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第五章「死んだ彼女に想いを告げ続ける」 二十六話



 この戦場で誰よりも遠くにいて、全貌を眺められる青年は確かに見た。終焉の竜があの大地を割けるかもしれないほどの魔力の塊を線にして放った後に、何層もの分厚い結界を構築するのを。

 あれは、確かに怯えていた。攻撃を手駒に任せ、必要最低限しか自分で攻撃せず逃げに徹していた事実、臆病な竜ではあったが……あの取り乱しようをどう説明しようか。

 百ほどの結界の壁を造り出し、終焉の竜は反撃に備えていた。なのでアラムも切り札を切り“手助け”をした。

 彼の前の仕事、あの撹拌現象でガウハルが鹵獲してきた飛行艇の一機である。

 ギャレンの一撃に対し、終焉の竜は対策をした。だがアラムとて馬鹿ではない。それと同時に終焉の竜の真上に飛行艇をその先端から落としたのだ。これが彼が言っていた切り札である。

 無論、バイトから人員を送れないのが今の現状だ。だが青年は長い旅の中で低確率でと条件は付くが、船からの転送を成功させるシステムを作り上げたのだ。まぁ、例の如く人工知能が主軸で理論構築したのでアラム本人、どういう理屈かよくわかっていないのだが、それでも彼の執念が散々自分たちを苦しませた終焉の竜に一矢報いる手札を一枚増やしたのだ。

 とはいえ相手は巨大、頭部にとはいえ人間に例えれば少し大きめの針を刺された程度、だが、それが効いた。一か八か、保険で瞬間移動魔術で逃げようとしていた終焉の竜の動きを、一瞬だけ止めたのだ。

 ――その瞬間、とてつもない音と衝撃で、何もかもが吹き飛んだ。魔術を使う際に出される魔術光など発生していない。

 ただただ、終焉の竜に突っ込む白い線が辛うじて目視できた刹那に、アラムも終焉の竜とその使徒に魔術を撃って撃ちまくっていた兵士までもが、全員吹き飛ばされた。

 そして……数メートル吹き飛ばされつつ、彼は目にする。

 海が、終焉の竜が逃げ込もうとした海が割られ爆発し、あの黒雲しか広がっていなかった空すら青空が見えるように割れ、大地すらも土の波を作ったのだ。

 それから十分間。彼は吹き飛ばされ地面に衝突した衝撃で、気を失ったのであった。



 あれは、ただただ愚かなほど直線だった。神速の白い竜が放った一撃をそう、かの竜は定義した。

 白竜公は終焉の竜の巨体をその拳のみで貫き、空気を一気に凝縮後、爆発させて特大の真空空間を作り出し、この終焉の名を冠する竜を吹き飛ばし消滅させてみせたのだ。

 白竜公に討たれた後、その眼球のみが海に沈み、浮かび、また波で海の底へと沈む。

 そして、この終焉の竜の一かけらに、すでに脳ができ始めていた。

  そう、この怪物は最後の最後に自らの心臓の呪いを解いたのだ。もはやこれはディザスターと成っていた。恐るべき生存への執念が、ここに最悪の竜を生誕させたのだ。

 “勝った”と終焉の竜は確信する。逃げきれたと喜び、新しい体を今から造ろうとしていた。

 再生している。終焉の竜こそは永続する胚なのだ。欠片さえ残っていればまた“復活”できる。とはいえ元の強さに戻るに途方のない時間を有するが、手順はわかっている。生まれてからつい先ほどまでの存在になったまでの時間はかからないはずだった。

 ――そのはずだったのだ。


「……!?」


 無い口で終焉の竜は叫ぶ。海に沈む肉片から、泡が少し出た。何事かと……脳が再生した段階で、次からうまく体が再生しない。再生など、この竜にとって呼吸の様なものだ。なのにそれができない。

 思い当たる節を記憶から検索する。該当なし、該当なし、該当有り。理由を一つ見つけた。

 あの戦場において最弱だったオスの人間である。

 あのオスの技術は未知数であったが、脅威では無かった。なので放置していたのだが、そのアンノーン(アラム)が何かをしたとしか今の状況が説明できないからだ。

 最後、その巨体でできるかの賭けであった瞬間移動魔術(テレポート)を邪魔されたが、基本は遠くから何かをするだけの弱弱しい羽虫か何かという認識だったが、今更その認識を改める。

 あの最弱のオスがこの戦争の開戦直後に、三発の弾丸を終焉の竜に撃ち込んでいた。

 それだ。それが終焉の竜に本当の意味で止めを刺したのだ。

 終焉の竜は怪物に成り果てた癒し手に止めが刺された後、死骸と化した彼女の耳を使い、あのオスが確かにこう言っていたのを聞いていた。毒を作り、その毒の銃弾を“二つ”作ったと。

 一つは癒し手の止めに、だがその時点で使い切ったと話していた。ならば、どこでその弾を使ったのか? あの開戦直後の三発の銃弾だ。

 一発は軌道を確認する為の銃弾、二発目は発信機、そして三発目にこの毒だ。

 この世界、全ての生物の毒となり、対再生能力特化のそれを、青年はいの一番に終焉の竜に撃ち込んだのだ。それを気づいてはいたが大した攻撃でもないと気にもせず、防がなかったのは、この終焉の竜の慢心であろう。

 ――兆候はあったのだ。海に逃げようとして双角の魔王に腕を切り落とされた時だ。切り落とされた腕の再生が上手くいかずに、一から新しい手足を作ることとなったがそのどれもが不揃いであった。

 世界という殻を壊す待望の前で、その膨大な力をうまく使えなかったのもあるが、アラムの仕込んだ毒もその一因なのであるのだろう。

 そして、青年が自分たちが死んでも船が終焉の竜を追えるように発信機と共に撃ち込んだその毒の効果は、肉体の遺伝子情報の破損だった。だが普通、そんな物をディザスターに撃ち込んでも対して効かない。すぐさま本体すら知らぬうちにこの毒に耐性を身につけてしまう。

 ――しかし、この永続する胚である竜にとってそれは、致命的な猛毒となる。

 なにしろ終焉の竜は細胞分裂が無限に、かつ高速で行われ欠損はすぐさま再生し、場合によっては必要な形にその巨体を造り変えるのだ。そんな終焉の竜にとって、遺伝子情報をズタボロにするアラムの毒は、取りあえず撃ち込んどけといった感じで撃ち込んだ青年の予測以上の効果を生み出していた。

  たとえ、この世界から羽化し、世界崩落の後に世界渡りをする力が残っていても長く生きれたかどうか……。


「……!、!?」


 またも、無い口でかの竜は憤る。だが、もはやその声は誰にも届かない。

 魔術で解毒を試みる。だが通用しない。そも、あの青年の技術はこの世界の技術(魔術)ではなく外からの技術(科学)なのだ。いくらこの世界の魔術を極めようと、技術系等が違うそれをこの生存時間(一瞬の間)では解明できないのは道理、ただただ終焉の竜は朽ちていくである。

