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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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朝食を食べよう

いきなり目の前の扉が開き、若者が何かを叫びながら顔を出してくる。

思考停止。思いも寄らない状況に、体を硬くしてしまった。

扉の向こうから姿を現した青年も、私の存在に気がついて驚いた顔を見せている。

そして、青年は私を指差して一言。


「あれ、愛妻?」


意味の分からないことを言う男だった。

どうしてか彼は私を愛妻かと聞いてきた。速攻で否定する。


「ち、違います、私は召使いです」

「ん~?」


男は私に接近して来て、じっと観察するように見てくる。なんだか嫌な感じがしたので、局長の背中を盾にして隠れさせてもらった。

男は私を追い詰めるように回って来たが、局長が手で制してくれたからか、動きを止める。


「――おっと、失礼。ふうん。ま、いっか」


なんというか、軽薄な雰囲気のある人だ。明るい茶色の長い髪を結びもせずに遊ばせ、服も胸元のボタンをきっちり締めていないダラけよう。まったくけしからん。もちろん悪い意味で。

この人も密偵なのだろうか。だとしたら、その恰好は目立ち過ぎるのでは? と思ってしまう。

局長の背後に隠れた状態で警戒心を強くしていたが、男の私に対する興味はあっさりとなくなり、注目は別の物へと移っていた。


「局長、やっぱり弁当(それ)、もらえないんですよねえ?」


余程お腹が空いているのか、この男は。そして、何故二人して、部屋にも入れずに若い男に絡まれているのか。局長もお腹が空いているのか、フルフルといつもより強めに首を振っていた。

軽薄男は、再び私の姿を覗き込んでくる。不躾な視線にむっとするも、自分もフロース様を心行くまで眺めてしまったことがあったので、他人を批判できる立場にはなかったが。

男は私を紹介して欲しいと言っているけれど、局長は黙ったままだった。召使いの名など一人一人把握していたら大変な苦労となるからだろう。


「もしかして、紹介出来ない?」


局長は今、どのような顔をしているのか。きっと呆れているのだろう。このような、召使いを紹介するような時間など無駄である。なので、早急に終わらせなきゃいけなかった。

勇気を出して軽薄男の前に躍り出る。目の前にいる人物は、私の顔を見てにやりと笑い出した。やはり、完全に面白がっているのだ。


「ユードラ・プリマロロです。本日付でこちらの職場で働くことになりました」


どうぞヨロシク、と言いかけたところで局長に口元を手で覆われてしまった。

む、無念。それからどうしてか、そのままズルズルと腕を引かれ、部屋の中へと(いざな)われる。

連行された場所は執務机とちょっとした棚などがあるだけの殺風景なお部屋。だが、最初に通された山小屋と違い、人が使っていた気配のあるところなので安心できる。

ホッとしたのも束の間、私の腕を掴んだまま局長は硬直してしまった。

「局長?」と声をかければパッと腕は放され、自由の身となる。

局長の顔を見れば、片手で口元を覆っているので表情から何かを感じ取ることはできなかった。


「あの、朝食を、食べましょうか」


局長の手からお弁当の入った籠を取って勝手に執務机の上に広げる。中に入れてあった果実汁を杯に満たしてからどうぞと勧めた。局長は基本的に人前で飲食をしない。なので、部屋から出て行こうとしたのに、背後に居た局長がサカサカと早足でやって来て、開きかけていた扉を閉めてくれた。


「何か、ご用ですか?」


なんだか距離が近い、気がする。

局長は後ろから腕を伸ばし、扉を押さえて閉じた姿のまま、固まっている。扉と局長に挟まれた状態の私もどうすればいいのか分からない。

その、今まで人に言ったことがなかったが、実を言えば、私は、閉所恐怖症だ。なので、この状況は大変辛い。だが、局長を刺激するわけにはいかないので、このままじっと相手の反応を待つ。

私が大人しくしているのが分かれば、局長はゆっくりと扉から手を離し、後方へと下がっていく。背後ではサラサラと何かを書く音が聞こえた。その後、トントンと指先で肩を叩かれて、一枚のカードを手渡された。


――朝食後、業務について説明をします。申し訳ありませんが、しばらくここで待機を。


局長は私に、ここにいろと命じた。記されている文章を何度か読んだが、この部屋で局長が食事を終えるまで待っておけとしか書かれていない。

どうすればいいのか分からなくて、その場で立ち尽くしていると、局長がカードを渡してくる。


――ユードラさんは、朝食は召し上がりましたか?


