第六章「親と子は歩み寄る」 十一話
――とにかくこの子は外に出たがらない。
ある日、養母である女性がとある医者にそう言ったのだ。
これは青年の古い記憶だ。仕事先で見つけたこの生き残りの少年に対して、毎日どう接していいものかと当時から仕事人間であったその女性は悩んでいたらしい。
そしてそんな相談をされているのは、なんとも奇妙奇天烈な透けている機体を持つ女医であった。
「つまり、その年齢で引きこもり気味になっているから今のうちにどうにかしたいと? そんなものまずは医者に持ち込む話ではないだろう? 子持ちの友人にでも相談でもするものだよ」
「その、お恥ずかしい話なのですが、子育ての相談をできる相手など私には……なので公的機関を頼ろうと精神科の病院に足を運んだのですが、ここで偶然にも先生のお姿を見て……つい呼び止めてしまいまい……」
「はぁー、今日は出稼ぎにここに来たのだけだったが……まぁ、幸い仕事終わりだ。時間はあるし昔のよしみだ……話だけでも聞いてやろう」
そう言って肩をすくめる女医。この日、偶然にも女性は昔からの知り合いであったこの女医と出くわし、病院の外にある喫茶店で相談に乗ってもらっているのであった。
「出稼ぎ……そういえば今、先生の配属している病院は?」
「そんなものを聞いてどうするつもりだね?」
「いえ……今後も頼らせてもらおうかと……」
と、それを聞いた瞬間、女医は目を細め明らかに不機嫌であるという表情を作った。
「久々に顔を見せたと思ったら予想通り仕事しかできない大人になりおって……子供の頃からお前にはそういう予兆があったが、見事にそうなったな。昔から勉学ばかりにかまけず他のことにも興味を持てと忠告していただろうに、そういったものは人生できっとお前の力になるともな。今、それを痛感しているだろう?」
「……はい」
女性に連れられた無気力な子供がふと、自分の養母の横顔を盗み見れば、そのひどく気まずそうな顔がその瞳に映る。そして女医はペンで自分の頭にツンツンと突きながらそんな説教をくどくどと続け、最後には盛大にため息を吐き散らした。
「はぁ……まぁいい。友人を得られな、いや成長できなかったものは仕方あるまい。これからの改善は自己責任でやりたまえ。で、それよりもその子だが、どこで拾ったのだね?」
「仕事先で……あの、部外秘なのでこれ以上は――」
「十分だ。で、なぜ孤児院に預けない?」
「……ほおっておけなく――」
「はぁ、いいかね? 子供を引き取るということは成人まで面倒を見るということだ。しかも八歳ぐらいかね? それほど大きくなっている子供に、今からこの船の常識を叩きこみ、学校に行かせ、自分が満足にできなかった友人作りや恋人作りのアドバイスもせねばならん。それを自分ができると本気で思っているのかね?」
そう言われ、委縮して何も言えなくなってしまう女性。だからだろう……子供はその乾燥してくっついていた唇を無理やり剥がして、自分から話し始めた。
「――仕事を、仕事を教えてください」
「仕事? ああ、君にはわからないかもしれないが、ここでは子供というものはまず学校という教育機関に放り込まれ――」
「それは、聞きました……でも、最終的には仕事をしなければならないので……なので、今からその知識を得ておきたいんです」
子供の声には生気が感じられず、まったく抑揚の無い機械的な声だった。目の前のロボットみたいな女医の方がよほど人間的に思えるほどに――。
「ほう? 随分と志が高いことだ。しかし仕事といっても種類はある。まぁ、君では選択肢は少ないだろうがね」
「先生! 子供にそんな言い方は!」
「事実だ。それにこの子は貴様より現実を直視しているよ……ならば余計な気遣いは不要だ。いいかね? よほど優秀でなければ君はインタービーナーズという兵士として危険地帯に送られる。つまりは消耗品だよ。将来君に与えられる仕事は確実にそれになるだろう」
