こうなったら馬に頼るしかない(※2回目)
まずは私が同じ部屋にいても大丈夫だと思うようになるところから始める。
局長は椅子に座ったまま、私が周囲をウロウロしても我慢している。目をぎゅっと閉じて、膝の上で手を握りながら。かすかに震えているようにも見える。
――駄目だ、こいつ。
またしても作戦が失敗したので、マリリンに相談してみた。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「その、珍妙な馬の被り物を脱いだら聞きますが」
「あ、すみませんでした」
もはや自分の面の皮と思ってしまうほど慣れてしまった馬の頭を取り外してマリリンの隣に座る。
今回の件はどういう風に局長のことだと分からないように説明をすればいいのか。「ある男性が私に怯えてばかりで慣れてくれない」などと言ったら一発で局長のことだとバレてしまう。
私が言葉に詰まっているとマリリンは手にしていた本を読み始めてしまった。ちょっと待ってよお姉さんと言おうと思ったが、表紙に描かれてあった犬の絵を見て名案が浮かび上がる。
「――じ、実は、実家の犬が私にまったく懐かなくて!」
「それは残念でしたね。相性が悪かったのでしょう。諦めて下さい」
「そんな!」
本日もしょっぱい反応を示してくれるマリリン。相変わらずどんな状況でも冷静な女性である。
「私、仲良くなりたいんです! 仲良くなって、その」
お仕事が欲しいとは言えない。なので、適当に誤魔化す。
「さ、散歩、そうです! 散歩に行きたいんですよ!」
そう、散歩だ。一緒に散歩するくらいまで関係が近づけば、なんの問題なく仕事もできるような気がする。
「犬の散歩なんて首輪に紐を付けて、力任せに引っ張ればいいのでは?」
「駄目です。とても、とても大きな犬で、逃げ足も速いので私の手では掴まえることは不可能です」
「それは困りましたね」
「はい。なので、女中頭に相談をしています」
マリリンは少しだけ考えるかのように首を傾けたあと、深い溜息を吐く。そして、私に一つの助言をくれた。
「あなたが、偉そうに上から見下ろしているのが悪いのでは?」
「え、それは?」
「犬と同じ目線で、同じ気持ちになって、一度考えてみてはいかがでしょう」
犬……、ではなくて、局長と同じ目線で。
今まで考えもしなかったことだったので、戸惑ってしまう。
どこから見ても完璧な男性の、よく分からない悩みなど理解できるわけがない。けれど、無理矢理自分に置き換えてみる。
――私は自分が恥ずかしい。他人に見られるのも苦手だ。視線を受けるだけで萎縮してしまう。そんな中で、新しくやって来た変わり者従者が変な仮面を被って現れた。
『大丈夫ですよユードラお嬢様、私は仮面を被っていますから。ほうら、顔も見えないし、視線も感じないでしょう?』
『そういう問題じゃないわよ、分からない人ね。私は他人から見られるのが嫌だと言っているの!』
物語を妄想しているうちに答えはあっさりと出てくる。
相談に乗ってくれたマリリンにお礼を言ってから休憩所を飛び出す。そして、私室に戻ってある物の製作に取りかかった。
本日の局長はお休みの日となっている。朝から給仕を行い、紅茶を入れたあとに少しだけ話があると言って時間を作っていただいた。
私は今日も馬の頭部を被っていた。その方がいいと思ったからだ。そして、徹夜で作ったある物を差し出す。
局長に贈ったのは馬の被り物(黒)。局長の父君、公爵様の馬を模して作ったものだ。
「頑張って作りました。どうぞ、被って下さい」
局長は驚いた顔を見せ、私の馬面を見上げている。
何か言おうとしたのか口を開いたが、少しだけパクパクと動かしてはいたものの言葉を発することはなかった。
やはり、いくら人見知りと言えど、馬の面を付ければ良いというのは失礼だったのかもしれない。
けれどこれは私が局長の気持ちになって考えた結果だった。ふざけて作ったものではない。視線を受けるのが苦手なら、局長自身も顔を隠せばいいと思ったのだ。
一介の召使いがご主人様にとんでもない贈り物をしてしまった。なんだか自分がみっともなくて俯いてしまう。
ふと、視界に端に何かが映りこむ。局長が私にカードを差し出していた。
なるべく局長の顔を見ないように受け取ったのに、紙面に書かれてあることを読んで顔を上げてしまった。
書かれてあった言葉は「素敵な馬です。これはいただいてもよろしいのでしょうか?」というお褒めの言葉と謙虚な一言。
「あ、あの、どうぞ、それはお好きなように使ってください」
局長はささっと「ありがとうございます!」と書いたカードを渡して、馬の頭部を装着する。そのあとも何枚か紙面に書かれた言葉を交わしたが、被り物は文字を書く時も問題は特にないようで。
「息苦しくないですか?」と聞けば、局長は馬面でうんうん大丈夫と頷いている。
良かった、問題ないようで。ひとまず見られることが恥かしい問題はどうにかなりそうだった。