婚約破棄っていいものですよね
「ミリア、お前との婚約破棄する!」
叫んだのは男爵家のお坊ちゃま。ミリアの婚約者の、いや、だったカルトだ。
場所はミリアの実家のメーベル子爵家でティータイム中だ。
カルトとミリアに給仕してくれるメイドと執事しかいないのが不幸中の幸い。
「いいですよ」
カルトは最近、平民の女性と恋仲らしいので、良いだろう、と思う。
言い方は悪いが子爵家も男爵家も貴族であって、平民に限りなく近い。
上級貴族の方々とは違うのだから自由恋愛で問題ないだろう。
「いいのか!」
「いいですよ」
「本当に、いいんだな!」
「いいですよ」
何回繰り返すつもりなんだろうか、この坊ちゃんは、と思いながらミリアは返事を返し続ける。
だが火の車ではないが、お金が平均的にしかない子爵家のミリアの新しい相手を見つけるのは困難かもしれない、と後を考えてため息をつく。
「やっぱり、婚約破棄は嫌なんだな」
ため息をどう勘違いしたのか、元婚約者のカルトがニヤニヤしながら言ってくる。
「婚約破棄はいいですよ」
「なんでだ!」
「貴方が言い出したのでしょう」
「お前は不貞していたのか!」
「何故? 先ほどまで婚約者がいたのに」
言い出しだのはカルトだろう、と言いたかったがもう婚約破棄した相手なのでそっと黙って、お茶を飲み切ったミリアは席を立つ。
「なんだ、やっぱり破棄は嫌か?」
「いえ、父に婚約破棄を伝えます。それで終わりです。喜んでください」
「なんでお前はそんなに破棄したいんだ!」
「婚約破棄したいのではないのですか?」
そう言えばカルトは黙った。
黙った様子を見て、ミリアはカルトの目的は婚約破棄ではないな、と推察する。
だが平民の恋人がいるのは知っている。
導き出されるのは簡単な答えだった。
「私と結婚して平民の恋人を妾にしたかったんですね。確かに私が貴方に執着していれば、一番安牌です」
カルトは顔を真っ赤ににして口をパクパクさせている。
どうやら当たりのようだ。
「元婚約者に教えてあげましょう。貴族と結婚して、平民の恋人と一緒になるには、貴族の相手を貴方に執着させる。それか……契約する」
「契約?」
「ええ。例えば今がそうですが、私と貴方は政略結婚相手です。貴方個人を好きではありません。だから破棄する、と言われれば、はいそうですか、となります」
「俺を、好きじゃない……だと」
「逆に聞きます。私を好きですか?」
再び黙ったカルトにミリアは内心ニヤリと笑い、話を進める。
「でしょう。政略結婚です。当然です。逆に私が破棄しましょう、と言えば貴方は、私が愛人を作る事を知っていても結婚したいと思わないでしょ」
「っく」
「そこで契約です。今のままだと貴方にしか愛人を妾に出来るというメリットがありません。いえ、逆に私は新婚なのに妾に夫を奪われると陰口を叩かれるデメリットが追加されます」
「つまりお前にもメリットを、って事か」
「そうです。メリットを提示する。これが大事です。私はもう婚約破棄したと思っていますが、父に報告していない以上正式ではありません。なので父に報告前に聞きましょう。私にメリットを提示できますか?」
もう一度黙ったカルトにミリアは背を向けて、父の書斎に向かった。
婚約はあっという間に正式に破棄され、且つ平民の恋人がバレたカルトはミリアの実家に平均以上の慰謝料を支払ってきた。
結局カルトは平民の恋人とそのまま結婚することになったらしいが、どうやら爵位を継がせてはもらえなかったらしく、平民として暮らして苦労しているらしいと噂で聞く。
ミリアはというとカルトの弟と再度婚約を結び、間もなく結婚する。
その時にカルトの家の爵位は弟、現在のミリアの婚約者が継ぐそうだ。
結局ミリアにとっては何も変わらなかった。
カルトの弟もミリアが好きな訳ではなく政略で、ミリアにとっても同じ。
ただ違うのは平民の恋人を持たずに、政略結婚を理解している点ではカルトよりマシと言えるだろう。
ある日、青空の中、平民街にある小さな結婚式場で結婚式を挙げた。
真っ白なドレスを纏って、ブーケを空へ投げる。
平民街でしたので、ブーケを投げるために式場の外に出れば、ブーケを取るべく集まっていた招待客以外の平民の方々も祝福の言葉と共に祝ってくれた。
そこにカルトがいたような気がしたのは気のせいだろう。隣には綺麗な女の人もいたようだが、ミリアの隣にもカルトの弟がいる。
いや、カルトの弟ではないカイエン。ミリアの旦那様が隣にいるのだ。
「婚約破棄っていいものですね」
「え、結婚したばかりで怖いこと言わないでください!」
「ふふっ」
ある意味カルトに仕返し出来たのか? と思いつつ、ミリアは婚約破棄に感謝し、カイエンと幸せに暮らした。
さよなら、カルト。