「銃は使えます……人殺しもしました」
ただただ死んだ目で、その子供はそう口にする。
「そうか、それは素晴らしい英才教育だ。ならば将来は安泰だよ、君」
「先生!」
その言葉に先ほどまで委縮していた女性が怒りを露わにする。続く言葉は無いが、ただ強い怒気を目に宿し女医と睨み合う。
だが、その睨み合いを、少年の一言が止めさせた。
「ただ、僕はもう銃は使いたくありません。あんなこと、もう、できればしたくありません」
「……ほう、兵士としての知識、技術はあるのに使いたくはないと?」
「はい。火薬の臭いは嫌いです……それに、僕はまだ死ねません」
「誰もが死にたくなどないさ。だがね、多くが仕方なく危険を身に晒す代価で生活をしているのだよ。君も諦めたまえ」
「僕は……死ねません……お願いします。お願いします……お願い――」
「あー、わかったわかった。それではこれだけ聞かせてくれないかね。どうして君は死ねないと言った? 私はね、そんな目をしている者を私は何人も見てきたよ。そのどれもこれもが自殺志願者だ。死にたい、消えたいと口にする。事実、君は今にも死んで楽になりたいと思っているだろうに……なぜそのような目で生に縋りつける?」
女医は子供の心を見透かした。事実、この子供からは生きようとする力を感じない。目を話せばその喉にナイフを刺して死ぬのではないかという妄想を掻き立てるほどに、その子供はただただ……痛々しかった。
だからこそこの女医は気になったのだ。心が折れ、生きる希望さえ見いだせないその目で、なぜ死ねないなどと吠えられるのかと。
――現実的に言えば重度の鬱症状。養母である女性はまだ気が付いていないが、この少年は引きこもりたくて部屋にいるのではない。そもそも歩くこと、いや、指を動かすことすら神経をすり減らすレベルの苦痛を感じるほどに壊れてしまっている。
だが、無気力で、喋ることもままならない子供が、確かにこう言ったのだ。
「――まだ、僕は何も成せていませんから」
「成す?」
「はい。じゃないと僕の友人が死に……僕だけが生き残ってしまったことに……意味がありません」
「自分だけの命ではないと……その齢で随分と立派なことを口走じゃないか」
「お願いします。仕事を教えてください」
「まぁ、そう急かすものではない……まずは自己紹介でもしようか? それで君、名前は?」
「識別番号は八番です」
「……商品番号を聞いた覚えはないのだがね?」
それを聞いた瞬間、女医が養母である女性を蔑んで見た。お前はまだこの子の名前すらつけてないのかと呆れた顔だった。
「いえ、名前はありますので! それは君がこの船に来る前に呼ばれていたものだろう? その、先生、その子にはアラムと名付けているのですが……まだ自覚というか自分の名前として受け入れてくれてないようでして――」
「アラム? アラムだと。ファナール! それを私の前で口にするかね。ははは、そういえば貴様には話したことがあったか……この名前の意味を知っていて貴様はアラムとこの子に名付けたのか? ああ、私への当てつけか何かかね?」
「ぱっと思いついたのがそれだったんです! 他意はありません!」
「まぁ、別に誰がどう名乗ろうと勝手ではあるが……しかし、アラムときたか。まぁいい、その名に免じて貴様の願いを叶えてやろう。では、今から君は弟子だ。私の知識を叩きこもう」
「なら、あなたは僕の先生ですか?」
「それは君が教育機関にぶち込まれた時に担当教員へ使うべき敬称だよ。将来混同すると困るので、私のことは師匠とでも呼ぶがいい。そう呼びわけた方がわかりやすくていい」
弟子、と言われてその少年はまっすぐその女医を見る。まず何を教えてくれるのかといった表情だ。
