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公爵様と仲良くなるだけの簡単なお仕事  作者: 江本マシメサ


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馬と一緒のくせ強おやつ会

局長は膝を抱えたまま、まったく動こうとしない。余程フロース様が恐ろしかったのだろうか。可哀想に。


「局長、行きましょう。少し先に東屋っぽいのがあるので、休憩ならそこでしましょうよ」


頷く馬。一応こちらの声は届くようだ。しかしながら、なかなか立ち上がろうとしない。


「さあ、行きますよ」

私は局長に手を差し出す。一瞬ビクリと体を震わしていたが、いつものことなので気にしない。

短気な私はおろおろと馬の頭を動かしている局長を急かした。そして何度か「早く行きましょう」と言って責め立てれば、そろりと手を上げるので私は差し出された手をぐっと掴んでそのまま立ち上がらせようと力の限り引っ張った。

薔薇園の中にある東屋はお上品な真っ白の机と椅子に、薄紅色をした薔薇の花の蔦が巻かれた柱と丸い屋根の可愛らしい造りとなっていた。綺麗に磨かれた机の上に籠を置き、局長を座らせるために椅子を引いた。

局長は軽く会釈のようなものをしてから椅子に腰かける。私は召使いなので背後で待機をしていたが、局長より『よろしかったら椅子におかけになって下さい』と書かれたカードを頂く。滅相もないと一度はお断りをしたが、どうしてもと勧めるのでお言葉に甘えることにした。

目の前に座る局長の雰囲気は依然としてどんよりとしたもので。なんだか気の毒に思ってしまう。

甘いものでも食べたら元気になるかもと思って庶民クッキーを取り出す。


「このクッキー、昨日私が作ったものでして」


机の上で握られていた局長の拳をトントンと指先で叩いて開かせ、クッキーを一枚手の平に置く。

局長はクッキーを手の平の上に置いたまま微動だにしない。もしかして異物混入の心配をしているのだろうか。


「大丈夫ですよ、局長、ほら!」


毒見をしようと局長の手の平からクッキーを奪い取り、そのまま口の中へ! と思っていたのに妨げとなるものが。私はすっかり馬の被り物をしていることを失念していたのだ。

ここで脱いでクッキーを食べて良いものなのか。でも、折角こうして向かい合って座っているところまで気を許してもらったのに、私の顔を見た途端机の下に隠れられてしまったら今までの努力が無駄になってしまうのではとも考えた。

何かいい案がないかと思考を巡らせれば、あっさりと答えは出てくる。馬の口から食べればいいのだと。さっそく何も入っていないことを主張してから、馬の口をぐにっと片手で開いてクッキーを入れる。もちろんこれで「ハイ、食べましたー!」ということではない。

私は少し馬の面を上に傾ける。すると、先ほど入れたクッキーが馬の面を滑って己の口元へと滑り落ちてきた。あとはそれをもぐもぐするだけ。

安っぽい味のクッキーが私の口の中の水分をこれでもかと奪っていく。それを一生懸命噛み砕き、なんとか呑み込んだ。


「……あの、すみません。異物は入っていませんでしたが、あんまり美味しくありませんでした!」


念のために自己申告。同時になんでこのようなお口の中の水分泥棒系お菓子をフロース様に献上してしまったのかと後悔が押し寄せていた。 

一連の行動を見ていた局長の手の平はそのまま机の上に置かれたままだった。


「その、食べます?」


一応聞いておく。そのまま首を横に振ったらこれはあとで休憩所に持って行ってマリリンと食べようと思っていた。なのに、局長はコクリと、しっかり頷く。


「すみません、お茶も何もないのですが」


そう言いながら局長の手の平に再びクッキーを置いた。 

局長は手の平のクッキーをまじまじと見ていた。型抜きも使っていないクッキーの形は酷くいびつなものだ。クッキー自身も高貴なお方の視線に耐え切れなくなっているところだろう。

世にも珍しい庶民のお菓子をしばらく眺めていた局長は、一度こちらに一礼してからそれを口元に持って行く。しかしながら、それを阻むのは馬のお面。残念でした。

局長、お馬さんの口からクッキーを入れて、中をするっと滑らせてからもぐ! ですよ、と助言をしたのに上手く伝わらなかったのか首を傾げている。


「私が食べさせましょうか?」


日も傾き始め、少しだけ寒くなってきたので、局長のゆっくりとした反応を待たずに行動に移す。手の平のクッキーを奪い取って被り物の口の中へえいや! と突っ込んだ。

局長のお馬さんのお面の角度を少しだけ傾ければ、クッキーは中の人の口元へと滑っていく。

局長的には予想外の出来事だったからか、わたわたと落ち着き無く動き回っていた。そして、食べることに成功をしたようだが、最終的に粉っぽいクッキーに噎せていた。


「至らないお菓子を勧めてしまって申し訳ありませんでした。それに、何か飲み物も、用意すべきでした」


局長の背中をさすり、どうにか落ち着いてもらってからの謝罪。下げた頭が上がらないというものである。視線を机の上に向けたままでいると、やがてそこに一枚のカードが差し出された。


――クッキー、美味しかったです。普段と違う食べ方をしたので、見苦しいところを見せてしまいました。


書かれてあったのは色々な意味での優しいお言葉。顔を上げれば、当たり前だが馬の顔が。

表情から感情を窺うことはできなかったけれど、局長の言葉には嘘や偽りがないような気がして、救われた気分となる。


「局長、ありがとうございます」


立ち上がってから頭を下げた。とんでもないと言わんばかりに首を振る局長。

局長はこんなにも穏やかで、優しくて、人格的には何も問題はないのに、どうして人見知りが激しくて、口下手でどうにもならない人なのだろうか。

人が嫌いというわけでもない。だから、なんだかもったいないと思ってしまう。

この先、局長が誰かに心を惹かれるようなことがあった時に、私との関わり合いがためになるかもしれない。だから、精一杯お仕えしようと心に誓った。

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