第六章「親と子は歩み寄る」 四話
バイト船内は広大である。
時空の海を漕ぐこの船自体も大きいが、かつて空間を拡張できる技術を暴発させる形でこの船は実際の広さより大きくなったのだ。その広さはこの船の学者をもってしても未知数、宇宙と同じく膨張し続けているのではないかという仮説すらある。
ゆえにまだ未開拓な空間も、管理できないと放り出された場所も多いのだ。
――そこは、破棄された区画だった。
「ほぅ、推測するに廃墟。否、廃棄された一つの世界か?」
世界、そうガウハルが言い表したほど全ての物が荒廃していた。
錆と宙に舞う埃、その役目を終えた電灯も輝きを失って幾星霜、月日が経ったことがわかるほど周りの物が古い型であることがガウハルは見抜く。
この船内における道具の歴史などわからずとも、見ただけでそこが前時代を切り抜いて捨て置かれた世界であるとなんとなく理解できる空間が、そこには広がっていた。
「この先を歩いてすぐに病院があるので……そこまでお願いします」
ギャレンに背負われた状態でそう注文するアラム。もう意識を保つのも辛いのかこの屈強な人間タクシーをとガウハルを信じて意識を失いかける。
「ああ、待て待て、意識を落とすな。どういう症状かそこにおる医師に説明せねばならぬだろうに、せめて今言え、我が伝える!」
「いえ、あの人なら推測して……だから、だぃ……」
「……ぬ、寝おったか。まぁかかりつけの医院であれば大体の事情は知っておると考えるか」
楽観的にそう結論付けてガウハルはその医院とやらを探す。ポットからただただまっすぐな廊下を歩いて、それらしき入口をすぐに発見する。
「ここが……そうなのか?」
明かりも満足にない廃棄された区画の廊下を歩くこと三分。そこには確かに病院があった。が、その入り口に設置された看板にガウハルが訝しむ。
「小児科、というのは子供を専門に見る診療所ではなかったか?」
珍妙な動物のキャラクターと共に小児科クリニックとだけ書かれたその看板と、お化け屋敷の入口みたいな暗さをしているその場所に、流石のガウハルも戸惑いの声を上げる。
「しかし病院であるのは確かだろう。目当ての場所である可能性は高い。ガウハル殿、とらえず入らないか?」
「だな。違っても死ぬ訳でもあるまいて」
そして明かりも満足に無い建物内へと入っていく。暗いロビーに誰もいない受付と長いソファーが三列がある。
だが受付には人がいない。ならばここはやはり廃病院なのだろうか?
「人の気配が無いな。ガウハル殿、引き返そうか?」
「そうすぐに決めつけるものではない。それ、部屋の角を見よ」
ガウハルの言う通り、ふと部屋の角を見れば観葉植物があった。枯れておらず手入れはされていた。ならばここに定期的に人が通っているはずだ。
「なら、留守なのだろうか?」
「部屋の奥から気配はする。まぁ、人のものかはどうも怪しいがな」
人か怪しい、その一言にギャレンが生唾を飲み込む。だがそれを言った本人は臆することなく部屋の奥へと続く診察室らしき扉をノックして、ガチャリと迷いなく開けた。
一瞬、部屋を見てガウハルが固まる。が、すぐに挨拶をしだした。
「失礼する……が、着替えの途中なら出るが?」
「いやなに、気を付かわなくて結構。こんな体を見て欲情なんぞする者は少数派だ。君は……多数派の様子だ」
声からして、どうやら中にいたのは女性らしい。
「それよりそんな所で立ってないで入りたまえ、今日は馬鹿弟子だけがやってくると思っていたが、私の予測が外れるとは実にいい日だ。あれの案内でここに来たのだろう? そうか、遂にあの馬鹿弟子にも頼み事ができる人間を得たか」
その声は実に愉快そうなので、中にいる人物の機嫌は良いらしい。そう言われギャレンも診察室へと入っていったガウハルに続く。
