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第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 一話



「えーっと本当に僕、移動になるんですか?」

「ああ、なんとも頭が痛い話だがね。私としてもアラム、お前には技術開発でその技術を振るってほしいのだが……面倒なことに古くからバイトに根付く権力者が、な」

「なんともまぁ、ファナール船長も気苦労が絶えないようで」

「馬鹿者、今は自分の心配をしろ自分の……でだ。現場に配属される訳だが、別に今からでも配属先を変えてもいいんだぞ。大丈夫なのか?」


 落ち着いた優しい光りが部屋を満たしていた。

 くすんだ赤を基調としたその部屋では、古い時計がその心音を響かせる。どうやら船長室らしく、代々の船長らしき人物の写真やらやたら大きく飾ってあり、書類が山積みにされた机が部屋の奥に設置されている。

 そしてその机に備え付けられたこれまた大きな椅子に、ファナール船長と呼ばれる女性と、その前にアラムと呼ばれる十代後半と思われる栗毛の青年が双方、なんとも浮かない顔で会話していた。


「まぁー、うん。昔取った杵柄ってことでなんとかはなるとは思いますけどねぇ~」

「……これは船長としてではなく個人的な意見だが、お前に武器を持たせたくはないんだ。他に希望する部署はないのか?」

「無いですよ。僕が役に立つところなんて追い出された開発部と“現場”以外に見当がつきませんのでね。それに、もうこれでももう、僕も大人ですし、ね」

「大人だから手を汚していい、とはならんだろう……お前を私がこの船に拾ってきて何年なった?」

「えーっ大体十年ぐらいじゃないですかねぇ」

「そうか……」

「ええ、あの時はまだ船長二十歳なりたてのピチピチだったのに」

「おい、喧嘩売ってるのかお前……」

「いやぁ、売ってませんから僕! というかファナール船長、見てくれは普通にいいんだから早く結婚すればいいのにさぁ。まぁ性格はあれですけど」

「一言多い一言、それに相手がいないんだよ相手がぁ! まったく、毎度毎度、口煩い奴だなお前は!」

「恩人が婚期逃すのを黙ってみていられるほど、僕は薄情な人間じゃないんですぅー」


 船長と呼ばれる女性とこの、元いた開発部を追い出されたなんとも軟弱そうな若者は仕事上の関係だけではないらしく、先ほどからやたらと気安く会話をしていた。


「……お前は結婚しろよ」

「うーん、ファナール船長。どこかに僕を養ってくれる清楚系お嬢様とか紹介してくれません?」

「馬鹿者、そんな女がこの船にいるものか。そんなに自分の理想の女と結婚したいのなら、仕事先で見つけてこい。どこかにはそんな都合のいい女が一人ぐらいはいるだろうさ」

「まぁ、この船ってデスクワークでダイエットに悩む人の悪口でコミュニケーションを図る女性事務員と、男勝りの女勇者か万年金欠な女魔術師の三パターンですもんね」

「ああ、ダイエットで思い出した。お前講習の時、事務員にセクハラ発言したらしいな」

「え! どれの件ですか!?」

「おい、思い当たる節がいくつもあるのか貴様!」


 とまぁ、なんともアラムという男はお調子者らしい。数分間この男がやらかした行為セクハラを自白させて、ファナール船長はふぅっと一息ついてから随分と冷えた飲みかけの紅茶に口を付ける。


「いや、いつもの調子でこんな話をしていては時間が過ぎるだけだ。話を戻すぞアラム船員。時空移動船、アラム乗組員である貴様への最後の確認だ。君はこの船の為、インタービーナーズとして命を賭け、時空を渡り世界を崩落させる怪物に挑む覚悟はあるのかね?」


 砕けた口調は消え失せた。

 彼らが先ほど口にした現場での仕事には危険が付きまとうらしい。本当にその覚悟があるのか、彼女はアラムの目を真っ直ぐ見据え、真摯に問うたのである。


「……ファナール船長、僕は貴女に感謝しています、本当ですよ。だから死ぬ覚悟なんてしてません、だって死んだらあなた泣くでしょ? 恩を仇では返せませんよ。泥水啜って、頭地面に擦りつけてへりくだってもでも生きてやろうって覚悟だけはしてますけど、死ぬなんてとんでもない。生きてまた、貴女の元に戻りますんで」