食事。言われて気付く。朝食を食べていないことを。

朝の食事は毎日局長を見送ってからだった。思い出した途端に空腹感を覚えてしまう。


「食事はまだ、ですが」


局長は紙に包んであったパンを一つ私に差し出す。


「でも、これは」


受け取るのを躊躇えば、局長はもう一つのパンの袋を示した。パンは二つあるから大丈夫だと言いたいのか。どうしようか悩んだが、結局はそろそろと近づいてからパンを受け取ってしまう。局長はさらに椅子から立ち上がって私に勧めてくれた。


「局長はどこにお座りに?」


そんな風に問いかければ、局長は背後にあった壁の窪みに腰掛ける。


「一つで足りますか?」


コクコクと頷く局長。本当に食べて良いものか、パンは二個しかないのに。どうぞどうぞと手を動かすので、私がいつまでもパンを口にしなかったら局長も食べ始めることができないと思っていただくことにした。二つに割った白いパンの中身はシャキシャキの新鮮な葉野菜に、軽く炙った燻製肉。公爵家にあった高級食材を切って焼いただけという簡単料理だ。味付けは厨房にあった料理長お勧めの香辛料と特製ソース。私はほとんど手を加えていないので美味しいに決まっている。

そんな美味しいものを食べれば自然と頬も緩むもので。

もぐもぐとパンを食べていれば、背後から視線を感じた。振り返れば、パンを持ったままの状態でこちらを見ている局長が。目が合えばさっと逸らされる。


「局長、食べて下さい。美味しいですよ」


こちらがお勧めしても局長は頷くばかりだった。

以前執事さんが言っていた『旦那様は人前で飲食をなさらない』というのは本当だったのだ。いつもは食卓に食事を置いたらさっさと出て行くので、気がつかなかった。


「やっぱり、私の存在が気になるのなら、外に出ましょうか?」


このままでは何時まで経っても食事が出来ない。退室を申し出たが局長は首を横に振るばかりで。

埒が明かないので立ち上がると、局長も一緒に立ち上がる。何用かと訊ねれば、パンを机の上に置いて何かを書き始めた。が、途中で動きを止めたので、一体何を書いていたのやらと覗き込む。

紙面の上にあった言葉は『ここから出てはいけない。外にはジョクラトルとラウルス君が』と。記されていた文章は意味の分からないものだったが、私の視線に気がついた局長はカードを折り曲げてポケットの中へ入れていた。新たに出されたカードには『食べます』という一言。

私は「どうぞ」と言って局長の置いていたパンを手渡す。

食事にだらだらと時間をかけていたらこのあとの業務に差し障りが出るので、早く食べるようにと勧めるが、依然としてパンを見つめたまま動こうとしない。もふもふとしたパンよりは一口大に切ったチーズの方が食べやすいかと思って、机の上に置いてあったものを一つ摘む。小さく切り分けたチーズを差し出しても、受け取ろうとしない。ぽかんとした表情でいたので、そのまま口の中にチーズを放り込む。


「よ~く噛んで下さいね」


口の中にチーズを入れたまま硬直するかと思いきや、素直にもぐもぐと食べ始めたので一安心。そのあと、パンも食べ始める。いつもよりパンが一個分少なかったので、チーズや果物を食べるように積極的に手渡した。


「お腹はいっぱいになりましたか?」


しっかりと大きく頷く局長。良かった良かったと言いながら片付けをする。


「それで、業務についての話というのは?」


局長は引き出しの中から一枚の紙を取り出した。それはここでの仕事内容が書かれたもの。


「……毎日届く書類の処理、予定表の管理に報告書の作成!」


うわ、凄い、秘書っぽい! でも、本当に務まるものなのかと不安に思う。けれど、精一杯頑張るばかりだ。 書類を見て浮かれている私に、局長が一枚のカードを手渡す。『一つだけお願いがあります』と。


「なんでしょうか?」


秘密結社(?)なので色々と決まりがあるのだろうか。でも、お願いは一個だけって。っていうか、一言ずつ言葉を書いて何枚もカードを使うのはもったいないので一気に書いてはいかがでしょうと指摘をしそうになったが、局長がお金持ちだったことを思い出して言い(とど)まる。

お願いが書かれたカードは、そのあとすぐに差し出された。そこに記されてあったことはなんてことのない内容だった。


――勤務中は馬の被り物を装着して頂きたいのですが。


馬を被って仕事をしろだと? 何故? ……いや、別に構わないけれど。

理由は聞かないで下さいと書かれたカードをもらったので、「あ、はい」と返事をしてその話題はあっさりと終わった。

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