 海に沈みながら、今度は終焉の竜は自らの終わりに憤慨し、そして後悔をした。

 この世界において伝説であり、真に最強である竜の敗因は、あの青年に自分と戦うまでの猶予を与えたことである――そう、あの青年こそ、真の意味でこの竜の“天敵”であったのだから。





「……は!? 世界はどうなったんです! ここはあの世! でも異世界で死んだらそこのあの世に行くの? それとも船で言われてるあの世にいくんですぅ!?」

「む、起きたか。息災だな栗毛、そこまで騒げるならば無事であろうよ」


 何が起きたのか? 青年は理解できず倒れたまま呆けた顔で、近くに立って笑っている魔王を見ていた。なので、流石にガウハルも心配したのかその顔から笑みが消えた。


「栗毛よ。頭でも打ったか? 無事か?」

「ああいえ無事……ガウハルさん? 戦いはどうなりました!?」


 それを聞いて、双角の魔王は何か誇らしいような、もの悲しいような顔を作ってから、いつもみたいに笑いだした。


「白竜公が見事その役を果たしたのだ! 拳一つで、かの災厄(終焉)を消し飛ばすとはな! 恐れ入る!」

「討ち……果たす?」


 慌てて立ち上がろうとして膝を付いた半立ちの姿勢で、理解が追い付いていないのかキョトンとした表情で三秒ほど固まる。

 すると青年は破顔して後ろにゆっくりと倒れこんだ。


「だあぁー、終わっ……てないは怪我人! ギャレンさんは! ルアネさんとキレスタールさんもバルバット王とレルドルト皇太子も!」

「落ち着け栗毛、大体が無事のはずよ。しかしすでに多くの者が土を掘り返し救助を始めておるが、些か手が足りん。我が貴様を最初に探したのは偵察機を使い救護活動を――」

「ああー、わかりました! じゃあ早速、偵察機をぉ……いやこの戦いでほとんど使いまして、もう出ないです! 在庫切れ! 最後の衝撃で大体が壊れたんじゃないかなぁ? うえ、回収が面倒……一応ブラックボックスにビーコン仕込んであるから場所はわか……いやいや、そうじゃない! 取りあえずは無事な偵察機があるか調べます!」

「ふはははは、どこの世も戦争というのは事後処理が面倒というのは変わらぬか」


 豪快に笑う魔王様の傍らで忙しそうに端末を操作し無事な偵察機を探すアラム。と、端末の画像に白い鎧を着た大男の姿がちらりと映る。


「ギャレンさんいたぁー! 周りに誰もいなーい! ガウハルさん連れてって! あ、でもなんか意識ありそう? 大丈夫そう? いやでも心配だから連れてって!」

「それは良いが、救助活動はどうするのだ? 先の白竜公の一撃で地面が波の様に広がり生き埋めの者もおる。こういうのは迅速に動かねば人が死んでいくものだ」

「あ、それは自動操縦で少ない偵察機が人は探し続けてるんで、はい。大丈夫です」

「そんなこともできるのか! ふはははは、やはり貴様のそれはいいな!」

「いや、ぼかぁ色々な物を作ってますけど、一応は人工知能専門の技術者なんでね? 機械に色々考えさせるのが専門なんでね?」


 と言いつつ「まぁ、終焉の竜との戦いで相手に嫌がらせぐらいしかできなかった器用貧乏になっちゃってますけど」と、ガウハルの能力によりアラムというか服に飛行能力を付与され飛びながら、そう言葉を付け加えるアラム。

 道中、まだ混乱が収まらない中仲間の安否を確かめる帝国と連合の男たちの姿があった。

 誰も笑っていない。笑える訳が無いのだ。少なからず犠牲者が出た……が、ガウハルとギャレン、そしてあの突如現れたドラゴノスのおかげで被害は想定より少ないぐらいだ。

 そして生者と死者の山を下に、青年と魔王は世界を救った英雄の元に降り立つ。


「ギャレンさぁーん!」

「うむ、アラム殿。それにガウハル殿も、無事そうでなにより」

「いやぁー! あなた、腕ぇ!」


 アラムが思わず悲鳴を上げる。見ればギャレンは右腕を欠損していた。肩から先が無い。


「あわわわわわわ! 出血! ショック死しちゃ……いや、なんか元気そう!?」


 青年の言う通り、片腕が無くなったのにもかかわらずケロッとしているギャレン。薄くだが笑ってもいる。


「愚生の回復魔術で傷口は塞がっている。流血で死ぬことは無い。だが、そのなんだ。立てなくてな、倒れてしまうんだ」

「いやいや、安静にしててください! 腕が無くなったら普通は体のバランスが崩れてすぐには歩けないって、昔聞いたことがあります! 多分それ!?」

「そうなのか? 博識だな、アラム殿は」

「とにかく船に帰ってギャレンさんの腕を治してもらわないと!」

「……治るのか? 一生このままかと思っていたのだが」

「僕たちの舟の医療技術はちょっと引くぐらい凄いんで、腕ぐらい一日で生えてきますから。しかもディザスターの誕生を止めたんですよあなた。お舟の皆が諸手を上げて万歳三唱して、大歓迎しながらタダで治してくれますよ!」

「治療中は両手を下げていてほしい。手元が狂いそうだ

「いや、本当に万歳三唱しながら治しませんからね? たとえ話ですから」


 青年がそんな説明をしていると、今度は空からルアネとキレスタールが魔術で飛んできた。彼女たちは目立った外傷はないが、顔がどう見ても疲れている。魔力を使いすぎたのだろう。


