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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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想定外のトラブル

「レグルスさん、おかえりなさい」

「はい、ただいま戻りました」


今日も今日とて馬の被り物を着用して現れるレグルスさん。そういうこちらも同様に馬の頭を被っている。嬉しそうに部屋に入って来るレグルスさんを見ているとなんだかほっこりと癒されてしまう。この気持ちはなんだろう。遊びに来てくれた孫を迎えるような気分? ……違うか。

そんなことはさておき、今日は記憶の欠片を取り戻したという良い報告があったことを思い出す。


「今日、思い出したことがあって」

「本当ですか? 一体何を?」


隣に座るように勧めてから、昨日戻った記憶について報告をした。


「実は、レグルスさんのことなんです」

「私の、記憶を?」


机の上に置いてあった帝国語で記された瓶を取り出して見せた。


「帝国語、読めますよね? 思い出したんですよ。レグルスさんは帝国語が堪能だったことを」

「そ、それだけ、ですか? 他には?」

「いえ、戻った記憶は以上となります」


何故かがっくりと項垂れるレグルスさん。早く読んで欲しかったので、背中をぽんぽんと叩いてから顔を上げてもらい、瓶を差し出した。


「これの文字を訳してください」


早速、レグルスさんに瓶の帝国語を読んでくれとお願いした。


「これは……」

「元気になるお薬らしいのですが、文字が読めなくって、どういった効能とか何錠飲めばいいかとかが分からなくて、読んでいただけないかと」

「どこで購入を? 異国産のお薬には、ここの言語で記された処方箋などが添えられているはずですが」


処方箋とな? マリリンさんの持って来てくれた箱の中にそういった類のものは入っていなかった。どこかで落してきたとか? 意外にドジなところもあるものだ。


「なんだか、怪しい薬ですね」

「でも、マリリンさんが買って来てくれたものなので」


レグルスさんはマリリンさんが買って来たものだと知って安心したからか、薬の瓶を手にとってじっと文字を読み始める。


「……精力剤ですね。一日に三錠、と」

「それは、はあ、左様で」


確かに目的はそっち方面であったが、私は滋養強壮系のお薬みたいなものかと思っていた。まさか、直接効果があるようなものを購入してくれているとは思いもせずに、びっくりしてしまう。


「え~っと、訳していただいて、ありがとう、ございます」

「……いえ」


一瓶六十錠入りの精力剤を二本も購入していたことがバレてしまい、急に恥ずかしくなった。レグルスさんは、そんな私に追い打ちをかけるような質問をしてくる。


「これは、一体どなたに渡すつもりだったのですか?」


精力剤と言えば多くは男性用のお薬。

いやいや。どうしてこんな知識があるんだと、記憶がなくなる前の自身に突っ込んでしまう。


「……え、えーっと、ですね、これは」


とてもではないが、この薬が精力剤だと分かった今、笑顔で一瓶は父に! もう一瓶はレグルスさんに! などと言えるものではない。

だがしかし、ここで一瓶レグルスさんに渡すよりは、新婚の父に贈った方がマシなのではと思ったので、そういう風に説明をした。レグルスさんは呆れているのか、頭を抱え込んでいる。


「そう! それよりも!」


気まずかったのでわざとらしく話題を変えた。


「父に毛糸の胴着(チョッキ)でも作ろうかと考えていましてね」


マリリンさんに父の体の寸法を聞いたところ、ここ数年王都で服を作っていないらしく、本家に情報はないと言われてしまった。


「それで、レグルスさんの体の大きさがお父様と同じくらいだという話を聞きまして、可能ならば採寸に協力していただけないかと」

「それは……」

「もちろん無償(ただ)で、とは言いません」


私はご希望であればレグルスさんにも何か作ることを交換条件として示した。


「私まで、いいのですか?」

「ええ。普段からお世話になっていますし」

「あ、ありがとうございます。嬉しいです」


レグルスさんは採寸に協力してくれると言ってくれた。


「じゃあ、大人しくしていて下さいね」

「はい」


上着を脱いで一人かけの椅子に座ってもらい、寸法を測らせていただく。


「ちょっと、失礼を」


採寸用の巻尺をするすると伸ばし、まずは肩幅からと思ったが、馬の鼻先が邪魔で上手く測ることが出来ない。一応私の顔を見てびっくりしないように一言断ってから馬の被り物を外し、軽く髪型を整えてから再び採寸に取りかかった。

レグルスさんの背後に回り込み、肩の長さを測定する。肩幅は左右の曲線に沿って巻尺を当てて測る。失敗は許されないので、しっかりと数値も確認した。背後は首の付け根から尻上までの上着丈も測る。


