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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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任務開始です!

帝国への潜入作戦の準備は着々と進んでいた。変装用の服や旅券、船や馬車などの乗車券の手配は国の事務官がしてくれるらしい。私は届けられた服などを鞄に詰める。しっかりとした革張りの鞄は使い古された物。真新しいものは目立つからだろうか。ここまで徹底されているのかと感心してしまった。

今日は明日の出発に備えて準備をと言われて局長に置いていかれてしまった。しかしながら、用意された服を鞄の中に入れるだけの簡単なお仕事だったので、すぐに終わってしまう。それとなく、暇を持て余したので、局長の鞄の中身でも詰めようかと私室へ移動する。

予想通り、持ち運ばれていた衣類や鞄は部屋に放置されていた。勝手に触っていいものかと悩んだが、今日は帰りが遅くなると言っていたので、まあいいかと思って作業に取りかかる。

一通り衣類や雑貨などを詰め終え、持って行く物の中に入っていなかった『重要なアレ』も二つ入れておいた。最後に下着を用意したら終わりだが、これは勝手に触っていいか分からなかったので執事に準備をお願いする。

これで安心したのと同時に、ある妙案が浮かんだ。

私はあれから局長の名前を一度も呼ぶことが出来ないでいた。だが、召使いの方々と同じように『旦那様』と呼べばいいのかと思い至る。そう言えば母も父のことを『旦那様』と呼んでいた。何故、今まで気がつかなかったのか。これで数日間もやもやしていたことは解決。明日からの任務にも心配事がなくなった。夜、帰宅をして来た局長と最終的な打ち合わせをする。


「まず、王都からは港まで馬車で行きます」


馬車に揺られること半日。お昼から出港する船で一日半過ごせば帝都の入り口へと到着するらしい。


「あの、申し訳ないのですが、船は四等席となります」


詳しく聞けば、四等席というのは個室ではなく、広間みたいなところに隙間なく人を詰め込む部屋らしい。帝都行き船に限定して、とのこと。低所得者を大量に乗せるために、荷物置き場を改装して作ったものだとか。


「申し訳ありません、三等席くらい取ってくれているかと思っていたのですが」

「いえいえ。大丈夫ですよ」


別に他人が近くにいようと局長がいれば問題も起こらないだろうし、基本的にはどこでも就寝できるので平気だ。


「あ、あとですね、局長のことはお名前ではなく『旦那様』とお呼びすることに決めました」


その言葉に、目を見開く局長。


「何か問題でも?」


こちらが問いかけても「いいえ、何でも」と言うばかりだったので、その件についてはこのまま通すことにした。


翌日。出発は日の出前となる。本日も朝からお弁当を持って出かけることになった。お昼の分もと思ったが、籠を持って行けば荷物になると思って、朝食だけ作って袋の中に詰めるだけに(とど)めておいた。

今回、任務での設定は、二人は労働者階級で、帝都に仕事を探しに行く貧乏夫婦、というもの。

局長は銀の髪を茶色に染めている。帽子を深くかぶり、裾のほつれた灰色の外套を纏っていた。私はそのまま薄化粧に着古した服を着込んで行く。貧乏な家の妻ということで、私自身の素材の良さが十分に生かされているように思えた。

街まで馬車で連れて行ってもらったが、用意されたものは公爵家の豪華な内装のものではなくて、馬が引くのは藁が積んである荷車だった。藁と麻袋の隙間に荷物と自分たちが乗り込み、朝食を食べつつ王都の街まで向かう。到着したら辻馬車乗り場に行って港行きの片道便が来るまで待機。暇を持て余したので周囲の人々を見回してみれば、街中に佇む私達を誰も怪しむ者はいなかったようで。辻馬車は人が十人程乗車出来る大きなものだったが、その中に隙間なく人が乗り込んでいく。十五人ほど乗っているのだろうか。少しだけ空気が薄いような気がした。

