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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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局長の決意

公爵様とラウルスさんとのお茶会を終えてから、局長の部屋で反省会を行う。


「公爵様が怖すぎてあまり観察ができませんでした」


頷きながら同意を示す局長。夫婦の空気感はなんとなく理解したが、仲睦まじい夫婦が普段どのように接し合うとかそういう情報は一切手に入らなかった。


「次はどうしましょうか?」


もう観察させてもらえるような夫婦はいない。一瞬、嫁入りしたフロース様の姿が頭の中に浮かんだが、新婚さんの家に押しかけるなんて許されるものではない。一応着想の一つとして局長に伝えたが、フロース様の名前を出した途端に表情が暗くなってしまった。そんなにも苦手なのか。

妹といえば、と局長は思い出したかのように言う。


「あの、結婚のお祝いを、したいと」

「それは素晴らしいことですね」

「ええ、それで、贈り物を」


なんだかそわそわとする局長。妹さんにお祝いの品を贈ることがそんなに恥ずかしいことなのか。もしかして、喜ぶか不安なのだろうかと勝手に想像。


「大丈夫ですよ、局長。贈り物は品物の内容ではなく、お祝したいとか、喜んでもらいたいという気持ちが何よりも大切なのですから」


「そうですね」と消え入りそうな声で喋る局長。そんな様子を見ていると生意気にもなんだかなあという感想を浮かべてしまう。


「一つ、意見してもいいですか?」


ここで見ないふりをしてはいけない。私はフロース様にお願いをされていた。「お兄様のことをお願いね」と。私の言葉を聞いて、局長もどうぞと首を縦に振ってくれた。


「耳に痛いことだと思いますが、言わせていただきます」


そう言って局長を見れば、一気に表情がしゅんとなっていた。だが、その顔に(ほだ)されてはいけない。言うべきことはきちんと伝えなければ局長のためにならないからだ。もう一度、自分の気持ちを奮い立たせながら伝えようとする言葉を発する。


「局長は、もっと自分に自信を持って下さい」


局長は相手の感情を気にし過ぎている。これを言ったら怒るかなとか、こういう行動をしたら呆れられてしまうとか、行動をする前に色々考えて結局は何もできずにいるのだ。 


「局長が優しすぎるということも理解しています。けれど、時にそれが相手をイラつかせる一因にもなるのです」


ご家族の様子を見ていると、そういう感じなんだろうなあというのは日々感じ取っていた。はっきりしないから、つい怒鳴ってしまう。曖昧な態度を取るから、つい答えを早く促そうと高圧的な態度で接してしまう。個人的には優しくておっとりとした局長は可愛らしい人だなと思うけれど、忙しい身である公爵様やフロース様から見たら、のんびりと返事を待てないし、優柔不断だと感じて微妙に映るのかもしれない。

私は局長の素敵なところをもっとたくさんの人に知ってもらいたいと思っている。だから、勇気を出して言った。


「今の状態だと、何もかもが損なんですよ。世の中は、言った人が勝ちみたいなところがあります。それに、不思議なことがありまして、言って後悔するよりも言わないで後悔する方がずっと悔しい気持ちになるのです。思っていることはなんでも言っていいのですよ。口にしなければ伝わらないことなんて山のようにあるので」


ずっと気になっていたことを遂に言い切った。けれど、達成感とかそういった類の感情はない。きっと局長は私の言葉に落ち込んで涙目でいるんだろうなあと思うと、まともに顔なんか見えるわけもなかった。気持ちを整理する時間も必要だと思って、今日のところは解散しますと言って退室した。私は最後まで局長の顔をまっすぐに見ることはできなかった。


    ◇ ◇ ◇


今日も今日とて同じような朝はやってくる。お弁当を作ってから、局長と一緒に馬車へと乗り込んだ。馬の被り物があって良かったと心底思う日は今までなかったかもしれない。顔を晒していないおかげで私は平静を装える。

向かいに座る局長の様子は、日の出前の薄暗い中では分からなかった。私と局長は口数も少ないし、こうやって沈黙の時間を静かに過ごす方が多い。どのような精神状態であるかは分からなかった。

隠密機動局の秘密基地に到着して、一緒に朝食を食べようと準備をする。なんとなく気まずいと思ってしまうのは私だけだろうか。作って来た野菜と肉を挟んだパンなどを並べ、杯に果実汁を注げば食事の準備は整ってしまう。


「食べましょうか」

「……ええ、でも、その前に」


いつもと違うことを言いだす局長を見ながら、その真面目な表情を確認して、動きを止める。一体何事なのかと聞き返せば、先に着席をと促してくれた。


「先に、昨日のお礼をと、思いまして」

「お礼?」


昨日の私はお礼を言われるような行いを一切していない。一体何ごとかと首を傾げる。


「私は、今まで自分に自信が持てなくて、相手の機嫌ばかり窺いながら、他人と接してきました」


何がそうさせてしまったかは分からないという。父君である公爵様はしつけや教育に厳しかったが、それは上に立つ者に最低限に必要なもので、どれも道理に適っていたし、フロース様の我儘も、母親の居ない孤独な環境では仕方がない話だったという。


「意気地なしなのは、きっと、生まれ持っていた性質なんです」


元より自分の中に備わっていたものなので、矯正のしようがないと、長年そういう風に自己分析していたと。


「ずっと、自分はこういう人間だから、と諦めていて。孤独にも、平気な振りをして」

でもそれは違ったと、局長は言った。

「誰かに気にかけていただくのは、本当に嬉しいことだなと」


局長は頭を下げて「ありがとうございました」と言う。


「これからは、自分の感情に正直に、生きたいと思います」

まっすぐにこちらを見ながら決意を語ってくれた。まさかこういう事態になるとは思ってもいなかったので、驚愕するばかりである。

それから普通に食事をして、仕事をする。局長は、ちょっとだけ顔付きが変わったように見えた。

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