初めてのお見合い
マリリンのお兄さんと会う日の朝。身支度を自分なりに整えたのに、「これは酷い」と駄目出しをされてしまった。身支度のやり直しが始まる。
本日二度目のお着替えとお化粧。すべてマリリンがしてくれた。服も部屋の奥に眠っていた深紅のドレスを着用して、唇にも派手な色を塗ってくれる。鏡に映った自分は、とにかく酷かった。
「あの、これ、本当に私に合ってます?」
聞いてみれば、窓の外を切なげに見るマリリン。
ちょっと、否定してくださいよ……。
こういう派手な意匠のものは美人が着て初めて似合うものだ。胸元が大きく開いていて、腰回りには薔薇とリボンの飾りがあり、踵の高い靴を用意してくれた。上には滑らかな手触りの黒い毛皮のコートを着るようにと指導が入る。
「大丈夫ですよ。兄は女性の見た目を気にするような人ではありませんから」
だったらどうしてこの服に着替えさせたのか。逆らったら怖い目に遭うので、黙ったままで頷くだけにしておいた。
慣れない靴なので、歩くのが怖いと言ったらマリリンが腕を貸してくれた。意外と優しい。
誰にも見つからずに出かけたかったが、この広い公爵家ではそういうわけにはいかない。帽子のつばでなるべく顔を隠しつつ、廊下を歩いて行く。
歩行はマリリン頼りだったが、彼女は急に歩みを止めてしまった。前方から誰か来ていたようだが、一向に避けようともしない。何ごとかとマリリンの顔を見れば、緊張の面持ちとなっていた。誰と鉢合わせになったのかと顔を上げれば、そこには、旦那様の姿が。
「あ、お、お帰りなさいませ。旦那様」
「……ええ」
「早かったですね」
旦那様は私の派手な恰好を見て目を見開いていた。私も自分の姿を鏡で見た時はびっくりしたので、旦那様はそれ以上に驚いたことだろう。なんだか恥ずかしくなって、これ以上旦那様の顔を見ることが出来なくなってしまった。
マリリンはいつの間にか廊下の壁際に寄って召使いらしく頭を下げていた。私も同じように倣おうと思ったのに、旦那様に突然腕を握られてしまう。
「ユードラさん、今日は、どこに?」
「あっと、その、料理を食べに」
「そのために、わざわざ休日を取ったと?」
「えー、はい」
別に疾しいことなんて一つもない。しっかり休日の申請もしたし、独身の女がお見合いに行くなんて普通のこと。挙動不審になれば余計に怪しまれると思って、なるべく堂々とするように努めた。
「一体、誰と、一緒に?」
「それは……」
「私の兄です」
口籠っている私の代わりにマリリンがはきはきとした喋りで答えてくれた。
「ユードラさんは、今日、私の兄とお見合いをします」
「え?」
「そろそろ時間ですので、失礼を」
掴まれていた腕の力が緩んだので軽く振り払い、一礼をしてから旦那様の脇を通り過ぎる。
裏口に用意されていた馬車に乗り込んだ私は盛大に落ち込んでいる自分に気付いてしまった。
マリリンは無表情で窓の外の景色を眺めていた。
◇◇◇
マリリンのお兄さんは騎士をしているらしい。
「兄は仕事人間で、なかなか女性との出会いもないみたいで」
「へ、へえ~!」
今から本当にお見合いをするのかと思えば、なんだか緊張してくる。今までこういったことに関して無縁だったので、どういう話をすればいいのかも分からない。
私の心配をよそに、馬車は街の中心街に辿り着く。少しだけ歩いた先にある料理店でお兄さんに会わせてくれるとのこと。
マリリンが案内してくれたのは落ち着いた雰囲気のお店で、お見合いだからと個室を予約してくれていたようだ。
「兄はもう到着をしているみたいです」
「そ、そうでしたか」
豪華な雰囲気のお店なので、なんだか落ち着かない気分となる。店員のあとを歩いている間、そわそわとしていたらマリリンにしっかりしろと注意されてしまった。
「あなたは旦那様とこういう店に行っていたのではないのですか?」
「いえ、旦那様が連れて行ってくれたのは、もう少しここよりも砕けた感じのお店とかに」
「へえ、意外ですね」
砕けた感じのお店と言っても、貴族のお嬢さん方の御用達みたいなところだ。みんなでワイワイと会話を楽しむようなお店ばかりだったので、このような静かな場所は緊張をする。
そんな風に会話をしているうちに扉の前に着いてしまった。深呼吸をしてから扉を、と思っていたのに、頭の中の行動予定はあっさり崩されることになった。
「兄さん、お待たせしました」
気分を落ち着かせてから入ろうと考えていたが、マリリンは私を待ってはくれなかった。
背中を押され、おっとっと! と言いながら勢いよく部屋の中へと入ることに。部屋の中に居たのは、びしっと姿勢良く座っているマリリンにそっくりの男性。目が合ってしまったので、引き攣った笑みを浮かべながら会釈をする。
騎士をしているというお兄さんは、茶褐色の髪の毛を左右にきっちりと分け、色つきの眼鏡を掛けているが、目の色はきっとマリリンと同じだろう。真面目そうな人だという印象を受けた。
「はじめまして、マリリンの兄のイリエです」
「はじめまして、ユードラと申します」
「妹がお世話になっているようで」
「いえいえ、とんでもない」
互いの自己紹介をしてから席に座る。少しだけ三人で会話をしていたが、店員が注文を取りに来る前にマリリンは席を立つ。
「あとは若い二人で」
無情にも、あまり口数の多そうに見えないお兄さんと、恥ずかしがり屋な私を置いてマリリンはいなくなってしまった。
とりあえず、貴重なお休みなのにお付き合いいただいたことに対してのお礼を言えば、こちらこそと同じ言葉を返されてしまった。何に対する礼かと聞けば、妹に友達がいて安心したと至極真面目な顔で言ってくれた。今までマリリンが友達を紹介してくれたことが一度もなかったらしい。
何を話そうかと心配していたが、案外どうにでもなるもので。
「それで、妹が暴漢相手に飛び蹴りをしてしまって――」
二人きりになってから、お兄さんとはマリリンの話で盛り上がる。やっぱり彼女は只者ではない、ということが分かる有意義な一日となった。




