第六章「親と子は歩み寄る」 九話
エルフとアンドロイドの隠れ里がそこにはあった。彼らは共生し、この船のシークレットエリアで潜む様に生きていた。
アンドロイドは疲れ知らずの体を利用し、エルフは卓越した魔術技術で森の中で仕事をし、助け合って生きているのだという。
交わりそうのない二つの存在がなぜこのようにお互いを助け合い生きているのか。魔王ガウハルは気になった。なので、自然と木陰で水蒸気タバコを蒸しているターレブ女医の近くへと足を運び、こんな質問をしたのであった。
「栗毛の師よ。この村はどのようにしてできたのだ?」
「……長い話になる」
「構わぬ。今日の我は時間を持て余しておるのでな」
そう魔王の言葉を聞いてから、二度水蒸気タバコを蒸してからターレブ女医はこの自然公園の空、つまり人工的に作られた太陽と青空を眺めて一分後、こう切り出した。
「……魔王ガウハル、君はエルフがなぜこのようになったか知っているかね?」
「いや、知らぬ。エルフという種族自体馴染みが無いのでな」
「では一つ、昔話をしよう」
その昔、インタービーナーズと共に魔王を倒し世界を救った勇者一行は全員がバイトへと乗船した。人間の男、女、ドワーフ、そしてエルフだ。
だがかつて、この船ではドワーフやエルフなども亜人と呼ばれる種は差別の対象であったのだという。純粋な人間がこの船における人口の大多数を占めていたからだろう。
しかしドワーフは鍛冶師としてある程度生活はできる。似た種族でコミュニティーを作り、鍛冶師商会として一派閥を作り上げ、自分たちを守ったのだ。
他の亜人も己の得意分野を生かし、ドワーフを習いコミュニティーを作ったのだという。
しかしその一方でエルフは失敗した。そもそも彼らの得意分野である魔術が活躍する仕事はバイトでは少なかったのだ。この船には魔術も科学も栄えている。人間の魔術師は自分たちと同じ技量で、魔力を持たない人間は電化製品のスイッチを押せばそれだけで豊かな生活ができたのだ。
つまり、魔術だけが秀でているエルフはこの船においてあまり居場所が無かった。
中にはその美貌を生かし俳優や歌手になる者もいたが、そういった仕事におけるエルフの上位互換がすぐに生みだされることとなる。アンドロイドだ。
永遠に美しく、それどころか顔すらも簡単に変えられる。それに潰れない喉で歌い続けられ踊り続けられる。そしてどんな役も演じきれる彼ら、彼女らは元々少なかったエルフたちの仕事を根こそぎ奪い尽くしたのだ。
そして、エルフの立場はこの船で最下層になった。そして彼らは最下層の職業である世界の介入者たちとして消費される戦力として知らない世界で死んでいったのだという。
「そもそも、この船における人間社会とエルフの相性は最悪なのだよ。君はこの船において一般人が最も金をかけるものを知っているかね?」
「む、そうだな……食料は無料で配給され、土地も無限にあるこの船において高価なものか……娯楽への出費か?」
「惜しい、それも確かに湯水のように金をつぎ込む輩が多いがね。正解は子育てだよ。この船では子育ては金が掛かるものなのだ」
「子育てか、つまり学費か?」
「そうだ。そして亜人の中でもエルフは取り分け長寿だ。必然、子供で過ごす期間も長い。そしてエルフなどの精神的成長速度も肉体に依存しやすいのだよ。ともなれば子育ての期間は長い。学習期間へ子供を放り込んでも百年も経てばその知識は時代遅れになる」
「この船の人間社会は通常の人間の寿命で設計されており、エルフには生きにかったと?」
「そうだとも、そして何度も学校に入り直し知識をアップデートさせないといけない子供の学習費用を稼ぐために長命種は長期間、危険な介入者としての仕事を強いられることとなる……だが親の方も同じ仕事を続けられるわけではないのだよ。彼らの感覚では人間社会の技術進展速度についていけずに廃業、最終的になることだけは簡単な介入者としての仕事に就くことになるのだよ。君はインタービーナーズがどのように認識しているかね?」
