人魚
三題噺もどきーじゅうさんこめ。
前話に引き続き?人魚の話。
お題:人魚・科学者・ニキビ
大きな丸い水槽の中。
私は独り、暮らしている。
―正確に言えば、独りではないが。
私は、まあ、人ではなく、人魚である。
上半身の形は、人間とほぼ同じではあるけれど、あばらといわれる辺りには亀裂が入っているし、下半身は魚の尾鰭同様ひらひらとしている。
そうでなければ、人間が水槽の中で暮らせる訳があるまい。
(暮らせるのかもしれないけれど)
今日も今日とて、蒼い水槽の中の岩の上で、ぼーっとしていた。
「やぁ、今日も元気かい?」
外から話しかける者がいる。
先ほど、独りではないと言ったのは、アイツがいるからである。
科学者のコイツに、海で静かに暮らしていた所を見つかり、ここに囚われたのだ。
全く、私らしくもないミスをしたせいで、人生(魚生?)を棒に振ることになるとは。
「………………」
私はここに来てから、一言も喋っていない。
話したところで聞こえるのかどうかも、知らない。
「今日も不機嫌か…。」
当たり前だろう。
突然こんな所に押し込められて不機嫌ではない奴がいるものか。
オマエも同じ目に遭えばわかるだろうよ。
何も話したくないし、何もしたくない。
あの静かな海に、帰して欲しい。
「娘の話をしようか。そういえば、この間ね―」
アイツは独りで話し始める。
私がここに来てから、コイツはずっとそうやって私の前で独り、娘の話しをし続けるのだ。
(そんな事をやって、何になるのだ。)
―意味の無い。
聞き流しながら、1人静かに、海のことを思う。
あの広い、美しい海を。
なぜ、こんな所に閉じ込められなくてはならないのだ。
私は何もしていないのに。
ただ静かに、暮らしていただけなのに。
毎日、毎日、泣きたくて、鳴きたくてしょうがない。
こんな生活、逃げ出したい。
でも、どうやってここに来たのか分からない。
何が悪くて、私がここに居るのか分からない。
ただただ、ここから逃げたいという思いだけが溢れて行く。
「最近娘が、顔にできたニキビを気にしだしてね。もう、年頃だからかな。」
なんだ、そんなことを。
くだらないことをいつまでも喋る彼の顔をちらりとみる。
憂いに満ちた顔だった。
そんなに娘のことが、気にかかるのか。
そんなに言うなら、こんなところに来ないで娘とやらと居ればいいじゃないか。
―ふと、そういえば、この部屋をよく見た事は無かったことに気づいた。
ふいと、机らしきものの上を見ると、写真が飾られていた。
そこには、彼と1人の女性と1人の少女。
私の視線の先にあるものに気づいたのか、彼はおもむろにそれを手に取る。
「あぁ、これは僕の家族だよ。」
(家族……)
私にだって、家族は居た―と思う。
意識を持った時には一人だったから、知らない。
「とても幸せだったんだ。」
(だった……?)
「娘が、突然倒れてね。頑張ったんだけど、その数日後に亡くなってしまって。」
(死んだのか。)
「妻は、とても気に病んで。自殺してしまった。」
(こいつも、いろいろあったのか。)
まあ、それは私がここに閉じ込められることとは、関係がないが。
「あれ?泣いているのかい?」
(?)
パタパタと、鱗の上に水が零れた。
というように感じただけ―実際はふよふよと水中に浮かぶ。
「は、」
―何で。
「君は、優しいんだね。」
何を言っているのだろう、コイツは。
「なぜ、君を連れてきたのかと言うとね。―娘に似ていたんだ。」
それは、私を捕える理由にはならないだろう。
「理不尽だよね。」
分かっているなら、早く出してくれ。
そう思いながらも、溢れる涙は止まらない。
「そんなに泣かないでくれ。可愛い顔が台無しだ。」
「それは、オマエの娘に似ているからでしょう。」
初めて答えた。
「それもあるだろうが、違うよ。」
―君が好きなんだ。
ポツリと放ったその言葉。
それは、私を縛るのに充分な言葉だった。