第六章「親と子は歩み寄る」 十話
この隠れ里では皆、質素な生活をしているらしい。
娯楽はほとんど無く、生きる為に小さな畑を耕し、木を切り、苗木を植えて森を管理しながら木の実を拾い果実やキノコを取る毎日だという。
「本当に船の中とは思えないですねー。ここ」
この里の営みをエルフたちの会話から小耳に挟み、そんな感想を漏らしたのはアラム。
バイトには娯楽が溢れている。簡潔に言ってしまえば超消費社会、もしくは楽園というものの一完成形だ。だが、この村はこの船の中にありながら清貧そのものだった。
「本来、人間とはこうあるべきものだよ。馬鹿弟子、この船における常識こそが異常なのだ」
「それはそれは、また知ったようなことを言いますねぇー……」
「言うとも、私はこの船の歴史を見てきたからな。本来、労働とは自分たちの生活のためにこなすものだ。緩やかに、淡々とな」
「はぁ……そういうものなんですかねぇー?」
「娯楽や趣味趣向に社会的消費が傾倒しすぎれば自然、金銭の飛ぶ額も増える。結果、貧国ん格差は生まれ人は多忙となり病むものだ。労働目的の基本的な根幹を生活基盤の意地という認識にしていなければ、人は労働というものに身も心も殺されるものなのだよ」
「あ、それには僕も賛同しますよぉー! 重労働反対! さっきのワンオペ診療とかやり過ぎだと思うんですよぉ、ばかぁ!」
「あれは貴様の技術力のチェックも兼ねていた。労働を兼ねたテストだよ。試験が過酷だというのは古くから決まっているのでそういうものだと思いたまえ……しかし、相も変わらず変な方向にスキルを伸ばすな、この馬鹿弟子は」
「えー、仕方ないじゃないですかぁ。元が師匠の自己流の模倣なんですから必然、変な方向に成長もしますってぇ」
そう言いつつ、誰かがここに設置した机か椅子かわからない物に袋に詰められた蒸した芋をもしゃもしゃ食べながら、師と弟子は木陰の中立ちながら休憩をしていた。
脇には今日のご飯であるお芋が数個。あの患者の桁が三つに届きそうなほどの診察の給料としては安すぎるが、アラムとてこの取り立てる蓄えが無いであろう隠れ里の者に金銭の要求するほど鬼ではない。それどころか、アンドロイドの診察の後にエルフを診ていた自身の師匠を自主的に手伝ったのだ。無論、裸になってもらう必要もあるので男性の診察のみであったが、重労働なのは変わりない。
まぁエルフの方は皆が年若い見た目の者しかやってこず、昔差別の対象となっていたであろう壮年以上のエルフは姿を見せなかったが……それでも青年の表情は晴れやかなものだった。
「いやぁー、自然っていいですねぇー。今まであんまり自然公園なんて近づきませんでしたけど、散歩とか趣味に取り入れてみますかねぇ」
「それがいい。鬱の予防にもなる」
「いやいや、それはもう師匠が治して――」
「馬鹿弟子、予防だと言っているのだ。根本的な原因があれば鬱は再発するものなのだよ。症状は薬や治療で軽くできるがそれだけでは駄目なのだよ。この際、生活習慣を見直したまえ」
「……あー、そうですか」
人助けをしていい気分になっている青年はそう言われ少し表情に影を作る。口ではそういうものの、なんとも気の無い返事であった。
「人間なんてものは不調を自覚した時には手遅れ、なんてパターンも多い。特に貴様は不調に気づかない……いや、無視をする。成果を出さんが為に己を酷使する傾向があるのだよ」
「仕方ないじゃないですか、凡人以下なんですから。そうでもしないとまともに生活できないんですよぉー」
そしてしゃくり、と双方口に蒸し芋を口にする。会話と食事が同時に行われていた。
「その通りだ。そして凡人のまま偉業を成す為に狂人へと変貌するのが貴様という男だ。ファナール同様に、仕事に傾倒し人生を潰す典型的なタイプだ。若いうちにその悪癖は治したまえ」
そう咎められ、少し拗ねるアラム。まるで無茶な注文を受けたかの如く、批判的な目で己の師匠を睨みつける。
そして両名またしゃくり、と蒸し芋に口を付ける。
「そこは嘘でもお前には才能があるとかなんとか言って褒めてくれませーん? ぼかぁ、叱られて伸びるタイプじゃなくて実は褒めて伸びるタイプじゃないのかと最近思っておりましてねぇー」
「そんな訳がないだろう。馬鹿弟子、貴様は私に褒められたとして素直に喜ぶ自分が想像できるのかね? 誉め言葉を罠か世辞としか受け取らず喜ばない人間不信が、なぜ褒めて伸びると思う?」