「ほう、結構、やる気があるじゃないか。ではまず人体について教えよう。君、人間の体がどうなってるか知っているかね? ここが心臓、ここが胃で、ここが女〇器にあたる部分だ。わかったかね?」
女医は自らの半透明の体を使い、人体がどうなっているか説明する。
それにアラムと名付けられた少年は呆気にとられて目を丸め、口を開けて固まった。無理もない、子供がいきなりこんなことを言われたならばこうなるのは必然だ。
「……あの、先生、子供に何を教えているのですか? 昔からあなたは下品なことを――」
「下品? リラックスさせる為のジョークだよ。ではアラム、いや弟子よ。明日からこの病院に来なさい。自己流ではあるが、私の技術を叩きこみ技術者にでもしてやろう。そうすれば……まぁ運が良ければ安置での仕事ができるだろうさ」
そう言い笑ったあの女医の悪辣な顔を、この少年は、アラムはよく覚えていた。まるで悪魔とでも契約してしまったのではないかという不安と共に――。
「――アラム殿! 意識が戻ったか! 状況は理解できるか! 愚生の名を言えるか!」
「……ギャレンさん? っつう!」
「どこか痛むのか!」
「ああ、いえ、頭痛が……それと夢見が悪かったみたいでして……師匠と初めて会った時のこと夢見てました。で、なんでぼかぁ、ギャレンさんに抱きかかえられてるんですかね? やだ逞しい腕、安心しちゃう」
そう、今アラムはギャレンに抱きかかえられていた。しかも彼はその状態で全速力を維持して駆けていた。どこまで強化魔術を使っているのかは不明だが、獣でもこの速度で走るギャレンを捕えることなどできまい。
「褒めて貰えるのは嬉しいが、覚えてないのか!?」
その大声に怒られていると思ったのかアラムがギャレンの大声でビクつくも、すぐに真剣な顔つきになる。どうやら朧げな意識で先ほどの何が起こったのか思い出せたらしい。
「確か銃を構えてそこで意識が飛んで……何をされたかも理解できないままやられて、いや今はそこじゃない。ギャレンさん、なぜモアさん……あの老魔導士と戦ってたんですか?」
相手のあのラウフの守護をする老魔導士だ。ならばディザスターに対抗できる戦力であるのは明白。ならば戦闘は避け、話し合いで事態を解決したい。
もしこちらが何か不手際を起こしたのならば、誠心誠意謝り倒し命乞いでもすればいいのだが……このギャレンが戦闘になるようなことをするはずもなかった。
「すまないがわからないんだ! 奇襲だった。理由は不明だが実力を見せつけた後にアラム殿の居場所を聞いてきたので狙いは貴殿であろうと予測はできるが……」
「うえ!? 僕が狙われてるんです!」
まさか自分が原因だとは思わず目を見開いて驚く青年。だが思い当たる節はある。今朝起こった冤罪裁判だ。
「いやぁでも、純血主義と関わりがあるとはいえ、あの人ラウフさんの部下でしょうに。なんで冤罪を着せかけられた僕を助けたラウフさんの部下が今度は襲ってくるんだぁー」
もう訳がわからりませんといった顔で、途中そういえばとアラムは思い出す。
「そういえばあのエルフの人たちは! 三人いたはずですけど」
「死んではいないと思いたいが、正直愚生も決死だった! アラム殿を助けるので精いっぱいだ! 許せ!」
見捨てたと責められても仕方ないが、襲ってきた相手が相手だ。本当に仕方ないだろう。
「アラム殿、村に戻った! ガウハル殿に助力を願おう!」
そう言われ、ギャレンの逞しい腕に抱きかかえられながらも周囲の景色を見るアラム。土地勘など無かったが、確かにそこは見覚えがあった。
木の間を縫うように駆け、最後に草むらを飛び越えて隠れ里へと突っ込むギャレン。ガウハルとギャレンの二人掛かりならば、あの老魔道とも対等以上に戦えるだろう。
だが、その考えは甘かった。なにも敵は一人と決まった訳ではないのだから。
「ガァアアアアアアアアゥウウウウウウウウハァアアアアルゥウウウウウウウ!」