「……いいだろう、合格だ。簡単に死ぬ覚悟なんてできてますなどと言っていたら、殴っていたところだ」

「ファナール船長、パワハラって知ってます? あとドメステックバイオレンスとかも、暴力的な女性は結婚できませんよ?」

「無論知っている。セクハラ同様お前がお気に入りの世界からこの船に持ち込んだワードだ。だが、私がしようとしていた行為は愛の鞭というものではないだろうかね? ん? 教育には多少の暴力も必要不可欠だと私は常々思うのだよ。年頃の女性に結婚を急かす言動とかな?」


 ファナール船長の口元はにっこりと笑っているが、先ほどから見開いたその目は、威圧感の塊でしかない。暗にこれ以上結婚という言葉を口にすれば、鉄拳制裁も止む無しと伝えているのだろう。


「ではアラム、自室に戻っていいぞ。講習で聞いているだろうが、仕事が決まり次第、地獄の予防接種が行われるだろう。異世界へ飛ぶにあたって一番の懸念は現地の病原菌への対策なのだからな」

「はーい、未知のウイルスに感染しないようにしっかり予防接種は受けますよ!」


 そう言って手をヒラヒラさせながら絨毯が敷き詰められた船長室を出ていく青年。

 そしてただ小うるさい青年が消えて、静寂がこの部屋を満たした。


「馬鹿者、せっかく私が拾ってやった命を火中に放り投げおって……私より先に死ぬなよ」


 青年が出て行くのを待ってから、最後、ファナール船長は机の上の仕事を片付けつつ、そう愚痴を零したのであった。





 我らは介入者インタービーナーズである。

 この青年がこの船に初めて来た時、最初に読まされた本の書き出しにそう書かれていた。

 遠い昔に、時空移動船なんてよくわからない物を造り上げた人間が残した言葉で、子々孫々この一文を気の遠くなるような長い時間、教育に使う教科書の初めに記載してきたらしい。

 通称、ディザスターと呼ばれる時空渡りをする怪物を倒すべく各世界から強者、技術や物資をかき集め組織を肥大化させ義を重んじる仁徳組織、などと教科書には書かれていたが実際はいい物を食べて、寝て、娯楽に耽る集団であるとアラムは認識している。

 とはいえインタービーナーズは時空を飛び、様々な世界へと渡り、時に影ながら、時に大っぴらに事象に介入するいわば超越した科学力を有する集団なのは間違いないのだが――。


「……はぁ、下っ端かぁ」


 今の発言の通り、彼、アラムはまぁ、すぐさま補充が効く下っ端なのであった。


「技術開発部にいた頃よりお給料は少ないだろうなぁー。まぁー、別にあっちでもたいして貰ってなかったけどさぁ……」


 自分の薄給を愚痴りながらアラムはリュクの中の荷物を点検しているらしい。テントや手動で充電できるライトなど、野外活動の準備をしているらしいが中には見慣れない機材があり、造りかけの見ためからどうやら彼の自作らしい。

 他にもどうやら熱を利用して硬い物を切断する工具が故障しているのか、使用禁止の張り紙がされているそれも荷物に入れる。


「これも時間がある時に直さないと。ふっふっふ、我ながら常に出力マックスの恐ろしい兵器(欠陥品)を作り上げてしまったものだよ……全部ゴミ捨て場から拾ってきた材料だから仕方ないよね」


 と、彼が一人愚痴っていると、部屋の中の扉近くの電話からコール音がけたたましく鳴り響いた。


「はいはいはーい、もしもーし、アラムです」

「アラム船員、準備ができ次第転送室にくるように」

「はい、頑張ってお勤め果たしますよー」

「……アラム船員」

「ん? なんですか」

「仕事中は言葉使いを正すように、真面目に、規則正しくお願いします」


 ガチャンと重く受話器が落とされる音と共に会話は途切れてしまう。


「真面目って。いや、僕が真面目になってもお給料は上がらないからなぁ」


 そんな渇いた笑いと共に、先ほど点検していたリュックと共に自室を発つアラム。

 部屋を出ると、そこには彼にとっていつも通りの光景がある。永遠に続いているのではないかと錯覚するほどの長い長い廊下が続いており、窓には電子映像で描かれた晴れた草原の映像が映し出されていた。

 この偽物の外の世界が窓に映し出される廊下こそ、この船の乗組員がいつも見ている光景で、体内時計を狂わせないようにこの光景は朝昼晩とその強さを変えていく。

 それと同じ景色だと飽きるだろうと、窓の景色は草原、海、街、山など様々なバリエーションを持っており、日によって変わり、晴れた空だけでなく曇り空や雨の日など実に手が込んでいる。


