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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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幸せな日々を送っています

それからの私とレグルスさんは、謝罪行脚をするのと同時に、婚約の報告なども行った。

結婚届けは記憶が戻ったその日に書かされた。書類一式を持ってきたのは意外な人物で。


「――こんにちは。ああ、以前、お世話になりました、と言った方がいいのかしら?」


やって来たお方の顔を見て、「あ!!」と叫んでしまう。

銀色の髪を持ち、優雅な佇まいを見せている老女。眩いばかりの高貴な雰囲気に、目がくらくらとしてしまう。それは、以前、王城の庭で具合が悪そうにしているところを見かけ、おんぶをして医務室に運んだご婦人だった。

にっこりと艶やかに微笑みながら、自己紹介をしてくれる。


「わたくしはフェーミナ・ユースティティアよ。ご存じ?」


隠密機動局の『鉄の淑女様』! 

今まで会えなかった最後の局員はレグルスさんのお祖母様だったのだ。


「もっと早くこうして話をしたかったのだけれど、わたくしと会ってしまえば、計画は台無しになってしまうと思って、ずっと我慢をしていたの」

「で、でも、どうして、私を?」

「命の恩人に一番の宝物を贈ったのに、あなたはすぐに返してきたでしょう? だったら、もう一つの宝物、わたくしの可愛いレグルスなら気に入ってくれるかなと思って――」


そ、そうだったのか。

やっぱり、このお仕事はあの時のご婦人の差し金だったようだ。

私とレグルスさんは、このお方の手の平の上で踊っていたということが明らかになる。


「本当に、あなたたちは予想の斜め上の動きをするから、ドキドキしてしまったわ」


多分だが、フェーミナ様は裏で色々と動いていたに違いない。だが、それも私の記憶喪失で計画が吹っ飛んでしまったのだろう。


「でも、良かった。最後にあなたが腹を括ってくれて」

「え、ええ、まあ……」

「嫌だと言えば、色々と面倒な手を回さないといけないわ、って思っていたから」


どうやら元より私が公爵家から逃げるという選択肢はなかったようだ。恐ろしい計画を聞いてしまってぞっとしてしまう。


「あの子、レグルスは、わたくしと息子が大切に育てた優しい子だから、絶対に裏切らないでちょうだいね」

「は、はい」


大変な圧力を感じつつも、フェーミナ様との面談は無事に終了となった。


それからの日々は平和そのもので。

婚約関係になってもやっていることと言えば、あまり変わらない。

準備期間は家に帰った方がいいと言ったのにレグルスさんが首を縦に振ってくれなかった。また逃げると思われたのか。信用がないものである。

このまま婚約者としてお屋敷に滞在するのもアレだ。結婚式の準備もすぐには終るわけではない。そんな中で、国王様から許可証が下りてきたそうなので、とりあえず結婚だけするように決めた。

無事、夫婦となった私たちだが、レグルスさんは素晴らしく挙動不審でいた。

ちなみに、馬の被り物は部屋の飾りとなっている。互いに素顔を晒した状態での生活となっていた。


「先ほど書類を提出して受理されたそうなので、今から私達は夫婦となります」

「あ、ありがとう、ございます」


なんだかまったく実感がない。

婚約者として暮らす間は指一本触れてこなかったし、前みたいに二人きりになることもなかった。

レグルスさんは普通の令嬢に接するような礼儀を以て、私に会いに来てくれた。

だが、たった今から夫婦となったので、さまざまな障害も取り払われたことになる。


「ユードラさん、どうかしましたか?」

「いえ、なんだか実感が湧かなくって」

「そうですね」


きっと結婚式をしていないから、主従関係の延長のように思ってしまうのかもしれない。


「結婚式の日取りを早めますか?」

「ユードラさんが、したいのなら」

「私はあまりしたくありません。他人から見られるのは苦手なので」


レグルスさんも同じことを考えているのだろう。

そうは言っても挙式はしなければならない。私達は周囲に迷惑をかけ過ぎた。式を挙げてこう言う風に纏まりましたという報告会をしなければならない。

結婚式をすれば、夫婦になったと実感できるかもしれない。それまでは新しい関係を楽しもうと提案してみる。


「では、今から恋人同士のように過ごすことから始めてみましょうか」

「それは、どういうことを?」

「庭でも歩きましょう。デートです、デート」


そんな提案をした途端に滝のような雨が降り出してしまう。二人で雨が打ちつける庭を見下ろしながら「ああ」と呟く。私は窓枠に座って溜息を吐いた。

庭には薔薇の花が咲き乱れていたが、この雨で駄目になってしまうかもしれない。

ぼんやりしていたら、レグルスさんが何か思い出したようで、私に報告をしてきた。


「そう言えば、先日父から呼び出されて――」


それはお気の毒にと思ったが、別に説教をされたわけではなかったらしい。何かと聞けば、仕事のことなど、今までの頑張りを評価され、褒めてもらったとのこと。


「今まで、父に認めてもらったことなんて、一度もなくて」

「それはそれは、素晴らしいことです」


喜ばしい報告に、頬も緩みっぱなしの顔でレグルスさんを見上げる。


「ユードラさんのおかげ、です」

「またまた、ご謙遜を!」

「いえ、本当です。ユードラさんと出会って、私は変わることができました」

「左様でございましたか~」


勝手に功労者扱いをしてくるので、私は褒美を願った。


「珍しいですね」

「欲しいものは欲しいと言わないと、後悔することが分かったので」


私が望みを口にすれば、驚きの顔が向けられる。だが、すぐにそれは与えられることになった。

ゆっくりと体を引き寄せられ、見つめ合う。

初めて会ってからしばらくは目も合わせてくれなかった。けれど今、優しい緑色の瞳は、私をじっと見てくれる。そんなささいなことが、どうしようもなく嬉しかった。


目を閉じれば、そっと唇を重ねられる。

初めての口付けは、何とも言えない喜びと羞恥と、良く理解出来ないふわふわした感情と、さまざまなものが押し寄せてくる。

だが、そんなものは激しい雨の音がすべてを気が打ち消してくれるような気がして、甘い行為を受け入れることが出来た。

それからの私達は少しずつではあったけれど、夫婦となるための一歩を踏み出す。


◇◇◇


――このようにして、私はトントン拍子に公爵家の一員となり、賑やかな家庭を持つことが出来た。

古い知り合いからは上手くやったわね、と言われることも多かったが、そういう時には「公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事でした」と微笑みながらで答えている。


そんな私の人生は、幸せで満ち溢れていた。

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