――それは、まるで悪鬼羅刹の如き声だった。
喉を裂くことすら厭わぬ怒声はもはや人のものとは思えない。だが、あろうことかその怨嗟のみ込められた声を上げているのは、確かに人の形をした鎧武者だった。
見事な赤具足だった。それが人の背の何倍もあろう大長刀を頭上で回転させ、鎌鼬の如く鋭い風と蛇がのたうつ様な暴風で全ての物を切り裂き吹き飛ばしていた。
あれほど穏やかだった隠れ里はもう見るも無残な荒地へと変貌している。大木を、畑を、家も橋も、果ては地面すらえぐり返す衝撃波によって、風の妖精の化身とロボットたちの理想郷はどうしようもなく現実的な暴力によって塗りつぶされていた。
「……嘘でしょ」
死人は、犠牲者は、真っ先に青年は住民の安否を確認しようと周囲を見る。だがこんな殺意をもった台風の中で死体など残るものか。耳や指の肉片すら残らないような地獄だ。
「アラム殿! 愚生はガウハル殿に加勢する! 自身で身を隠し守ってほしい!」
その言葉にアラムは今更、誰かの安否など確認することなど無駄だと割り切り、息を飲んでから目を見開きその頭を回す。
「いや、ギャレンさん! 共闘では駄目です! 敵があの老魔術師と赤い武者だけとは限りません! 奇襲での一撃で赤武者を制圧、次に周囲に怪我人がいれば保護を急ぎましょう!」
「不意打ちなど卑怯なことはしたくないが……そんな余裕など無いな! 了解した!」
あの赤武者が作り出す衝撃波が届かない位置でギャレンは構えを取る。長距離だ。ゆえにあの赤武者はガウハルに夢中でこちらに気がついてすらいないだろう。
だがあの赤武者を中心に衝撃波の渦が生まれているのだ。普通ならば近づくこともできない……普通ならば。
「身体強化、硬化、治癒……極限!」
だが、この男ならばあの死の旋風を超えられる。迷いなど生まれるはずもない、なにせ白竜公の武器は最初から己が肉体しか存在しえないのだから。
「――っ!」
馬鹿げているほど、一瞬だった。アラムの目には助走などあったのかも理解できない速度、おおよそ人間の肉体で出していいはずのない速度でギャレンは白い線となり赤武者に接近する。
「っ何者!」
「白竜公!」
驚きは赤武者と魔王の両方、両者共に周囲を見る余裕など無かったらしい。
「横槍をぉ――ぐふぅ!」
瞬間、何かを言いかけた赤武者の胴に白竜公の拳がめり込む。無論、この風に切り裂かれ打ち付けられるギャレン。だが硬化がそれを最小限にし、治癒がそれを無かったことにする。
正真正銘の“ゴリ押し”で赤武者に接近、そのまま空気をも震わす威力の拳で赤武者は吹き飛ばされた。
川切りの小石の様に自らが更地にしたむき出しの地面の上を跳ねていく赤武者。やりすぎたかとギャレンは思ったのか、拙いと顔を渋らせる。だがその判断は正しかったと腕から滴り落ちた血が教えてくれた。
「この状態の愚生に傷を、恐ろしい技だな……ああ、ガウハル殿! こちらも襲われたがアラム殿と逃げてこられたゆえに加勢をした! それで負傷者はいるか!」
「住民の避難は栗毛の師がうまくやってくれたが……そちらも襲われただと。敵は何名だ? そしてどのような姿をしておった!」
「確認できたのは老魔導士が一人、手練れだ! 愚生でも手も足も出せなかった」
「あの赤武者もラウフのところの者、となるとその老魔導士はあのご老体か。く、まずいな。栗毛はどこ……いやいい、今こちらに走ってきているのが目に入った」
二人が切迫した雰囲気で情報交換していると、アラムが手を振りながら二人目掛けて走ってきていた。一見呑気にも見える仕草だが、本人はいたって真面目らしく息を切らしながらこの荒れ果てたちの中心へと向かって、青年なりの全力疾走で二人の元まで近づいていく。
――それを狙い、森の中から飛び出した黒い影をギャレンとガウハルは見逃さなかった。
