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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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23/60

自分の立ち位置を正さなければ

食事の席にフロース様は居ない。お出かけでもしているのだろうか。着飾った姿をさり気なく楽しみにしていたので残念に思う。

お食事会は絶対に気まずいものになると思い込んでいたが、実際にはそうでもなかった。ラウルスさんがいたからだ。彼女は皆に話題を振り、話も広げてくれる。終始、公爵様の渋面が解れることもなかったが、途中で普段からこういう怖い顔つきをしているという話をラウルスさんがしてくれたので、少しだけ安心することができた。

緊張でほとんど味が分からなかった食事会をなんとか切り抜け、安堵の息を吐くのも束の間、廊下をマリリンと一緒にトボトボと歩いていたらラウルスさんに捕まってしまう。

肩を抱かれ、「私とお茶を飲まないか?」と耳元でそっと囁いてくる。そんな風に誘われたら首を縦に振るしかない。私は公爵家の奥様(ラウルスさん)に手を引かれた状態で、私室に招かれた。

座るようにと手で示された長椅子に腰かけ、用意してあった紅茶を飲むようにと勧められる。


「悪かったね、突然誘ってしまって」

「と、とんでもないことでございます」


公爵様の奥方だと分かれば、なんとなく緊張をしてしまった。とてもじゃないが、気軽に会話ができる相手ではない。

ラウルスさんはニコニコしていて、どうかしたのかと聞いてみれば、「なんだか嬉しくて」という言葉が返ってくる。一ヶ月振りに旦那様が帰って来たから? と聞けば「それもあるが」、とラウルスさんは言っていた。


「私には、君という存在がとても尊いと」

「はい?」

「レグルスの気性は知っているだろう?」


局長の気性? 大人しくて極度の人見知り、ということだろうか。


「彼は、今まで誰も近くに寄せ付けなかったし、会話もろくにしない。飲食も他人どころか家族と共にすることでさえ嫌がっている困ったさんだった。――でも、レグルスは変わった。君のおかげで。それが、どうしようもなく嬉しくて」


局長が変わったのはあくまでも本人が努力をしたから。私はほとんど何もしていない。

ラウルスさんは驚きの質問をしてくる。「ずっとレグルスの傍にいてくれるだろうか?」と。

生涯ここで暮らせと? 局長が結婚するのを見届けてから終わりではないのだろうか。

その先も奥さんとの喧嘩の仲裁をしたり、子どもの面倒をみたりとか、そんなことをしてくれと願っているのか。お仕えする立場からすればそれは光栄なことだろう。

しかしながら、私個人の感情としては、そこまでお付き合いはできないと思ってしまう。


「もしかして、嫌なのか?」


嫌? どうして? 頭の中はもはや大混乱をしている。

待遇の良い仕事なのに嫌だと思ったのか。何故、幸せになった局長にお仕えしたくないのか。

分からない振りをするのを止めて、すべてを受け入れれば楽になることは分かっていたが、今の私にはそれをする勇気がなかった。


なんという事態になってしまったのかと頭を抱える。つい先日「いい職場に拾ってもらったね」なんて母から言われたばかりだったのに。

おそらく局長の知らないところで張り巡らされた策略で、裏で自分の結婚話が進んでいるなんて夢にも思っていないだろう。可哀想に。

私もこのままではいけない。今の状況に甘んじていて、は最終的にとんでもないことに巻き込まれてしまう。しかしながら、公爵家でのお仕事は魅力的だ。それに、もう少しだけ、局長と一緒に仕事もしたい。だったら、どうすればいい? 答えは頭の片隅に隠されていた。

思い立ったら即行動。とても明日まで待つことなんてできなかった。

上に外套を着込んだだけの恰好で部屋を出る。向う先は局長のお部屋。親子で団欒をしているようには思えなかったので、遠慮なく訪問させていただく。


「局長、夜分遅くにすみません、ちょっとよろしいでしょうか?」


声をかければ、書斎の扉は僅かながらに開いた。指が一本だけ入りそうな隙間から局長が深緑の目を覗かせている。


「夕刻に職場でお話した件のことで――」


秘密機関についての話なので、安易にこの場で口にしていいものかと迷ってしまう。詳しい話はまた明日で、でもいい。ふと、遠くから石の廊下を叩く音と、賑やかな話し声が聞こえた。耳を澄ませばそれはラウルスさんと公爵様の声だということが分かる。しかも二人揃って早足で歩いて来ているようで、どんどんと凄まじい速さで近づいていた。

