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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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その純粋な感情は、どうかふさわしいひとへ

帰宅後はマリリンにお礼を言いに行き、濃い化粧を落とし、お風呂に入ってから一息つく。

夕食はどうするかと聞かれたが、気疲れをしていたのか胸がいっぱいなので今日は大丈夫ですと言った。このまま寝台の上に転がりたい所だが、お休みをくれた旦那様にもお礼を言った方が良いかと思ったので、重たくなっている体を奮い立たせて旦那様の部屋に向かった。

旦那様の部屋は、何故か真っ暗だった。人の気配があるので、いるのは分かっている。

けれど、どうして? と思ったが、何か事情があるかもしれないので、そのままの状態で話をする。


「あの~、ただいま帰りました」

「……おかえりなさい」

「あ、はい。あ~、あの、ありがとうございました。急な話だったのに、お休みをいただいて」

「……いいえ、お礼を言う必要は」


部屋も暗いけれど、旦那様の声も明らかに暗い。出かけている間になにか事件でも起きたのだろうか。もしかして、公爵様かフロース様が緊急帰宅をされたとか? と聞けば、どちらも違うと言う。


「その、どうかなさったのでしょうか?」


このまま部屋を出て行くわけにはいかなかったので、一回だけ質問してみる。これでなんもないと言えば退室しようと思っていたが、律儀にも答えが返ってきた。


「……ですか?」

「はい?」


少しだけ前に出て、旦那様の声を拾おうとする。灯りが点いていない暗い部屋なので慎重に動いた。


「すみません、旦那様、聞こえませんでした。もう一度お願いします」

「……結婚を、するのですか?」


私の結婚を気にしてこんなに暗くなった? いやいやまさか! と首を振る。


「……ユードラさん、今日はお見合い、でしたよね?」

「あ、いや、まあ、そうですね」


お見合い、とは言ってもマリリンのお兄さんとは世間話をした程度で、最後に「妹のことをよろしくお願いします」で終わってしまった。多分だが、お兄さんはお見合いだと知らされていなかったのかもしれない。私とのしようもない時間に付き合っていただいたことを本当に申し訳なく思っている。


「……話は、纏まってしまったのでしょうか?」

「さあ、どうでしょうか。私に決定権はないのかな、と」


だんだんと旦那様の声が低くなって聞き取りにくくなっていた。もう、お話はまた後日、と言って無理にでも部屋に帰りたかったが、こちらからご意見を言えるような雰囲気ではない。


「……ユードラさんには、結婚願望が?」

「それは、人並みには」


ガタリ、と椅子から立ち上がったような音が聞こえる。近くに行ってもいいかと聞かれて、どうぞと言えば、暗い中なのに迷いなくサクサクと歩いて来る気配を感じた。


「……ユードラさん」

「な、なんでしょう?」


なんだか押し潰されそうなほどの物凄い緊張感がこちらにまで伝わってくる。旦那様の気配は分かれど姿なんか見えないのに、不思議なことがあるものだと考える。

それからしばらく旦那様は固まってしまったのか、沈黙の中で過ごすことになった。

私はいくらでも待てるので、その場で大人しくしている。

ふと、思い立ち、ちょっとだけ緊張を解してもらおうと、腕と思われる部位をぽんぽんと軽く叩いた。ビクリと体を震わせる旦那様は、こちらに向かって早口で謝ってくる。


「ユードラさん、あの、その、す、すみません」

「大丈夫です。ゆっくりどうぞ。言い難いことなら、灯りを点けてから紙に書いてもいいですよ。


それともこのままで、手の平に言葉を書きますか?」

私は旦那様に手を伸ばす。暗闇の中なので、上手に位置が把握できないでいた。


「私の手、どこにあるか分かりますか?」


ひらひらと手を振れば、旦那様は私の手を両手で優しく包み込んだ。


「ユードラさん」

「はい」


なんだか旦那様の緊張感が伝わってしまい、こちらまでぎこちない態度になってしまう。息を大きく吸い込むのが分かり、私も体を硬くした。

旦那様は意を決したのか、考えを言葉にするようだ。私はそれを瞬きもせずに聞き取ろうとした。


「私と、結婚して下さい」


――んん? 今、なんと?