そして、ガウハルが一瞬面食らい停止した理由を思い知った。
「ようこそ、第八研究所兼ターレブ小児科クリニックへ、まぁ、飴玉ぐらいしか出せないが、舐めるかね?」
そこには確かに女性がいた。厳密に言えば、精密に作られた人工皮膚で造られた顔と声、そして全身のシルエットで辛うじて女性と判別できる者がいた。
そしてその女性は裸体であった。だが欲情などできない。顔以外全てが透けているのだ。そう、顔以外体の内部の臓物にあたる“機械”が透けて見えていた。
まるでガラスか透明のプラスチックの皮膚を持つその女性は、最後にこう付け加える。
「それと馬鹿弟子を連れてきてくれて礼を言おう、ここはこいつの古巣だが、ああいい、聞いてはいないのだろう? 予測できる」
そう言ってここの主はニヤリと笑ったのだった。
結論から言うと、アラムはなんだか雑に治された。
まずは診察台に寝かされて、上着を剥かれ、頭に明らかに正規品ではない怪しいヘルメットがすっぽり被せられて、体にペタペタと電極がついたシールを貼られ、最後に体がくの字に曲がるぐらいの電気ショックが与えられたのだ。
あきらかに殺人行為にしか思えない治療を受け、彼は数秒の気絶の後、元気に蘇生した。
「ねぇねぇ酷くなーい! さっきのなーにぃ!」
「電気治療だ。特に脳へのな。貴様は長期のストレスと無茶により鬱症状を発症、それと自律神経も不調になっていたから気分が優れなかったのだろう。それを治療しただけだ」
「一瞬なんかお花畑みたいな光景が眼下に広がったんですけど! 一瞬魂抜けかけましたよ! ねぇ!」
「おや、幻覚かね? なら次はこの試作機を――」
「やめろっつってんだよ、この年増ぁ!」
この通り、今彼は自分を治してくれた医師に元気いっぱいに抗議している。
この狭い診察室が今は青年の声で実に賑やかだ。
「うむぅ……てっきり薬か何かで治すものと思っていたが、なんとも力技だったなぁ~」
「一瞬アラム殿が白目で気絶し、死んだのかと焦ったが……まぁ、無事みたいでなによりだ」
そしてその診察室の隅っこで大の男共は少し怯えながらそんな感想を各々漏らす、さきほどの治療方法は少し人道的に問題がある疑いがあったからだ。この反応は無理もない。
「通常は薬物投与によりゆっくりと治すものだが、鬱を劇的に治せる試作医療装置を試す機会も無く誇りを被せていたのを思い出し、これはいい機会だと判断して実験したのだよ。君たちもどうかな? 不調があれば無料で治すが?」
クルクルと回る椅子に体重を預けながら、そう提案するターレブ女医だが二人は遠慮する。あんな荒治療ならばロハでも他の所で見てもらった方がいい。
というか無料というのが怖いのだ。責任とは金銭により発生するもの、命の補償が無い実験体になど誰もなりたくないだろう。
「すみませーん! 師匠、僕を実験動物かなんかと思ってますぅ!?」
「馬鹿弟子が、どうせどこぞの世界でも救おうとして、自分を薬漬けにでもしたのだろう? 世界を救う前にまず自分を大切にすることを覚えたほうがいいんじゃないかね? すぐに自己犠牲に走るのは昔、貴様の悪癖だと再三教えただろうに? そこに過度なストレスでも掛かり調子を崩したのだろう。何か、変なトラブルに巻き込まれたのかね?」
「なーんで師匠は何も知らないのにあれこれ言い当ててくかなぁ、そんなんだから見た目も相まって気味悪がられるんですよ!」
「この程度、ただの断片的な情報による推測だよ。精度はともかく誰でもやるし、私でも外すこともある。だが、馬鹿弟子の行動予測など寝ぼけた頭でも可能だ。なにせ子供の頃から面倒を見ているからな」
