おでかけしましょう
任務地から帰国をすれば、またいつもの日常が戻ってくる。旦那様の食事を作り、隠密機動局のお仕事の手伝いをして、たまにちょっとした任務を国王陛下より賜ることもあった。
まあ、任務と言っても旦那様の隣にいるだけとか、椅子に座っているだけとか、誰にでもできるようなものだ。
それから、いつの間にか休日は旦那様と同じ日になっていた。そういえばと、私の勤務体制は誰が決めているのか不思議に思ったが、その事実を知る者はいなかった。マリリンに聞いたら公爵家の七不思議の一つとして処理されてしまう。
◇ ◇ ◇
休日。部屋でごろごろと過ごすのは性に合わないが、かと言ってお金を使いたくない私は旦那様を巻き込んでお出かけをする。折角休日が同じ日になったので、旦那様の脱・引きこもりを目指そうという活動を始めてみた。
「ユードラさん、今日はどちらに?」
「図書館に行きましょう。私、気になる本があって」
旦那様の休日の過ごし方と言えば書斎に籠って一日中読書をしていると執事から聞いていた。いきなり若者の行くようなところに連れて行けば拒否反応を示すかもしれないので、図書館という旦那様が比較的落ち着けるような場所を選んだわけだ。
向かった先はとある貴族の一族が管理を任されているという、国家寄託図書館。国内・国外の刊行書物を収受・所蔵し、誰でも閲覧ができるように開放しているという場所。私も旦那様も訪れるのは初めて。まずは受付で説明を聞いてから、利用証明書を発行してもらう。
私は目の前にあった長椅子を指さして、旦那様と落ち合う場所を指定した。それから、各々本を探す旅に出かける。普段本を読まない私は、読書家のマリリンにオススメの書物はないかと質問をしてみた。それをしっかり紙に書き写し、本棚から探す作業に取り掛かる。
マリリンオススメの本は、ここ最近王都に住む女性の間で流行っている物語らしい。どの辺にあるのか全く見当もつかなかったので、その辺で仕事をしていた司書に場所を尋ねたら、本がある棚まで案内してくれた。
司書にこれですと示された本は、明るい薄紅色の装丁で、表紙にキラキラした美しい男女が絡み合っているという、いかがわしい絵が描かれているものだった。これは一体、と思いつつあらすじを読んでみたら、公爵家の麗しき当主と下級貴族出身の召使との身分差純愛物語とある。内容はいかがわしくないようだ。だが、王都の女性はこんなものを読んで、顔が綺麗なお金持ちとの結婚に夢を馳せているのだろうか。しようがないものだと思いつつも、折角マリリンが面白いと勧めてくれたので、借りることにした。だが、これは旦那様の前で読むには恥ずかしいと思ったので、別の本棚から推理物っぽい小説を借りることにする。本が決まれば貸出受付で手続きを行う。司書には推理小説を上にして、下に薄紅純愛物語を重ねて出したが、本の最後の頁に貼ってある借用書に日付の印を押さなければいけないようで、いかがわしい表紙は無残にも衆目に晒されてしまった。
集合場所に行けば、旦那様が気配を無にして長椅子に腰かけていた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、私も今来たところでして」
旦那様の膝の上には三冊の本があった。
「何を借りたんですか?」
三段のお弁当を開くかのようにして本を見せてくれた。一冊目は『気難しい上司との付き合い方』。二冊目は『王都観光』。三冊目は『趣味・園芸』。もう、どこから突っ込めばいいか分からない。とりあえず、一番気になった本について聞いてみる。
「この『気難しい上司との付き合い方』というのは?」
旦那様は隠密機動局の長だ。上に従う人など居ないのに一体どうしてと気になってしまった。しかしながら、旦那様の口から発せられたのは意外な人物だった。
「――父です」
旦那様は『気難しい上司との付き合い方』という本を通して、父親との付き合い方を学ぼうとしていた。だがしかし、自ら恐れている父との関係を良くしていこうと考え始めているところは褒めるべき点である。私は素晴らしい案だ、頑張ってくれと旦那様に応援の言葉を贈った。
図書館には喫茶店も併設されている。そこは静かに読書をしながらお茶やお菓子を楽しむという場所だと司書から説明を受けた。閲覧室で黙々と本を読む予定だったので、ありがたいと思って利用させていただく。店内に入れば綺麗なお姉さんに席を案内され、品目が書かれたものを手渡された。
なんだか眠くなりそうだったので、私は渋苦い香草茶を頼むことにする。
「旦那様は?」
「同じものを」
それから甘味は頼まなくてもいいのかと聞かれ、品目の一覧を食い入るように見つめてしまう。
「旦那様は何かお召し上がりになりますか?」
「いえ、私は特に」
「だったら私もいいです」
自分だけ食べるわけにはいかないと思い、パタンと品目表を折り曲げて店員を呼ぼうとしたら、旦那様に制されてしまった。
「あの、良かったら何か頼んで、それを、一口だけ下さい」
「え?」
「たくさん食べるような、気分でもないので」
旦那様は何やら必死の形相でお願いをしてくるので、だったら仕方がないと思い、甘味も注文することにした。頼んだのは生クリームたっぷりの果実ケーキ。甘酸っぱい真っ赤な実が乗っていて、とても美味しそうだ。私は本もそっちのけで、その可愛らしい形にうっとりと魅入ってしまう。
意を決しフォークを入れたら、ふんわりと柔らかな生地の触感に期待も膨らんでしまった。ひと口目は旦那様に。そう思ってケーキを掬い取ったフォークを口元へと持って行く。
「旦那様、どうぞ」
フォークを差し出す間、次はどういう風にケーキを攻略していこうかと考えていたが、いつまで経っても旦那様が食べる気配がないので、不審に思ってしまった。
「ケーキ、要りませんか?」
「い、いえ!」
なんとなく、顔が赤いような旦那様の顔を見てハッとなる。お口に食べ物をあ~んなんて小さな子どもか恋人にする行為だということに気が付いたからだ。
「あ、ご、ご自分で、お召し上がりに、なります、か?」
「いえ、いただきます」
その瞬間に旦那様はフォークからケーキを食べてくれた。私はなんて恥ずかしいことをしてしまったのだろうかと赤面してしまう。
「すみません、つい、癖で」
もう、顔の熱がどんどん上がっている気がしてまともに旦那様の顔が見られない。扇でパタパタと顔を冷やしつつ、体温低下に努めた。
「ユードラさん、癖、というのは?」
「え?」
「どなたにも、このようなことを?」
そんなわけない。お口に「あ~ん」としていた相手は六つ年下の弟。もう十六歳だというのに、私が夜遅くに帰宅をして来て夕食を食べていたら「姉さん、一口ちょうだい」と甘えて来るのだ。
「弟さん、ですか」
「そうです。大変失礼を致しました」
「いえいえ、お気になさらずに」
私の礼儀知らずな行動にも、広い心を持っている旦那様は許してくれた。それから黙々と読書をする時間となる。恥ずかしい本は鞄の中にぎゅぎゅっと押し込み、推理小説を読んだ。旦那様は真面目な顔で『気難しい上司との付き合い方』に視線を落としている。
お昼前に帰宅をした。旦那様より「一緒に食事をしませんか?」というお誘いがあったので、お言葉に甘ることにする。
それから午後も旦那様の書斎の本を貸してくれるらしい。食後、一休みして二人で向かうことになった。