「ガウハル殿! 老魔導士だ!」
「いや新手だ!」
先に動いたのはどちらか、ギャレンはアラムの下に駆け、ガウハルは地に手をつき地面を操る。
ただただ白い線はアラムへと飛び、ガウハルは鳥の様に近づく黒い影の進路上を爆発、土煙で視界を封じた後土煙から出てきた影の前に巨壁を作り出して、敵が立ち往生している間に四方を土壁で囲み最後は天井を作り閉じ込めてみせた。
「次から次へと、よくは見えなかったが今の情報と状況から考えるにラウフの元にいた暗殺者か。赤武者がやられた時に出てくる伏兵だったのだろうが……」
と、ガウハルが状況を分析している間にアラムとギャレンが合流する。これで一安心、ガウハルも安堵し一息ついたが、残るもう一人が登場すでに参戦していた。
「おやおや、なんだい情けない。あの姉弟はもうやられちまったのかい。いや、相手があの魔王と坊ちゃんが目を付けた男が相手なら無理もないのかねぇ」
ガウハルが瞠目する。先ほどまでに姿の無かったその老魔導士に。
「あの老婆、瞬間移動の魔術まで会得しておるのか!」
そして思いの他、その声はアラムの近くから聞こえていた。どこだと青年と大男は周囲を見渡すも、視界にあの老魔導士を発見することは叶わない。
「姿隠しの術?」
「いやぁ、そんな面倒な術は使ってないさね。上だよ、お兄さん」
親切に自分の居場所を伝える老魔導士。言われて空を見上げれば、丁度青年の頭上にはあのローブを深々と被った老魔導士が胡坐をかいた体勢で浮いていた。
「モアさん! なんで僕たちを襲ったんですか! 恨みを買った覚えは無いんですけどぉ!」
「いやぁなぁに、恥ずかしながらこちらの失態さね。あの坊ちゃんがしくじってまってねぇ。あんたさんには恨みなんて無いけど、ちょいと攫われてくれんかねぇ?」
「それにしてもやり方が強引でしょう! なんでここを壊滅させたんですか!」
「それは別口の依頼だよ。坊ちゃんを監禁したあのろくでなしの命令さね。あんたらを攫うついでに、船に隠れ潜む害虫を駆除しろってねぇ。あたしも嫌だったんだが、流石に坊ちゃんが人質となれば、人の道に反することもするさね」
ラウフが監禁されたという情報に少し混乱するアラム。老魔導士は素直に全て話したつもりなのだろうが、あまりにも荒唐無稽だ。あのラウフを人質に彼のエスコートを動かせる人物などいるのかと。
「まぁという訳さ、諦めなお兄さん」
すると、話はここまでと言わんばかりに空中にいながら杖を掲げる老魔導士。だがそれを許すギャレンではない。
ほぼ無音、最速の跳躍にてギャレンが老魔導士に肉薄する。魔術師は接近戦が苦手なのは定石、そしてギャレンは接近戦のエキスパート、有利な状況だ。
「取った!」
――だが、そんな定石などというものが通じる相手ではないと、白き竜は思い至るべきであったのだ。
「おや、こんな婆さん相手に本気かい?」
老魔導士が突っつく様に指を前に出す。するとどういう訳か老魔導士を殴る寸前だったギャレンの輪郭が歪み、そのままあの赤武者同様に吹き飛ばされた。
「ギャレ――」
アラムは彼の名を呼びきれなかった。理由は間髪入れずに今度は青年が襲われたのだ。老魔導士にではない……地中からモグラみたいに出てきた黒い影にだ。
「へぇ?」
アラムが間抜けな声を出す。いきなり地中から足首を掴まれたことが最初、理解できなかったのだろう。そしてその地中から出てきた腕の正体はアラムを襲おうとして土壁に閉じ込められた黒い影の者であった。閉じ込められたので地面を掘り、アラムの元まで途中を移動して接近したのだろう。
「ちょお!?」
そのまま黒い影が地面から出てくると同時にアラムは引きずり倒され後ろから首に腕で閉められ、挙句に手首と足首をグルグル巻きにされる。さながら蜘蛛が獲物を糸で巻き付けるか如き早業であった。
「そこの魔王、動くんじゃないよ!」