「ギャレン! あんたぁ腕!」


 そして、青年と同じ反応であった。


「ああ、ルアネ。生えてくるので安心してほしい」

「あんた竜を殴り殺せるだけでもヤバいのに、そこまでの化け物になったの! え、自分にしかけられなくせに、回復魔術がその域にいってるの!?」


 いや、違うとギャレンはさっき青年に言われた説明をそのままする。その間にキレスタールは回復魔術を使いギャレンの腕を診ていた。この少女は本当に無言でよく働く。


「はぁー、なんにせよ大団円ね。本当、めでたしめでたしよ。というか外傷は無いけど私、もう魔力すっからかんだから、寝ていい? というか気絶しそうなんだけど……」


 ルアネにしては珍しい、へなっとした笑顔でそう言った。

 もうこれで終わり、その一言で今度こそ青年は事が終わったのを実感してか「だぁああああ、終わったっぁー」と言いながら安心して疲労困憊の体でその場にへたり込んだ。



 ――その瞬間だ。鋭い光の矢が青年の目に映った。



 何が起きたのか。誰もが、あのガウハルさえも呆気にとられた。

 胸から血が噴き出た。人間の体にはこんなにも血が入っているのかと、ギャレンは思っただろう。その目には、彼が命を賭して守った女が映っていた。


「ルア……」


 なんでだと、心で叫び、彼女の名を呼ぼうとして喉に詰まらせた。現実が受け入れられないのか、何もできないでいる。


「ああ……これ、駄目ね」


 そんな、地面に背を下にして倒れたまま、自分の胸に開いた穴を手で確かめて……信じられないぐらいあっさりと彼女は言った。

 その一言が、男を現実に戻す。


「なん、で。なんで、ルア、ルアネ!」

「ギャレンさん……よ、横に……」


 ショックからか、青年も小さな声でそう言うだけだ。だが、錯乱状態のギャレンには届かない。


「嫌だ、嫌だ! せっかくここまで、ルアネ!」

「――退けぇ!」


 錯乱する大男を、アラムが大声と共に蹴り飛ばす。普段の彼ならば絶対にしない暴力的な行動だ。そう、誰よりも先に、この青年が動く。


「キレスタールさん回復魔術!」

「はい!」


 青年が指示を飛ばす前にすでに少女が動いていた。青年がギャレンを蹴り飛ばした瞬間に、我に返ったのだろう。


「無駄、よアラム、これ、心臓……キレスタールの、回復魔術でも――」

「何を言ってんですか、割と軽傷ですから!」


 そう言いつつ、アラムははっとした顔をしてから、腰に掛けてあった通信機を手に取る。


「聞こえますかこちらアラム、アラム! 聞こえますか!」


 終焉の竜が倒された今、船と通信が可能なはずだ。そしてすぐに返事が返ってきた。


「アラムさん!? 六十八番、通信回復しました! 船長に――」


 もう、懐かしい声だった。アラムのオペレーターであるショクルの声だ。だが喜んでいる暇など無い。


「ショクルさん重症一名! 胸部、心臓の位置! なんらかの魔術が貫通! 出血が多い、血が足りません! すぐに輸血と心臓の修復手術の用意をしてください!」

「え、や、アラ――」

「とっととしろって言ってんだよ、早くしろぉ!」


 今までに聞いたことのない青年の怒声だった。だが、すぐにその声色が優しいものになる。


「ルアネさーん、聞こえますか! 自分の名前、言えますか!」

「……えぇ」

「僕たちの船、武器、ルアネさんが見たことない武器とかいっぱいあるんで、行きましょうよ! それでまた、僕とギャレンさんとキレスタールさんと竜とか怪物とか倒して! お金稼いで! だ、だか、だから!」

「……えぇ、武器は、楽しみ、ね」

「お、美味しい物もあるんですよ! 休日は毎日ふかふかのベッドで寝れますし!」


 青年の必死な呼びかけが、徐々に裏がり始める。目には涙が溢れていた。


「というか、あなたを取り戻す為に皆、僕も信じられないぐらい頑張ったんですよ! こんな、こんなところで……死なないでください! 皆で船に帰るんですから!」

「……」

「……ルアネさーん、聞こえますか! ルアネ! ルアネ シュバルツ返事をしろぉ!」


 もう、意識が無かった。アラムは縋りついて通信機を持って荒々しく叫ぶ。


「早くしろぉ!」

「今、救助が向かってます!」


 それを聞いた瞬間、青年は過呼吸になる。どうすればいいのか思考を回しすぎて一時パニックになったのだろう。少女は淡々と治療を続けるが、その目から青年と同様に涙が溢れる。そして魔王は……ルアネを射抜いた光の矢が飛んできた方向を睨んでいた。

 青年もそちらを見る。誰がこんなことをしたのかと悲しみと怒りでぐちゃぐちゃになった顔でそちらを睨む。


「すぐにその治療を止めろ。まぁ、心臓を貫いたから助からんだろうがな?」


 闘牛の角みたいな長い髭を指で摘み撫でながら、その男が言った。後ろに二十人ほどの鎧を身にまとった者達がおり、その勲章とその髭が長い男に見覚えはあった。


「青い……アケル王国の――紋章」


 青年が殺気交じりに睨む。アラムは既にこの男の名など忘れたが、確か騎士団長だったか? アケル王国で政治争いの中、ギャレンに冤罪を掛け詰問していた人物である。


「アケル王国騎士団長、オルスタインである! エドガルンド王の命により終焉の竜を討伐しに参った! そして我らが手で今、終焉の竜に操られしルアネ シュバルツを解放した! このオルスタインこそ真の英雄である!」


 こいつは一体何を言っているのか? 怒りと驚きでアラムが愕然とする。

 一方でガウハルはなんとも冷めた表情でそれを聞いていた。


「なるほど、そういう筋書きか。まったく、終焉の竜よりも人間の欲の方が末恐ろしいという落ちになるとはな……なんともつまらん」

「筋書き? これこそこれからの歴史の真実であり偉業だとも、貴様らはすでに満身創痍! 楽に殺せる!」


 そんな会話の途中、遠くから護衛を付けたバルバット王とレルドルト皇太子が生き残った竜に乗りこちらに来ているが、些か遠い、この状況は把握できていないであろう。

 そして、なにやら髭の騎士団長が咳ばらいをする。そしてなんらかの魔術を使用する。攻撃かとアラムは身構えたが、そうではなかった。


「た、助けてくれぇ―! ドラゴノス帝国とサハラジェが裏切った! あいつら終焉の竜討伐で何もできずにいたのに、奇襲部隊としてはせ参じ終焉の竜を仕留めた一番の功を出した我ら(アケル)を消し、自らを英雄とする為に裏切った! 全軍来てくれぇ―!」


 とんでもなく情けない声だった。だからこそ、演技としては割と良かった。どうやら先ほどのは遠方に声を届ける魔術だったらしく、土煙を上げながら乗竜に乗った大軍勢が地平線より現れる。

 ドラゴノスとサハラジェ連合には遠く及ばないが、こちらの損失を考えればまずい。


「どぉーだぁー! あれはまだ先行隊! まだ本隊が後ろに――」

「貴様、馬鹿であろう」

「……な、何、貴様、このオルスタイン騎士団長を――」

「貴様のような男は本来、部下の影に隠れて物量でなんとかすればいいと考えておる指揮官であろうに? だというのに、先行隊としてここに現れた。なぜか? 自国の兵士に国の栄華をもたらす虚構を守らせるほどの発言力と信頼がないのであろう? だから信頼できるそこの僅か二十人を奇襲隊として先に行き、後方にいる自国の兵士も騙して動かした」

「な……だ、だからなんだというのだ! 事が上手く運べば――」

「貴様、先ほどの戦いを見ていたか?」

「当たり前であろう! 気配隠しの魔術を使い、遠くで見ていたからこそ、この一番いいタイミングで現れたのだ。なんだかわからんが貴様らの奥の手であのとてつもなく大きな終焉の竜が吹き飛んだ! あんな恐ろしい魔術を隠し……いや、攻撃は派手なだけで威力は無いな?  もしかしたら終焉の竜とやらは思いの外、弱かったかもなぁ!」

