記憶の欠片を掴む
相談に乗ってくれたマリリンさんには申し訳ないとは思ったが、騎士団に婿探しに行くことは止めたと報告する。
「すみません、せっかく相談に乗っていただいたのに」
「いえ、その方が都合は良いと――いいえ、なんでも」
マリリンさんは気にするなと言ってくれた。
「では、お嬢様は結婚をなさらないと?」
「え~、まあ、どうでしょう?」
私とてまったく結婚願望がないわけではない。いつかできればいいな~、とも考えているが、いかんせん相手がいないので、なんとも言えない問題である。
「お嬢様の、お傍に良いと思う殿方はいないのですか?」
「良いなあ~って、人……」
マリリンさんに言われて思わす天井を仰ぎながら考える。ふわっと思い浮かんだのは馬の頭部を被った男の姿。
「う、うわっ!」
「お嬢様?」
「いえ、なんでもありません!!」
なんだか恥ずかしくなって、色々と深く考えるのを止めた。
「しばらく結婚のことを考えるのは止めます」
「お好きな通りに」
マリリンさんもあっさりとこの話題に興味をなくし、新しいドレスの話を始めてしまう。
やっぱり、結婚は焦ってしなくても良かったのだ。別に、周囲の人達は誰もそんなことを強く望んでいるわけではないことに気付く。皆を安心させなくてはと思い自分を追い詰めていたが、結局は、記憶のない私がここにいても良いんだという理由が欲しかっただけだった。なんだかもやもやの理由も分かってすっきりとした気分になる。気持ちも一新させて、また新しいことに取り組もうと思った。
「午後から布屋さんが来るんですよね」
「ええ」
だったらお父様に膝かけと毛糸で上着でも作って贈ろう。ランドマルク領は雪が深い場所だと言っていた。それに、なにか精の付くものでも見繕って送ろう。せっかくなので、私も早く妹か弟の顔が見たい。
「マリリンさん、なにか精のつく食べ物とか知っていますか?」
「知っていますが、どこか具合でも悪いのですか?」
「いえ、食べるのは私ではありません」
「ああ、あのレグルス様に差し上げるのですね」
ああ、そう言えばレグルスさんもいつもぐったりしているような気がする。元気を出さなければならない相手はお父様だけではなかった。
「ええ、まあ、そうですね」
「では、すぐにご準備をいたします」
「あ、二つ、お願いします」
「かしこまりました」
仕事の早いマリリンさんは私に会釈をしてから部屋から去っていく。一時間後、布屋が来る前にはしっかり戻って来た。
「お嬢様、こちらが精のつく品物になります」
「ありがとうございます」
机の上に置かれたものは小さな瓶。帝国産のようで、何が書いてあるかはほとんど分からない。どうやら薬のようなものらしく、中には錠剤の粒が詰まっていた。
「マリリンさん、帝国語は読めますか」
「……いえ」
だったらレグルスさんに読んでもらって――
「あれ?」
「いかがなさいましたか?」
「いえ、レグルスさんが帝国語を知っているという記憶が、ぼんやりと浮かんだので」
「左様でございましたか。良い傾向です」
とりあえず、レグルスさんに瓶の内容を読んでもらってから、お父様に送ることにした。