「うむ、船に乗ったばかりの頃にそのような文献に目を通した覚えがある。この箱舟においてインタービーナーズは下級職であり、ありとあらゆる世界から技術と情報を収集しこの箱舟に持ち帰ることによりバイトは発展させる必要不可欠な存在であると、な」
「その認識で間違いない。しかし、誰が好き好んで安い金で命の危険を伴う仕事を受けるかね? だからこそこういった危険な作業を押し付ける為の仕組みがあるのだよ。誰にも職業選択の自由はあるとこの船はうたうがそれは表向きだ。種族に関わらず外から来た者はそのほとんどがインタービーナーズになる。そして親が介入者として死ねばその子も孤児となりまた同じ職に就くのだよ。学業を収めなければ常識、知識、そして社会的優位性がそもそも備わっていないのだからね。馬鹿弟子もその一人だ。あれは少し事情は特殊だが……まぁ似たようなものだよ」
「不憫ではあるな。そも栗毛の場合、成果を出せなかったのではなく成果を出した上で手柄を横取りされたのだろう? 純血主義の者に……それはもう、どうにもならぬのか?」
「そもそも本人がすでに諦め次の手を打ち始めている。だが次の手も不発に終わるだろう。生涯を通して搾取されるばかりだよ。エルフなどの長命種も、あそこの馬鹿弟子もな」
双角の魔王は腕を組んで立ちながら、透明の体を持つ女医は適当な木箱に座り蒸気タバコを蒸しながらそんな会話をする。そしてその目線の先にはあの青年がいた。
「しかしなぜエルフとアンドロイドがこんな隠れ里を作っているのだろうか?」
「それには少し複雑な理由があるのだよ。これもまたエルフの寿命に関する問題だが、君はエルフの寿命がどれほどか知っているかね?」
「む……千年かそこから?」
ガウハルの生まれた世界にはエルフという種族がいなかったからか、予測でそう答える魔王。
「正解であり不正解だ」
「と、言うと?」
「この船はありとあらゆる世界から人員を集めている。そしてありとあらゆる世界の長命種も集められている為、一般的に耳の長い種族、そう、エルフと一括りにされているが、当然個体によって差が生まれるのだよ。それも大きな差だ」
「……つまり同じエルフでも別世界のエルフならば寿命が違うと?」
「そうだとも、理解が速くて助かるよ」
千年生きるエルフ、一万年を生きるエルフ、そして永劫かと思うぐらい長い気をするエルフ。それがありとあらゆる世界から集められても、そもそも寿命に大きな差があるならば同じエルフでも価値観などが違うのだ。
「そして近年、アンドロイド側も人間社会から爪弾きになってしまう事件があったのだよ。アンドロイドの人権会得運動及び法案の設立、掲げた看板は立派に思えるが、その実情は税金から支援金をかっさらう過激なパフォーマンス大会のようなものだ」
「それがどうしてアンドロイドたちを追いやったのだ?」
「アンドロイドというものは指向性、つまり性格をあるていど決められて生まれてくるものだ。製造目的の仕事を生きがいとして完成して生み出される。だが件の活動家は彼らを人間の尺度で計り、勝ち取った社会的地位を押し付けたのだよ。アンドロイドにも人間と同じ給料を、アンドロイドにも人間と同じ休日を……その結果、どこの企業も彼らより低性能で法に引っ掛からない程度のロボットを雇用し、彼らを難癖をつけてリストラしたのだよ。当たり前と言えば当たり前だがね」
「なるほど……商人は金で動くものだからね」
「多くのアンドロイドが路頭に迷い、あれほど熱狂的に叫んでいた活動家は責任も取らずに雲隠れした……そこでエルフとアンドロイドたちは、予測される稼働期間と自分の寿命が合った者をパートナーに選び生きていくことにしたのだよ。無論、性格などの相性も選考基準となるがね。元々エルフは人間社会と関わりを持たず同族だけで森の最奥で村を作るケースが多い。この船でも隠れるように里を作り、こうして自分たちだけで衣食住を確保し自分の寿命とあっているパートナーと細々と過ごしている」
「そういう経緯でこんな村が生まれたのか。しかし、エルフ側は船を降りれば良い話にも聞こえるが?」
