラムはやっと目の前の人物が自分の造りだしたアンドロイドであると理解したらしい。
「……なんかその、胸が大きくなってない?」
「ああ、その、パーツを変えたんだ……」
「あー、確かそういう設計にして、いったい! ルアネさん殴らないんでくださいよぉー!」
と、アラムが頭をすりすりしながら拳骨を食らわしたルアネにクレームを入れる。だがこの青年がこの才女に口で勝てる訳がない。
「久々に会った人間に胸が大きくなったかなんて聞くなんて人間として終わってるわよぉ! ねぇ、カーイン!」
「……うん」
「ねぇ、なんで目を逸らしたのかしら? カーイン?」
久々に会ったキレスタールの成長に驚き同じことを口走ったこの白い娘は置いておくとして、今はアラムとハニーンだ。
「その、父さんはなんでここに? いや、それよりなんで皆の里がこんなことに――」
「あー、それは師匠からハニーンがなんか困ってると聞いて……そういえば師匠は?」
言われてあの体が透け過ぎているとんでも女医を探すアラム。だが姿は無かった。
「エルフとアンドロイドと共に避難しているはずだが……」
ガウハルがそう言うも、彼らが今どこにいるのか知らないらしい。
「そうか、取りあえず皆は無事なんだね。良かった」
「よくはないさね。まだ終わっちゃあないよ」
安堵するハニーンだったが、そんな彼女に老魔術師は冷たくそう言い放つ。
「おばば……で、どういうことなの? それにお兄様は? 姿が見えないけど」
本気で怒っているのかあのカーインが氷みたいな表情で老魔術師を問い詰める。そんな彼女の見慣れない雰囲気に呑まれアラムはただただ黙って二人を見ていた。
「端的に言えば、坊ちゃんがしくじったのさ。まぁ、流石に殺されちゃいないがね。今頃は自分の父親に監禁されてるだろうけどねぇ。あたしゃ、あの男は嫌いだが坊ちゃんを人質に取られちゃ、言うことを聞かざるおえないんでねぇ……まぁ今回の件で手を貸したって訳さ」
「あの人が!? どういうこと!」
どうやら今回の黒幕はカーインとラウフの父親の仕業らしい。それにしても実の息子を監禁とは倫理観があまりにもない話だ。この老魔術師が人でなしというのもわかる。
「どうにもこうにも、第一研究所だったかい? あそこの所長があの人でなしを味方に付けて、そこのお兄さんと機械の娘っ子を攫ってこいとあたしたちに命じたのさ」
「攫うって……それならもっと穏便にできたでしょうに! 自然公園をこんな更地にして!」
「攫う方の命令は所長さね。で、エルフとアンドロイドの隠れ里なんてもんがあると所長から教えられたあの人でなしは、あたしたちに皆殺しを命じたのさ……」
皆殺しとは物騒な話になってきた。確かに彼らは正規の船員ではないだろう。こんなところに隠れ住んでるならば税金も払っていないと思われる、だがそれにしても皆殺しにしろという命令は異常だ。
「あの人……何を企んで――」
「ちょっと待ってください! ボクを攫う!? そんなことでこんな大事になったんですか! じゃ、じゃあ最近隠れ里に現れていた不審者もあなた方の仲間ということですか!」
「ん? あー、それは多分黒服だろうさ。あれは純血主義の犬共でね……公にできない汚れ仕事をやる奴らだよ。大方あんたを欲した第一研究所の所長が顎でこき使ったんだろうさ」
「……」
それを聞いて膝から崩れ落ちるハニーン、それを見て近くにいたアラムは慌てて彼女を支えるも、そのままどさりと後ろに倒れてしまう。
「おや、金属の塊でもそんな人間みたいな反応するんだねぇ。よく作られてるよぉ本当、残酷なほどに……」
「おばば! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「いやいや、あたしゃ科学なんてもんはてんで専門外だがねぇ……こっちでいうホムンクルスを精巧な人間の類似品として造ったのと同じだろう? なら残酷としか言えんさね。わざわざ自分たちと同じように苦しむ機能をつけて生まれさせたんだからねぇ」