師匠、馬鹿弟子、二人はそうお互いを呼び、言い争う。いや、言い争うというよりアラムがあしらわれてると言った方が適切か。まぁどちらにせよ二人は親密な仲らしい。
「……その、二人は師弟、なのだろうか?」
と、ギャレンが手を小さく上げて、二人にそう説明を求める。この大男はわからなければ迷わず聞くのだ。申し訳なさそうにはしているが、知らぬままならば、その方が相手に迷惑を掛けることが多いと思っての癖なのだろう。
「えぇ、僕の師匠です。この露出魔が僕に人工知能の知識を小さな子供に噛み砕かずに叩き込んだ張本人ですよぉ!」
と、勢い任せにそう語るアラム。ギャレンはそうなのかとゆっくりとぎこちなく頷いているが、これはあまり理解できていなさそうだ。
「確かに私は教えるのは不得意だがね。それでも食らいついてものにしたのはお前だろうに、今更そのことに文句を言われても改善の意味は無いだろう?」
成果は出たんだから黙ってろと言いたげにターレブ女医は足を組んでそう語る。
すると今度はガウハルが質問をしだした。
「うむ、ところで栗毛の師よ。我からも良いだろうか?」
「何かね? ガウハル君。今やこの船のヒーローである君ならば、大抵のことは快く答えようじゃないか」
「ほう、我を知っておるのか。てっきり世捨て人か何かと思っていたが……案外、世情には詳しいのか?」
「人並、と言っておこう。私とて出かけもするしメディアにも目を通すさ。それに食事が不要なこの体を維持するのにもそれなりの金と材料がいるのでね。外部との接触も割と多いのだよ」
「その姿はさぞ目立つだろう」
「あぁ、私も見世物になるのは嫌でね、最低限は白衣を身に着けるぐらいはするが、ボタンを留めるのが面倒でね。ついつい前が空いたままという時もある」
そう言いつつ手を広げて自分の体を見せつけるターレブ女医、ガウハルはその透明の機体をまっすぐと見つめる。どうやら好奇心からの熱い視線らしい。
「収入源は発明か? ここは第八研究所らしいが……いや、医院と書いてあったか? どちらだ。いや、両方なのか?」
「ああ、主な稼ぎは医院の方だとも、研究は個人的な趣味だよ。時折、別の病院に行き厄介な患者を引き受けて金を毟ってくるのだが、その出稼ぎ先で齢十歳だったこの馬鹿弟子に懐かれてね。まぁ、小児科が私の本業だから子供に懐かれるのは得意なのだが」
と、それを聞いた瞬間アラムがなんとも不服そうに目を細める。異論がある顔だ。
「おや、何かね?」
「いきなり小さかった僕に、君、人間の体がどうなってるか知っているかね、なんて言ってその透明の体を指さしてここが心臓、ここが胃で、ここが女〇器にあたる部分とか言い出した変人に懐く子供がいる訳ないじゃないですか。頭おかしいんです?」
「あの時、女〇器と言った時の食いつきは激しかっただろうに、その目を丸くして輝かせていただろう? 子供ながらにこいつは性欲が強い奴だなと思ったが?」
「輝かせてませんよぉ! あの時まだピュアボーイだったぼかぁ、こいつは初対面の子供に何を女〇器とか言ってんだって驚いて目ん玉ひん剥いたんですよ! というかその透けすぎてる機体に欲情できる罪深い業はぼかぁ無いんで、誤解するようなこと言わないでくださーい!」
小さな子供にえげつないセクハラをした会話を聞いて、ギャレンが話についていけず堪らずガウハルの方を見る。このやり取りはこの船では許容範囲かどうか聞きたいのだろう。
「あー、安心せよ白竜公。この光景はこの船でも非常識なものだろうよ。そして我が興味があるのはその体よ」
「体に興味? 君は少数派の方だったのかな? 抱きたいと言われても困るのだが」