「ああ、無論、この船と合わず自分が元いた世界に下船しようとするエルフもいたが、撹拌現象を引き起こさない為の記憶改ざんやそもそも故郷の世界へと帰ったところで生活できる保障も無い。諸々のデメリットを考えこうしてアンドロイドを伴侶とするエルフが大多数となった。まぁ、この船における社会問題の一つだと言えるな」
「うーむ、なるほど興味深い」
そうしてかつて商売敵だったアンドロイドをエルフ側が受け入れ、このような隠れ里があるのだという。
と、ターレブ女医とガウハルがそんな話をしているとアラムの声が遠くから聞こえてきた。
「すみせーん! 雑談してるならこっちを手伝ってくれませんかねぇ!」
今、青年の前は長蛇の如く行列であり、大忙しであった。
さて、このエルフの里、いや、エルフとアンドロイドの里において彼は今“医者”として働かされていた。こんな隠れ里でアンドロイドが住んでいたら年々その機体は劣化していく。
いくら防水や汚れに対して強い素材を使っていても、機械にとってあまりいい環境ではない。
なので今、この青年に修理してもらおうとこの里中のアンドロイドが彼の下に集っていた。
「というか師匠、僕に隠れてこんな慈善事業みたいなことしてたんですぅ?」
そもそもこの隠れ里でのアンドロイドはターレブ女医が定期的に検診し、必要があれば修理をしていたのだという。今日はその仕事をアラムに押し付けているという訳だ。
「良い方に解釈してくれるのはありがたいがね、慈善事業ではない。一方が奉仕する関係というのは不健全だ。よってここの住民には私の実験に付き合ってもらっていたにすぎない」
「だから腕がロケットに改造されてたり、目から訳のわからないレーザー飛ばせたり、超高速移動可能な戦闘用義足とか付いてんですかぁ! こんなもん生活に必要無いですもんねぇ!」
と、それにはっと目を輝かせる魔王様。我の追い求める物はここにあったのかと言いたげな顔だ。
「飛ばせるのか! 腕を! 誰だ! 申してみよ! そして見せよ!」
「ガウハルさーん? 仕事の邪魔しないでくださいねぇー」
などと、興奮気味でアラムに駆け寄るガウハル。それを眺めながらターレブ女医がくつくつと笑っていた。
「いや、馬鹿弟子がインタービーナーズとして活躍していると聞いた時は耳を疑ったものだが、なるほど、いい出会いをしたようだ」
「ターレブ殿、その、少し聞きたいことがあるのだが」
「なんだね。ああ、マゾヒストについてかね? 勤勉だな君は」
ターレブ女医がそのままタバコを蒸していると、ガウハルと入れ替わる形でギャレンがやってきた。聞きたいことがあるらしいのだが、ターレブ女医の冗談に少し困り顔で固まっていた。
「ああいや、冗談だ。君は少し真面目過ぎるらしい。楽にしたまえ」
「助かる。愚生あまり冗談というものを解さない」
「それで、質問とは何かね?」
「ガウハル殿と先ほど話していた内容を偶然聞いたのだが……その、学費というのはそれほど係るのだろうか?」
「ああ、通常のインタービーナーズでは生活苦は確定するが、だが君はクリサリス……ああ、失礼、正真正銘の怪物を倒したと噂には聞いているよ。ならば安心したまえ、破格の給料を貰えるはずだ」
「いや、その通り愚生は戦うことしかできない。ただその、意中の者が優秀で、他の道もあるならば知っておきたいのだ」
「ああ、自分はともかく恋人には危ない仕事をしてほしくない訳か……希少技術をもつならば介入者以外にも仕事はある。だが学者などは止めたまえ。この船では競争率が激しすぎる」
「希少……技術とは?」
希少技術、と言われてそれが何かわからないといった表情を作るギャレン。それを見て思わずターレブ女医は噴き出した。
「何か?」
「はは、いや失礼。体格は立派だが随分と子供っぽいと思ってね」
「愚生が子供、と?」
「人間、齢を重ね大きくなれば警戒心というものも自然と身に着けるものだ。だが君にはそういったものを感じない。こんな胡散臭い私を相手によくもまぁ、それほど素直に感情を表情に出せるものだと感心したのだよ」
「貴女はアラム殿の師だ。心も開く」