「あー……いやそれはー、そうですねぇー。なんか裏があるんじゃないかとか考えそうですね」
師にそう言われ、アラムは食事の手を止めた。だがターレブ女医は食事を続けながら弟子に言葉を浴びせ続ける。
「それに、叱られて伸びるタイプはただただ忍耐強いだけの人間であり、褒めて伸びる傾向の人間は別に一人でもスキルアップできる人間なのだ。肉体的成長とは違い、精神的、技術的成長とは己の能力知ることで初めて可能となるものなのだよ。馬鹿弟子も精進するのだな」
「まーた師匠はそれっぽいこと言って、そうやって言葉巧みに人を丸め込んで納得させようとするんですからぁー」
「何を言う、納得とは大切だ。真実や正論のみを語られても人は行動しない。だが例え嘘でも納得すれば他者は行動するものなのだよ。これは仕事をする面でもこれは役に立つ知識だ。介入者としての職務でも人心掌握など、あの魔王に任せっぱなしにする気はないのだろう?」
「まぁー、ガウハルさんはたまーに、いや、頻度的には結構おふざけも多いですしねぇー。一応は上司である僕が最低限の決定権というか主導を握っとかないと……」
そしてターレブ女医は一つの蒸し芋を食べ終え、袋から新しい蒸し芋を手に取る。そしてアラムの手には少し熱を失った蒸し芋がまだ残っていた。
「話は変わりますけど……あの子、外で出稼ぎなんてしてたんですね」
ぽつりと、アラムがそう言葉を零した。
当初この隠れ里を訪れた理由、青年の娘であるアンドロイドは留守ということを問診中、彼女の友人から聞いたのだ。
アンドロイドもエルフも口を揃えて彼女は善人で立派にやっていると語る。それを聞いていた青年は、少し憂いた顔をしていた。
「ぼかぁ、あの子よりもきっと駄目な人間ですよ……ここにいる人たちを見て、そう思いました。インタービーナーズとして世界を飛び回って人を助け回ったら、いつかあの子に胸を張って僕が君のお父さんだなんて……あぁ、いや、そんな未来ありえませんか。なら、少しでも――」
「……馬鹿弟子。忠告だが、あまり介入者の仕事にのめり込むなよ」
「なんです……いきなり?」
「言葉のままだ。誰かを救えなかった過去を、誰かに救えてもらえなかった過去を……命を投げ捨てるように使い、誰かを救い続けることで塗り消そうとするなと言いたいのだよ」
「……」
「人生を他者の為だけに浪費するな。人助けは結構だがね……他者を助けても得られるものは少ない。確かに貴重ではあるが、少ないのだよ。先ほどの言葉の繰り返しとなるがね……機械弄りばかりしていないで自分の為にも時間を使い成長したまえ」
それだけ告げ、ターレブ医師はまだ口を付けていない蒸し芋をボール変わり手で弄びながら、その場から去っていく。まだ何か仕事でも探しに行ったのだろう。
「はぁー……相変わらず痛いこと突くなぁー、あの人」
そして残されたアラムは暫くそこでぼーっとして、手に残っていた冷めた芋を、手早く食べ終えた。
「そういえばギャレンさんはどこに? まだお手伝いでもしてるのかな」
アンドロイドの診察中、ギャレンがなにやら力仕事をしているのを見たのを思い出したのか青年はフラフラとそこら辺を捜索する。労働の後のご飯がまだならこの袋に入っている蒸し芋と届けに行こうとしたのだ。
そしてほっつき歩いて三分後、探していない方があっさりと見つかった。
「ほほう! なるほど、これがこうなって腕を飛ばせるのか! いや、凄いぞ……それで、しつこいのだがぁー、腕を飛ばすところを是非とも、む?」
「なーにしてんですかぁ、ガウハルさん」
「おお、栗毛か! いやな、ロケットパンチというものをどうしても見たくてなぁー。この者に頼み倒しているところよ!」
と、上機嫌のガウハルの前には明らかに困り果てた男性型アンドロイドと短い髪をしたエルフの女性がうんざりした顔をしていた。その表情からどれほどの時間ガウハルがこの二人を拘束していたのと推測し、アラムはため息を吐いてみせた。
「はぁー、あの、ガウハルさーん? 迷惑になるのでもうそこら辺でその人たちを解放してあげてくださいよ。というかそんなにロケットパンチが好きならまた今度、僕が腕の上から装着できる飛ばせる義手でも作りますんで、どうせなら自分でやったらいいじゃないですか」
「良いのか! 栗毛ぇ!」
なんという歓喜だろうか。人間これほどまでに喜べるのかとアラムは口をあんぐりと開けながら、頬を高揚させて歓喜で飛び跳ねそうな魔王を見る。