そう言い、非難がましくアラムを睨む老魔術師。今は老婆が被害者で青年は加害者のはずなのだが、アラムはその視線を真正面から受け止めた。彼は否定も言い訳すらしない。まさにそうだと言わんばかりに老魔術師の言葉を無言で肯定する。
「は! なんだい。臆病な男かと思ってたが……そうだったね。うちの坊ちゃんとの賭けに勝つぐらいには、気概があるんだったねぇ……さて、不毛なことは止めて、これからのことを話そうじゃないか……このお嬢ちゃんにおいたがバレた時点で、あたしゃもう完全にやる気なんてもんは無いんでね。もう暴れはしないよ。そこの猪娘……赤武者は知らんがね」
「いや、でもラウフさんが捕まってるんでしょう? ならどうにか助けないと」
「それはお嬢ちゃん次第さ。あたしゃこの子が望めばなんだってするさね」
そう話を振られ、爪を噛みながら色々と考えるカーイン。今、彼女の脳内ではありとあらゆる選択肢とそれを選んで起きる結末の思考実験が行われているのだろう。
「……そういうこと? いや違う……断定できないし、情報がもう少し欲しい」
「あの、カーインさん」
「え、あ、何かなアラム君?」
「取りあえずあなたのお兄さんを助けに行きませんか? なんで僕とハニーンが狙われたのかは知りませんが、話し合いで解決できるならそれに越したことはありませんし」
「……わかりました。ラウフ・ヴァンクロードに従えし者たちに正式にヴァンクロード家の者として命じます。これより戦闘行為は禁じます。変わりにあなた方の主である我が兄の身元の安全確保の為、こなたはこれより家へと帰り最善を尽くします」
白い娘は了承など求めない。それはこの船の最高権力ともいえる血筋をもってしての宣言であり、決定事項であった。
そのくすんだ赤を基調とした部屋では、何枚もの書類とモニターを確認し、黙々と作業を続ける女性がいた。彼女はアラムの保護者であり、この船の船長である。
しかし、船長といえどこの船の全権利を握っている訳ではない。ただでさえ他の仕事で忙しいのに、自身のあの息子を裁判の冤罪で嵌めようとした純血主義の動向を洗っているところであった。
「邪魔をする。相も変わらず仕事漬けだな、貴様は」
そんな中で鍵を掛けたはずの扉を外から開錠し無遠慮に入ってくる人物が一人……それは間違いなくあの女医であった。
「先生……船長室のセキュリティをどう――」
「単刀直入に言う。例の隠れ里が強襲された」
「例……なんですって!?」
「そう焦るな。強襲者はまぁ、断言してもいいか……純血主義の者で間違いないだろう。だが住民は私の手引きで無事でね。あらかじめ用意していた転送機を使い避難場所で今は仮設テントでこれからのことを話し合っているところだ。運よく私もその場に居合わせたのでスムーズに避難ができたよ」
そう状況説明しながら、水蒸気タバコで一服しつつ来客用のソファーに座るターレブ女医。
「……先生、ここは禁煙ですよ」
「知っているとも、昔からそうだった……だが私を叱るあの船長はもういないのでね。今はやりたい放題できる」
そう言ってからくつくつと笑う女医。私を叱る船長、というのは何代も前の船長なのだろうか? それはさておき先ほどの話の続きだ。
「今、純血主義が過去怪しいことをしていないか調べているのですが――」
「ファナール、私はこの船の辺境に住むただの女医だ。そう軽々に機密事項を簡単に話そうとするな」
「今更でしょうに、例の隠れ里を私に無断で作り、後になって非公式でもいいから彼ら静かに暮らせるように配慮してくれと泣きついてきたくせに。どうせ他にも色々と知っているのでしょう?」
「まぁね。それなりにだよ。それに、隠れ里の件はかつての患者がこの船の重要なポストについたのだ。最大限利用させてもらっただけだよ。だが、親を失い病んでいた子供であった貴様の面倒を見た私に、その恩を返してほしいなどという情けない交渉をした覚えはないのだがね? 泣きついた、というのは語弊がある」
「はぁ……」
口ではこの人物には勝てないとでも思ったのか、おもむろに立ち上がり紅茶を入れず準備を始めるファナール。