「本物みたーい。って言っても本物なんてぼかぁ、そんなに知らないんだけど。船に中に自然公園はあるけど、あそこエルフの縄張りだから皆近づけないしね」


 時空移動船バイト、その全貌は海上船ではなく潜水艦と表現した方が近い。

 そもそも、この船は時空の狭間を進む為のものだ。そう、世界と世界の狭間にある闇の海を潜航する船なのだ。用途も潜水艦と酷似している。


「しっかし長い廊下だよねぇ。空間弄って伸ばすんなら廊下の床も自動で移動しくれたらいいのにさぁ」


 そう、この船の科学力は凄まじい。時空の狭間を移動できる船もそうだがこの外観の大きさ以上の容量を作る為に船内の時空を歪めいくら乗組員が増えても問題が無いようにして、この船のみで膨大ば数の船員全ての食糧もまかなえる。一部、ロストテクノロジーなんてものまで存在していおりそれを専門に研究している者までいる。

 しかしそんな船においてこの長廊下は勝手に動いてくれない。理由は単純、ただでさえ運動不足でなりやすい船員の船内生活での運動量を少なくする訳にはいかないとかなんとか、どれほど科学力が進もうとも不便にしておかないといけない部分もあるということだろう。

 先程は不満をたらたら言っていたアラムだが、歩くのが楽しくなってきたのか口笛を吹きながら大きな荷物を背負い目的地の部屋の前に辿り着いていた。


「お邪魔しまーす」

「……」


 第三転送室と扉横のプレートに書かれている部屋に入ると、薄暗い部屋で痩せこけた男がチラリとアラムを一瞥してそのまま機械整備の作業に戻っていた。


「……すみませーん。護衛の人は?」

「時間はまだだろ、待ってろ」


 なんとも不愛想な返答を受けて、「うへー」といった表情で邪魔にならなそうな位置の壁にもたれ掛かり部屋を観察している。

 使い古された整備道具と、今日彼のお昼ご飯らしきお弁当が机の上に置かれていた。他にびっしりと壁に張られたメモ。何度も点滅し、その余命を今か今かと終えようとしている電灯。


「……忙しいのだろうか?」


 元々同じ技術職についていたアラムは、部屋を観察しただけで彼の多忙さを察した。薄暗い部屋は単に電灯を取り換える時間すらないのだろう。持参された弁当も昼休みに食堂に行く手間を減らし、少しでも時間を短縮する為のものだ。

 ストレスも相当溜まっているのだろうと、ならば、さっきの不愛想な態度ぐらい許そうとアラムは背伸びをしながら部屋の隅に掲げられた油で少し汚れた時計を盗み見た。

 ――すでに集合時間は過ぎている。

 アラムが今から行う仕事は危険を伴う。なので護衛役の人間と同伴するのだが、それがまだ到着していないのだ。


「……あんた、護衛の相方が誰か知っているのか?」


 と、部屋の主の方もいい加減痺れを切らして、壁際で一人暇を潰していたアラムに話しかけてきた。


「えー……名前はなんて言ったか、新人の僕がヘマしてもいいようにベテランの人がくる手はずなんですけどぉ」


 それだけ聞くと痩せこけた男はまた作業に戻る。

 カチャカチャと機械を弄り、アラムもその姿を見ながらただただ過ぎる時間手持ち無沙汰に待って、いくばくか経ってからやっとその護衛役らしき人物が部屋に入ってきた。


「いやぁ、すみませんなぁ。ちょいと出発前の定期健診で時間が掛かりまして、前日に酒なんて飲むもんじゃあないねぇ」


 と、遅れてきて開口一番そんな謝罪と言い訳をする壮年の男性。掴み所の無い、ひょいひょいとしたおっちゃんで人当たりも良さそうだ。

 アラムは当りを引いたと安堵したのかほっと表情を和らげた。もし怖い人だったらどうしようかと内心不安だったのだろう。


「ああ君が例のアラム君かい? 船長から話は聞いてるよ。あれが若い頃、俺が面倒を見たんだが、まぁ、その縁もあって今回は君の指導役をさせてもらうことになった」

「ええ、本日はよろしくお願いします。僕ってひ弱なので守ってくれると、それはもうありがたいのですがね」

「ははは、いやいや弱っちいのはこちらも同じだよ。おっちゃんも訓練とか受けたけどまぁ非戦闘員みたいなもんだから。守ってくれるのはこっちの人……て、外で何をしてるんだ?」