「え、ええ、終焉の竜との戦いでガウハルさんが鹵獲してきた飛行艇を使っちゃいましたし。その代わりといいましょうか、代用品にしては安上がりですけどそういった物を作っときますんで」
「ふはははははあ、栗毛ぇよぉー。楽しみに待っておるぞぉ―」
喜びながらニコニコでバンバンとアラムの背を叩くガウハル。そして明らかに痛がるアラム。
「い、いやまぁ、暇ができたら作りますんで、すぐには無理ですけどね? 先にルアネさん用のプレゼントを作らないといけないので!」
こいつ酔っぱらってんじゃねーのかと思うほどテンション爆上がりなガウハルさんにちょっと引きながらも、指を折りながら今溜まっている仕事を数えていつぐらいにこの魔王様の玩具作りを始められるか計算するアラム君。
と、そんな彼にガウハルに捕まっていたアンドロイドとエルフがお礼を言う。だがアラムはどちらかというと自分の連れであるガウハルが迷惑を掛けたことを謝る立場なので、誠心誠意気持ちのこもった謝罪をしてから本来の目的を聞こうと口を開けた。
「あぁ、ところでガウハルさん。ギャレンさんを知りませんか?」
「ぬ、白竜公ならばこの村の若いエルフと共に狩りに出かけたぞ。なんでも白竜公の強さを知った若い連中がかの英雄が戦っているところを見たいと騒いでな」
「狩りって……エルフってお肉食べるんです?」
「詳しくは知らぬが、エルフの弓術は優れておると聞いたぞ? 狩猟民族だからこそ弓の扱いが上がるのだろう。なれば獣肉も食べようて」
「あぁ……確かに」
エルフといえば肉を食べないイメージでもあったのか、ちょっとしたカルチャーショックを受けるアラム。とはいえ確かに弓術が発展する理由は狩りと戦争ぐらいしか思いつかない。
「じゃあ、僕はちょっくらギャレンさんを探しに行ってきますね? お昼まだでしょうしこの蒸し芋持っていこうかと」
そう聞きつつ袋から蒸し芋を一つ出してガウハルにプレゼントするアラム。そしてガウハルはそれを躊躇なく口へと運ぶ。
「うむ。危険な生物はおらぬという話だが、迷うてくれるなよ栗毛? 我は今通信機を持ってはおらぬからな。助けには向かえぬぞ?」
「いやいや、僕にはこの偵察機があるんでね? その心配は不要ですよ」
最後にそう言って、偵察機を召喚して村はずれから森へ足を踏み入れるアラム。
「なんだかルアネさんたちを追いかけてた頃を思い出すなぁー」
高い木々から零れ日が降り注ぐ中、アラムは散歩気分で歩みを進める。蝶が、葉が、光が、小川が、空気が青年をリラックスさせていく。
すると、偵察機がギャレンの気配を察知したのか、アラムの前に出て誘導しはじめた。
「ああ、そっちか」
青年は浅い川に人為的に放り込まれたであろう大石をぴょんぴょんと飛んで、目的地へと向かう。そしてまた木々の間に作られた道を歩んでいく。ちょっとした冒険、軽い気持ちでの人探しであり散策であった。
――この偵察機が警告を示す赤いランプの点滅を見せるまでは。
「コード、ハンドガン」
なんの驚きも、逡巡すらなく青年は拳銃を召喚し青年は顔つきを機械的な物へと変える。
状況確認など後だ。敵がいる可能性が示されたならばこの青年はあっさりと先ほどの冒険心など捨て去り合理的行動に切り替える。
偵察機を追加で召喚し、ステルスで運用、周囲に拡散させる。そして次に始めたのは傍にあった偵察機への録音だ。
「ガウハルさん、緊急事態です。偵察機の人工知能が周囲に危険有りという反応を見せまして、思い過ごしならばいいのですか一応、警戒をお願いします。僕は可能であればギャレンさんと合流後村に戻ります。後で合流しましょう」
それだけ録音し偵察機を魔王ガウハルへと飛ばす。これが仕事中ならばあの魔王にも通信機を持たせているのだが、今はプライベート、こうして偵察機を伝言代わりに送り届けるしかなかった。
「ふぅー……」
拳銃を握りしめながら、超前かがみの低姿勢で森の中を裂く様に走るアラム。その間にもやれることを思案する。
「偵察機で状況確認できるまで……いや、ギャレンさんとの合流を急ごうかな……でも偵察機が危険と判断した理由はなんだ?」
そう情報を口にしながらまとめつつ、岩陰に隠れながら端末機械を召喚して偵察機が集めたデータを見るアラム。
すでに偵察機は周囲の地図情報を構築、そしてなぜアラムに危険信号を出したのかもそこには書いてあった。
「高密度魔力反応? 誰が?」
ギャレンは強いが魔力自体は凡人レベルだ。魔王ガウハルならば偵察機の探知に引っ掛かることもあるだろうが、あの魔王は今現在、村にいるはずだ。