「おや、せっかくだが私の分はいらないよ。手持ちがあるのでね。ああ、あと言い忘れていたのだが――」
「最初から私の分しか用意するつまりでしたよ……予測しているのにわざと言っているでしょう。いつもあなたの予測は正確なのですから……それで、なんです?」
「あの馬鹿弟子も巻き込まれた」
「なぁっ!」
その言葉に、おやうくティーカップを落としそうになるファナール船長。そしてその遅すぎる報告に口をパクパクさせていた。
「な、な、なぜ!?」
「あそこに馬鹿弟子の“娘”がいるのは貴様も知っているだろう? もうあれも精神的に成長した頃合いと見て合わせ、色々とわだかまりを解いてやろうと老婆心を働かせたのだがね。いや、面白いことにどうやら最悪のタイミングで私は引き合わせようとしてしまったみたいだ……正直、私も驚いている。流石にこんなことになるとは予測できなかったよ」
「面白がらないでください……それで無事なんですよね?」
頭痛でもしたのか頭を押さえながら紅茶の用意を途中で放棄し机へ戻ってくるファナール船長、そして机の上に腰を置いた。
「ああ、あれも存外にしぶといからな。それに傍には魔王と最近加わった筋骨隆々の男……ギャレンといったか。見るに、あれも武に関してはあの魔王と同列なのだろう。どうなっても死にはしないだろうさ。まぁ捕まりはすると思うが……あるいは――」
「待ってください。アラムの無事は確認していないのですか?」
「まぁね。私も色々と住民の避難を気取られないように色々といっぱいいっぱいだったのだよ。まぁ、そもそも敵方も殺戮を率先して行うタイプではなかったのかこちらにはさして被害は無かったがね。だがあの隠れ里は消滅したらしい……設置した防犯カメラが壊れる前に映したのは見事な更地だったよ」
水蒸気の煙をまき散らしながらそんな補足をするターレブ女医。すぐにでもアラムの安否を確認したいファナールは電話を取り、一瞬だけ迷う。だがすぐに机の横で立ったまま機械的な顔になり自分の息子とは違う番号にコールを掛けた。
「こちらファナールです……はい。例の……お願いします」
「……ふぅー」
「ええ、お久しぶりです。今夜のディナーの件なのですが。はい、重役が、はい。そうです。その手はずで」
「……」
「ええ、白が動きました、ですが布を被っているのは深い黒のようで、はい。では」
そして同じようにまた別の所に電話を掛け、船長として知らせを送るファナール。中には暗号なのか世間話みたいな雰囲気で相手に情報も送っていた。
「いやはや、まるで機械だな。自分の息子よりも職務を優先するとは、素晴らしい船長だよ」
「嫌味ですか?」
「ああ、嫌味だよ。そして後悔だ。そんな大人に育ててしまったのかというね」
「アラムは携帯端末を持っていません。通信手段は部屋にあるコール意外にはありませんし、それに今は有事です。純血主義がいまやこの船の英雄となったガウハル氏をも力尽くで処理しようとしたならば、その実行権は純血主義の中でも上位の序列、つまりヴァンクロードの――」
「ファナール。先ほども言ったが私は一介の医者だ。その名を気安く出すんじゃない。それにさっきも伝えた通り馬鹿弟子はまだ生きているだろうが、捕まった後のことはわからん。まずは何よりも優先して助けてやるべき――」
と、そんな会話の中、電話を掛けていた船長の端末が鳴る。その相手の名前を確認して即座にファナール船長は応答した。
「ファナールだ! アラム、無事か! 怪我はしていないのか!」
「え、いきなりなんです船長……ちょっと待ってください……あ、もしかしなくてもそっちに師匠が来てますぅ! あんにゃろう、なーに自分だけ船長室に逃げ込んでんだぁー!」
「そうだ! それでお前の今の状況は把握している! それ無事なのか!」
「えぇ、いやいや落ち着いてくださいって。こうしてのんびり電話を掛けれる時点で大丈夫ですってば……まぁちょっと、部屋に戻れずその……非合法といいましょうか、遠隔で自分の部屋にあるコールを通してかけてますけどぉー、ね! 非常事態なんで、見逃してください!」