「なぜ気づかぬか? あの巨竜が一撃で吹き飛んだのだぞ?」


 と、会話の途中、バルバット王とレルドルト皇太子が到着する。


「おい、何がどうなっている!」


 一番に話しかけてきたのはバルバット王だ。レルドルト皇太子はドラゴノスに体を貸していた代償か、竜から転げ落ち地面に倒れ込んだまま、胸から血を出しているルアネを見て絶句していた。


「ふははは、まぁいい、同じ説明をしてやろう! 我がアケル王の――」

「こ奴が、この二十人ぽっちの奇襲部隊で山脈の如き終焉の竜をどう吹き飛ばしたのか、どう自軍の兵士にホラを吹くのかと聞いておるところよ。今から我らと戦争を起こす大義名分を自国の軍に用意できるのか? とな。呆れ果てているところよ」


 そのガウハルの指摘で髭を生やした騎士団長が固まる。


「嘘だろ!? そんな馬鹿いる訳ねぇだろ! それよりもなんでギャレンが必死こいて取り戻した女が――」

「誰が馬鹿だぁあああ! 俺を愚弄するなぁあああ! 全員殺せぇええ! すでに半殺しにされてるんだ、この人数でもそこの王ぐらいは殺せるだろぉ!」


 馬脚を現して発狂する髭の騎士団長。ガウハルの言葉で自分たちの計画の穴を実感し、どうすればいいのかと慌てているのか目が泳いでいる。それを見てやっとバルバット王は今の話が真実であると信じた。


「……いや、馬鹿だろ。何かするとは思っていたが、まさかアケルの王はそこまでの愚物だったのかよ!」

「殺せ! 殺せ! 殺――」


 銃声が響いた。

 突然に、前触れもなく。

 火薬の独特な臭いが、やけに鼻に刺さった。

 そして、その臭いの方を見ると、機械の様な生気の無い顔と、目を座らせた青年がそこにいる。


「……」

「あぁあああああ! あああああああ! 足がぁああああああ!」


 召喚した銃はいつも使っている小さなピストルではなく、長いライフル銃であった。その細長い弾は鎧を簡単に貫通し、騎士団長の足を風穴を開けたのだろう。

 そして、後ろを見ればすでに船からのワープゲートが繋がりルアネの治療を少女から呼吸器をつけた医療者へと変わっていた。やっと船からの救助隊が到着したのだ。


「お、おい、な、なななんだその魔術、それにそのおかしな恰好をした奴らはなんだ……何がどうなって――」


 青年は混乱する騎士団長に躊躇なく再び銃口を向けた。早い、とにかく素早い動作だ。後は先ほどから“指をかけっぱなしの引き金”を引くのみ……だがそれを、少女が体当たりで止めた。

 どさりと軽い体が二人分、地面に転がる。青年は少女に文句すら言わない。視界にすらも入れない。ただただ再び銃口を仇へと向けて――。


「止めて。お願い止めて……アラム様。ここで復讐などしても、ルアネ様は……」


 絞り出すような少女の声で、青年は無機質な機械の表情から破顔して……泣き出しそうな顔になり、そのままライフル銃を手から落とした。


「なんなんだ、お前たちはぁ!」

「そうさなぁ。そこの栗毛の言葉を借りるならば善意押し売り業者という奴よ。今回はそこのギャレンに善意を押し付けた。そしてそれを担保にこの男を我らの仲間とする。少々あくどいやり方だがまぁ、騙さずに情に訴える分、貴様らよりは、マシであろうさ」

「何を意味のわからないことを! こ、殺せ――」

「……」


 と、ギャレンが青年と騎士団長の間に入った。その足で立っている。この短時間で腕が無くなって失っていたバランス感覚を、少しだが取り戻したらしい。


「ギャ、ギャレン ヴァイス! そうだそうだ! 出来損ないだが貴様はアケルの二大貴族の末の子! アケル騎士団長として命令する! こいつらを全員――」

「終焉の竜を穿ち吹き飛ばしたのは愚生の拳だ。そして、その代償に、この通り利き腕を今し方無くした」


 そう言われ、騎士団長はギャレンの肩から無くなった腕を見て唖然とする。だが、すぐに怒りに顔を染めてこう言い放った。


「だから、だからなんだというのだ。腕ならもう一本あるだろうが! 戦え、そして殺せ!」

「そうだ。騎士団長殿は賢いな。人間は腕が二本ある。生まれながらに隻腕や腕の無い人もいるが、愚生は体だけは丈夫に生まれた。手も二本、しっかりあった」

「当たり前だろう! 愚か者め、だから国でも嘲笑のネタにされていたんだよ貴様は!」

「そして今一つ使い、俺の腕はもう一本、ここに“残って”いる」


 そう言いつつ、どっしりと腰を下ろし拳を引くギャレン。


「先ほどより威力は落ちるが……同じ技で後ろの本隊ごとあなた方ぐらいならばここで屠れるがどうするか? 言え……言え! アケル王国の騎士団長!」

「ひぃい、て、撤収、撤収ぅうう!」


 臆病風に吹かれて部下に命令し竜に乗ってしがみついて退散していくアケルの騎士団長。


「……てっきり終焉の竜に止めを刺したのはアケル王国で生まれたギャレンだから手柄は我らアケル王国の者とでも言ってくるのかと思ってたんだが……それなら曲がりなりにも正当性はでてくるが、まさかアケルの愚王がこんな安い芝居をするとは」

「愚生は貴族の末に生まれた。確かにアケルで生まれ育ったが、政治的にはあの王国の一員として、家族にも一員と扱われた覚えが一度も無い。いや、訂正しよう。ルアネは違……」


 言葉の途中で気絶したのか、後ろから倒れるギャレン。それを鬱屈王の異名通りなんとも退屈そうな顔でそのどさりと倒れた音でこの男が限界を迎えていたことを知り、バルバット王は自らの頭をぼりぼりと掻いた。


「差別意識ゆえに一番筋が通る言い分が思いつかなかったってか? 笑えもしねぇ」


 と、バルバット王が周囲を見渡し大声を上げた。


「おい医療魔術班! すぐに来い! この世界を救った英雄の見てやれ。特にさっき打ち付けた後頭部をだ。その後にレルドルト皇太子だ! ギリギリ生きてる! 戦争中に死んだなら不問にはなるが、戦後治療不足で死なせたらドラゴノス帝国の皇帝様に一生恨まれる!」

「いや、レルドルト皇太子を先に見てやってくれ。この英雄は我らが例えあの女が死のうと責任をもって生かす。ちょうど、帰り道がそこにあることだしな」


 そう言い、ガウハルは少しふらつきながら気絶したギャレンをなんとも重そうに運ぶ。どうやらいつもの物質を操る能力はもう使えないらしく。腕力のみで気絶したこの大男を持ち上げてみせたらしい。


