結婚願望とやら
それから静かな時間を過ごす。疲れていると言っていたレグルスさんは、ずっと項垂れたままだ。
何か食べたら元気になるかもと、軽食を勧めてみるも、今は要らないと言われてしまう。
再び沈黙の空間となってしまうと思いきや、レグルスさんは私に話しかけてきた。
「やっぱり、ユードラさんは、堂々としている人が、好きですか?」
「さあ、それはどうでしょう?」
堂々としている人、と言われて思い出すのはお父様の姿。とても立派な方だなとは思うが、どうしても意気地なしな私は委縮してしまう。
「だったら、どういう人と、結婚したいとか、思いますか?」
「そうですね、結婚相手に求めることと言えば、一緒にいてホッとしたり、癒されたり、楽しかったり……」
でも、そういう感情は一方的なものではなくて、互いに共有できる人が良いな、とうっすらぼんやりと考えていた。
「レグルスさんは、そういう結婚願望とかって考えたことはありますか?」
「私は、今までの人生の中で、結婚とか、一度も考えたことがなかったのですが」
ここで明らかになるレグルスさんの年齢。三十二歳らしい。まあ、挙動不審にしているところを除いて、普通にしている時は落ち着いているので、そのくらいだろうなとは思っていたが。
「――今は、結婚したくて、堪りません」
周囲の知人が結婚をすればそういう欲求も強くなるのかもしれない。私も今日の結婚式を見て、幸せそうで羨ましいなあと思ったくらいだ。
「誰か、そういう結婚したい相手が居るんですか?」
首を微かに動かして肯定の意を示す。
「でも、一度、お断りを、されてしまって」
あらら。悲惨なことで。このように落ち着いた態度で話を聞きながらも、期待をしていた自分に気が付く。もしかして、レグルスさんは私のことが好きだったのではないか、という妄想がチラリと頭の中に浮かんでいた。勘違いも甚だしいことだと自分のことながら、呆れてしまう。
「諦めろと、何度も自分に言い聞かせたのに、できなくて」
血の繋がりもない異性が想い合って、心が一つになるというのは、奇跡のようなことなのだろう。一方的に愛情を抱いていても、相手にとっては迷惑でしかない。
レグルスさんは、深く落ち込んでいるような様子を見せていた。
「でも、その女性がお断りしたのは時期が悪かったり、事情が良くなかったり、何か理由があるのでは?」
「そんなことは、ないと思います。私は、この通り、見た目も中身も情けない人間です」
まあ、確かに。馬の被り物を身に着けている男に求婚をされたらびっくりしてお断りをしてしまうかもしれない。
「違いますよと否定してあげたいところですが、やっぱり、病的に自分に自信のない人と結婚したいと思う女性はいないと思います。夫婦とは人生を共に歩いていかなければならないのに、でもでもだってと言いながら、うじうじしている人とともに在りたいと考えるでしょうか?」
落ち込んでいる人に止めを刺してしまう私。嘘を吐いても仕方がないので、はっきりと言わせてもらった。
「まあ、これはほとんどの女性が思う一般論ではありますが」
そういう風に思わない女性もどこかにいるはずだから気にするなと肩を叩いても、項垂れた姿勢がピンと伸びることはない。仕方がないと、最後の手段を口にする。
「――私はレグルスさんのこと、好きですよ」
「え!?」
「のんびりしていて、優しくって、口下手で、年上の男性に言うのは失礼かもしれませんが、とても、可愛いらしい人だと思っていました」
これが、私から言える最大の慰めの言葉だった。これで元気になれとは言えないが、できることといったらこれくらいしかない。
「ユードラさん」
「なんですか」
「ありがとう、ございます」
「いえいえ」
この前レグルスさんがしてくれたように手を握り、それだけではなんだか恥ずかしかったので、空いている手でぽんぽんと腕を叩く。
が、その私の行動に、レグルスさんが思った以上の反応を示した。
ビクっと震えあがったかと思えば、馬の口から真っ赤な血が滴ってくる。
「――えっ!?」
私以上に動揺していたのはレグルスさん。馬の口を押さえ、おろおろとしている。
「なっ、ま、まさか、血を吐いて!?」
我に返った私も一緒におろおろとしてしまう。
「い、医師を、呼んで」
「だ、大丈夫、です。医師は、不要です」
「何を言っているのですか!! 手遅れになったら」
「鼻血です、これ」
「え?」
馬の口から出ているのは、鼻血?
「だったら、早く、止血を」
「え、ええ」
「だから言ったじゃないですか! 具合が悪い時は馬を被ってはいけないと!」
召使いを呼んで止血をお願いする。言ってから気づいたことだが、私は過去にもこのように馬の被り物を巡ってレグルスさんに厳重注意をしたことがあったようだ。




