第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 十一話
ふと、深い眠りが苦しそうな声で飛散していった。
少女の視界に映し出されたのはぼんやりとした薄暗い空間で、まだ覚醒しきっていない頭ではそのうなされている声がなんなのか理解できずにいた。
「アラ、ム様?」
酷い汗だ。それはどういった呪いなのだろうか、苦悶の声を上げ顔を左右に振り青年は悪夢に溺れていた。
「アラム様、アラム様!」
最初は控えめに、ただ二回目からは何か焦りからか段々と彼を現実に呼び寄せる揺さぶりが強くなる。呼ぶ声も次第に強くなり、そのかいあって青年はやっと目蓋を開けたのだ。
「……めんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい!」
「アラム様?」
「ナキごめん。死ねなくて……ああ、あああ!」
ただ、意識は覚醒してもまだ錯乱しているようで両手に顔を覆い謝罪を繰り返す。
そこにキレスタールが知るあのお調子者で口煩い青年の姿など無かった。ただただ弱弱しく、傷つき果てた人間がただひたすらに何かに許しを乞い続けていた。
「落ち着いてください。大丈夫です。誰も貴方様を責めてなどおりません、おりませんから」
修道女は青年の肩に手を置き、そう優しく呟く。それが効いたのだろうか、青年の乱れた呼吸は徐々に落ち着きを取り戻していった。
「……ごめんキレスタールさん。僕……」
それに続ける言葉が見つからなかったのか、青年は暫く自分が落ち着くのに専念してから、先ほどから何度もコールを訴え光っていた通信機に手をした。
「……」
目の前の青年を落ち着かせることで精一杯だったからか、それに気づかずにいた少女はただことの成り行きを見守ることしかできずにいた。
「……まだ、うなされていたのか」
通信機から漏れた声ではファナール船長のものだった。その声から読み取れる感情は悲しみだ。悲壮、悲痛の声に、先ほどの狼狽が嘘のようにアラムは淡々と返答をした。
「治りませんよ。こればかりは……この傷は」
「傷は癒えるものだろう。私はてっきりもう治っているものかと」
「……すみません」
「謝るな。馬鹿者」
短い会話が少女の胸に突き刺さる。事情など知らない。だが先ほどのうなされる青年の姿が脳裏から離れないのだろう。だからか、ふと、彼女らしからぬ行動に出た。
「……教えてください」
「え?」
「一体、アラム様に何があったのかを」
驚きは青年のものだった。これまで彼女自ら寄り添い質問を行うことなどなかったからか、その言葉の意味が一瞬理解できなかったのだろう。
「いいんじゃないか? まぁ人に聞かせる話でもないが、ここまで見られたんだ。ただこちらもあなたのことを知りたいとショクル船員と相談していたので、情報交換といきましょう」
「ファナール船長」
と、こんな時まで仕事人間であるファナール船長を諫める為かアラムが少し怒った口調で彼女を呼ぶ。言われファナール船長も自身に非があると思ったのか慌てて訂正を口にした。
「ああいや、無論嫌というならば情報を開示されなくて結構ですので、あなたとは良好な関係を築きたいとこちらも思っております」
「困りました」
「そうですか……」
「私めの過去など大したことがないので、それでつり合いが取れるかどうか」
一瞬、無線の向こうでファナール船長が泡を喰らった気配を感じたが、気のせいではないのだろう。しかしこの少女は、気に留めることなく会話を続ける。
「では、まず私めの話を聞いてから判断してください――私めが生まれ育ったのはとある教会でした」
それから慣れていないのだろう。拙い説明が行われる。人の出入りが少ない教会で行われる五人の教育係と彼女のお話、その内の一名が外を知らぬ自分を憐れみ無許可で外に出して重い罰を受けたこと、淡々と説明される毎日行われたであろう虐待じみた教育。
確かに話の量はそれほど多くない。彼女には思い出と言えるものがほとんどないのだ。毎日が作業の繰り返しで、魔王討伐はそれに仕上げなのだ。
「――以上が私めの生涯です」
三分ほど喋り続け、少女はそう話し終えた。
「……うん。キレスタールさんのことが少しだけわかったよ」
青年はそれにどう言って良いのか分からず取りあえずそんな感想を口にする。酷い、とまでは言わないが、彼女が人間扱いされていないのがよく理解できた。
「これはアラム様の過去を聞くに足り得ますか?」
そんな彼女の質問でどう言えばいいのか、言葉を詰まらせている青年のチャンスは無くなった。一回の咳払い、それからアラムは深呼吸をして自らの過去をぽつぽつと喋り始めた。
「僕はね。バイト、今乗っている船の出身じゃないんだ。生まれは、まぁ酷い世界だったよ」
見えない天を見上げ、青年はテントの中でそう話を切り出した。
「消耗品と消費者、それが僕の世界にいた人間でね。僕は消耗品の側の人間だった。とにかくもう物が無い。この世界より荒れ果てて、ただ砂漠が広がってるっだけの世界って聞いたよ」