「く……遅かったか」
判断が早いガウハルも途中まで飛行して接近していたが、あまりにも素早い対処にアラムの元まではたどり着けずに途中の位置で静止する。
「ガウハルさーん! もう僕のことは諦めて逃げて船長にヘルプ求めませーん!? そうしたら最低、殺されはしないと思うんですよぉー!」
「いやはや、お兄さん。詰みと理解するとすぐに白旗を上げて次に向けて動く判断の速さは素晴らしいとは思うがねぇ……今回の雇い主はろくでなしでね。悪いけどそれは保証できないさね」
「あ、すみませーんガウハルさん! できれば今すぐ助けられますぅ! なんか僕、殺されるかもしれないんですってぇー!」
さて、状況は最悪だ。アラムは人質に、敵は老魔術師と腕の良い暗殺者……それに加えてもう一名。
「ガァアアウゥウハァアアルゥウウウ!」
加え、ギャレンの一撃で再起不能になっていてほしかったが、あの赤武者が猪の如くガウハル向かって遠方から走ってくるではないか。
その途中、大長刀を自由自在に振り回しガウハルに向かい衝撃波を放つ。あれは飛ぶ斬撃だ。どういう技術かは不明だが、ガウハルが結界魔術を展開したのにも関わらず衝撃で後ろに随分と後退するところを見るに、人間を簡単に切断かミンチにできる威力なのだろう。
「散れ! 疾く散れぇええええええええ!」
もはや理性を感じない。この赤武者は言葉などでは止まらないだろう。
「して、老魔導士よ! 取りあえず我は投降したいのだが、まずはあれをどうにかできぬのか!?」
「できんさね。しかしあんたも随分と恨まれたもんだねぇー、悪いけどあれはあたしが何を言っても止まらんさ、申し訳ないが自分でどうにかしな。あんたならどうにかできるだろう?」
「あれも貴様と同じこの船きっての精鋭であろうに、流石に我でも無傷では無理だが!」
「はは、面白いもんが見れたよ、あんたでも焦るんだねぇ……なら、半殺しにでもしな。そこまでしないとあれは止まらんよ」
覚悟を決め、ガウハルが上半身の鎧を大剣へと変えた。まさかここで殺し合いに近い戦闘が行われるのかと、何もできないアラムはただただ、固唾を飲む。
「散れガウハルゥウウウウ!」
と、赤武者が立ち止まり大長刀に風が“貯められ”空気がうねりを上げ、その赤武者の輪郭を歪ませるほどの
「おやおや、こっちのことをちっとも考えてないじゃあないか。お兄さん、死にたくなかったらあたしの傍から逃げるんじゃないよ」
「いやぁ、こんな手足をグルグルにされて逃げられませんてぇー」
「手はともかく足の糸は珍妙な機械でとっくに切ってるだろうに、まったく抜け目ないお兄さんだよぉー」
「あ、バレてる!?」
と、ステルス状態の偵察機を使いこそこそと逃げる準備をしていたアラム。この青年もこの青年で油断ならない男なのであった。
「……逃げ出したならば毒を打ち込むつもりだったのだが」
「あ、こっちにもバレてる! ていうか毒なんですぅ? 物騒すぎませーん、あなた?」
「酩酊したような状態になるだけだ。少量なら死にはしない」
「それ打ち込む量を間違えたら死ぬってことですよねぇ! ねぇ!」
「……口やかましい男だ」
どうも老魔導士だけでなく暗殺者の方にもバレていたらしい。ここは大人しくしておくのが吉だろうが……あの赤武者の圧がヤバい。ガウハルのみならずアラムすら殺しかねないほど激昂しているようだ。
「ともかくありゃあ、ヤバいね。ああ、その毒あんたの姉に撃ち込めないのかい?」
「無理を言わないでください……モア殿」
と、ついに赤武者が貯められた風を大長刀から放つ。その瞬間、アラムは呼吸がうまくできなくなった。いきなり雲の上の山頂にでもやって来たような酸素の薄さに、流石のアラムも軽口をこれ以上叩けなくなる。
あれはヤバい。流石のガウハルでも無傷であれを凌ぐのは無理なのではなかろうか?
