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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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朝から心臓に悪い

翌朝。窓枠に止まっている鳥の鳴き声で目を覚ました。瞼を擦りながら起き上り、一度だけ大きく背伸びをする。

「あらまあ」と思わず声をあげてしまった。何故かと言えば、旦那様が隣でぐっすりと眠っていたからだ。目の下の隈も薄くなっているように見える。良かった良かったと思いながら、目にかかっていた髪の毛を指先で片側に寄せれば、その瞬間にカッと瞼が開き、深緑の目と視線が交わった。


「お、おはようございます、旦那様」


まさか目を覚ますとは思っていなかったので、前髪を寄せていた手はそのままでぎこちなく挨拶をする。一方で、まだ寝ぼけているのか、私の顔を見上げたまま目をパチパチと瞬かせる旦那様。

何を思ったのか、額付近で固まっている私の手をいきなり掴み、それを口元へと持って行って指先に唇を寄せた。突然の行動に驚愕をして素早く手を引こうとしたが、がっちりと掴まれていて動かすことができない。放して下さいと文句を言えば、にっこりと無邪気な様子で微笑む旦那様。そんな風に笑っても許さんぞと睨みつける私。

抵抗を続けていれば、こちらに向かって何かを言ってくる。

上手く言葉を拾えなかったので聞き返せば、近くに寄ってそっと囁いてくる。

発せられた言葉はきちんと聞き取れたが、異国語だった。分かるわけもない。

私の顔を見て美しい笑みを浮かべ、またコテンと枕に顔を埋めて眠りの世界に落ちてしまった。

何を言ったか分からないし、指先に口づけをする理由の謎だ。掴まれていたままになっていた手を引っこ抜き、洗面所へと向かう。

馬の被り物を取ってから鏡を見て気がつく。顔全体が真っ赤になっていることに。火照っていた顔面を冷やすのに、朝の顔洗いは都合が良かった。

それにしてもどうしてあんな風にらしくないことをしたのか。だが、いくら考えても分からないので、朝から役作りが万全だったのだと思い込むことにした。

身支度を済ませて部屋に戻れば、旦那さまもきっちり準備が終わった状態にあった。何事もなかったかのように朝の挨拶をしてきたので、まさかさっきの行動の記憶がないのではと疑ってしまう。


「朝食が運ばれてきていたので、そこに置いておきました」

「ありがとうございます」


私としたことが。なんだかふわふわした気分になっていて仕事を忘れていた。今日も一日予定が詰まっているので、さっさと朝食を済ませることにする。

宿屋の朝食は黒パンと小さなチーズに茹でた卵という質素なもの。共に用意されていた果実汁もどことなく薄い気がした。パンもチーズも信じられないほど硬い。それを気合いで噛み砕いて飲み込んでいく。それにしてもと、先ほどから気になっていたことを質問してみた。


「あの、旦那様」

「はい?」

「異国語で、『ドーブラエウートラ』はおはようございます、ですよね?」


旦那様はそれで合っていると頷いた。小さな声でボソボソと言っていてよく聞こえなかった言葉だが、最初に発せられたものは朝の挨拶だったように思える。問題は二つ目。


「では、『トゥィウメニャーアドナー』は?」

「え?」


発音が悪かったのか、今度はゆっくりと発音をするも、返ってくる反応は同じ。


「それは、どこで耳に?」

「えーっと、ですね」


二つ目の質問は一つ目と違って随分焦っているというか、なんでこんな言葉を知っているのか的な言葉だったように思える。けれど、そんな反応をされたら余計に気になってしまうわけで。

旦那様が言ったものだと知らせたら意味を教えてくれないかもしれないので、適当に理由付けをする。隣の部屋から聞こえたことにした。話を聞いて目を剥く旦那様。ますます意味を知りたいと気になってしまう。私がしつこく意味を聞いたからか、旦那様は恥ずかしそうにその言葉の意味を教えてくれた。


「それは、『私の、たった一人の女性』、という、この国の口説き文句、ですね」

「わ~~……」


なんという情熱的なお言葉。私も他人に意味を聞かれたら言いたくない言葉である。

それを旦那様は寝ぼけて囁いたなんてことを教えなくて良かったと心から思う。多分、互いに恥ずかしくなって、顔を合わせることが出来なくなるだろう。


「そんな言葉が、隣の部屋から聞こえてきたのですね」

「え? ええ。昨晩はお楽しみだったようで」


なんか間違ったことを言った気がするが、混乱した頭の中では気の利いた言葉なんて出て来るわけもなかった。

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