ならば青年の“進行方向”にある魔力反応の発生源はなんなのか。
「これ、偵察機に録音をしてギャレンさん村に引き返してもらうように伝えるのが最善だったかなぁ……いやいや、今更言っても仕方ない。最善の判断なんてそういつでもできる訳じゃないし」
そう自分に言い聞かせながら、アラムはこれからの方針を組み立てていく。
だが、そんな青年の思考を中断させることが起きた。
「やめ、来るな、来るな! 食べるなぁー!」
誰かの悲鳴だった。ギャレンではないが男のものだ。
「食べるなって……危険な生物はいないって話だったけど、猛獣でもいるの?」
アラムはそう口に出して状況を頭でまとめつつ、足早に移動する。
木から木へ、岩から岩へ、茂みから茂みへと姿を隠しつつ迅速に、その悲鳴が聞こえた付近まで近づく。だがそれより先に偵察機が状況を教えてくれるはずだろう。
そう思っていた矢先であった。
「ぁあああああああああ!」
「……」
吹き飛んできた。焼け焦げた人間が、エルフが茂みの中で身を潜めていたアラムのすぐ横を、鳥の様に飛んでいったのだ。
青年はもはや偵察機に頼らず、己の目で状況を確認しようとする。
「おや、どうやらお目当ての人物は自分から来てくれたらしいねぇ」
「なんだと! アラム殿は村にいるはずだ!」
「お若いの、そう簡単に人の言葉を否定するものじゃないよ。あたしゃ、感知魔術もそこそこには使えるのさ……そこの茂みにいるのはわかっているよぉお兄さん。さっさと出ておいでな」
怒るギャレンと会話している声の主を、アラムは知っていた。
この老魔導士には世話になったこともある。あの白い娘の行きつけの店で、占いをしてくれたりアドバイスも貰った。
「……えーと、モアさんでしたっけ? いや、それは略称でしたか……えーと、モアッレムさん?」
そこには、ラウフのエスコートであるはずのモラッレム・アルセルフがそこにはいた。
青年にはあの苛烈な姫騎士、マレカの方が印象には残っているが、この老魔導士も確かにラウフの部下ではあるはずだ。そしてあのカーインにおばばと呼ばれて懐かれてもいるはずだった。
――だからこそ、この“凄惨”な状況がアラムにはできなかった。
なぜ戦闘の後があるのか? なぜギャレンが激昂しているのか? なぜ雷の体を持つ虎に似た召喚獣がいるのか? そしてどうして血まみれのエルフと焼き焦げたエルフが二人、地面に転がっているのかと。
鳥肌が、青年の両腕を走った。
「かか、覚えててくれたのかね? こんな老人なんぞ覚えておいても仕方ないだろうに」
「あー、いえいえ、占いで保険に入るようにアドバイスされて、ものすごく助かったので……その節はどうもいたしまして、お世話になりました」
「おんやぁ、そんなことで義理を覚えていてくれたのかい。かっかっか……いやはや、あの坊ちゃんも見習ってほしいものだねぇー」
しわくちゃの顔を歪ませ、笑みを作る。
それは確かに親愛であった。未だ青年はその銃口をこの老魔導士に向けてはいない。
「……すみません。何かの間違いですか。これ?」
しかし耐え切れず、青年がそう老魔導士に問いただした。そこに転がっている死体はなんだ、と。いや、もしかしたら死んではいないかもしれないが、あの様子では良くても死にかけだろう。
「間違い……間違い? はてねぇ、そんな物を持っているからもうとっくに理解してるもんだと思ってたんだがねぇ」
その言葉を聞いて、もう十分だと言わんばかりに血相を変えてアラムは銃口をその老魔導士へと向ける。
そうして、老魔導士の口元は親愛の笑みを、獰猛な捕食者の笑みへと変えて、確かにこう言ったのだった。
「――そうさ。あたしゃ、今回はあんたの敵だよ……お兄さん」
と、いう訳でしてね、会話パートが終わりました。ターレブ女医は師匠キャラということもありアラムにやたら説教をするんですよ。
まぁそれはさておき、ついに物騒な事件が起こりました。ラウフのエスコートである老魔導士がギャレンと隠れ里のエルフを襲撃していましたが、やっぱり裏があったのかラウフさんよぉ!
とまぁ気になる諸々は私の頭の中、また近いうちに文字に変換して投稿しますのでしばしお待ちを……ちなみに棒狩りゲーのオープンベータが近日迫っているんですよねぇ! はは!
あ、いえ、できるだけ早く投稿しますんで、はい……ね!
ではまたの投稿でお会いしましょう。では。