 アラムの独特な挨拶を軽く流す。ベテランなのだろう。身に纏っている皮の装備は様々な冒険をかいくぐってきた痕跡が見られた。

 だがこれは冒険者の傷であっても、戦士の傷ではない。


「おう、すまんすまん。ちょいと忘れ物が無いのか点検をな。確認は大事だろ?」


 対照的に新しく入って来た人物の肉体に刻まれた痕は、見惚れる見事な傷だった。長年蓄積されたその大男の身体に染みついた傷はその戦士としての生き様をそれだけで伝えるものだ。


「紹介するよ。おじちゃんのエスコートだ。まぁ少し気が短いところもあるけど、基本的には良い奴だから。まぁ、気楽にいこうよ」

「おいおい、新入りを甘やかしすぎだろ、おめぇはいつもそうだ」


 目も、髪も、肌も性格も違う。正直性別ぐらいしか同じところがないようなコンビはしっくりと嵌っていた。長年組んできたのだろう。気安くもお互いをたたえ合う鉄の絆がそこには確か青年には感じ取れた。


「俺は褒めて伸ばす方針でねぇ、それであの娘っ子が今や船長だしなぁ。アラム君、君もまぁいつかはこんな風に良いエスコート(相方)が見つかるだろう。それまではおじちゃんとこいつで面倒見るから」

「あ、はい! お願いします」


 二人のやり取りに目を奪われていた青年は元気よくそう返事をする。さて、と気合を入れ直しすっかり、その気配を消して部屋の隅で待機していたこの部屋の主に声を掛ける。


「じゃあ、ちょっと遅れちゃったけど転送してもらえます? 僕、初めてでしちゃいけないこととかあんまり理解してないんですよ」

「講習は受けただろう?」


 と、痩せこけた男はさも当然にそう返した。どうやら仕事を変えるにあたって事前にアラムは講習を受けていたらしい。


「受けたけど、なんとも適当に済まされまして……」


 だがまぁ、その講習は手が抜かれた授業だったらしくほとんど意味がない様子だ。


「悪い指導員に当たったか……別に気を付けることは無い。転送中扉を開けたら死ぬが、外から俺が鍵掛けるしそもそも自動でオートロックが掛かる」

「……故障してたら?」

「死ぬな。その時はあの世で運が悪かったと諦めろ」


 転送前に不安を煽られたアラムは、泣きそうな顔をする。


「はは、まぁまぁおじちゃんが知ってる限りそんな事件は両手で数えられるぐらいしか……両足の指もいるなぁ」


 護衛役のおっちゃんも更にアラムに不安を追加する。なのでアラムは恐怖で脚が少しの間動かなくなる。しかしこれから何回もこの転送装置で色々な世界に飛んで行かなければならないのだ。ここで止まっていても仕方が無い。

 それにこのアラムという青年は新天地に心躍らぬつまらない男でもなかった。一つまみの勇気しか振り絞れないが、そこそこの好奇心もあるのだ。


「さてはて、初仕事は一体どんなことになるのやら、とぉ」


 仕事内容は子供のお使い程度と事前に聞かされているが、新しい世界への旅立ちというのはやはり男の子ならば胸が躍るらしい。十八の年齢だがまだ子供、その微妙(思春期)な次期の彼は、取りあえず色々とボタンやらレバーやらでゴチャゴチャとした見た目の転送機に乗り込む。そもそもこの船は広すぎる為、船内を自由に行き来する転送機があり、青年も普段から使用しているのでさほど、抵抗は生まれないのだ。

 アラムは転送機の中で目を瞑りながら、まだ見ぬ世界を夢見て……バチンと、コードが過電流で弾けたような異音に耳を貫かれた。


「――え?」



誤字脱字あればすみません、いや、気を付けてるんですけどね!

あれば報告してくださるとありがたいです!

一部、なろう小説から他サイトへの無断転載等を行っている人がいるみたいなので、明言しておきます。無断転載は止めてください。


2025年追記。


今まであった誤字脱字をある程度見直しました。

これからも皆様に読んでいただけるよう確認作業にも力をいれていく所存です。

それではこのアラムの物語をお楽しみください。

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