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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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たまには読書もいいものです

旦那様の書斎には様々な種類の本が壁の上まである本棚の中にぎっちりと詰まっていた。ほとんどが公爵様の書物らしい。その中の一冊を取り、私に差し出してくれる。


「これが、最近読んで、面白かったもので」


紹介してくれたのは『お菓子探偵』という題名の本。表紙のケーキがとっても美味しそうで、ついつい食いついてしまう。私が図書館で推理物を読んでいたので貸してくれたのだろう。深く頭を下げてから、お礼を言って部屋を後にしようとしたら、旦那様に引きとめられる。


「まだ、何かご用が?」

「いえ、その、良かったら、ユードラさんも、ここで、本を一緒に読みませんか?」

「旦那様がご迷惑でなかったら」

「それはもう、是非!」


こうして私達は、夕方になるまで読書を楽しんだ。


◇◇◇


本日のお仕事は半日だけだった。帰宅後も旦那様はお仕事があるようで書斎に籠っている。私は暇を持て余してしまったので、厨房でお菓子作りをして時間を潰す。


「ユードラ様、こんなところにいらっしゃったのですね」


振り返れば、何かを乗せた銀盆を持つマリリンの姿が。


「こちらを旦那様に持って行っていただけますか?」

「はい、了解です!」


焼きあがったクッキーを竈から出しているところで手が離せなかったので、近くに置いてくれとお願いする。マリリンは私の作ったお菓子を見て、すっと目を細めていた。


「また、旦那様とお召し上がりになるのですか」

「ええ。マリリンさんも要りますか?」

「私は結構です」


今日作ったのは菓子職人に習った手間のかかっている貴族クッキーだ。とても美味しいのに。無理に勧めるのも悪いと思ってその話題は流す。


「あ、すみません。それ、旦那様にですよね?」

「お願いします」


マリリンは調理用の手袋を外した私に、革張りになっている二つ折りの薄い本みたいなものが乗った銀盆を手渡す。が、手を差し出した私とマリリンの息が合わず、高級そうな装丁の冊子は地面に落ちてしまった。

落ちた衝撃二つ折りになっていたものが開いてしまう。中にあったのは、若く、美しい金髪の娘が描かれた絵画。これはどう見ても、旦那様宛にと届けられたお見合い写真。


「ユードラ様、大丈夫ですか?」


マリリンに声をかけられてハッとなる。そうだ。ぼうっとしている暇はない。仕事をしなければ。

茶器と軽食、クッキーを手押し車に乗せ、下の段にお見合い写真を置いて旦那様の部屋に向かう。

仕事をしていた旦那様は軽食とクッキーを喜んでくれた。


「わざわざ作ってくれたのですか?」

「え? ええ、まあ」


返事をしながら手紙などを入れる箱の中にお見合い写真を置いた。旦那様はそちらを一瞥もせずに、にこにこと私に話しかけてくれる。


「そ、それでは、失礼いたします」


一礼してから退室。コロコロと手押し車を押しながら、首を捻る。この、もやもや感は何だろうかと。


◇◇◇


夜になればこの前図書館で借りたいかがわしい表紙の恋愛小説を読む。

舞台設定は良く分からないが、簡単に言えば身分違いの男女が惹かれあうという内容で、最終的には結婚するんだろうと思っていたが、予想は外れることになった。

物語は、公爵に突如として降りかかってきた王族の娘との結婚話でひっくり返る。駆け落ちしようと言っていた公爵の申し出を召使いの娘が断ったのだ。結末ではあっさりと厨房の男を選んで食堂を開くという終わり方だったのでなんとも言えない読了感となる。

誰もが憧れるような夢物語と思いきや、一気に現実的な話になってしまったので、なんだかなあと思ってしまう。だが、本の中で娘が言っていた。『公爵様と過ごした時間は夢のようでした。けれど、素敵な夢は、いつか醒めてしまうもの。私達は、目を覚まさなければならぬのです』という台詞は私の胸にも響いた。

ここでの暮らしは夢のようだと思っていた。誰もが知っていることだが、夢は、いつか覚めてしまう。旦那様もいつか結婚をして、後継ぎも生まれて、幸せな家庭を築くだろう。

フロース様に『見放さないで!』と言われたけれど、この先もずっとここで旦那様の傍付きをする必要はないのでは? と思ってしまった。だって、旦那様は普通の人みたいなきちんとした振る舞いができるようになった。家族とも食事を取れるようになったし、最近はよく笑う。初対面の時に、目が合って机の下に隠れていた人物と同じ人にはとても見えない。

私は、気づいてしまったのだ。この本を通して。

マリリンは鈍感に見える私を見かねて、わざとこの本を読ませたのだろう。お見合い写真のことだって、絶対故意に見せたに違いない。あの仕事人のマリリンが不注意で主人に届けられた物を落とすなんてありえないからだ。

その日はなかなか眠りにつくことができずに、明け方まで過ごしてしまった。

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