「少しだけ失礼しますね」


レグルスさんの座る椅子の隙間に片膝を付き、首回り、袖丈、胸囲、中胴回り、胴回りなどに巻尺を当てる作業に取りかかった。これらの測定だけは接近して測る以外に方法はない。抱きつくような形になってしまい、意味もなく照れてしまったが、私が恥ずかしがったらレグルスさんも居心地悪く思ってしまいそうだったので、できるだけ事務的に行うように努めた。


「――これで、終わ、痛っ!」

「ど、どうしましたか!?」


適当に三つ編みにしていた髪の毛がいつの間にか軽く解れていて、レグルスさんのシャツのボタンに引っかかっていたようだ。繋がれた犬のようになってしまい、身動きが取れなくなってしまう。なんとか外れないかと奮闘もしてみたが、余計に絡まってしまうだけだった。


「すみません、なにか刃物で髪を切って――」


鋏をと思ったが、残念ながら手の届く位置にはなかった。力づくで千切ろうと引っかかった髪の毛を掴んだが、レグルスさんに行動を遮られてしまう。


「駄目です!」

「そうは言っても――」


どうしようもない状況だ。髪の毛はすぐに生えて来るから問題はないだろうと言っても、目の前の馬男は駄目だと強く言って引かなかった。


「ユードラさん、待って下さい、今、短剣を出しま」

「痛っ!」


レグルスさんが少し身じろいだだけで髪の毛がピンと引かれて、生え際に痛みが走る。


「レグルスさん、ちょっと動かないで下さい」

「ですが」

「短剣は、私が取りましょう」

「え、いや、そういうわけには」

「動ける人間が私しかいないから仕方がないですよ。それとも大声を上げて使用人を呼びましょうか? 多分、そうなったら互いに恥ずかしい思いをしてしまいますよ」


こうしている時間も惜しいと思い、短剣の在り処を脅すように聞いた。

「ベルトに仕掛けがありまして……」


流石は隠密機動局の密偵と言ったところか。隠している場所が普通ではない。

髪を引かないように気を付けながらぐっと距離を縮める。おそらく、記憶を失う前の私もこんなに異性に近寄ることなどなかったのだろう。恐ろしくドキドキと鼓動が早まり、酷く緊張していた。

レグルスさんはシャツ一枚でいる。私も温かい室内での活動だったので上はブラウスしか着ていない。体を寄せれば相手の肌の温度も分かってしまうという状態で、私はベルトに仕込まれているという短剣を探すために、背後を探ることとなった。

レグルスさんの腰回りから短剣を探すこと数分。情けないことに、発見に至っていない。ただ、背中からお尻の辺りを触りまくるという、恥ずかしい行為を繰り返すばかりであった。

レグルスさんの顔は真っ赤になっている。


「す、すみません」

「いえ、見つからないように作ってあるので、お気になさらずに」


励ましてくれるのはありがたかったが、いつまでもこうしているわけにはいかない。


「もう、耐えきれないので、最後の手段を使いますね」


返事を待つ時間も惜しいと思ってしまったので、了承をもらう前にレグルスさんの両耳を塞ぎ、マリリンさんの名を大声で叫んだ。


「いかがなさいましたか、お嬢様?」


マリリンさんは扉に張り付いていたのでは、と疑うような速さで現れた。まあ、そんなことは今となってはどうでもいい。


「マリリンさん、あの」

「あらあら、これはどういう状況で?」


確かに意味不明の構図だろう。私が覆いかぶさるようにレグルスさんの体に密着をさせているというのに、こちらが助けを求めているという。


「あの、ボタンに髪の毛がついてしまって、鋏で切っていただけないかと」

「また、ベタなことを」


マリリンさんの言うベタはどういった業界でのことかは知らないが、とにかくこの状況から抜け出したかったので神に祈るような気持ちでお願いをした。


「お嬢様、本当に構わないのですか?」

「どうぞ」

「い、いえ、あの、ユードラさんの髪の毛を、切っては」


レグルスさんは静止をしてくれたが、マリリンさんは主人の命令に対して忠実に動いてくれた。


「あっ!」


そんな声を出したのはレグルスさん。その声と同時に私もしがみ付いていた体勢から解放される。

マリリンさんはざっくりとボタンに絡まっていた私の髪の毛を切ってくれて、ボタンに絡まった髪の毛の回収までもしてくれた。


「それでは、私はこれで」


マリリンさんは私の乱れていた髪をささっと綺麗に結いなおしてくれて、緩んでいた首元のリボンもきっちりと結び、一礼をしながら去って行こうとする。


「ま、待って下さい、私も!」


このままレグルスさんと二人きりの部屋で過ごすのは気まずいので、早口で採寸のお礼を言ってから部屋を飛び出すことになった。

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