「おい、大丈夫か? 気絶した人間は重いぞ。特にそんな大男、持てるのか?」

「これも仕事納めという奴よ。最後は自分たちの足で帰らなければ恰好がつくまい。というより、貴様らをあの先へと通すのはまずい。確か、記憶を消さなければならぬ手術を――」

「あー、わかったわかった、行け! で……柄じゃねぇが、この世界の代表としてこのバルバットが最大の称賛を送る。よくぞ、よくぞ終焉の竜を打倒してくれた。感謝してもしきれない。介入者たち!」


 最後、畏まりそう言うバルバット王。周囲にいた者達も、剣を、杖を、旗を掲げる。

 それを見て、少女に取り押さえられて落ち着きを取り戻したアラムが立ち上がった。


「……こんな凄い、その、光栄な見送られ方されてしまって申し訳ありませんが、先ほどガウハルさんが言った通りです。僕らは、ただギャレンさんに力を貸したただの部外者ですよ。こちらこそ、本当に色々と……ありがとうございました!」


 その言葉を最後に、彼らと彼女はワープゲートへと入っていく。


「まったく……功労者を国に招いて労えないことが、こんなに歯がゆいとは知らなかったな」


 その姿を見ながら、バルバット王は苦笑して彼らを見送ったのであった。





 アラムたちが帰船して、半月ほどの時が経過した。

 終焉の竜との戦いで、少ないとは言えない数の者が死んだ。だが、想定よりも犠牲者が少なかったのは、あの戦いであの青年とギャレンが起こした奇跡の連続のおかげだろう。

 しかし、後始末、というものは戦争において必ずある。戦死者への国を挙げての追悼、残された遺族への補償、削れた軍事力の立て直しにとにかく金、金、金。

 何よりも疲弊した時に他国がここぞとばかりに責めてこない為の牽制が必要になる。

 そして今日、その後始末に、ある人物がアケル王国へとやって来ていた。

 サハラジェ連合の若き代表、バルバット王その人である。


「黄金砂漠からよくぞこの短期間で我がアケル王国まで来られましたな」

「ああ、なにせ終焉の竜を倒した直後にアケルの騎士団長が宣戦布告ともとれる行為をしたおかげでな。面倒くさかったが、これを王として無視する訳にはいかん」


 アケル王城の客間、その少し広めの部屋で自身の両手を腹の前で握りいかにも歓迎してますよとアピールしているエドガルンド国王。周囲には黒い服を着た壮年と男がいる。ルアネの父だ。

 そして長細い机を間に挟み、バルバット王が護衛もつけずに一人で心底だるそうにしていた。


「で、戦争するのか? しないのか?」

「バルバット王よ。貴殿は何か誤解をしているようですな?」

「……」


 そう言われた瞬間、バルバット王から表情が消える。だがアケルの王はそれに気づかず手を二回叩き、二人が挟んでいる机の上に蓋のついた大皿を使用人に運ばせた。


「どうぞ、お開けください」

「……」


 言われるままにバルバット王はその大皿の蓋を取る。その中身には“騎士団長の頭”が大皿に乗っていた。


「あれは騎士団長の独断だったのですよ。これが証です」

「……なぁ」

「はい?」

「一つ“首”が足りないと思わないか?」


 悪趣味な仕掛けにも一切動じず、バルバット国王がそう言い返す。


「それと、俺はアケル王の命でやって来た、とその首が話していたとその場にいた部下から報告されたが?」


 その発言が出た時、あの場にいたのはアラムたちと騎士団長とその部下のみであった。これはバルバット王のかまかけである。

 そして、眉一つ動かさず動揺しなかったバルバット王にアケルの王は明らかに狼狽する。大方、生首を見せて驚いたところで言葉を畳みかけ、うやむやにでもする算段だったのだろうが、その当てが外れたらしい。


「きょ、虚言では?」

「我が黄金砂漠の玄関口、トラヌ王国の兵が、このバルバットに虚言を吐いたと申すか?」

「で、では騎士団長の嘘、です……かな?」

「ほう、そちらが嘘と? なるほど、国を陥れる嘘とは、重罪だ。首も飛ばされよう」

「そ、その通りで……アケル王国でも国辱は重罪ですので……」


 そのバルバット王の言葉には、いい得も知れない迫力があった。うやむやになどできるのか? 暗にそうアケルの愚王に問いただしている。


「でだ。こういう物もある」


 投げ捨てるように手紙を机に置くバルバット王。それを見てアケルの愚王の顔が引きつった。


「これにはあんたが騎士団長にバルバット王とドラゴノス帝国の皇帝とその世継ぎを殺すように書いてあるが、ついでに馬鹿正直にアケル王国の王族の印も押されている」

「……偽物――」

「てめぇの国は王の命令書が簡単に捏造できる国だってか! ああ!」


 その怒声にビクっと体をのけぞらせるアケルの愚王。決定的な証拠が出た。これはもう言い逃れはできない。


「そ……そういえばドラゴノス帝国の者は? 今日は三国での話し合いだったのでは?」

「時間稼ぎをするんじゃねぇよ。現皇帝はあれで高齢だ。長旅はできん。皇太子は終焉の竜との戦いで未だ重傷、そう家臣から事前に聞いてるだろう? まぁ、ドラゴノスの宝剣を戦場で無くしたとか言って上へ下にと大騒ぎしてたからな、あの皇太子が元気でもその後始末でこの場には出向けなかっただろうさ」

「……ドラゴノスの帝国の者がいないのなら丁度いい、サハラジェとアケルでドラゴノス帝国を責めてみて、取り分は……七と三で、もちろん七がそちらに――」

「おい、いい加減にしろよ豚」


 不機嫌そうにテーブルの上に乱雑に足を置き、目の前にいる豚を睨みつけるバルバット王。もはや何を言っても墓穴を掘るのだろう。


「いや、それは、そのぉ、いや……少し失礼、汗を掻いてしまいまして」

「――王よ」


 言葉に詰まるエドガルンド国王だったが、おもむろに服のポケットからハンカチを取り出す。それを横にいたルアネの父が咎めるように言ったが、遅い。

 ――それは、奇襲の合図だった。

 窓の外、そこから魔術の矢が飛んでくる。狙いは勿論護衛もつけていないバルバット国王だ。豚が嗤う。だがその矢は、彼に当たる前に飛散した。


「……は?」


 何が起きたのか理解できないと、アケルの愚王は呆ける。その瞬間、アケルの愚王の首がゴトンとテーブルの上に落ち、騎士団長の頭とぶつかり両方が床に落ちた。


「国辱の嘘はこの国でも重罪と自分で言ったからなぁ。まさに自業自得だ。あの世で神にもう一度、()かれとけ、豚。でだ、悪いな。あんたの王はこの通り死んだ。で、これからどうする? シュバルツ家当主様?」


 ふかふかの椅子に残った体から、血の噴水が湧き出て目を見開くルアネの父親、だが彼は護身の魔術を発動し王を守ろうとはしていた。二大貴族の黒竜家の代表である。娘ほどにないにしろ、魔術の才は一級である。

 彼の発動したのは魔術を阻害する魔術である。ならば、その魔術を撃ち破り愚王の首を切り落としたのは誰か?


