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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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誤解なんです!

結局、局長は固まった状態からなかなか復活しなかったので、お菓子を食べて元気になってもらった。失礼ながら、単純な人で本当に良かったと思ってしまう。

やっとのことで帰宅となる。外はまだ日が沈みきっていなかったので、斜陽の()が局長の顔をほんやりと照らしていた。そんなお美しい局長がいる前で、私は馬の頭部を被っている。

別に、自分の顔が恥ずかしくなったわけではない。先日あった転倒事故と同じような状況がいつ来ても大丈夫なように馬車の中では身につけるようにしているれっきとした理由があった。

本日は何事もなく帰宅。召使いさん達も慣れたものなのか、馬の扮装でいる私を気にする素振りも見せていなかった。そんな中で、局長との別れ際に一枚のカードが手渡される。


――よろしかったら夕食をご一緒して頂きたいのですが。


想定外でしかない局長からのお誘いを前に、私はカードを見つめたまま、固まってしまう。

カードに視線を落したままぼけっとしていた私の手元に二枚目が差し出された。


――疲れているのならば、また別の機会にでも。


なんだか気疲れをしているのか頭が上手く回らない。局長は私を食事に誘ってくれている。お断りする理由もないので慌てて返事をした。局長の顔を見れば安堵をしたような表情をしている。

予定が決定すれば、局長は傍で待機をしていた執事の方を見る。何も言わずとも、察したのか「では、旦那さま、そのように準備を致します」と言って部屋から去って行った。

約束の時間まで余裕があるのでゆっくり出来るなと考えていたのに、背後からガシっと手を取られてしまった。びっくりして振り返れば、そこに居たのはたまにお化粧や着替えを手伝ってくれる若い侍女の姿が。彼女より時間がないと言われて連れて来られた先はお風呂。今から、身支度を整えるらしい。局長と食事するために、ここまでしてくれるとは。

侍女のお姉さんは目にも止まらぬ速さでボタンを外し、あっという間に上半身を裸にしてくれた。下半身も同様にささっと脱がされる。そして、全裸に馬の頭部を被っただけという姿で質問をした。


「あの、なんか恥ずかしいので、これを被ったままでもいいですか」

「なりません」


ですよね~~。

馬の被り物はスポンと抜かれる。私は羞恥に耐えられなくなり、両手で顔を覆った。

そんな私に「隠すなら、そこではなくて、お体になさっては?」と冷静な指摘(ツッコミ)してくれる侍女さん。おっしゃる通りで。

それから浴室へと連れ込まれ、浴槽の中でザブザブと洗濯物のように洗われる。体を磨いてくれたのは嬉しかったが、力がこもり過ぎて全身真っ赤になっていた。髪の毛も丁寧に洗ってくれたからか艶々と輝いている。そのあと化粧とか髪結いとかさまざまな工程があったが、疲れていたこともあってしだいに白目を剥いてしまう。ハッと意識が覚醒したのは、コルセットで腰回りを強く締められた瞬間であった。コルセットの装着が完了すれば、緑色のドレスを手際良く着せてもらう。

鏡の前の私は、ちょっとしたお姫様のようになっていた。プロのお仕事は凄いと、絶賛する。

そんなこんなで、準備は終わった。身支度を整えてくれた侍女は、部屋の端にある椅子に項垂れたように座っていた。綺麗にしてくれてありがとう、あなたの犠牲は忘れないと心の中でお礼を言った。やっと椅子に座れたかと思えば、マリリンが時間になったと言って迎えに来る。

踵の高い靴は慣れない。ふらついてしまったので、マリリンは食堂まで手を貸してくれた。


「――色んな意味で驚きましたね」


マリリンの言葉に同意する私。まさか全力で着飾ることに痛みが伴うなんて。貴族のご令嬢は本当に大変だなと思う。まあ、私も一応貴族の娘ではあるが、貧乏でドレスの一着も買えなかったので貴族的な生活とは無縁だった。


「ユードラ様、ことの大変さを、本当に分かっていますか?」

「ええ、もちろんですよ!」


特にコルセットは酷い。あんなの拷問道具と同じだ。ここに来てから毎日のように着用をしていたが、今日は特別強く締め上げてくれた。本当にありがとうございましたと言いたい。


