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お姫様と出会いました!

公爵様はお茶を持って行っても、食事を運んでも私が近づけば机の下に籠城をしてしまう。人見知りをする時期の幼子か、と思ったがもしかしたら女性関係で心の傷があるのかもしれない。

なんと言ってもあの美貌! サラサラとした銀の髪に切れ長の目。緑色の目はまるで宝石のよう。きっと手足も長いと思われるが、しゃがみ込んで膝を抱える姿しか見たことがない。世界中の女性に「素敵、抱いて!」と迫られたせいで女性恐怖症になったのだろうか。だが、それならば何故女である私を採用した? よく分からない。

その日は公爵様の飲み物や食べ物を運ぶだけの簡単なお仕事になってしまった。


夜、女中頭さんに案内をされたのは滞在をさせていただくお部屋。どうみても豪華絢爛な客間にしか見えない。思わず、ここの清掃をすればいいのかと聞いてみれば、ここは私の部屋だと言われた。

……なんだろうか、この破格の待遇は。

私を部屋に通してさっさと帰ろうとする女中頭さんのエプロンを掴んで引き止める。振り返った顔はあまり愉快なものではなく、ぎゅっと眉間に皺が寄せられていた。きっと忙しいのだろう。悪いと思って早口でまくし立てるように質問をする。この仕事は退職者が続出しているのかと。

答えは否だった。この仕事に就くのは私が初めてらしい。ますます分からなくなった。辞める人が多いから待遇を良くしているわけではないと。

ちなみに、召使いは全員このような部屋で生活をしているのかと聞けば、そんなわけないと呆れたように言われてしまった。話が終われば、女中頭はこちらに一礼をして部屋から出て行く。

その後、運ばれて来た夕食は、先ほど公爵様に持って行った品目(メニュー)と同じものが出された。

あれ、これ、おかしくない?


◇◇◇


翌日も侍女が来て身支度を手伝ってくれた。お礼を言って部屋を出る。

相変わらず業務については何も説明されない。ただ、掃除、洗濯、炊事などは女中がするのでしなくてもいいということだった。そうなれば、残るのはお茶を運んだり、食事を運んだりするだけ。

けれど、そんな美味しい話があるわけがない、大変な落とし穴があるのではと盛大に疑っている。


本日の公爵様は、寝室にも執務室にも私室にも書斎にも居なかった。念のためにお風呂も覗いたが中は空っぽ。近くを通りかかった執事っぽいオジサマに行方を聞けば、恐らく仕事に向かった、とのこと。召使いに見つからないようにこっそり出かけるので誰も行動を把握していないらしい。

会話をしているうちにふと気づく。公爵様は朝食を召し上がっていないと。だが、執事は職場で食べているようなので大丈夫だと教えてくれた。私もその謎の職場について行かなきゃいけないのでは? と聞けば必要ないと言われる。公爵様について来るように言われたら行けばいいと。

ならば、今日は何をすればいいのかと質問。「好きなようにお過ごしください」と言われてしまった。

――やっぱりおかしい。ここの仕事、楽過ぎる。

何かとんでもない事情があるに違いないが、いくら考えても私の貧相な頭では思いつかなかった。


ふらふらと廊下を歩いていると前から誰かが来ていたので、邪魔にならないように端に避ける。失礼にならない程度にチラ見をすればドレスを纏ったお方だった。お屋敷の住人かお客様なのかもしれない。頭を下げて通過していくのを待つ。

ところが、何故かカツカツという規則的な足音は私の前で止まった。


「ねえ、あなた」


聞こえたのは若い女性の声。頭を上げろと言われてその通りにすれば、目の前に居たのは――。


「お、お姫様!」

「はあ?」


美しい銀色の髪はきっちりと一つに結い上げられ、翠玉の双眸は高貴な輝きを放っている。麗しい容姿に目が眩みそうになった。纏っているドレスも派手なものではなかったが、品のある意匠(デザイン)で彼女のためだけに存在する物のように思えた。

絵本に出てくるかのような完璧なお姫様の登場に胸の鼓動が高まる。そう、私はこんなお方にお仕えしたかったのだと。


「そろそろ見飽きたかしら?」


凜とした声を聞いてハッとなる。失礼なことにしばらくの間、魅入っていたようだ。


「も、申し訳ありません。あまりにもお綺麗だったので、つい」

「あら、そう」


褒め言葉は聞き飽きているのだろう。私の言葉はさっと切り捨てられた。


「あなたがお兄様の?」


お兄様と呼んでいるということは、そうだ、このお方は公爵様の妹君! 確か、名前はフロース様、だったような。


「ねえ、名前はなんていうの?」

「ユードラ・プリマロロと申します」


他にも役職とか言わなければならないが、ふわっとした立場なのでなんと言っていいのか分からなかった。再び顔を上げろと言われ、お姫様と目線を同じにする。フロース様は眉間に皺を寄せながらこちらを注視している。値踏みをするように見つめられ、額に汗が浮かんできた。一体なんの用なのかと聞きたかったが、喉まで出かかっていた言葉がどうしてか出てこない。これが王族の威圧感なのかと思わず納得してしまった。


「見事なまでに平々凡々だわ」


私を示す言葉、平々凡々(きわめてふつう)。その通りである。


「でも、このくらい薄い人の方がいいのかもしれないわね」


召使いに個性は不要、とおっしゃりたいのだろうか。まあ、その通りだとは思うが。

その一言を呟いてからフロース様は「ごきげんよう」と言って立ち去る。優雅な後ろ姿を見送りながら、完璧なお姫様だとうっとり眺めてしまった。

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