「爺や、流石だ。腕は落ちておらんな」

「いえ、少し切り口が汚のうございます。些か衰えました」

「そうか? あー……元々汚らしい男だったからなぁー。何が汚いのか、違いなど俺にはわからん。まぁ、ともかくご苦労、爺や」


 見れば、ルアネの父親のすぐそばに彼の側近であるあの老臣がいた。


「気配隠しの魔術……私に気づかせなほどの練度で!」

「これは失礼を、無駄に長くトラヌの王に使えておりますので、私、暗殺魔術の腕はトラヌ一なのですよ」


 商業国家トラヌ王国、そして魔術大国トラヌ王国。この誰もが魔術を使える世界で、その技術が一番高い国がトラヌ王国という国だ。


「だてに黄金砂漠の劣悪な環境で栄えてねぇ国だ。あんた(アケル)も相当だがうちには敵わん。俺は姦計が好みだが、俺の父、前王は暗殺により国を守ってきた。そこの爺やを使ってな」

「はぁ……先代は良かった。国の問題などこう、首一つで片づけられるというのに……バルバット王が即位してからは一人で何もかもするので私の腕も鈍るのですぞ」

「おい、なんでもかんでも殺せば解決すると思うなよ! 物騒な忠臣だなぁ!」


 人一人殺しておいて砕けた会話をする二人、だがルアネの父にその声は届いていない。


「アケル王が……」

「おいおい、仇討か? 生真面目だなぁ。一目見てわかったがあんたは“腐ってない”だろ? 他は駄目だ。はした金で国と王の情報を簡単に売る臣下だけだった。この奇襲も最初から知ってたんだが、あんたの情報だけは買い取れなかった。というかその糸口さえ無かった。爺や、それで奇襲した奴は?」

「既に――」

「そうか」


 そんな会話の中、ルアネの父が思案する。王が死んだショックよりも、これからどう国を動かしていけばいいのかと思っている顔だ。


「確か調べでは、アケルの王に子供はいなかったはずだ。俺より女遊びが激しかったって話だったが、隠し子一人いないとはさては種無しか? なら少しは男として同情してやるが」

「戯れで妊娠させた女性は牢に閉じ込め殺されておりました」


 と、あっけらかんとアケル王の悪行を自白するルアネの父。


「それで……あなたはこの国をどうしたいのか? 事と次第では一個人としてこの場で戦わしていただきますが?」

「おいおい、すぐ隣に爺や(死神)がいるが?」

「先ほどは後れを取りましたが私もアケルの二大貴族。その片割れの長として、矜持と責務がありますので」

「へぇ、いい度胸だ。一回目のテストは合格だ」


 バルバット王と正面から対峙し、そう問うルアネの父。


「二つ質問をする。あんた、この国とこの王に愛着があったか?」

「……はぁ~~~~~~~~~~~~」


 それはもう、長い長いため息だった。


「はっきりと言いましょう。無いですな」

「じゃあ二つ目だ。息子で使えそうなのはいるか?」

「一人だけ“残って”います。アケルの悪性に染まり切っていない末の子が一人。姉の背をよく見ていたからでしょう」

「それはいい、一人だけってのが特にいい。命があるうちに次代の王を決めて損はねぇ。王位継承争いなんざ、どこでもろくでもないものだしな。よし決まりだ。あんた、今日からアケルの王だ」

「……はい?」


 と、その瞬間、この爺やがこの部屋に無かったはずの椅子を持ってくる。その椅子はルアネの父が仕事場で使っている物であった。

 やれやれと言った顔で、もう何年も愛用している使い古された椅子に座るルアネの父。


「……なるほど、先ほど一目見て私が腐っていない、などとおっしゃってましたが……私の書斎に入り、怪しい物が無いか探りましたか?」

「ははははははは! 頭の回転のテストも合格だ! 実は人を見る目には自信があったんだが、終焉の竜と戦っている時に愉快な青年の奥底を見誤ったんで臆した。まぁー、保険だよ保険、てか爺や、さてはその書斎からその椅子を持ってきたな? そんな所からわざわざ持ってくるな! それと未来のアケル王の部屋から他に何か盗ってないよな!?」

「もちろん、椅子のみでございます」


 丁寧なお辞儀と共にそういう老臣。だが、はてと顔を変えた。


「ただ、物色している時にある証拠品が目に入ってしまい……言い難いのですが、あなたの奥方は、その……」

「私とあの妻は双方の親が決め、結婚した。愛は無かった。そして権力に取りつかれてもいた。そこのアケル王と肉体関係を持ち、王に取り入っていた……子供も大きくなり、このままそろそろ別れようかと考えていたのですが……ああ、死んだ娘にはそのせいで随分と気苦労を……それもあり本当に今更ですが決めたのです……しかし、私が本当に王となるならば、あれは納得はしてくれないでしょうな。その証拠も今では無駄になりましたし」

「新たな王の正妻がそのような淫蕩な者では困りましょう? ここはこの爺に任せて――」

「爺や、なんでも殺そうとして解決するな!」


 だが、ルアネの父はこうあっけらかんと言った。


「いえ、あれはもう生きておりません。そこのアケル王が乱心し処刑しましたので。今やアケルの二大貴族はヴァイス家は長男が家族を秘密裏に助け出そうとしてその罪で全滅、我がシュバルツ家私と先ほど話した息子を残し処刑されました」

「そうか、ならこの問題は解決だな! ついでに王位継承の邪魔になる二大貴族片割れ全滅とは景気がいい! じゃあ話題を変えよう。王の血筋が変わるなら、国の名前も変えるか? シュバルツ王国、いいじゃないか」

「……国の混乱が収まるまでアケルのままで、それよりも他に取り掛かるべき問題があるでしょう。誰が敵で味方かはっきりとさせ、権力争いをコントロールせねばまた無駄な血が流れましょう。それに国民も納得するかどうか」

「そんなもの、この前王の悪行なんて探さなくてもいくらでもあるだろ。というか、真実を一つ混ぜて盛大に民に前王の悪行を吹聴するだけで片が付く。娘を殺されたのは事実だろうに、悪政に我慢できずにシュバルツ家の当主が王位を簒奪したことにすればいい」