「うむ、それは我も困る。だが好奇心は沸く。栗毛の師よ、貴様はアンドロイドという存在なのだろうか? ロボット、というものには前から興味があってな! こう、変形とか合体とかできるのだろうか!? その、腕とか飛ばせるのか!」
「生憎と変形はできないが、ガウハル君が協力してくれたら合体はできるだろうさ。この機体にはこだわっていてね。そういう女性の機能も再現だけはしているのだよ」
「……栗毛よ。下ネタ、というのか? 貴様の師は随分と、その方面がエグイのだな?」
そうガウハルが聞く。と、アラムは死んだ目と早口でこんなことを言いだした。
「幼少期からぼかぁ、この人と船長としかほとんど会話してなかったからそりゃもう人格形成に影響受けましてねぇー。たまに僕、セクハラしちゃうじゃないですかぁ。あれ無意識なんですよぉー。つまりこの変態にせいでこんな悲しい社会不適合者な男の子が生成されちゃったんですぅー。あー泣きたーい。ああ、なんだか頭が痛くなってきた」
「なんだ、もう再発かね? 鬱は気力の低下、寝不足、食欲不振が有名だが頭痛も症状の一種だ。全ての病気に言えることだが初期に治療するのは大切だ。もう一度ビリっといっておくかね?」
「こんな短期間で再発するんなら治療方法に問題があるんでしょうよ! あんな拷問と変わりないショック療法はもうごめん被りますからねぇ!」
そんな師弟漫才の傍でガウハルがなにやら思い出したのかニヤニヤとしだした。ギャレンがそれに気が付き、なんとも難しい顔をする。
「そういえば、我はこの栗毛が隠していたあの面白ニュースを聞きにきたのだったか」
「ガウハル殿……それはまた今度に、元気に見えてもまだ無理をしていることもある」
「いやぁ、あれは全快しておる。我にはわかるぞ。栗――」
と、ガウハルが今朝仕入れたばかりのネタを言おうとした瞬間、ターレブ女医がそれ以上の衝撃的な発言でこの魔王の口を塞いだ。
「ああ、そうといえば馬鹿弟子、お前の“娘”から言伝を預かっている。近々会いたいらしいが、メールの確認はしているかね? お前が長い期間不在していた時、一度こっちを頼って顔を見せたのだがね」
一瞬、椅子が二つと机、診察台しかない狭い空間が宇宙空間にでもなったかのような無音になる。
「……む、娘だと! 栗毛よ、貴様モテぬモテぬと嘆きながら! 結婚していたのか!」
「いやぁ、してませんからね。僕ぅ」
「ならば……その、ヤリ捨てか?」
「んなもんする訳ないでしょう! というか、できる訳ないでしょう! そこに至れる人間関係の構築が本当に僕に可能だと思いますぅ!? この僕がぁ! ええ!」
「まぁ、それもそうか。して、栗毛よ。貴様の過去に何があったのだ? ええぃ、詳しく話せ! ここで吐いておけ!」
さて、過去に彼女を造ったであろう青年の詳しい過去が暴かれる前に、娘なんて新しい単語が出てきたのだからもうガウハルは引っ込みがつかない。
無論この後、根掘り葉掘りガウハルはアラムに質問攻めをしたのであった。
皆様ご存じ、私はあのモンスターをハンティングするゲームが大好きで大好きで、その新作を今か今かと待ちわび日々を過ごしております。
で、キャラクターを男性にしようか女性にしようか悩んでいるのですが、なんと今作男女の垣根を超えて両方のデザインの防具を着れるみたいですね! なら、女キャラかなぁー……。
さて、趣味の話はそこそこに、今回アラムの師匠が出てきました。ええ、とんでもない姿です。頭部は人間と変わりありませんが体がスケルトン、内部の臓器にあたる機械が見えてるというとんでもねぇデザインの御仁です。
アラムは元は研究職で、これまで数回、古巣という言葉を使いましたがこの第八研究所のことだったんですね。
そして『娘』とはどういうことなのか、この先も引き続きお楽しみください。では。