「……まぁ、とにかく無事なんだな? アラム」
なにやら聞き捨てならないセリフが聞こえたが取りあえずは胸を撫でおろす船長、そしてそのまま船長椅子へと倒れ込むように座った。
「あ、師匠はまだそこにいるんでしょう! 無事ならなんで僕と合流しないんですか!」
「ファナールに伝えておくべきことがあってね。それに私は争いごとを好かんたちだ。正直に言えば、面倒事とは関わり合いにはなりたくないので逃げたのだよ」
「ねぇねぇ酷くなーい! 僕だっておんなじですよぉそんなの! でも自分の弟子が連れ去られようとしてたのに一目散に逃げるとか人間としてどうなんですぅ!」
「なんだ。純血首位の狙いはハニーンのみではないのか? ならば、あぁ、そういうことか……我ながら自分の優秀さに眩暈を覚えるよ」
「何一人で自画自賛して納得してんですかぁー……」
騒がしいアラムの声を聞いて、なにやら頭の中で情報を整理しだすターレブ女医。だが情報が欲しいのはファナール船長も同じ、なにしろこの事態を船長として穏便に納める義務があるのだから。
「それでアラム。知っている情報を全ては吐け、こちらも何がどうなって純血主義がここまで暴走しているのか知りたいのだ」
「吐けって尋問ですか? あああと、一応は傍聴されないようなルートで回線通してますけどここで話して大丈夫なんです?」
「お前はなんでそんな回線を用意しているんだ!」
「いやぁ、純血主義には一度目を付けられてんですからそりゃあ、ねぇ?」
不測の事態に備えるのは当たり前と言わんばかりの愚息の態度にファナール船長は頭を抱える。アラムが臆病なのは重々承知だが法の目を掻い潜り色々と対抗策を講じていそうなのは流石にやり過ぎだ……と注意したかったが、まさにその純血主義が彼に牙を向けたのだから怒るものも怒れなかったらしい。
なので口をムズムズとさせて頭を垂れてため息を吐き散らしていた。ストレスが限界点を一回超えたのだろう。
「はっはっは、馬鹿弟子にしてはファインプレーをしてくれる。色々と仕込んだ甲斐があるというものだよ」
「先生は黙っていてください。それで、情報は?」
それを聞いてファナール船長はあんたの入れ知恵かと怒りたくもあったのだろうが、今はこの口達者な女医と口論をしている暇は無い。とにかくアラムから何か有益な情報を引っ張り出そうと躍起だ。
「まずカーインさんがハニーンとルアネさん……えーと、前の仕事で僕の――」
「ルアネ殿とギャレン殿は私もよく知っている。それよりも情報……待て、なぜそこで純血主義の中核にある家のご息女である彼女の名が出てくるのかね?」
「助けてくれたんですよ……なんでか出稼ぎに遠出してたハニーンと知り合ってまして、彼女が最近、不審者が隠れ里にでるからと用心棒と調査をルアネさんとキレスタールさん、カーインさんに頼んだそうなのですが、僕が死にそうになった時に戦闘に介入してくれまして」
「あぁ……つまりそこにはお前のエスコートが勢ぞろいして、なおカーイン船員もいると?」
「はい。で、今ハニーンが家に使っていた古い木造校舎? にいるんですよ。隠れ里から離れた位置にあったので無事だったんですけど、そこで今カーインさんが実家に戻って話を付ける準備を――」
「待て待て待て待て! なんでそうなった!」
「えっとぉー、他所の家庭の事情なので――」
「もう事はそんな次元の話じゃないんだ! 早く言え!」
「実はラウフさんが実のお父さんに監禁されたようでして……ああ、聞いた話なんですけど」
「な……まぁいい。で、因みにその情報の信用度は!」
「ラウフさんのエスコートさんからの情報なので間違いないかと……船長?」
「……ラウフ様が監禁? いまや彼はディザスター討伐の矢面に立ちそれを成し遂げたこの船の未来の象徴にも等しいのに、監禁……民衆だけでなく純血主義内での派閥分断が確実に起きるだろうに……そこまでして得たいものがアラムとハニーンだと……わからない」
