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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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気にしいな旦那様

このあと、旦那様もお風呂に入るかと思って、素早く体を洗って浴室から飛び出た。髪の毛の水分をぎゅうぎゅうと絞り、体もしっかりと拭き取る。安い宿だからかタオルが固くて垢擦りをしているような気持ちになったが、よくよく考えてみれば実家のタオルもこんな感じだったことを思い出した。すっかり公爵家の贅沢な暮しに毒されていると気付き、なんとも言えない恐ろしい事実に思わず身震いをしてしまう。

贅沢は己を堕落させてしまうのだろう。一気に身が引き締まったとゴワゴワタオルに感謝をすることになった。持ち込んだ寝間着に着替え、乾かした髪を三つ編みにする。

ふと、このような姿で出て行っても大丈夫なのかと疑問に思ったが、色気も何もない女の薄着なんか見ても何とも思わないだろうから大丈夫だと脱衣所を出た。

心配していた旦那様はしっかり寝台の上に居た。もしかして床で寝ているのではと疑っていたが、大人しく良い子にしていたようだ。

布団を上から被って丸くなっている姿は見ているだけで暑苦しいように見える。もう眠っているのかと思いきや、丸い塊はゆらゆらと落ち着きなく揺れていたので意識はあるのだろう。


「旦那様、お風呂はどうなさいますか?」


質問をしてみたが、布団を被った塊がビクリと動いただけで返事はない。


「砂(まみ)れになって気持ち悪くないですか?」


帝都は砂に囲まれている。街の中は砂の一粒すら入ってきていなかったが、移動中の馬車の中には若干の砂が舞っていた。それに日中は茹るような暑さだったので、汗も掻いただろうと声をかけた。

旦那様は唸るだけではっきりとした決定を下さないので、風呂場で湯に浸して絞ったタオルを準備して馬の頭部を被り、失礼しますねと言ってから旦那様の被っていた布団を引き剥がした。


「風呂に入らないというのなら、体を拭いてお着替えをしてから眠りましょうか」


旦那様はとんでもないことだと言いながら首をぶんぶん振っている。


「大丈夫です。こういうの、慣れていますから」

「ど、ど、どうして、慣れて」

「よく、酔っぱらった父の体を拭いていたんです」

「ちち、お父様の?」


父は付き合いでよく仕事場の仲間と酒盛りに行く。本人はお酒に弱いのに無理をして飲んで、毎回べろんべろんになってから帰って来るのだ。飲み会の後は煙草臭かったり、油っこい食べ物の匂いが染みついていたりとそのまま布団に入って欲しくない状況になっているので、私か母が仕方なく体を拭く破目になってしまう。


「お召し物は自分で脱げますか?」


びっくり顔を見せた旦那様は高速で首を横に振り、目にも止まらぬ速さで風呂場へと走って行った。

私は旦那様がお風呂に入っている間、業務日記を書き綴って時間を潰す。

それからしばらくの間、一人の時間を過ごした。

意外なことに旦那様はたいそう綺麗好きだったようで。普段の私の倍近い時間を入浴に費やし、青い顔で風呂場から出て来た。慌てて部屋に置いて行った水を差しだせば、一気に杯の中を空にする。そしてがしっと寝台の上に置いてあった馬の被り物を掴むので、慌てて制止した。


「そんなふらふらの状態で被り物なんかしたら具合悪くなりますよ!」


改良に改良を重ねた馬の被り物は通気性も良く、視界も開けており呼吸も息苦しくないような構造となっているが、体調が悪い時に着用すべき品ではない。


「さあ、早く横になって」


ぐいぐいと手を引いて寝台の上に引き込もうとしたが、直前で体がぴしっと固まってしまって微動だにしない状態となってしまった。


「早く寝ましょう。明日も忙しいので。昨日も肩を寄せ合って仲良く眠ったでしょう? その状況とどう違うのでしょうか?」

駄目だ、どれだけ引いても押しても動かない。すっかり頑固一徹状態になっている。


「言うことを聞いて下さい、お願いです!」

「……です、か?」

「はい?」


なんだって? と耳に手を当てて旦那様に近づき、小さな声を拾おうとする。


「……ユードラさんは、お仕事だったら、どんな男にも、そういう姿で、こんなことを、してくれるのでしょうか?」


指摘をされて、己の姿を省みる。身に纏うのは、薄い寝間着。

やっぱり、未婚の女が見せていい姿ではなかったという。はしたない奴だと呆れているのだろうか。自分が恥ずかしくなってしまう。もう、今さらなことだが。

旦那様は目も合わせてくれない。私の行動はお仕事の範疇を遥かに超えていたようだ。できれば言い訳はしたくなかったが、それでも弁解をしたいと思ったので言わせてもらう。


「違います、と言っても信じていただけないでしょうが、私は誰にでもこんな姿で現れません。旦那様――レグルス様は何もなさらないと、信頼していました」


一応、私も貴族の令嬢のはしくれだ。男性と二人きりになる時は付添人を連れて歩き、服装もきっちりと詰襟の上着と長いスカートを着用して、露出は最低限にせよという教育は受けた。この任務も、公爵家に来たばかりの頃だったらとんでもないことだと速効でお断りをしていただろう。

しかしながら、今の私の中では、旦那様は特別な人になっていた。力になれることがあれば喜んで協力をするし、忠誠心だってある。

かのお方は、呆れるほど真面目で、自分に厳しく、仕事を第一に生きていた。そんな人が任務中にうっかり肉欲に惑わされるわけがない。それに、誰よりも禁欲的な人にも見えていた。まあ、こんなことまで本人に伝えることはできないが。


「信頼だなんて、買い被りです、そんなの」

「でも、私は公爵家に来てからあなたのことだけを考えて、毎日様子を見守ってきましたから」


黙り込む旦那様を前にして、これ以上は付き合えないと思った。相手に背を向けて布団の上に寝転がる。もうどうにでもなれ、という気分にもなっていた。

いや、どうにでもなれは違う。何もかもを受け入れようという気分なのかもしれない。そんなことをもやもやと考えながら、瞼を閉じる。慣れない国での滞在に疲れていたからか、すぐに眠ることができた。

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