とてつもなく華やかな御方と出会う
出勤二日目。私は言われた通り馬の被り物を装着して、局長とともに出かける。
本日は秘密基地には誰も居なかった。書類の束を渡されて、どのような処理をすればいいか説明を受け、作業も局長の執務室でするようにと命じられる。
――お昼頃には帰って来る予定です。部屋の外へはなるべく出ないようにお願いします。
「了解です!」と局長に向かって最敬礼。昼食は一緒に食べられるという。
「それでは、いってらっしゃいませ~!」
手を振りながら見送れば、局長は晴れやかな笑顔を見せてくれた。最近はああやってよく笑うようになった。その変化を嬉しく思う。
局長が出かけたあとはお仕事のお時間。机仕事をする間は馬の被り物は取ってもいいというので、外してから作業を始めた。
頼まれた仕事は至極簡単なもの。走り書きで記された資料を綺麗に書き直したり、数枚の紙切れに書かれた局長の予定を日程表に書き込んだり。まあ、他にも色々だ。中には国家秘密なのでは!? と思われるような内容が書かれた書類もあって、これは私が書き写す作業をしても大丈夫なのだろうかと不安にもなってしまった。当然、口外するつもりはないが。
それから数時間、夢中になって作業に打ち込む。
机の上の書類が全て片付き、ぐうっと背伸びをして時計を見ればちょうどお昼過ぎ。そろそろ局長が帰ってくる時間帯だ。
執務部屋には新しく机と長椅子が用意されていた。私と食事をするためにわざわざ用意をしてくれたらしい。お屋敷で作ってきた食事を机の上に並べて局長の帰りを待つ。
それから数分後。執務室の扉がドンドンと元気良く叩かれた。
「はい、少々お待ちくださ~い」
局長が帰って来た! 任されたお仕事も終わっている、食事の準備も万端だ。
やっぱりお仕事を時間いっぱいできるというのは達成感がある。とても満たされたような気持ちになった。機嫌良くとんとんと跳ねるように足取り軽く扉の前まで近づいて扉を開く。
「おかえりなさい! きょくちょ」
勢い良く扉を開いたら、そこに局長の姿はない。
扉を叩いたのは局長ではなかった。そこに居たのは、背が高くて金の髪を持ち、綺麗な空色の目を瞬かせている、男性の格好をした……女性? この人が『鉄の淑女』フェーミナさんなのだろうか。
「――君、は?」
「あの、私は、ユードラ……」
「ユーリア!?」
「えっ!?」
目の前に現れた女性はいきなり私の体を抱き締めてきた。一体どうしてこんなことを、と混乱する中で、ガシャーン! と女性の背後で何かを落下させる音が鳴り響いた。
謎の怪音が鳴り響いても、男装をした女性は私を放すことはなかった。……何故。
◇ ◇ ◇
見知らぬお姉さんに捕獲された私を助けてくれたのは、仕事帰りの局長だった。謎の落下音をたてていたのも局長で、自分の執務室の前で抱擁している二人組を見たので驚いたとのこと。
長椅子に座ってしょんぼりとしている女性の名前はラウルスさん。二つ名は『勝利を掴む者』。まさか女性とは思わなかったのでびっくりした。
ラウルスさんはとてもキリっとした容姿をしており、男性だったらさぞかし女性の視線を集めそうだな、と思ってしまうような男前感のある女性だ。パンツスタイルも良く似合っている。
出会い頭で抱きついたわけは、私がラウルスさんの妹さんに背格好に声や名前などが似ていたかららしい。
「髪色といい、結い方といい、身長といい、すごく、すごく妹そっくりで……。取り乱してしまい、本当に申し訳なかったと思っている」
「まあ、その、お気になさらずに」
その妹さんの名前はユーリアさんといい、故郷に残したまま長い期間会っていなくて、感極まってしまったらしい。ユーリアとユードラ、ちょっとだけ名前も似ている。
ラウルスさんは申し訳なかったと何度も頭を下げていたが、別に謝ることもないと言って落ち着いてもらった。それよりも気になっていたのは、私の目の前に座って頭を抱えている局長の姿だった。
何かお仕事で落ち込むことでもあったのだろうか。可哀想に。
ラウルスさんも食事に誘ったが、もう食べたからと言って遠慮をされてしまった。
「ああ、食事の邪魔をしてすまなかったね」
私と局長は揃ってとんでもないと首や手を振った。失礼をすると言い、立ち上がって部屋から出て行こうとするラウルスさんを扉の前まで見送る。
「ユードラ嬢、良かったら、今度ゆっくりお茶でもしよう」
「あ、はあ」
私のはっきりとしない曖昧な返事を聞いて、ラウルスさんは人懐っこい笑みを浮かべる。そして、何故か私の手を握ったかと思えば、指先に唇を寄せていた。
「では、また」
するりと手を放され、ラウルスさんは颯爽と部屋から去って行く。突然紳士の挨拶を受けてしまった私はしばらく呆然とする。
社交界に出た娘ならあのような口付けの一つで動揺はしないだろうが、私は社交界のお付き合いというものをしたことがなかったので、どうしていいのやらと心の中は混乱状態となった。
ラウルスさんは男性だったら女性を惹き付けて止まないだろうと決め付けていたが、それは間違いだった。彼女は女性であるが男らしく紳士的な気性をしていて、とても魅力的だ。そんな人を社交界のお嬢様方が放っておくわけがない。しかしながら、ラウルスさんは隠密機動局で働く裏方の人間。夜会で注目を浴びることもないだろう。