たった今、言われた言葉を頭の中で反芻させて、さらに混乱をしてしまう。


「先に、言わなければならないことが、たくさんあるのに、いきなり、こんなことを言ってしまって、本当に申し訳ないと」


真っ暗闇の中なのに、視界がぐらぐらと揺らいでいるような、奇妙な感覚に陥ってしまった。

旦那様は、マリリンが言っていた通り、私のことが好き? いやいや、ありえないと首を振る。


「ど、ど、どうして、結婚? わ、私と?」

「ユードラさんは、私のたった一人の女性、だからです」


そんなわけはない! 旦那様は他の女性をまったく知らないから、こんなことを言ってしまったのだろう。早く目を覚ませ、今なら間に合うと説得をした。ところが、旦那様は違うと主張する。


「自分の気持ちははっきりと理解しています」

「でも、旦那様、その感情は、初めて見た相手を母親と思いこんでしまう雛鳥の擦り込みみたいなものというか、母親がいないと生きていけない子猫的な思考というか、なんというか、そういう感じでは?」

「いいえ、そんなことはありません。ユードラさんのことは、以前より異性として意識をしていました」

「……あっ、え、えーっと、さ、左様でございました、か。ありがとうございま、す?」


掴まれた手にぎゅっと力が加わる。一方の私は手の平に汗を掻いていた。


「私との、結婚は嫌ですか?」


どうしよう。こんな展開になるなんて思いもしなかった。旦那様は私のことが好きで、暗くなっていたのはお見合いに出かけたから焦って求婚をしてきた、ということでいいのか。現状を冷静に整理しても、どうすればいいのかまったく分からない。

でも、ここで慌てているだけでは駄目だということだけははっきりと分かっている。

私は頭に浮かんだ言葉をそのまま伝えた。


「――そ、その、旦那様との結婚を嫌がる人はいない、と思います」


この先を言ってもいいのか迷う。でも、言わなければならない。旦那様が幸せな結婚をするために。勇気を出して、言葉を振りしぼる。決心が固まれば、答えも自然と出てきた。


「――その理由は、旦那様は顔が良くて、公爵家という王家とも繋がりのある高貴なお生まれで、お金持ちだから、です」


はっと、旦那様の息を呑む様子が分かった。握られていた力が緩くなったので、申し訳ないとは思ったが、一気に手を引いた。


「旦那様には、幸せな結婚をして頂きたいと、思っています」


優しくて、照れ屋で、相手のことを思って何も言えなくなってしまうような、いじらしい旦那様のことを理解して、心から愛してくれる人と結婚して欲しいと考えていた。


「どうか、私みたいな人に引っかからないで下さい」


この部屋に長居をしてはいけない、そう思って即座に行動に出る。旦那様には見えていないとは思うが、一礼をしてから部屋を出ようと踵を返す。一歩、足を踏み出そうとしたのに、背後から手首を掴まれてしまった。


「ユードラさん、待って下さい!」


縋るような声を聞いて、思わず背後を振り返っても、旦那様がどんな顔でいるかは分からなかった。

申し訳ない、という気持ちからか、動くことができなくなる。そんな私に旦那様は懇願するように言った。


「お金目的でも構いません、だから、どうか」


結婚をしてください、という声はどんどんと小さくなっていった。


「ご、ごめんなさい、私は――」


悪いと思いつつも、掴まれていた手を力いっぱい振り払った。ここではっきりと拒絶をしておかなければ、不毛な関係は続いてしまう。


「旦那様とは、結婚できません!」


これ以上お願いをされたら可哀想になって「返事はまた今度」とか言ってしまいそうだった。なので、もう話すことはないと行動で示すために扉に向って走った――ところまでは良かったが、薄暗い中で空間把握ができておらず、私は壁に全力でぶつかった。

暗い部屋にいるのに、視界は真っ白になり、私はあっさりと意識を手放した。

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