仲良し大作戦!
私と局長に危機が訪れた。言わずもがな、十日後に行われる任務に関連したお話が原因で。
冷静になって見れば、私達が夫婦の振りをするなんて不可能なのではと思ってしまう。その意見に同意を示す局長。
今回、陛下の考えた設定は『結婚五年目の仲睦まじい夫婦』。
『虹の道化師』の女装は派手な美人で人妻感はないし、『勝利を掴む者』は見ての通り男装の麗人だし、『鉄の淑女』は局長から聞いた話から推測して自分たちよりも随分年上だと考えていた。
比べて私は既婚女性に見えなくもない。適任かと聞かれたら首を捻るばかりだが、他の人よりもマシだろうと言われたら「そうかも」と素直に頷くしかない。
だがしかし、見た目はぴったりでも中身が伴わないという残念な点がある。このまま異国の地へ行っても私たちは夫婦には見えないだろう。
いくら無理だと文句を言っても王様の命令なので完璧に任務を遂行させなければならない。だったらどうればいいか。答えは簡単なことだった。
「局長、このままでは私に課せられた任務は失敗してしまいます」
話の意図が掴めていない局長は、目を瞬かせながらこちらを見ている。
「このままでは帝国で夫婦のフリができなくて、わたわたとしてしまうと思うのです」
局長は口元を手で覆い、がっくりと項垂れていた。そんなお方にとある提案をする。
「――それでですね、任務が始まる日まで、私と真剣に夫婦に見えるような訓練をしませんか?」
成功への道は一つしかない。これから十日間ある中で、どうにかして夫婦のような穏やかな雰囲気
作りを行うのだ。提案を聞いた局長は驚いた顔でこちらを見ていた。
「方法は思いついていませんが、とりあえず世間の夫婦でも参考にしようと思いまして」
協力してくれるかと聞けば、もちろんだと頷いてくれる。もしかしたらそんな茶番に付き合う暇はないと言われるかと冷や冷やしていた。
「それでは、よろしくお願いいたします」
こっくりと頷く局長。 こうして、私たちは真なる夫婦となるためにお勉強を始めた。
◇ ◇ ◇
勉強時間はどうにかして二人で協力して作った。局長は外回りの仕事がないというので、お昼前までに頑張って書類を捌き、お昼過ぎには帰宅をする。昼食をさっさと済ませ、作戦会議を行った。
話し合いで決まったことは、まず身近な夫婦から調査を行うというもの。
「身近な夫婦と言えば公爵様とラウルスさんですね」
公爵様は夕刻にはランドマルク領に帰ってしまうらしい。なので、二人は一緒に過ごしているはずだと決めつける。そんな貴重な時間を邪魔して本当に申し訳ないとは思ったが、公爵様とラウルスさんをお茶に誘うことに決めた。
執事に言付けを頼めば数分後には準備が整いましたという返事がきてしまう。仕事が早過ぎて心の準備ができていなかったが、腹を括って行くしかない。局長の顔を見れば、考えていることは私と同じだと分かる。市場に売られていく家畜のような気持ちで、公爵様とラウルスさんの待つ居間まで移動をした。後方を歩いていた執事は扉を開いてくれる。
入ってすぐにある長椅子と机の向こう側には、公爵様が堂々たる姿で座っていた。鋭い目つきで睨まれたような気がして、思わず局長の上着を掴んでしまう。やっぱり公爵様は恐ろしいと、再確認をすることになった。ガチガチに緊張をしている私と局長に優しく声をかけてくれる人が近づいて来る。ラウルスさんだ。
「やあ、嬉しいな。お茶に誘ってくれるなんて。今日は素晴らしい日だ。さあさ、座って」
勧められるがまま、長椅子に腰かける。局長には申し訳ないと思いつつも、公爵様の目の前はご遠慮させていただいた。局長は涙目になりながら、公爵様の前に座る。
執事が優雅な動きで紅茶をカップに注いでいる。他の給仕係は甘い香りを漂わせている焼き菓子を机の上に置いていた。
私の心臓はどくどくと緊張で高鳴っていた。そんな状態に止めを刺すような一言が斜め前方より飛んでくる。
「いきなり茶を共にしたいなど、一体どういう風の吹き回しなのか?」
公爵様の低い声を聞いて、背筋がぞっとするような感覚に陥る。隣に座っている局長の手元を見れば、紅茶の入ったカップを持つ手が震えていた。そうなる気持ちはよく分かる。
「まさか、結婚をしたいとかいう報告の類か?」
ああっ、惜しい! じゃなくて。今回は結婚ではなく、偽夫婦を行う任に就いたというご報告をする場だ。とりあえず、結婚報告ではないと、二人揃って首を横に振った。
「だったら何の用事だ?」
公爵様の容赦ない追及に、額に汗を掻くへたれな私と局長。任務については身内なので口外しても問題なかったが、なかなか自由に舌が動かない。