「聞いた?」
「ああ、僕が元いた世界ではシェルターって呼ばれる大きなドーム状の建物に人間は引きこもっててね。でもそれだけじゃ物資を賄えないから、たまに他のシュエルターを襲って物資を奪うんだよ。殺してね。で、僕はその戦争の駒だった。まぁ使用はされなかったけど」
「それは……」
良かったのだろうか、それともそれは彼にとって不幸だったのか、キレスタールはさんざん迷ってから、ついに言葉をかけることはできなかった。
「僕みたいな人間は管理される。毎日銃の使い方やら格闘訓練で、同年代と同じ子と同じ部屋で、成績が悪いと廃棄されて……外にゴミ捨て場になる大穴があってね。死体を捨てる当番があったんだよ。ある日その当番が僕に回ってきてね……でもたまにハズレがあってさ、生きてるんだ。健康じゃない赤ちゃんが、それを穴に捨てろって言われて……」
「アラム、そこまで思い出さなくていい」
「ごめんキレスタールさん……ちょっと待って」
少し荒れ始めた呼吸を整えて始めるアラム。もう、これだけでキレスタールは悲痛に表情を歪めたが、彼の地獄はこれからだった。
「ある日、敵に攻め込まれたんだ。僕たちは牢屋から出れずに、大人が走って来る足音をただただ聞くことしかできなくて。そういう時僕らは、敵に回収され、ないようにする、方法を教えられていたんだ」
「アラム、説明を変わる。貴様は少し休め、船長命令だ」
また次第に呼吸が荒れてきたアラムにそう言いファナール船長が言い聞かせる。船長命令と言う辺り不器用な優しさだが、アラムはそれに大人しく従った。
「先ほどアラムが話していた敵とは、私たちバイトのことです。道徳的欠落を指摘した救出作戦、という題目だったがまぁ、あの作戦はディザスターの調査が主な目的だったのですが」
「ディザスター、ですか?」
聞き慣れない単語にキレスタールが話の腰を折る。とはいえ当然の疑問なので、ファナール船長は優しい講師の如くその質問に答え始めた。
「ディザスター、世界を崩す怪物、我々と同じく時空を渡り歩く規格外の災害、その打倒こそ我らインタービーナーズの真の目的なのです。とはいえそれはバイトに乗船しているほとんどの人間には縁の無いこと、ゆえに大掛かりな作戦を決行するにはそれなりの大義名分を用意しないと世論の支持を受けれない」
「政治、ですか」
「ええ、ですが私はそれを嫌なこととは思えません。偽善であっても人命を救うことは良いことです。ですが、あの作戦は上手くいきませんでした」
「何があったのです?」
少し、空白が生まれた。言い難そうに言葉を詰まらすファナール船長は、煙草を吹かす様な呼吸の後にこう切り出した。
「結論から言えば、ほぼ全ての子供が自殺をしました。そう教えられていたのです。常に弾丸が入った銃を持ち歩き、私の腰ほどの背丈の子供がこめかみに銃口を突きつけためらいなく引き金を引いて、逝きました。アラムを除いて」
資源を奪略されるぐらいならばと、そういう教育をしていたのだろう。教育とは洗脳である、という意見もあるが、アラムのいた場所はまさにそれだった。死ね。簡単に口にされる命令と、簡単に失われる人命、されど、生き残りがいた。それがアラムだ。
「牢屋の隅で、銃口をこめかみに当てながらガチガチと歯を打ち鳴らしながら、アラムはそこで涙を流し自決した友人に謝罪を繰り返していました。生存者一名、それがあの作戦の成果でした」
「……その後は」
「何度、友人の後を追おうとしたアラムを止めたことか。私が後先考えずアラムを引き取り、何回もカウンセリングを受けさせました。ですが、中々に回復せず……周囲の子供たちからも迫害され、今ではこんなに捻じれた青年となってしまった」
それがアラムの出発地点、傷を、死を、後悔を背負いながら生まれ出た痛みにまみれた男こそ、このアラムなのだ。
「ですが、彼もそんな自分を変えようと自発的に仕事を始めました。油まみれになって、難しい本を何度も読みふけり、周囲に奇異な目で見られながらも彼はバイトに革命をもたらしました。あの時は、嬉しかった……ですが、バイトはそんな彼に見返りを与えることはなかったのです」
人工知能を使った言語翻訳、それを積んだ多機能な偵察機。アラムが造り出した技術は様々な時空を移動するバイトにとって大いに貢献した。現にその造り出されて間もない技術がすでに浸透しているのだからその利便性は言うまでもない。
――ただ、それを造り出した男がなんの見返りも受けれなかっただけ。
「これは、船長である私の不徳ゆえ、そこは彼に申し訳なく思っております……そして、その初仕事で行為の事故を起こされキレスタールさん、あなたと出会ったのです」
これがアラムの生涯、この男の人格が形成されるに至った過程だ。普段の剽軽な言動はどうしようもなく弱い自分を誤魔化す為の仮面なのだろう。
そして、今テントの隅でうつむいている弱弱しい男こそ、アラムの素顔なのであった。