「復讐……そういう筋書きで私を王に? 遺恨が残りますが? 恐怖政治なぞ、すぐに崩壊しますぞ?」

「そうか? 良案かと思ったが……確かに早計だったな。復讐単は吟遊詩人共に受けがいいしすぐに広まるんだが……まぁ、嫌なら別の方法も考えれば出てくるだろう。まぁ詳しい話は後から考えるとして、俺と帝国からも色々と手を貸す手はずになっている。安心して玉座に座るといい。ああ、それよりこれだ。あんたに渡す物がある」


 言われ、また手紙を取り出したバルバット王からそれを受け取り、固まるルアネの父。


「……これを、どこで?」

「は! 笑い話だ。国に帰ったらひょっこりと城の影から俺が奥底を見誤った餓鬼が城の影から出てきて、さっき机の上に転がした証拠の手紙と一緒に持ってきて、さっさと帰っていきやがった。できなかった労いの一つでもさせてほしかったんだがなぁ!」

「この物証はあなたの臣の仕事ではなかったのですか……」


 そう言いつつ、その手紙を大事そうに懐に仕舞うルアネの父。


「あんな女も知らない子供にこれだけお膳立てされたんだ。せっかく救った世界だ。少しでもいいようにしないとなぁ、新国王?」


 こうして大きな後始末が一つが片付く。血に濡れ、革命に酔い、そして強引にでも……竜から人の世となった世界は、この先こういう傑物たちによりその歴史を紡いでいくのだろう。





 船に帰ってから、青年は病院で何日も泥の様に眠った。

 帰った直後にゲロを吐き倒れたので、不審に思った魔王が無理やり聞き出してみればあの世界で精神を活性させる薬を用法を守らず隠れて服用しており、かなり無茶をしていたのだという。まぁ、事態が事態なので船長にちょっぴりお叱りを受けてから、少女からは物凄く心配をされて――。

 あれから、入院生活で数日、その入院を終えてから数日後、なんとか体だけは起こせるようになった。

 取りあえずは、個人的にあの世界でやり残したことをやっつけ仕事を片づけた後、菓子折りを買いに外を歩いていた。自分を心配し通信をバイトから回復させようと日夜努力していたあのオペレーターに開口一番怒鳴ってしまっていたと、入院中に少女から聞かされたからだ。



 ――あれから、一か月の時が過ぎた。



 もう、懐かしさを感じる船の廊下を歩いていると、ある男と本当に、本当に偶然すれ違う。


「む」

「あ」


 ギャレンだった。すでに腕が直っており、五体満足。こも船の医療技術の賜物であった。


「腕、もう大丈夫ですか?」

「正直、違和感がある。まだ前みたいには戦えないだろう」


 そういうことであった。

 見れば、大男は花束を持っていた。


「……その花、どうするんです?」

「愚生が花束など、ルアネに送る以外にはない。これからあの墓地まで行くのだが、付き合ってはくれないか。アラム殿?」


 墓地、そう言われアラムの顔が暗くなる。


「……はい。もちろん」

「すまない。まだ体も辛いだろうに」

「いえ、僕はもう回復してますから」

「嘘が下手だな。死人みたいな顔だぞ」

「それは……まぁ、お互い様でしょうに」

「バレてしまったか。実は内臓を少し壊した。ガウハル殿から金を工面してもらい、明日手術してもらう予定だ」

「そんな体で外に出なくても……というよりお金はこの船が出してくれますからね? ギャレンさんはディザスターの誕生を阻止した立役者なんですから」

「それが、そういう話だったのだが……どうも挨拶に来られた君の母君が歯切れ悪く「書類なんてもう見たくない……手続き面倒」とぶつぶつと言っていたので、貰える公金については丁重に断っておいたのだ。仕事を一つこちらから減らすと言ったら、泣いて感謝された。それに、流石にアラム殿の母君に迷惑はかけられまい。いや、本当に忙しそうだったのでな。アラム殿、あの母君は大切にしてやるといい。先立たれてから……どれほど後悔をしても遅いのだからな」

「それは、本当に、その、お心遣い感謝します……それに、そうですね」


 男二人、目的地まで歩んでいく。

 そして……目的だった墓地にまでたどり着いた。


「……」


 アラムが黙して、小さなその墓をじっと見てから祈る。彼に祈るという概念を教えたのはキレスタールなので、彼女の祈り方とやはり似ていた。


「ごめん。あの時、助けられなくて」


 それだけ言って、ギャレンの方を見る。


「じゃあ、そろそろ行きましょうか」


 そして、男二人墓地を後にする。そう、ギャレンは“花束を持ったまま”で。


「助かった。まだこの墓地の隣にある店の場所は迷う。この船の道はどれも似たようなもので、道案内がいないと愚生だけではたどり着けそうにないのだ」


 自分はとにかく物覚えが悪いのだ。そう語るギャレン……その顔は明るいものであった。というか、なにやら服装を正している。実は彼は今、アケル王国の礼装に似た服を着ているのだ。


「まぁ、その、頑張ってください。というか、これで何度目でしたっけ?」

「この船に乗ってから四回目だ。今までキレスタール殿に頼ってたどり着いていたのだが……今日こそはいい返事を貰う。しかし、あの墓地にアラム殿の友人たちが眠っていると聞かされた時は驚いた。まさか彼女が病室を抜け出しよく行く武具屋の近くにあるとは、広い船だというのに偶然もあったものだ」

「ま、遺体は無いんですけどね。名前だけですのお墓ですよ。でも帰ってきてから顔を出さなかったのでそろそろ行かないとと思ってましたし……長い期間働いて、手当付きの給金も入ったので立派な物に建て替えようかと思ってるんですよ」

「そうか、それはいい。喜んでくれるといいな」


 さて、そう、まぁ、つまりだ。そうことなのだ。

 墓地のすぐ隣、つまり二人の前方にある武具屋。

 ……そこについ昨日、退院したばかりの女がへばりついていた。そう、武具屋の商品が飾ってある棚のガラスに全身でくっついて中を見ているのだ。元々、墓場の近くという立地の関係で客足は少ない店なのだが……それでもあれでは営業妨害で怒られかねない。というか一度、怒られている。


