引っかかり
結局、お父様とは仲良くなれずに終わった。何度か食事をしたが、レグルスさんと二人で白目を剥きながら頷くだけの生き物となってしまった。レグルスさんと反省会を行い、今後どうするべきかを話し合う。
「お父様の声も顔も怖くて」
「分かります。話している内容は、普通なのですが」
そう。お父様は見た目や声は怖いけれど、至って普通の人だ。鈍くさい私やレグルスさんを怒鳴り散らすことは一度もなかった。だが、やっぱり最後まで慣れなかったと言うか、お父様と結構昔からの知り合いっぽいレグルスさんでさえ怯えていたので、仲良くなるのは難しいのかもしれない。
「結局、結婚相手探しをお願いすることはできませんでした」
「それは、別に、焦る必要は」
焦る必要は、ある! 何故かと言えば、この国での貴族令嬢の結婚適齢期は十六から十八歳まで。その間に社交界に進出して、見初められたり、親の決めた相手と親交を深めたりと、皆、遅くても十九歳になるまでには結婚を決めているとマリリンさんに聞いた。
「このままではいけないと思って、マリリンさんに相談をしたんですよ」
「な、何を?」
「結婚相手はどこで探せばいいのかって」
求める条件は、婿入りをしてもらわなければならないので、長男でないこと。以上。自分で探すにしても、今は社交期であったが、残念ながら私に招待状は届いていなかった。
「そういう人って、夜会で出会うしかないって思っていたのですが、それ以外に出会いの場はあったのですよ」
マリリンさんは夜会なんかに行かなくても出会いはあると教えてくれた。
「それは、どこに?」
「騎士団です。そこでお手伝いをすれば、ほとんどの女性は騎士と結婚まで行きつくと」
騎士団には跡取りでない、貴族の子息が多く働いているという。幸い、マリリンさんのお兄さんは騎士団に所属していて、もしも働く気があるのなら紹介してくれると言っていた。
「……それで、ユードラさんは、騎士団に、男を、あ、漁りに行く、と?」
「別に、そんな言い方をしなくても」
私だって自分の意志で結婚にガツガツしているわけではない。すべては家のため。子孫繁栄は貴族女性に課せられた義務だ。記憶がなくて、結構な年なのに独身で、貴族令嬢としても残念で、かと言って、美しくもない。そんな私が出来ることと言えば、結婚をして子どもを産むことだけ。だから、それだけでも頑張ろうとしていたのに、男を漁りに行くなんて言わなくても、と思ってしまう。
「ユードラさん、駄目、です」
「――え?」
「騎士団で働くなんて、駄目だと、言っています」
レグルスさんは今まで見せたこともないような、力強い双眸(馬の被り物の)をこちらに向けていた。その迫力に、思わず頷きそうになった。
「で、でも」
「跡取りのことなら、心配要りません!」
「それは、どういう意味で?」
「父が……あ、ユードラさんのお父様が、頑張るので、きっと、大丈夫」
なんでも、お父様は一年前に再婚をしたらしい。十八歳年下の若いお嫁さんだとか。どこかで聞いたことのある話だなと思いつつも、貴族の間ではそう言った年の差結婚が多いのかもしれない。
「だから、ユードラさんは、ここに」
子作りはお父様が頑張るから問題ない、と。
う~ん。本当にそれでいいのかな、と首を捻る。でも、まあ、実を言えば不安に思っていたところはある。騎士団で結婚相手は見つかるのか。記憶がない私に、与えられた仕事はできるのか、と。
「それもそう、ですね。お父様が、子作りを、頑張るのなら、私は、今すぐ結婚をしなくても……」
その言葉を発した瞬間に、頬を熱いものが伝う。私は、知らないうちに『らしくないこと』を頑張ろうとしていたのだろう。
無理をしていたと気付き、頑張らなくてもいいと知って、心の底からホッとしている。
馬の頭部を被っていて本当に良かった。情けなく泣いているところを見られずに済んだ。
「ユードラさん」
レグルスさんは私の隣にやって来て、心配そうに顔をのぞき込んで来る。
「どうか、泣かないでください」
――バレてた。駄目だ、恥ずかし過ぎる。
「大丈夫です。何も心配することはありません」
「で、でも、私、ここに、いてもいいのかな、って」
そう。ずっと心に引っかかっていた疑問。どうしてそんなことを思ってしまうのかは分からなかったが、その気持ちが私を焦らせていたのかもしれない。
「ここは、あなたの、家です。間違いはありません」
「ほ、本当ですか?」
「本当です。それに、何があっても」
レグルスさんは私の手の甲に触れ、真剣な(馬の)眼差しを向けてきた。私が顔を向ければ、添えられた手に籠る力が強くなる。
「ユードラさんのことは守りますから」
ドクリと大きく胸の鼓動が打つ。以前にも、こういう場面があったような気がしたが、はっきりと思い出せない。
「ユードラさん?」
肩を叩かれて我に返る。知らぬ間にレグルスさんの手を振り払い、馬の頭を抱えていたようだ。
「あ、ごめん、なさい。なんでもありません」
ぼやぼやとした光景は頭の中に浮かんできたが、記憶が戻ることはなかった。でも、確かに感じるのは、心の中温かさ。私は、この感情を知っている。
レグルスさんは、一体私のなんなのか。
どうして、私の傍に居てくれるのか。
その理由を聞くわけにはいかない。それは、私自身が答えを見つけ出さなければならないことだと、そんな風に考えていた。