圧迫されるような馬車の中で揺られること数時間。港へ到着をすれば、独特な香りがする海の空気を存分に吸い込んだ。


「旦那様、私、海を見るのは初めてなんです」


振り返ってから旦那様へと報告をする。どこまでも続く、キラキラと輝く大海は不思議なものだと目を細めた。

いつまでも眺めていたいような素晴らしい光景ではあったが、のんびりしている暇はない。まずは昼食を食べて船の中で食べる物の確保もしなければならない。

お昼はその辺の食堂で済ませ、夕食と翌日の朝食、昼食は市場っぽい場所でパンとチーズ、干し肉に果実汁を買った。そろそろ乗船時間になるというので、早足で船の乗り着き場へと急ぐ。

乗り着き場へと辿り着けば長蛇の列があった。乗り込む順番もあるようで、今は上流階級っぽい人たちが優雅に船までの階段を上って行っている。四等席を予約している自分たちの番は随分とあとの方になっていた。

ここに行くようにと案内されたところには、大勢の人たちが場所取りをしている。すでに入るスペースなどないのではと旦那様の顔を見上げれば、大丈夫だと頷いていた。旦那様は私の荷物を手に取り、はぐれないように背中の服を掴んでついて来てと言ってから、ずんずんと人を避けて先へと進む。やっとのことで発見した、人と人の隙間に荷物を置いて腰かける。

周囲の状況にひたすら圧倒される。ここまでして帝都に行きたいのかと、不思議に思ってしまった。

なんでも帝国は工業が盛んで、長年に渡って人手不足に悩んでいるという。異国からの労働者には住宅を与えられ、我らが祖国で働くよりも豊かな暮らしができるということを謳っているらしい。

だがしかし、全てのそういった話がうまく出来ているわけではない。一部の悪徳商会が割って入り、言葉も分からない異国人を勝手に売り払ってしまうという事件もあり、被害は確実に広がっているという。今回の任務は悪徳商会の実態を調査するというもの。私はそのおまけというわけだ。

やっとのことで船が動き出す。局長は緊張の面持ちで膝を抱え込んでいた。

すぐ隣には、知らない人が座っている。旦那様とも少しだけ身じろぎをすれば触れ合ってしまうほどに近い距離にあった。私達は狭い空間の中、落ち着かない時間を過ごす。


「いつも、お出かけの際はこういった船に?」

「ええ、三等室なんて、一度も」


いつも一人で混雑した船に乗り込み、黙々と任務をこなしていたらしい。大貴族として生まれた状況に甘えず、一人で健気に耐えている姿を想像してしまい、どうしてか目頭が熱くなってしまった。


「今まで、よく頑張りましたね」


話しかけた言葉に反応がなかったので旦那様の方を見れば、驚きの表情で固まっていた。


「あの、旦那様? 旦那様~、聞こえていますか?」


固まっている旦那様の肩を控え目に揺すり、反応を待つ。


「レグルスさん!」


名前を呼んでやっと意識を取り戻したようだ。まったく、驚かせないで欲しい。


「なんだか顔が疲れているように見えます」

「いえ、元気です、とても」


力ない声で万全の状態だと言われても、説得力の欠片もない。


「お菓子食べますか? 昨日暇だったので、クッキーを作ってきたんですよ」


クッキーと言っても私の残念作り(レシピ)のものではない。菓子職人が教えてくれたしっとりとした木の実入りのクッキーだ。だが、旦那様はあとで頂きますと儚げな表情で言うばかりであった。


「だったら寝て下さい」

「いえ、そんなわけには」

「荷物番は私がしておきます。しばらく休んだら意識もはっきりしますから」

「で、でも」

「いいからここに」


渋々、といった感じで膝を抱えた状態で、壁に身を任せて瞼を閉じる旦那様。


「そんな体勢で眠れるわけがないでしょう?」

「え?」


体を小さく折り曲げれば横になれないこともない。なので、どうぞ私の膝でも枕にして眠って下さいと勧めた。

ぽんぽんと膝を叩くが、首を横に振るばかりでなかなか動こうとしない。もしかして膝枕を恥ずかしがっているのだろうかと考えた。おろおろとする旦那様に近づき、小さな声で耳打ちをする。

「膝枕くらい夫婦では普通ですから。堂々としてもらわないと不審に映ってしまいますよ」

そんな風に言えば、局長は恐る恐るといった感じで体を私に預けてくれた。

このようにして、夫婦(仮)生活一日目はなんとか終えることが出来た、と思っている。多分。

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