結婚式
社交期も終わろうとしている時期に、どうしてかたくさんのドレスを作った。どれも袖がなくて胸元が開いた意匠のもので、身に纏うのに勇気が要りそうな品ばかりである。注文は父の指示なので、大人しく従っていた。
「お嬢様、よろしかったらこちらをお召しに」
「あ、はい」
マリリンさんではない侍女さんが選んでくれたのは薄紫色のドレス。全体に濃い紫色の糸で細かな蔦と花刺繍があしらわれており、背中も広々と開いていて、腰を巻く白いリボンが可愛らしい。幾重にも布が重られたスカートはふんわりと広がっていて、裾はレースで縁どられているという、全体的に上品なドレスだ。着替えが終わればきっちりと化粧を施され、髪も綺麗にしてくれた。
「お綺麗ですわ」
「はあ、どうも」
社交辞令に適当な返事をしつつ、鏡の前で己の姿を確認。やっぱり着飾ってくれた人の腕がいいと、誰でも綺麗になれるもんだなあと侍女さんの功績を心の中で称える。
鏡の前でぼけっとしていれば、扉が叩かれて、返事をすればマリリンさんが入って来た。
「準備は出来たようですね」
なんとまあ、目の前に立っているのは美しく着飾ったマリリンさん。
「わあ、マリリンさん、とてもお綺麗ですね!」
「ありがとうございます」
濃紺のドレスは彼女によく似合っていた。いつもの眼鏡は着用しておらず、いつもの迫力は半減しているように感じた。今日のマリリンさんは女性らしい優美さが際立っている。
「さて、行きましょうか?」
「どこに?」
「結婚式です」
なんの目的もなく着飾ったわけではなかったようだ。本日は記憶がなくなる前のお友達であるフロース・パルウァエ、というご令嬢の結婚式に招かれていたのである。
「お嬢様、フロース様には記憶喪失のことを、まだお伝えしていません」
「それが良いかもしれませんね」
幸せな結婚生活が始まるというのに、私のことに気を取られるのは申し訳ないことだと思った。
「では、時期を見てお話しする、ということで。もしも、あちらから話しかけてきた時は適当に話を合わせて下さい。その時は私がお助けしますので」
「ありがとうございます」
頼もしいマリリンさんとともに、挙式会場へと向かうことになった。
真っ白な礼拝堂には大勢の人たちで溢れ返っていた。建物や彫像など、ありとあらゆる場所が真っ赤な薔薇の花で飾られている。今は薔薇の時期ではないので、温室で育てられた花なのだろうか。とても綺麗だ。
礼拝堂の中で、夫婦の誓いを交わす神聖な儀式を見守る。花嫁は白銀の輝かんばかりの髪を持ち、物語に出てくる姫君のように美しい容姿をしていた。花婿は燃えるように真っ赤な髪を持った騎士、だろうか。白い正装に身を包み、凛々しい佇まいを見せている。
とても幸せそうな二人を、参列者達が空に向かって投げていた花びらが出迎える。
「このあと、披露宴を行うみたいですが、いかがなさいますか?」
「う~ん。どうしましょう」
お友達の結婚式だから行った方が良いと思うが、私は彼女の記憶がない。空っぽの状態でお祝の言葉を贈っても、逆に失礼な気がした。これだけ大勢の人がいるので、自分一人くらい帰ってもバレないような感じでもある。
「今日は帰ろうと思います」
「それが良いかと」
マリリンさんが傍にいた従者に馬車の手配をする。馬車を待つ間、暇な時間を持て余しているのは自分たちだけではなかったようで、参列者の皆様は各々輪を作って会話を楽しんでいた。
私達のところへは誰も近づいてこない。マリリンさんが眼光を鋭くしているからだろう。
「あそこ、凄いですね」
「ああ、あれは――」
広場の隅に人が大勢集まっていた。中心に一体誰がいるものかと気になってしまう。
「いらっしゃるのは公爵家のご子息ですね」
「へえ~」
なんでも、めったに公の場に現れない独身貴族だという。
「あのお方は、社交界ではなかなか会うことのできない希少種とされているようで、あのように囲まれていると」
「なるほど! でも、本当に凄い人ですね」
「王都一の麗しい貴公子としても有名ですので、一目でも、と思っている人達が殺到しているのでしょう」
「左様でございましたか」
マリリンさんは挨拶に行くかと聞いてきたが、あの人込みの中に突撃して行けばせっかくのドレスが皺だらけになってしまいそうだったのでお断りをした。
帰宅をして、椅子に座ったら今まで気づいていなかった疲労感がどっと押し寄せてきた。侍女さんが用意してくれた温かな紅茶を啜れば心もホッと落ち着く。
「お嬢様、お着替えはいかがなさいますか?」
「あ、まだいいです」
「畏まりました」
時刻はお昼過ぎ。魔法が解けるには早い時間だろう。動きにくい恰好ではあるが、すぐに脱いでしまうのはもったいないと思ってしまった。
召使いが用意してくれた昼食を摘みつつ、レグルスさんが貸してくれた本を読む。暖炉の火で暖まった部屋でぼんやりと時間を過ごしていたら、扉が控えめにトントンと叩かれた。
こういう叩き方をする人は一人しかいないので、立ち上がらずにどうぞとだけ声をかけた。そろそろと疲れた様子で部屋に入って来たのはいつもの馬男。隣に座るよう長椅子の空いているところをポンポンと叩けば、ストンと腰かけてくる。
「おかえりなさい、レグルスさん」
「ええ、ただいま、帰りました」
「大丈夫ですか? なんだか疲れていますね」
「……いえ、ちょっと人込みに酔った、と言いますか」
「それは大変でしたね」
声が掠れていたので何か飲み物でもと思い、棚の中から果実汁と特製の管を取り出して、瓶に差し込んで手渡した。
「ありがとうございます」
余程喉が渇いていたのか、瓶の中の果実汁を一気に飲み干してしまった。
「もう一本飲みますか?」
聞けば、首を横に振ってお断りをしている。
「あ、あの」
「はい?」
「き、今日、の、その、ドレス、とても、綺麗で」
「ええ、いい品を作って頂きました」
手触りも、刺繍も、全体的な意匠も文句なしに素晴らしいドレスだ。誰が着ても見た目を綺麗にしてくれる魔法のドレスと言っても過言ではないだろう。
褒めてもらったので、着替えなくて正解だったと嬉しくなった。