このままでは夜の逢瀬をしていると勘違いされてしまう。ただでさえ、私は局長の婚約者として認識されているかもしれない危険な立場にあるのに。早く身を隠さねばと思った。

「すみません、ちょっと中に入れてください!」

申し訳ないとは思ったが、局長ののんびりとした返事を待っている暇はない。私は無理矢理書斎の中へと入り込み、扉を静かに閉めた。そして、扉に耳を寄せてラウルスさんと公爵様が通り過ぎて行くのを確認して、ホッと安堵の息を吐く。安心すると、思考回路はすうっと冷えてきた。


……また、やらかしてしまった。


ことが過ぎてから後悔をする。

夜に独身男性の部屋に押し入ることなどあってはならないこと。はしたないにもほどがある。

落ち込んでいるからと言って、いつまでも出入り扉に張り付いているわけにもいかない。己を奮い立たせながら振り返り、局長に頭を下げた。


「ご、ごめんなさい」


しばらく頭を下げて、顔を上げたらやっぱり局長は困り顔で居た。私はもう一度謝ろうと謝罪の言葉を口にしかけると、首を振って気にするなと言わんばかりの仕草をしてくれる。

もう遅い時間だからと言って部屋を去ろうとしたが、局長より『お話とは?』というカードを渡されてしまった。


「……その、個人的なことですので、また明日にでも」


こんな時間に来るなんて非常識だった。今更気がついても遅い。だがしかし、局長は長椅子指し示し、話すように勧めてくれる。どうするべきか迷ったが、こういう状態になってしまえば安眠もできないかもしれないので、迷惑だと分かっていたがお話をさせていただく。


「お話とは、昼間言っていた潜入調査のおとり役を、受けたいと思っているのですが」

「――それは許可できません」


即座に返ってきたのは紙に書かれた言葉でなく、厳しい拒絶の声。ぼんやりとこういうこともあるかもしれないと、予想はしていたが、いざ直接言われるとなると気分が沈んでしまう。

私は局長の婚約者候補としてこの家に居続けることは難しいが、隠密機動局で働く者の一人としてならば、お付き合いを続けたいという勝手なことを考えていたのだ。

局長が任務の参加を許してくれなかったのは当たり前のこと。私は戦闘経験も積んでいない一般市民だ。お仕事に参加なんてできるわけがない。とんでもないことを言ってしまったと、今更ながら後悔する。


「どうして、そのようなことを?」


お昼に頼まれた時は嫌がっていたのに突然話を受けると言ったので、局長も私に不信感を抱いていた。本当に迷惑な話だろう。


「……ここにいる理由が欲しかったんです。公爵家の役に立てば、私はこの場にいても問題ないと、そんな風に思ったから」


私は局長に伝える。綺麗な服を着て、客間のような部屋を与えられて、主人と同じ食事を食べる召使いなど存在しない。私が局長の傍にいる理由は他にある、と。


「それは、一体?」


局長も私という不可解な存在の理由に気が付いていないようだった。気の毒な話である。


「私は、いえ、私達は誰かの操る糸でくるくると踊っていただけに過ぎないのですが――」


この件は、私には過ぎたお話で、完璧に遂行することなど初めから不可能だったのだろう。別の道があるかもしれないと、こうして乗り込んできたが、どこも通行禁止でわずかに通る隙間さえ無かった。最後に残された道は一つだけ。それは、歩いて来た道を振り返って、元の場所に戻ればいい。簡単に解決する問題だった。

ここで言ってしまおう。もう、ここでは働けない、と。次の人が見つかるまでは頑張ろうと心に誓いながら決意を固める。

「私は」と言葉を言いかけた時、思いもよらない事態に直面してしまう。局長の書斎にノックもなしに入って来たお方がいたのだ。


「――お兄様!!」

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