「では、あなたは公爵家の一員になる決意がある、ということですね」


とんでもない言葉が聞こえ、思わず歩みを止める。私は眉間に皺を寄せて、マリリンを見た。


「大切なことなので、もう一度言いますが、あなたは公爵家の一員に」

「待ってマリリン!!」


咄嗟に名前を呼べば、マリリンの表情は不快一色に染まった。せめて「マリリンさん」と言った方が良かったのかもしれない。


「い、言っていることの意味が分からないのですが!!」

「やっぱり分かっていなかったのですね」


公爵家の一員? 決意? 一体なんのことなの? 私は局長のお世話係、じゃなくて、秘書! としてはまだまだ未熟で、役職は何と名乗ればいいのか。困った。私は一体なんなのだと自問したが、答えは出てくることもなく。


「ここまでしてもらってまだ分からないのですか? あなたは、旦那さまの『婚約者候補(・・・・・)』、です!」

「あ、ありえない~~!!」

「残念ながら決定事項です。しかも、現状として逃げられないところまで身を委ねています」

「なんだってー!?」と一応叫んではみたものの、思い当たる節はありすぎた。


綺麗な服、召使い達の一歩距離を置いたままで一向に仲良くしてくれない感じ、公爵家の方々と同じ食事が出されること。一介の召使いにもたらされるものではない。私はそんな素晴らしい待遇に甘んじながら、今まで分らない振りをしていたのだ。


「無理です。け、決意なんて、そんな、できてないし、家柄だって釣り合うはずが」

「家柄はさほど気にしていないようですよ。良かったですね」

「良くない!」

「それに旦那様は社交界のお付き合いをなさいません。なので、夜会で意地悪なご婦人にこねくり回されることもないでしょう」

「そんなの、どうでもいいです。私には関係ない話……」


マリリンとのお話も盛り上がりを見せていた所に、背後からコツコツという足音が聞こえてきた。立派な身なりの紳士様が来たと思って壁際に避ける。通り過ぎるまで頭を下げていたが、足音は私の目の前で止まった。そして、隣に居たマリリンが思いもよらない人物の名を呼ぶ。

「旦那様、ユードラ様のご準備は整っています」

私の目の前に居る人物は局長だった。ぱっと顔を上げれば深緑の目と視線が交わる。

局長は夜会に出るような盛装を纏っていた。目にかかっていた前髪は綺麗に撫でつけられており、その姿は立派な紳士にしか見えない。いつものじめっとした感じはなりを潜めていた。

局長は私の顔を見るなり、迷子になった子どもが母親を発見したかのような、そんな表情を浮かべていた。そして、とても似合っていると絶賛する内容の書かれたカードが渡される。

それは当たり前だろう。公爵家の侍女様が精魂尽きるまで頑張ってくれたのだから。

けれど、褒められ慣れていない私の目線は再び地面に落されてしまった。局長も普段と違う雰囲気なので、見続けるのが恥ずかしくなったとも言える。そんな私に一枚のカードが差し出される。それは「すみません」という謝罪の一言から始まった。


――食事は二人で摂る予定でしたが、父がランドマルク領から帰って来ていたようで、家族で食卓を囲む事態となってしまいました。


局長のお父様が、帰って来ていると!? 王弟であり、公爵家の当主であるアルゲオ様はランドマルクという北方地域の領主も務めていた。帰って来るのは月に一度。今までに何度か帰って来ていたという話を聞いていたが、直接会う機会は一度もなかった。


「お、お父様と食事だなんて! 局長、やっぱり無理です! 私にはとても……」


拒否する旨を言えば、局長の表情は悲愴なものに染まっていく。そんな道端に捨てられた子犬のような顔をしても駄目だ。今回ばかりはお断りをさせて頂く。今までの人生の中で無理をしていいことなど一度もなかった。だから敢えて言わせていただく、絶対に無理である、と。

そんな言葉を捲し立てながら逃げようと身を翻せば、背後から手首を掴まれる。放してくれと振り返れば、絶望を味わった後のような顔つきとなった局長が居た。今まで閉ざしていた唇を開き、私に懇願をする。


「……お願いします、どうか、一緒に」

「だって、だって、局長やフロース様のお父様とか、絶対怖いに決まっているでしょう?」

掴まれていた手を払って距離を取る。が、次に発せられた一言は驚くべきものであった。

「……実は、私も、怖いのです」


怖い? 実のお父様が?


「何を騒いでいる」


背後から地を這うような低い声が聞こえた。私はその声の恐ろしさに局長の服の袖を掴んでしまう。

そして、恐る恐る後ろを見れば、不機嫌な表情をしたおじさまがこちらをジロリと睨みつけていた。

あの人は、もしかしなくても局長のお父様!?

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