「あ、追加情報で第一研究所ってところも今回の件に一枚噛んでるらしいですぅ! そういえばあそこ、今日起こした裁判で僕の召喚システムを没収するとか主張してたんですけどこの情報役に立ちますかぁー?」
「……よしアラム、少し黙ってくれ。今、紅茶を飲んで落ち着く」
「あ、はい」
気でも抜けているのか、情報の伝え方に無駄が多いアラムに少し苛立ちを覚えつつも、再度と紅茶の準備を始めるファナール船長。その所作はただただ淡々としており長年身に付いたものだということがわかる。
「随分と面白いことになったな、ファナール」
「まったく面白くなどありません!」
ターレブ女医の無責任な発言にファナール船長がぴしゃりとそう言い返す頃には、紅茶のいい匂いが落ち着きのあるくすんだ赤を基調としたこの部屋に漂った。
そしてそのまま部屋の主は仕事机にティーカップを持って帰り、ゆっくりとそれを飲む。一言も発さないその動作は、まるで儀式か何かのようだった。
「……よし、アラム。貴様はカーイン船員と共に行動、何かあれば今使用している回線を使用し私に報告するように」
「あまり通話できる回数は少ないと思いますけど……」
「構わない。だが最善を尽くしてくれるとありがたい。それとすでに問題は貴様だけのものではないと肝に銘じるように。純血主義が実力行使に出たのだから更なる戦闘も予測される。これ以上、無関係の船員が巻き込まれる事態は避けなければならない」
「了解しました。船長も無理はしないようにお願いしますよ!」
「無理をするなというのが無理な願いだ……こちらも最善を尽くす。では後程」
乱雑にアラムとの通信を切り、年季の入った船長しか座れないイスにもたれ込むファナール船長。そして大きく一度息を吸い、ゆっくりと吐き出す。それを見てターレブ女医はいつものようにくつくつと笑い出した。
「何か?」
「いや、その吐息に込められたのは息子が無事だった安心なのかね? それとも山積みの仕事を前にしての疲弊かね?」
「……」
世話になっている女医の問いに答えず、ファナール船長は机に隠していた端末を起動させる。
「それで、先生はどう動くおつもりなので?」
「まずは見物を決め込むさ。それで動くべきであるならば動く、それだけだよ」
「そうなのですか? てっきりアラムのことは見捨てるものだとばかり思っていましたが……」
「失礼な、と言いたいが……まぁ実際そのつもりだったのだがね。先ほどの話を聞いてまぁ大方の絡繰りは理解した。正直あまり表舞台にしゃしゃり出るのは性に合わないが、あの馬鹿弟子を育てた“責任”ぐらいは取らねばならんさ」
「責任? なんのことです」
「ここでそれを開示すれば、私の予測では事態が悪化するので遠慮するよ。では、これにて失礼するよ。ファナール」
そう言って手を振りながら船長室から悠々と出ていく女医。
「はぁ、あの人は本当に……子供の時から変わらない」
その子供の時、というのはファナール船長が子供の時の話だろう。彼女もアラム同様、あの女医に色々と面倒を見てもらったのかもしれない。
だがもう彼女は子供ではなく大人なのだ。ただただ、今は自分のできる最大限で仕事を全うするのみだ。
「まったく、もう少し仕事の量が減ってくれると助かるのだが……」
そんな愚痴を思わず吐き散らしながら、ファナール船長はさっそく最初の仕事に取り掛かるのであった。
昔好きだった作品を読み直していると、新しい発見があり感動して……いや、これ脳の前頭葉が退化して記憶が無くなっているだけだなぁー?
さて、今回なんやかんやでカーインの介入により休戦となったしだいでありますが、エルフとアンドロイドの里は壊滅、まぁ死傷者無しとはいえ甚大な被害ですよ。
そして再会するアラムとハニーン、胸パーツがアップグレードされているところにアラムが開口一番触れていますがこれが非モテたる男の言動、デリカシーゼロ! えぇ、現実でやっちまえばセクハラですよと、気を付けましょう。
さて。久々に再開して何やらギクシャクするハニーンとアラム。そしてどうなる巻き込まれたエルフとアンドロイドの皆様方! 更地は……やりすぎたかな? ではまた!