「ほう、それはそれは、君は随分あの馬鹿弟子を買っているのだね?」
「それはもう。愚生の生まれた世界では各国に声を掛け一大勢力を築き上げ世界に終焉をもたらす邪竜を打倒した。結果、我が最愛の人も助けてくれた。感謝をしているし、頼りにもするとも」
「……そうかね。あれも随分と無茶をしたものだ。どこぞの世界を救ったとは思っていたが、あれが国と人をまとめるなど、人付き合いは不得手だと自覚しているだろうに」
嘲笑と親愛を交えた笑みだった。まるで世の中に疲れ切った女がするようなその顔にギャレンは言葉を失った。
「ま、その活躍と成果はあれだけの力ではなかろう。あの魔王、ガウハルの功績が一番大きいと見た、なるほど、あの馬鹿弟子とは中々相性の良い傑物なのだろう。仕事面でお互いをカバーできる存在だ。君も別の意味合いで馬鹿弟子とは相性が良いだろうがね」
「……別の意味合いとは?」
「君とあれは性格、いや性質か、それが似ていそうなのだよ。ああ、似ているというのがミソでね。同族嫌悪を抱かない形で君たちは似ている。いい友人になれるだろうとも」
「それは嬉しいな!」
アラムと良き友人になれると聞いて屈託のない笑顔で喜ぶギャレン。まるで人懐っこい大型犬の様な姿に、再度ターレブ女医はくつくつと笑う。
と、またアラムの声がまた飛んできた。どうもワンオペで回していた仕事がついに限界に達して、応援の要請を声高に叫んでいるらしい。
「師匠ぉー! この人の胴体なんでこんな改造してるんですかぁー! どう触ったらいいか、わからないですし下手すりゃ訴えられますよぉー、これぇー! ていうかお喋りしてないでこっち手伝ってぇー!」
「馬鹿弟子、私がそんなドジをする訳ないだろう。きちんと誓約書にサインをさせてから施術しているに決まっているだろうに」
「良心! 自分の趣味を優先して他人の体を魔改造しない良心とか良識を持てっつってんですよぉー! 法律守ってればオールオーケーとか馬鹿みたいな言い訳しないでください!」
「まったく、昔からやたら口煩かったが最近になって言葉のバリエーションを増やしたらしい。これも仕事を変え他者との交流が増えた影響かね」
愚痴なのか弟子の成長を喜んでいるのかわからないことを言いつつ、ターレブ女医はその重い腰をやっと上げた。
そしてアラムにあれやこれやと指示を出し、何か言われると反論するか無視をするか軽く小突いていた。
「うむ、普通の親、というのはあんなものなのだろうか? 愚生もああなれると良いのだが」
健全な家庭というものをあまり知らない大男はギャーギャーと文句を喚きながらも働かされているアラムを見て、そんな感想を漏らす。
そんな大男に近づく影が三つ現れた。
「あの……あなた方は一体どういう?」
「む? ああ、その、ターレブ殿に連れて来られた者なのだが……そうだな、力仕事はあるだろうか? それならば愚生でも役には立てよう」
ふと、ギャレンが耳の長い美男子たちに控えめに話しかけられる。大男は少し驚くも、これがエルフと呼ばれる者たちとすぐに理解し、アラムばかり働かせては面目が立たないとギャレンはそう彼らに提案したのであった。
最近冷え込んでますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
私はこの文章を書いてる時、少し熱っぽくなっていて頭がぼんやりとしております。皆様も私の二の舞にならないように衣替え等、面倒くさがらずにしっかりして体調管理してください。私は未だ夏服です……。
さて、今回はターレブ女医とガウハルの会話でエルフとアンドロイドがなぜ共生し隠れ里を作ったのかという理由が語られました。
ありとあらゆる世界からありとあらゆる人間を集めるこの時空移動船バイトでは、エルフの寿命も様々です。約千年と約一万年生きるエルフでは価値観も違います。なので自分たちと同じ社会から不要な物として捨てられたアンドロイドを伴侶とし、エルフたちはひっそりと生きていたのですが――。
はたしてこれがこれからどのようになるのか……では!




