表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
7/39

 パソコン倶楽部の活動場所であるコンピューター教室は新校舎の二階一番奥にある。一年生の教室がある旧校舎の二階からは渡り廊下で繋がっていて、窓からグランドが一望できた。

 グランドを見下ろすと、手前の一角で女子ソフトボール部が基礎練習を始めていた。


「お、やってるね」


 木村は足を止めて外を見た。女の子ばっかりの集団にどうやら興味があるらしい。つられて覗き込んでみると、一年生と思われる集団の中に佐友里がいた。


「いいよな」

「なにが」

「青春さ」


 木村とは、趣味が合わない感じがした。

 佐友里が手を振っているのに気付いた。仕方ないので振り返すと、周りの女子が騒ぎ始めた。木村も不満げにこっちを見ている。


「だれだよ」

「幼馴染。いわゆる腐れ縁って奴さ」

「まじっ?」

「まじ」


 再びグランドに視線を戻してから、木村はボソリと呟いた。


「かわいいじゃん」

「そっか?」


 それなりにかわいいとは思うけど、別に意識するほどでもない。それに今は、五月と比べてしまうから、佐友里も問題外だった。


「名前は」

「伊勢佐友里。名字が同じなのは遠い親戚だからだよ」

「なるほどね」


 どういう風に理解したのか、表情からはつかめなかった。彼はもう一度なるほどねと付け加えてから、グランドに視線を戻した。女子ソフトボールの一年生は、すでに練習に戻っていた。


 初めてコンピューター教室に入ったが、まだ誰もいなかった。


「休みなんじゃないのか」

「いや、今日は活動日だって部長には確認してあるんだよ。すぐに来ると思うから、その辺に座っていてくれ。いま飲み物持ってくるから」


 木村はもう馴染んでいるようで、さっさと準備室に消えて行った。

 コンピューター教室に設置してある一クラス分、二十台のコンピューターは全てトーカ製だった。国内に出回っているパソコンといわれる個人向けコンピューターの九割がトーカ製で、残りの一割は自作機だ。その自作機にしたところで、使われているパーツはトーカの製品ばかりだった。

 ここに配備されているトーカ製のモデル三十二は、一世代前のCPUを搭載した廉価版で、現在一番多く市場に出回っているマシンだった。セカンドマシンとして持つ人も多かった。

 トーカは、広報戦略の一つとして、教育機関にかなりの台数を寄付していた。ここのマシンにも『寄贈 トーカ産業機械』と金色の文字が掘り込まれている。


 教室の片隅に、他とは違う二台のコンピューターがあるのに気づいた。一台はかなり年季の入った中古マシンで、もう一台にはビニール製の白いカバーがかかっていた。カバーのおかげで機種は特定できないけれど、そのシルエットが他のマシンとは違っていた。ここ二、三十年の間に作られた機種には該当すしない。筐体自体が特注だろう。

 何故かそのマシーンが気になった。

 最新機種が入れ替わりやってきたし、山のように積んである雑誌を暇つぶしに読んでいたから、ハードの知識だけは十分ある。

 でも、興味を持つ事は一度もなかった。

 それなのに今、このマシンを見てみたいという衝動に駆られていた。人のものを勝手に触る事はいけないことだと分かっていても、湧き出てくる好奇心には勝てなかった。

 気付いたらそのカバーを剥がしていた。

 標準型モニターと並べて置いてあるフルタワー型の本体は、確かに見た事の無いデザインだった。でも、それは特注とかそういう類のものではなく、とてつもなく古いだけなのだとすぐに分かった。フロントパネルの接続端子は、すでに使われていない規格だし、フロントベイに刺さっているのはDVDのドライブだった。三十年以上は前のものだ。

 トーカのロゴマークの代わりに雪の結晶を形どったエンブレムが付いている。

 そのデザインは何処かで見た。

 だけど、思い出すことは出来なかった。


 一目みたいと思う気持ちは、起動してみたいという誘惑に変わっていった。目の前にある電源スイッチを押しさえすれば、簡単にそれは叶う。だけどわずかな理性を駆使して、なんとかその感情を押さえ込むと、カバーをかぶせた。


 教室の扉が開いたのは、カバーを戻した直後だった。勝手に触ったのが見つからなくてほっとした。


「おはよう。あれ、あんただれ?」


 教室に入ってきたのは、木村の言ったとおりの美人でかわいい女子だった。美しさでは五月のほうが数段上だと思うけど、かわいさでは負けてはいない。木村が惚れるのも無理は無かった。

 誰かに似ている気もしたけど、すぐに思い出せなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