「荒神隠し!」
「あーあー、この“船”を壊す気かいあの猪娘は!」
すると、老魔術師が冷や汗を流す。それは間違いなく、人一人を殺す技ではなかった。空気の斬撃が縦に青空をつくるこの自然公園の天井を裂きながらガウハルへと放たれる。それはその名の通り、荒ぶる神を隠す技なのだろう。
「くっ加減を知らぬのか戯け!」
ガウハルのみではない。周囲の人間すら巻き込むほどの絶技、ディザスターにぶつけるべき技が放たれる。嵐を斬撃にして固め、その塊が地を裂き天をも裂きながら魔王を殺さんと進みゆく。
その三日月型の絶技を――二つの光が左右から挟み込むんだ。
一つは青年が見慣れた白い光、間違いなくギャレンだ。あの恐ろしい技を止めるべくその身一つで向かっていったらしい。
そしてもう一つ、黒い光だ。ただ魔力を凝縮し叩きつけるそれは、単純だがそれゆえに破壊的だった。そして、それを放ったのは――。
急激な酸素の低下で意識が飛びそうになるなら、青年は確かにその風に攫われ暴れる黒い長髪を見たのだ。
「ル……アネ、さん!」
辛うじて、かの才女の名をアラムは口にする。そして、空気の塊が暴発した。
「! 耐えな、二人共!」
老魔導士は余裕の無い声と共に結界魔術を展開し、濁流の様に流れてきた空気の暴力からわが身とアラムたちを守る。鼓膜が破れかけるほどの衝撃波に襲われる。
青空を模した天井を壊したせいで辺り一帯は闇に包まれ、大量の瓦礫が暗闇の中振ってくる。そして全ての瓦礫が落ち切った後、ただただ耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。
「……あのー、僕ぅ生きてます?」
「あたしの結界術の上に誰か重ね掛けしたね……誰かは知らんがおかげで無傷だよ」
無傷という割にはアラムの脳は衝撃波で揺れてぐわんぐわんとしているのだが、確かに奇跡的に怪我は無かった。
アラムはまだ闇に慣れない目で懸命に周囲を見るも、近くにいる老魔導士と暗殺者しか確認できなかった。だが、失われかけた聴覚が辛うじてあの元気な声を拾う。
「え?」
頭を振りひどい頭痛と耳鳴りの中で、その声の主を探すアラム。すると、唐突に灯りが空へとうち放たれた。どうやら証明変わりの魔術らしい。
「おばば! 一体全体、これは何をどうしているのかなぁ!」
「……はぁーあーこらぁー、一番見つかりたくない子に見つかっちまったねぇー」
そんな諦めたような、面白がるような長いため息で、老魔導士は盛大にため息をはいてみせる。そう、この老魔導士が知る人物が現れたのだ。
「とにかく事情説明! あと早急に責任者をこなたの前に引きずり出すように!」
白い髪、白い肌、白い軍服にチェック模様のスカート、ついでに腰に刺さっている木剣、その姿はまさしくカーインだ。その横にはルアネとキレスタール、それに一体のアンドロイドがいる。
「あんた、さっさと姉を回収しに行きな。声がしないってことは衝撃で気を失ったということだろうさね」
「しかしモア殿……」
「それともあたしの変わりにあの娘っ子の相手をしてくれんのかい? ええ? 言っとくがねぇ、あの子に手荒な真似をしたら坊ちゃんに殺されかねないからね? まぁ、その前にあたしがただじゃおかないけどねぇ」
「……承知」
黒い影が消える。老魔導士に言われ、あの赤武者を回収しに行ったのだろう。
そして両手をグルグル回しながらこちらに突撃してくるが―イン。それを見て安心でもしたのか、アラムはなんだか気が遠くなりその意識を落としたのであった。
ああ、お布団から出たくない。寒い、という気持ちで毎朝目覚める私でございます。
さて、寒い毎日でございますが皆様どうお過ごしでしょうか? 通学、通勤で車や電車ならば暖かい……いや、それでも満員電車はごめん被りたいでしょうが、温かい環境でしょうか?
それとも徒歩、自転車で寒い! 死ぬぅ! と思いながら過酷な日本社会を生きていらっしゃるでしょうか?
そんな皆様に通勤通学中や後の癒しになればとこの物語をお届けしたく八時十分に投稿して……へ? 土曜日や日曜に投稿しても意味ない? うーん……温いお布団の中や暖房が効いた部屋でくつろぎながらお読みください。
さて、なんか襲われたアラム君チーム、そんな野郎共と合流するカーイン率いる女性グループが彼らの窮地を救ったのですが……次回、どう落とし前付けるんじゃ我ぇ! ええー! ああ、いや冗談ですって。次回、アラム君拷問回! え、嘘? いや、序段はプチ拷問だから、本当だよ! ではまた。