「……船長様」
「はい、なんでしょう?」
「申し訳ございません。少しの間で良いのでアラム様と二人きりにしてもらえませんか?」
「可能ではありますが……ええ、わかりました」
その歯切れの悪い承諾の後、キレスタールの要望通りあちらからの監視が一時中断され、テントの中は真にアラムとキレスタールしかいない空間となった。
アラムは、とにかく憔悴しているように見えた。虚ろな目、不規則な呼吸、半開きの口。
彼はギリギリで持ちこたえているのではない。この青年は折れた足にきつく包帯を巻きつけ、強引に一本の棒にしてなんとか生きている。目の前にいるアラムという名の青年とはそういう生き物なのだとキレスタールは今、初めて理解した。
「……アラム様、その」
何も、考えてなどいなかったのだろう。ただ何か、大切な気持ちを伝えたくて二人きりにしてくれと頼んだ少女は何度か喉から言葉を出しかけてから、やっと気持ちを絞り出した。
「これまで、ありがとうございます」
その言葉を聞いて、今まで抱えていた頭を上げた。その唖然とした顔は何に対してのお礼か理解してないように見える。
「えっと、その」
そういえば少女は何に対してのお礼か言ってなかったと思い出したのか、無表情ながらもあたふたしているのが見て取れる。
そして一通り混乱した後、深い深呼吸をして先ほどの言葉に気持ちを重ねた。
「私めは、この髪のせいで奇異な目で見られることも多く……聖女様の生き写しか、人外の怪物かどうかで見られることしか経験がございませんでした」
「……うん」
伝説の人物と同一視され崇められるか、君の悪い存在として忌み嫌われるか……正反対、ではないのだろう。彼女は対等な人間として今まで扱われたことが無かったのだ。
ゆえに、アラムの四苦八苦しながらも自分に人ととして接してくれる姿はとても新鮮で、戸惑うぐらいに嬉しかったのだろう。
「でも、そんなアラム様は私めを人として扱ってくださいました」
「それは……知らなかったからだよ」
「いいえ、いいえアラム様。それでも、私めは貴方様に救われたのです」
だから、胸を張ってくださいと彼女は伝えたいのだろうか。
だから、ここまで来た自身を信じてもいいと伝えたいのだろうか。
「嬉しかったのです。ここまで、共に歩んでくださり……私めを人として扱ってくれたことが、本当に、嬉しかったのです」
気持ちが零れていた。目から、あふれ出ていた。
泣いていた。彼女にとってその涙が何に起因するものなのか、あまりうまく理解できなかっただろう。何しろ涙を流すなど初めてのことだ。
生まれて十四年、拷問じみた教育の中でもついぞ少女は泣くことをしなかったのに、この青年の不器用な優しさについに少女は雫を零したのだ。
もう、言いたいことなど少女の中で行方不明だ。それにもっと上手く気持ちを伝えたかっただろう。だがこれが限界、そも、この青年は言葉のみで救われるには傷つきすぎている。
「……アラム様はなぜ、今の仕事を続けていらっしゃるのでしょう? 正当に評価されなければ、辞めようとは思わなかったのですか?」
だからか、どうして良いのかわからず、少女は沈黙だけは避けたいと、そんな問いかけをしていた。
「それは……」
ふと、アラムは通信機の方を見た。今この話はキレスタールとアラムしか知り得ない。あの船長は仕事人間だが義理堅い、盗み聞きはしていないだろう。
「うん、あの人が聞いてないから白状するとね。僕はあの人に恩返したいんだよ……拾われて、ここまで育ててくれたことには恩を感じてるからさ。僕は船を降りなかったんだ」
それだけ、青年がバイトに乗っている理由はそれだけだった。それが無かったらとっくに下船して、どこか平和な世界でのんびりと生きていただろう。
「――なら」
ならば、この青年が船を降りないのならば――。
「私めも、恩に報いなければなりません」
「いや、それは……」
「これは、私めが決めたことです。アラム様、私も船に乗り、貴方様を守りを勤めましょう」
それが、少女の出した答えだった。バイトに乗り、アラムを守ると力強いまなざしと共に宣言した。
決して褒められたものではない。ようは先送り、その代償として自分の人生を差しすのだ。
「もう少し、よく考えてから答えを出しそうよ」
「なりません。もう決めました」
もうこれは決定事項だと言わんばかりにそう言葉を返す少女。いや、ムキになっているようにも見える……存外に頑固のようだ。
「……じゃあ僕にも考える時間をくれる? というか僕の一存で決められないからファナール船長と相談するけど、いいかな?」
「――はい!」
――表情にさほど変化など無かった。なのに、その返事があまりにも嬉しそうな声だったからであろう。青年はこの時初めて見た少女の笑顔を見たのだと思い、言葉を無くしていた。
驚いたからではない。いや、少しはそんな感情もあったかもしてないが、それ以上に強い感情が、青年の心を満たしていたのだろう。




