怖すぎやしませんか、局長のお父様
私は鋭い双眸に見つめられ、局長に縋り付いている状態のまま、動けなくなっていた。
局長よりも濃い銀色の髪に、局長よりも明るい目の色、そして、局長よりも怖い顔をしているアルゲオ様の登場に、私はガタガタと震え上がる。
「そういうことは部屋でしろ。邪魔だ」
そういうこととはどういったことで? と局長の居る方向を見て気が付く。私たちはいつの間にか仲良く手と手を取っている状態にあったと。無意識下の行動だったのは局長も同じだったようで、互いに目が合った瞬間にパッと離れた。
「まったく、家の中は一体どうなっているのか」
局長はすでに目が死んでいた。相当お父様のことが苦手らしい。きっと、私も同じような目になっていると思われる。まあ、気持ちは分からなくもない。圧倒的な冷たさを覚える存在感に厳格なご様子、不機嫌に歪められた表情を見れば何故か額に汗が浮かんでしまう。それに局長よりも背も高いので、威圧感もあった。あと、目の下に濃い隈が浮かんでいるからか顔も怖い。
これが、公爵家の当主様。フロース様や局長も纏っている高貴な雰囲気が凄いなと思っていたが、公爵様はなんか、こう、無条件にひれ伏したくなるような、そんなお方だ。
極度の緊張ですっかり彫像のようになってしまった局長を壁側に押し付け、私も隣に並んで引き攣った笑顔を浮かべる。これで廊下は空いたぞと、斜め後ろにいた執事に目線で伝えた。話がわかる執事は公爵様に耳打ちをしている。公爵様、どうかこのまま何も言わずに通り過ぎてくれ! と切に願った。しかしながら、神は残酷な試練を私に与える。
再び歩き出した公爵様は私と局長の前で立ち止まり、こちらを見下ろしているではありませんか!
どっと汗が噴き出るような状況の中、目の前の高貴なお方はちっぽけな私に声をかけてくる。
「初めて見る顔だな」
直接声をかけられて、体がびょーんと伸びるように姿勢を正してしまう。
――わたくしは、レグルス様の召使いです。
この一言だけでいいのに、なかなかそれが出てこない。口をパクパクとするばかりで、声を発することができなくなっていた。なんだか情けなくて、公爵様への恐怖感が極限となってしまい、じわりと、眦に涙が浮かんでいた。なんというへたれ。これから先、私は局長のことを意気地なしだと指摘出来なくなった。頭を下げてこの場は許してもらおうと思ったのに、それすらもできない。瞬きをするもの忘れていたようで瞼を閉じれば、ボロリと涙が頬を伝っていく。
どうしようかと思っていたその時、すっかり冷たくなっていた指先を包み込む温かいものを感じた。手元に視線を落とせば、局長が手を握っていてくれていた。
顔を見上げれば、いつもの緊張の限界に達した時の局長ではなかった。しっかりとしていて、堂々とした表情で公爵様を見ている。
「父上、彼女は私の――」
局長が公爵様へ私の紹介を!? 驚いて双方の顔を見比べてしまう。ところが、局長は言葉を言いかけて再び固まってしまった。
頑張れ局長! 負けるな局長! あとは「召使いです」と紹介するばかりだ。
言葉に詰まっている局長を公爵様は厳しい表情で睨みつけていた。こんなに残酷で恐ろしい人がこの世に居るのだろうか。実の息子が苦手に思うのも無理はないと思ってしまう。
一体どれだけ長い時間を過ごせばいいのかと、そんな緊張感に満ち溢れた空気が辺りを支配していたが、そんな気まずい雰囲気を遠くから聞こえてきた声がかき消す。
「アルゲオーー!!」
遠くから走ってこちらへとやって来た誰かは、ぶつかるような勢いで公爵様に抱きついてきた。
結構な衝撃だったにも関わらず、微動だにしないで受け止める公爵様。すごい! ……じゃなくって。唐突に登場した背の高い人物は全力で公爵様をもみくちゃにしていた。
「いつ帰って来た!? 聞いていなかったから驚いた!! 私も今帰って来て、アルゲオが帰還していると聞いて、うれしくて!!」
そのお方は、まるでご主人様のお帰りを待っていた大型犬のようだった。当然ながら公爵様に「いい加減にしろ!!」と叱られている。だが、怒鳴られても引かないという、強靭な精神を持ち合わせているようだった。
この人は一体……? と思っていたが、よくよく確認すればそれは聞いたことのある声と見たことのある人物であった。
「ラ、ラウルスさん?」
公爵様の周りを素早い動きでウロウロし、飛び跳ねるようにして喜びを表していた人物は、ピタリと動きを止めて、こちらを見る。公爵様に尻尾をぶんぶんと振っていた人物は、隠密機動局の『勝利を掴む者』、男装の麗人ことラウルスさんだった。
ラウルスさんは完璧な紳士の振る舞いで挨拶をしてくれる。少し前に会った私のことも覚えているようだった。そんな私の紹介もラウルスさんがついでにしてくれた。
「アルゲオ、紹介しよう。レグルスのユードラだ」
なんか色々抜けているが、少しでも早くこの場から抜け出したかったので、紹介の内容などどうでも良くなっていた。軽く膝を折り曲げて頭を下げつつ、震える声で「ユードラ・プリマロロです」と挨拶をする。私をジロリとひと睨みしてから、公爵様は何も言わずに去って行った。
去り行く二人を見送ろうと見れば、なんとまあ、ラウルスさんは公爵様に寄り添い、公爵様もそれを静かに受け入れているではありませんか! 一体どういう関係なのか気になるが、局長に聞いていいものなのか迷ってしまう。
ご主人様と犬……じゃなくて恋人同士? 公爵様は長い間独身だったと聞いていたので不思議なことでもないが、親子ほどの年の差のある、その、アレだ。
呆然とする私の背後で、マリリンと他の召使いが話す会話が聞こえてくる。それは私が知りたかった情報だった。
「奥様が帰られたので、追加の食事の準備を」
「分かりました」
奥様!! もしかして、ラウルスさんは公爵様の再婚相手? 勇気を出して局長に聞いてみれば、コクリと頷いていた。
なんか、本当に色々凄い家だと思う。公爵家の不思議な家族関係について十分理解を深めたので、本日はこの辺で、と言いたかったが、いつまで経っても廊下で棒立ちになっている私と局長を執事が迎えに来てしまい、嫌々ながら食堂へと向かうことになった。