こんなにも自分たちの行動を怪しむのは完全に局長のせいだと言えよう。今まで家族の前でも飲食をしないし、父親に顔を見せることもほとんどなかったと聞いていた。なので、いきなり「一緒にお茶をしよう」なんて言ったら不審がるのは当たり前なお話で。そんな気まずい状況から助けてくれたのはラウルスさんだった。
「まあ、どうでもいいではないか。今、レグルスがこうやって可愛らしい人と並んでいることを、奇跡のように感じよう」
なんだか色々と誤解している箇所があったが、聞かなかった振りをした。今大切なことは相手方から夫婦感を盗み出すことだ。しかしながら、目の前の公爵夫妻はなかなか仲睦まじい姿を見せてくれない。こういう機会はまたとないことなのに、どうすればいいかと頭を捻る。
頼るべき相手は局長しかいない。私は目の前のご両親に分からないように、局長の腿を指先で突く。何か夫婦らしさが分かる質問をしてくれと言う合図だったが、大げさな程に局長がビクリと驚くので、つられて私までびっくりしてしまった。
「お前達は何をしている。そういうことは部屋でしろと言っただろうが」
ち、違う! 別にいちゃついていたわけではないのに! 誤解ですと言いたかったが、カラカラに乾いた舌先は上手く動いてくれなかった。
局長は全く頼りにならないので、こうなったらとどさくさに紛れて聞いてしまう。
「あの、宜しかったら、お二人が結婚をするまでのお話を聞きたいのですが」
「しようもないことを聞く」と言って眉間に皺を寄せて不快感を露わにする公爵様と、「聞いてくれるか」と言って嬉しそうな顔をするラウルスさん。まったく正反対の反応を示す夫婦だった。
「――私とアルゲオの運命的な出会いは十一年前にも遡る」
「何が運命だ。自分から会いに来た癖に」
ラウルスさんはランドマルク領を治める伯爵家の生まれで、大地も痩せ細った北国の厳しい環境の中で育ったらしい。裕福な暮らしはできなかったが、温かい家族に見守られて、明るく前向きな少女時代を過ごしたという。
人生の転機は十代前半に訪れた。彼女は王都へ渡り、憧れていた騎士になった。それから数年もの間、国のために命と剣を捧げていたが、ラウルスさんの両親と兄の死によって状況は一変する。
いきなり降りかかってきた伯爵領という巨大過ぎる財産をラウルスさんの叔父に譲ることも考えたが、年の離れた妹さんが領地で独りになることを考えて、騎士を辞めて領主となることを決心。ところが、決意を固めた途端にある問題に気が付く。幼い頃から剣だけを握って暮らしてきたので領主なんて務まるわけもないと、途方に暮れてしまったとか。
そんな中で思いついた案が、引退間際だった宰相を領地に誘い、統治を手伝ってもらおうというとんでもない着想だった。当然ながら、宰相だった公爵様は簡単には頷かない。
「それで、どうしたんですか?」
「毎日口説きに行ってね。今思えば、あの時の私は世間知らずで、アルゲオの偉大さを欠片も分かっていなかった。まあ、若気の至りというものだな」
なんとまあ、ラウルスさんは公爵様に「結婚してランドマルク領について来てくれ!」と求婚をしていたと。なんという、命知らずな勇者。
そして、最終的に折れたのは公爵様だったという。だが、その時はラウルスさんとの結婚を了承したわけではなく、隠居暮らしをするつもりでランドマルク領について来てくれたとか。
それから十年ほど、二人は良き友として同居を続けていたらしい。
ラウルスさんの三度目の人生の転機は、領主になって十一年目の冬に起こった。
「――私は、取り返しのつかないことをしでかしてしまってね。ある日の出来事をきっかけに、二度と、ランドマルク領に帰れなくなってしまったんだ」
困ったような微笑みを浮かべながら話をするラウルスさん。それは大切だと話していた唯一の肉親である妹さんとこの先一生会うことができないことを暗に示していた。
それで、妹さんに少しだけ似ているという私を、出会い頭に抱き締めてしまったのか。なんだか気の毒になってしまう。
さまざまな事情があって王都にやって来たラウルスさんは領地と妹さんを公爵様に託し、公爵家に身を寄せることになった。そして、一年前に局長のお祖母様の勧めで結婚をしたと。
想像していた以上の重たい話を聞かされて、どういう表情をしていいか分からなくなってしまった。そんな私にラウルスさんは「しんみりさせてしまった」と言って謝罪をする。
けれど、二人を見ていたら分かる。ラウルスさんは公爵様のことを大好きで、きっと、公爵様もラウルスさんのことが大好きなのだろう。そんなことを、うっすらぼんやりと理解した。
二人の中に新婚夫婦のような甘い空気はなかったが、互いを思いやるような、温かな空気が流れていた。これが夫婦なのだと、そんな風に感じることができた。




