いざ、職場へ!
翌日。また馬の頭を被っていたらどうしようと思っていたが、本日も局長は麗しい素顔をさらしていた。
「おはようございます、局長!」
今日も馬舎の前で待ち構えてご挨拶。局長は引き攣った顔を見せていたが気にしない。今日も朝と昼の二食分のお弁当を手渡し、いってらっしゃいと手を振りながら見送りをする。
「それでは、お帰りをお待ちしております」
局長はお弁当を荷鞍に乗せてから、困り顔でこちらを振り返った。
もしかして、私に付き纏われるのが嫌になったのか?
「局長、もしや、このようにお傍に居ることは迷惑なのでしょうか?」
分からないことは聞くに限る。ところが、私の問いかけに対して局長は首を振るばかりだ。だったら何故そのような顔をしているのかと聞けば、局長は胸ポケットから万年筆とカードを取り出してさらさらと何かを書いていた。そして、それは私に手渡される。
――もう寒い時期なので朝起きるのも辛いことでしょう。お弁当も見送りも、不要です。お出迎えもいりません。今までご苦労様でした。
「あ、そういう心配でしたか」
公爵家の敷地内なので不審者は出ないし、寒さにも強いので大丈夫ですと言っても、局長はフルフルと首を振ってこれまでのような行為は要らないと言う。
「分かりました」
私の言葉を聞き、局長の下がっていた眉も元の位置に戻る。ホッと安堵の息も吐いていた。
しかしながら、私は諦めていなかった。局長はこちらが大人しく引き下がると思っているのだろうか。残念ながら、私は転んでも無償では起き上がらない女なのだ。
「だったら局長の職場に連れて行って下さい。前にお仕事もあるって言いましたよね? 馬車を出してもらいましょう」
すみませ~んと馬舎で働いているお兄さんに声を掛ければ、あっという間に立派な馬車を用意してくれた。馬も繋げてくれて、あとは中に人が乗り込むだけである。
「さあ、局長、行きましょうか!」
再び困った顔の局長を引っ張って馬車に詰め込み、出発となった。
局長は馬車の中で顔を両手で覆い、肘を膝の上について前傾姿勢で居た。目の前に座る私はそんな局長のつむじを見守るばかりである。
馬車は薄暗い森の中をガタゴトと走り抜け、目的の場所まで走って行く。
馬車が止まり、降ろされた場所もまだ森の中。一体どういうことなのかと局長の顔を見上げれば、『ここから少し歩きます。すみません』と書かれたカードを手渡される。
抱えていたお弁当箱は局長が持ってくれた。それから獣道のような荒れ果てた草むらを進む。前を行く局長は私がきちんとついて来ているか何度も確認をしながら歩いていた。
しばらく道なりに進み、辿り着いたのは一軒の山小屋。馬小屋と薪を入れる木箱があるだけの場所だった。
「ここが、お仕事場、で?」
局長はコクリと頷く。ここに来て明らかになるご職業。局長は樵だった!?
無言で一日中木を割り続ける局長。……駄目だ、似合い過ぎる。
馬小屋には二頭のお馬さんが顔を覗かせていた。他にも樵がいるのだろうか。何もかもが謎である。
局長は山小屋の方へ歩いて行く。扉を開いて私の方を振り返った。中へ入れということなのだろうか。どうもと会釈をしながら中へと入った。
とりあえず、樵仲間の同僚さんにご挨拶を、と思ったが山小屋の中は無人。
薄暗い部屋の中は清潔に保たれていたが、生活感がまるでなかった。ちょっとだけ怖くなる。
朝食でも食べてひとまず落ち着きましょうと言おうとしたのに、部屋を見渡しても食器類の一枚もない。今までどうやって飲み物などを確保していたのかと恐ろしくなってしまう。やはり、ここには人が使っていた形跡が欠片もないのだ。
あたふたしている私に、局長が一枚のカードを差し出す。手を伸ばして受け取れば、この職場の詳細が書かれていた。
――ここは、隠密機動局の本部です。
「お、おんみつ?」
局長はコクリと頷いていた。レグルス・ユースティティア様は樵ではなくて、別の仕事をここでしていると?
二枚目のカードには『国王からの命を受けて、諜報活動や密偵をしています』と記されていた。
「ああ、隠密活動を、なさっているの、ですね」
局長は、黙々と木を真っ二つにするだけのお仕事をする職人さんではなかったのだ。危なかった。暢気に「やっぱり木が乾燥している冬の時期が一番忙しいんですよねえ」と聞きそうになっていた。
それにしても、あの挙動不審で人見知りなお方がどうやって社会に溶け込んで仕事をしているのかと疑問に思っていたが、ぴったりな職業があって「なるほどな!」と感心してしまう。
局長は暖炉の前にしゃがみ込み、何かをしている。しばらくすればガコン! という音が聞こえてきた。背後から覗き込めば暖炉の下が開き、階段のようなものが見える。
なんという、秘密結社のような仕掛け。意味もなく感動をしてしまう。
階段から下は埃っぽいようで、大きな布を渡された。ご厚意に甘えて頭から被る。角灯を手に取って局長に続き、階段を下り始めた。
出入り口は人が離れると再びガコン! という大きな音をたてて閉まっていく。
階段は大人一人がやっと通れるくらいの狭いもので、急な角度なので結構怖い。申し訳ないと思いつつも、局長の背中の衣服を掴みつつ歩いて行く。
階段が終わったかと思いきや、迷路のような廊下に出くわす。しかも、仕かけ扉がいくつもあって、簡単に先に進めないような構造となっていた。
局長に置いて行かれたら二度と地上の光を見ることができないだろう。考えたらまたしても恐ろしくなって背中の服を掴む手に力が入ってしまった。
長い長い廊下を歩いて回り、行き止まりとなっている場所へ辿り着く。局長はぺたぺたと石の表面を触り、何もないように見える場所を親指で押せばガタガタと震えだし、壁が横に動いていく。
壁の向こう側には扉があった。私は局長を盾のようにしながらあとに続く。
謎の扉は自分達が抜ければ自動で閉まっていった。
なんだか大規模な施設だ。さすが、国王直々の命令で動く機関。お金がかかっている。そして、ここまで来て、不安になる。私なんかができるお仕事があるのかと。
「局長、私、のこのこついて来て大丈夫でしたか!?」と、今更ながら質問をしてしまう。
無理矢理ついて来ておいてなんだが、一体どんな仕事をするのか。
局長はこちらを振り向いて、かすかに頬を緩ませる。安心しろと言いたいのだろうか。はっきりとした意図が伝わらなかったので、重ねて質問をする。
「きょくちょ……」
「――腹減った! 局長、愛妻弁当ちょっと分けてくれよ!」




