クッキーを作ろう
額の鈍痛はすぐになくなった。寝台の上で一日過ごすのもなんだかな~と思っていたので、本当に良かったと思っている。腫れも引いているし、赤みも随分と薄くなった。あとは記憶が戻ればすべて元通り! と前向きに考えていたが、ふと、ある疑問が浮かんでくる。ちょうどレグルスさんが来てくれたので、質問をすることにした。
「あの~レグルスさん、私って普段なにをしていたのでしょうか?」
ビクリと肩を震わせてから馬の口元に手を当てるレグルスさん。なにか聞いてはいけないことを伺ってしまったのか。でも、何もしていなかった、ということはありえない。なので、重ねて同じ質問をする。
「普段の、ユードラさんは、その、本を読んだり、お弁当とか、お菓子を作ったり、庭を散歩したり、とか、ですね」
「へえ、なるほど」
確かにレグルスさんが持って来てくれた本を読むのは好きだった。庭は、雪が積もっているので散歩はできないだろう。残ったのはお弁当、及び、お菓子作りくらいか。
「そういえば、私はお弁当持ってどこかに行っていたのですか? それとも誰かのを?」
「……それは、ですね」
なぜか急にそわそわもじもじとし始めるレグルスさん。多分だが、私はレグルスさんのお弁当を作っていたのだろう。そんな気がしてならない。
やっぱり記憶の失う前の私は変な人だ。召使いの食事を自ら作って提供する貴族のご令嬢なんて聞いたことがない。それに、レグルスさんも変な人だ。私たちは変人同士、仲良くやっていたのかもしれない。
「分かりました。今日はお菓子でも作ってみます」
レグルスさんはこのあと出かけるというので、私の身柄は厨房で働く方々に預けられた。
「お嬢様、わたくしがお手伝いを」
「ありがとうございます、マリリンさん」
マリリンさんというのは私の専属召使い。記憶がある時は仲の良い主従だったと聞いている。
茶褐色の髪の毛をきっちりと結いあげ、銀の縁眼鏡に囲まれた青い目には一切の隙がない。こんな人とどうやって仲良くなったのか、自分のことながら謎過ぎる。マリリンさんは私の作っていたクッキーについて説明をしてくれた。
「お嬢様がよくお作りになっていたのは、庶民臭い、いえ、素朴なお味のクッキーでした」
「あ、それ、分かります!!」
不思議なことにマリリンさんの話を聞いているうちに自分が作っていたクッキーの作り方がぱっと浮かんでくる。材料を真面目に量らずに女の勘でボウルの中にザラザラと振り入れ、さっくりと混ぜて型抜きを使わずに生地を鉄板に向かって千切っては投げ、千切っては投げて、最後に手の平で押してから焼く、という雑なもの。そんな工程を見たマリリンさんが辛口コメントをする。
「なんだか、材料への冒涜クッキー、ですね」
「記憶を失う前の私って一体……」
隣で手伝ってくれたマリリンさんは親の敵に見せるような視線を罪もないクッキーに向けていた。悪いのは私だ、と言いたかったが、ちょっと怖かったので黙っておいた。
粗熱の取れたクッキーを齧れば、あまりの粉っぽさに噎せる。マリリンさんがさっと手渡してくれた果実汁を口に含んで、なんとか飲み込むことができた。
「口の中の水分が全て奪われます! これは、酷い!」
「ですが、これが正真正銘お嬢様の手作りクッキーです」
「なるほど!」
一つ勉強になった。マリリンさんいわくこのクッキーはレグルスさんの好物らしい。不思議な味覚をしているなと思いつつも、せっかく作ったので綺麗に包装をして渡すことにした。