「――!」


 名前を呼ばれ、そのにやけた顔のまま彼女はそっちを向く。と、顔が戻った。そして妙に顔が赤かった。きっと我に返ったのだろう。


「さぁ、どうか今日こそ、あの時の返事を聞かせてくれ!」


 廊下の床に片膝を付き、花束を捧げる。もちろんお相手は――。


「そういうのは諸々が落ち着いてからって言ってるでしょうが! この馬鹿!」

「な、何日待てばいい!」

「知らないわよ! なんか私が持ち込んだコレクションを全部検査してる作業が一向に終わらないんだから! それまで仕事できないって話を前もしたわよね!?」

「ルアネ! 資金はガウハル殿から借りれる! この服もそれで買った! 驚くことに利子は無しだ! 出世払いでいいとのことらしい! あの魔王殿は素晴らしい御仁だ!」

「だったら服とか花じゃなくて何かいい感じの武器を買ってきてよぉー! もぉー!」


 そこに、美しい黒髪を持ち武器類が大好きなあの彼女がいた。


「いや、そのお金でまず体を完治させてくださいね? あなた、割と本気で死にかけてたんですよ? この船の医療技術をもってしても本当のギリギリで救えたんですからね?」


「もう平気よ! というか治療費はいらないって言われたわ! なんかお見舞いに来てくれた苦労してそうな女の人がそう言って、息子がお世話になりました。旦那様には断られたので、せめて私のお金でって払ってくれたんだけどラッキーだったわ! まだ旦那なんていないから、何かの間違えって言ったのに、いや間違いないの一点張りで無理やり治療費をさくっと払ってくれたのよ! そのおかげで胸に傷すらないし全快よ! マジであんたの船の魔術技術おかしくない!? というか私の武器はいつ返ってくるのよぉ!?」


 怒涛の情報量であるが、この青年は瞬時にその話を理解した。

 あのファナール船長は多忙なのに、アラムの部下となる女性のお見舞いにわざわざ来ていたらしい。ついでにポケットマネーで彼女の医療費もお支払いもしたらしい。更についで、ギャレンとルアネが結婚済みとも勘違いしているらしい。こんなディザスターに成りかけた怪物を自分の為に殴り倒す旦那など、婚期を逃した女性にはさぞ眩し(妬まし)かっただろうに……これぞ真の大人の対応というものなのだろう。


「あの、ルアネさんその気苦労な多そうな女性はきっと僕の……いや、それはおいおいで、で、まー……役場のルールで手作業であの数の武器を見ないといけませんから、暫くは我慢してください。あ、この船の未知の技術が見つかればお金も出るんですよ? 新しい武器も買えますから、ね?」

「もう、もう今すぐ返してほしいのよ! なんかヤバいわ。禁断症状が出てる……買いたーい。でもお金がなーい……そこにあるのにぃ―。ねぇアラム、なんでもいいから仕事を回して!」

「えぇー、武器も無いのにどうするんですか? というか病み上がりなんですから休んでてくださいよ。あなた、退院したばかりでしょうに」

「大丈夫よ、無くても大体の化け物は魔術だけで倒せるから!」

「何かをぶちのめす仕事っていうのはもう、決定事項なんですね……」

「というか私の手紙ちゃんと父に届けてくれたの? あの人には私が生きてること知っててほしいんだけど」

「黄金砂漠にある国のバルバット王がアケル王国に顔を出すって言ってたんで、これ幸いと預けてきましたよ」

「ちょっとぉー! 普通、人の手紙を第三者に預ける!? というかそれちゃんと届くの?」

「はい、信用はできる相手ですから。いやぁ、それに個人的な転移って結構お金取られるんですよ。二回分で泣きそうになる額でして……一度アケル王国で証拠品とか集めた時はその、渡せなくて……バルバット王にその証拠品を渡しに行った時にね? それに黄金砂漠からアケル王国までいくの、滅茶苦茶時間掛かりますから預けるしかなかったんです……まぁ、僕の養母が気を聞かせて一応“残業扱い”にしてくれたので許可は簡単にとれましたし、転移費用はそのうち払い戻しになるんですが!」


 凄い得した、という顔でそう告げるアラム君。どうやらこいつもその気苦労が多そうな女性の仕事を増やしていたらしい。これはルアネと同罪だ。今からでもギャレンが医療費だけでも公費から支払ってくれと言っても、誰も文句など言えないだろう。

 アラムとルアネ。そう、これぞ真の大人の対応に甘えるだけ甘える駄目人間の姿なのであった。というかいい加減いい歳なのだからギャレンを見習い少しでも大人になるべきである。

 だが、この男はそんなこと気にしない。今はそれどころではないのだから。


「ルアネ! 新婚旅行というものがあるらしい! どこがいいか話さないか!」


 そしてまったく話を聞かず、先ほどからそんなことを言うギャレンさん。一人しゃべり続ける彼はルアネに無視され続けていた。だが流石は真の大人、不屈の精神で話を続ける。だが事情を知らない第三者に通報されて駄目な大人(こちら側)にジョブチェンジしそうなので、青年的には止めてほしいところだった。


「ちょっとズルくない? あんた親のコネ使いまくりじゃない? あんたの養母って何者よ!」

「あっはっはっはっは! それに関してはルアネさんに何かを言われたくないですし、後日その人にお礼を言いに行きましょうか。それにあなたもラッキーだったんでしょう? それで手紙を渡せたんだからいいじゃないですか。ああ、それとあなたのお父さんもしかしたらアケル王国の新国王になるかもですよ。なんかバルバット王が言ってました。これでこれからは堂々と黒竜“姫”って名乗れますね」

「ちょっとぉ、それどいうことよ! その話、詳しく聞かせなさいよアラム!」

「えぇー、今からぼかぁ、謝罪用の菓子折りを買いに行くんですけどぉ……」

「というか私の武器は本当にいつ返ってくるの!? 見終わった物だけでいいから返してくれないかしら! ほら、役所って所に今から直談判に行くわよ。アラム、一緒に行くわよ!」


 盛大に困る青年。結婚後の予定を立てる大男、そしてコレクションが無く発狂する美女。実にカオスだ。そしてこの青年は、どこか良いタイミングで少女か魔王に助けてほしいとでも考えている顔である。

 ――まぁ、ルアネはこうして生きていた。彼女が今までを過ごしたアケル王国では政治利用の為、死んだことになっているがこの通り……元気すぎるぐらい元気なのである。


「ルアネ、部屋なのだが、一緒の部屋がいいだろうか? いや、それはまだ早いだろうか? どうだろう! プライベートな空間はある方がいいとは思うのだが! 愚生としては――」

「だぁー! さっきから鬱陶しい。結婚は当分無し! わかった? 落ち着いてから!」

「ル、ルアネ! 愚生はその、本当の本当に頑張ったのだが!?」

「わかってるわよ、だから待てって言ってるのよ!」


 泣きそうになるギャレン。昔々、子供の時だ。そう、あの時と変わらずに……ギャレンは故郷にて――死んだ彼女に想いを告げ続ける。



終わり

 はい、ということでね! めでたしめでたし!

 え、章のタイトルはどういうことだ? え、詐欺? いやですねぇ、皆さん薄々気づいていてたでしょうに……私がこんな面白い女を殺す訳ないじゃないですか。

 というこ丁度ここで記念すべきトータル百話目なんですね! 凄い! 狙ってやってませんよ! いやマジで……百話かぁ~、あっという間ですね本当。


 ああ、それと六章なのですが、早めに投稿したいのですがお時間を頂きたく……今まで投降した章の誤字脱字が、その、ね? はい……ね!


 それでは皆様、近い未来でまた会いましょう! では。

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