局長との再会!
……召使イ、チガウ? ワタシ、意味ワカラナイ。
ポカンとする私を余所に、フロース様は優しい声で語り始める。
「お兄様って本当に変な人でしょう? 家族はみんな諦めていたの。……それが、お兄様だから」
局長は幼い頃に他人が苦手になるような事件があったわけでなく、昔から大人しい人だったらしい。
「お兄様は昔から自分に自信がなくて、いつも一人で、けれど寂しくないって、誰かと長い間同じ時間を過ごすというのは、とても困難なことだと、そんな風に言っていたわ」
フロース様はそれを理解出来ないことだと言うが、私には分かるような気がする。幼少時から自分の周囲には凄い人達が居て、劣等感を覚えるのも当たり前のことであると。
「でも、家族で諦めていない人が居たのよ。その人は、ずっとお兄様に厳しいことを言いながらも、いつか幸せになればいいと願っていたわ。……楽しいことも、嬉しいことも、一人で感じるよりは、誰かと分かち合った方が素敵な気分になるでしょう?」
「え、ええ、それは、まあ、その通りで」
「それがあなたのお仕事なの。二人で楽しくお喋りをして、笑って、泣いて、時には喧嘩もして。そんな誰もが当たり前にしている行為を経験することが、お兄様の自信にも繋がると、そんな風に思っているの」
「局長と、普通に接し合うことが、私の仕事?」
「そうよ。きっと、あなたにしかできないわ」
フロース様は先ほどまで感じていた不安を綺麗に拭い去ってくれた。ありがたくて、涙が眦に滲み出てしまう。
それにしても、一体誰がこのような案を考え出したのか。考えても分からないことだったので、あっさりと思考を止める。
「もう、眠りなさい」
「ありがとうございます。ですが、その前に局長にお手紙を書こうと思っています」
「お兄様になにを?」
「馬車の中で助けてくれたお礼の手紙を」
「まあ、だったら直接言えばいいじゃない。お兄様、ずっとあなたの部屋の前にいたのよ。今も、多分」
な、なんですと!? 局長は私を心配して部屋の前で待機をしていたらしい。
「ここに呼んでも大丈夫?」
「あ、はい。見苦しい姿ですが」
後頭部を冷やしているので、姿勢はうつ伏せのまま。起き上がってはいけないと言われているので、素直に従っている。「お兄様を呼んで来るから」と言って出て行ったフロース様は、局長の腕を掴んで引っ張るようにして連れて来てくれた。見事な力技である。今後、参考にしたいと思った。
「――お兄様、この通り、大丈夫でしょう? だから落ち着いて!」
さっそく局長と目が合って、どうもと挨拶をする。フロース様は掴んでいた手を振り払って退室しようと身を翻す。もう一度お礼を言えば、「大したことはしていなくてよ」という言葉を残して去って行った。
部屋の中は二人きりとなる。普通の貴族の男女なら、このように密室で顔を合わせることは許されないが、幸い私たちの関係は普通ではなかった。そんな状況に感謝をしつつ、言いたかった言葉を伝えることにした。
「局長、今日はありがとうございました。私が至らない行動をしたばかりに、このような事態となってしまって」
首を横に振り続ける局長。やっぱり、今回の件は自分のせいだと責めていたのだろう。
局長は、なにかを口で伝えようとしていたが、なかなか声として出てこない。あの時は本当に慌てていて、咄嗟に叫んでしまったのだろう。
「局長、もう、眠たくなってしまいました。局長も、もう眠たいでしょう?」
すでに日付が変わるような時間帯となっていた。私は結構長い間気を失っていて、その間局長も外で待っていたということになる。本当に大変なことを私はしでかしてしまった。
私は重たくなっていた瞼を閉じた。そして、その状態で話しかける。
「局長、また、先ほどみたいな状態になったら」
私は眼を瞑ったまま、手の平を広げて見せた。
「ここに文字を書いてください。それだったら、暗闇でも局長の思っていることが分かりますから」
掲げた手は、そのまま放置される。目を閉じているので、局長がどういう表情をしているかも分からない。このまま終わるわけにはいかないので、指先をちょいちょいと動かして、近う寄れという仕草をした。
「局長、おやすみなさい」
夜の挨拶をすれば、寝台の上に放り出された手に触れる指先を感じた。
ここで、局長が何かを書くまで待てばいいのに、あろうことか手を這う指先の感触がくすぐったくて大笑いをしてしまった。
「いや、本当に、すみません」
私はうつ伏せの状態で謝罪をすることになった。




