七
パソコン倶楽部の活動場所であるコンピューター教室は新校舎の二階一番奥にある。一年生の教室がある旧校舎の二階からは渡り廊下で繋がっていて、窓からグランドが一望できた。
グランドを見下ろすと、手前の一角で女子ソフトボール部が基礎練習を始めていた。
「お、やってるね」
木村は足を止めて外を見た。女の子ばっかりの集団にどうやら興味があるらしい。つられて覗き込んでみると、一年生と思われる集団の中に佐友里がいた。
「いいよな」
「なにが」
「青春さ」
木村とは、趣味が合わない感じがした。
佐友里が手を振っているのに気付いた。仕方ないので振り返すと、周りの女子が騒ぎ始めた。木村も不満げにこっちを見ている。
「だれだよ」
「幼馴染。いわゆる腐れ縁って奴さ」
「まじっ?」
「まじ」
再びグランドに視線を戻してから、木村はボソリと呟いた。
「かわいいじゃん」
「そっか?」
それなりにかわいいとは思うけど、別に意識するほどでもない。それに今は、五月と比べてしまうから、佐友里も問題外だった。
「名前は」
「伊勢佐友里。名字が同じなのは遠い親戚だからだよ」
「なるほどね」
どういう風に理解したのか、表情からはつかめなかった。彼はもう一度なるほどねと付け加えてから、グランドに視線を戻した。女子ソフトボールの一年生は、すでに練習に戻っていた。
初めてコンピューター教室に入ったが、まだ誰もいなかった。
「休みなんじゃないのか」
「いや、今日は活動日だって部長には確認してあるんだよ。すぐに来ると思うから、その辺に座っていてくれ。いま飲み物持ってくるから」
木村はもう馴染んでいるようで、さっさと準備室に消えて行った。
コンピューター教室に設置してある一クラス分、二十台のコンピューターは全てトーカ製だった。国内に出回っているパソコンといわれる個人向けコンピューターの九割がトーカ製で、残りの一割は自作機だ。その自作機にしたところで、使われているパーツはトーカの製品ばかりだった。
ここに配備されているトーカ製のモデル三十二は、一世代前のCPUを搭載した廉価版で、現在一番多く市場に出回っているマシンだった。セカンドマシンとして持つ人も多かった。
トーカは、広報戦略の一つとして、教育機関にかなりの台数を寄付していた。ここのマシンにも『寄贈 トーカ産業機械』と金色の文字が掘り込まれている。
教室の片隅に、他とは違う二台のコンピューターがあるのに気づいた。一台はかなり年季の入った中古マシンで、もう一台にはビニール製の白いカバーがかかっていた。カバーのおかげで機種は特定できないけれど、そのシルエットが他のマシンとは違っていた。ここ二、三十年の間に作られた機種には該当すしない。筐体自体が特注だろう。
何故かそのマシーンが気になった。
最新機種が入れ替わりやってきたし、山のように積んである雑誌を暇つぶしに読んでいたから、ハードの知識だけは十分ある。
でも、興味を持つ事は一度もなかった。
それなのに今、このマシンを見てみたいという衝動に駆られていた。人のものを勝手に触る事はいけないことだと分かっていても、湧き出てくる好奇心には勝てなかった。
気付いたらそのカバーを剥がしていた。
標準型モニターと並べて置いてあるフルタワー型の本体は、確かに見た事の無いデザインだった。でも、それは特注とかそういう類のものではなく、とてつもなく古いだけなのだとすぐに分かった。フロントパネルの接続端子は、すでに使われていない規格だし、フロントベイに刺さっているのはDVDのドライブだった。三十年以上は前のものだ。
トーカのロゴマークの代わりに雪の結晶を形どったエンブレムが付いている。
そのデザインは何処かで見た。
だけど、思い出すことは出来なかった。
一目みたいと思う気持ちは、起動してみたいという誘惑に変わっていった。目の前にある電源スイッチを押しさえすれば、簡単にそれは叶う。だけどわずかな理性を駆使して、なんとかその感情を押さえ込むと、カバーをかぶせた。
教室の扉が開いたのは、カバーを戻した直後だった。勝手に触ったのが見つからなくてほっとした。
「おはよう。あれ、あんただれ?」
教室に入ってきたのは、木村の言ったとおりの美人でかわいい女子だった。美しさでは五月のほうが数段上だと思うけど、かわいさでは負けてはいない。木村が惚れるのも無理は無かった。
誰かに似ている気もしたけど、すぐに思い出せなかった。