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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
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 今年は特に生徒が多く、開校以来初めて十クラスの大台に乗ったそうだ。だけど同じ小学校からここ中部中学校に進学したのは十二人だけだった。だから同窓生が同じクラスにならないことは覚悟していた。その十二人にしたって、佐友里以外は良く知らないやつばかりだったから、同じクラスになったところで、お互い友達と言う感覚は無いだろう。それでも出身小学校が同じという事は、いくらか安心材料にはなるのだった。

 たけど四組になったのは一人だけで、佐友里ともはじめて違うクラスになった。


 一週間後の昼休み、五月が見つからない事へのイラツキを、朝のうちに買っておいたコンビニ弁当にぶつけていると、背の高い男が椅子を持ってやってきた。

 同じクラスの木村俊夫だ。


「遅刻マン。ちょっといいかな」

「いや、遅刻マンちゃうし」


 入学式に遅刻したのがよっぽど印象深かったのだろう。佐友里の言うとおり遅刻マンのあだ名がついた。

 気分が悪くなった友達(女)を助けて遅刻したのだと担任が説明したから、そのあだ名も悪い意味で使われてはいなかった。とは言え初日をのぞいて一度も遅刻はしていないのだから、いい加減その呼び方は止めて欲しいと思っていた。


「伊勢純也っていうんだけど。一応」

「ああ、そうだっけ」


 木村は白い半透明のフクロからやきそばパンとリッチロール(ねじりドーナッツに生クリームをはさみチョコをかけた奴)を取り出して机に並べ、散々悩んでから、やきそばパンに手を出した。


「おれは木村って言うんだ。小学校は二区だから、知り合いが一人もいなくてね」


 二区というのは、ここから二百キロほど南に位置する行政区の事である。彼は中学進学と同時に親の仕事の都合でこの街に引っ越して来たのたそうだ。


「おまえ三小なんだろ。少ないんだってな三小出身の奴」

「まあね」

「友達いないもの同士なかよくしようぜ」


 お互いの傷を舐め合うみたいで嫌だったけれど、彼の印象は悪くなかった。


「ところで遅刻マン」

「伊勢だよ」


 何度名前を訂正したとても、木村は名前で呼ばないだろう。彼はそんな感じのする男だった。もちろん二度目の訂正も聞き流した。


「部活は決めたか?」


 中学校では特別な理由が無い限り、部活か委員会に所属しなければならなかった。

 団体行動は苦手だから、出来れば複数の人間と係わる事のない部活を探していた。個人の活動が中心で実際にはほとんど活動していない所がよかった。

 佐友里は女子ソフトボール部に入部したから、同じ部活は無理だったし、委員会のように責任ある仕事につくのも嫌だった。


「いや、まだだなんだ。中々いいところが見つからなくてさ」

「ふーん。じゃあさ、うちに来いよ」


 背が高くスポーツマンに見えたから、木村の部活は体育会系だろうと予想した。もしそうだったら二つ返事で断るつもりだ。とにかく運動なんて、好き好んでやるものではないと思っていた。


「パソコン倶楽部」

「なにそれ」


 木村の口から出た名前は、予想に反して文化的だった。聞き返す必要も無いほどストレートな名前である。いまどき部活でやる人など居ないだろう。


「年に一度全国大会があるんだよ。将棋みたいに対戦するんだけど……」


 対戦に使うコンピューターのハードウェアをいじったり、ソフトウェアを組んだりするのが主な活動らしかった。しかし、現在中部中学校パソコン倶楽部は第四地区大会最下位で、部員も少なく活動も熱心とは言えなかった。


「悪くは無いかも」


 パソコンにまったく興味は無いけど、部員が少なく、大した活動もしていないと言う点だけは評価できる。


「ところで部員は何人いるんだ」

「いまは四人。放送委員と掛け持ちの幽霊部員が二人居るから、実質、部長と俺の二人だけさ。それ

よりも来週までに五人そろえておかないと廃部になってしまうんだよ。おれを助けると思って入ってくれ。幽霊部員でもいいからさ」


 木村は食べかけのリッチロールを机に置いて頭を下げた。

 部員が少なくて、その半数が幽霊部員。頭数をそろえるだけで、部活に出なくても支障ないと言うのなら、探していた条件にぴったりだ。自分の中では入部を決めたが、後悔しないように探りを入れた。


「木村って、パソコンオタク?」

「ち、違うって」

「でも好きなんだろ。使っているのは何て言う機種なんだい」

「そりゃ嫌いじゃないけどさ。マイマシンは時代遅れのロートル機。恥ずかしくて人には教えられないよ」


 彼がどんなマシーンを持っていようと関係ないし興味も無かった。

 だけど木村が、自作機のスペックを自慢するような奴で無い事だけは確認できた。


「分かったよ。まずは見学ってことでいいだろう」

「もちろんさ。早速だけど、今日の放課後は空いているかい」

「今のところ予定はないけど」

「じゃあ決まりだな」


 木村は手を取って振り回した。よほど嬉しかったに違いない。

 とりあえず部長がどんな人物かだけは確認しておきたかった。人格破綻者だったりすると、予想しないトラブルに巻き込まれたりするものだ。それを楽しいと思う人も居るだろうが、佐友里だけで十分だった。

 あとは備品のコンピューターだ。パソコンには全く興味が無いとはいえ、父親の影響でハードウェアについてはオタク以上の知識がある。仮にもパソコン倶楽部という看板を掲げているのだから、どんなマシーンを使っているのか興味があった。


「ちなみに部長は二年生の女子だから」


 木村の頬がわずかに赤く染まっていた。五月の事で頭が一杯だったから、その情報にたいした意味はなかったけど、木村は聞いて欲しそうな顔をしていた。


「へー、で、その人は美人なのかい?」

「まあな」

「そんで、かわいいと」

「もちろん」


 木村は答えの一つ一つにかなりの気合を入れていた。まあ、美人でかわいい部長が一緒なら、たまには出てもいいだろう。


「逃げるなよ、遅刻マン」


 授業が終わり、家に帰ろうと教室を出たところで、待ち伏せしていた木村に捕まった。


「だから伊勢だって」


 でも、そこのところは無視された。


「忘れたんじゃないだろうな」

「え~と、なんだっけ」

「部活の見学するんだろ」


 放課後にパソコン倶楽部の見学に行くと約束したのを忘れていた。


「わるい、今日はパス」


 特に予定はないけれど、何だか面倒くさくなったから、見学は別の日にしてもえないかと頼んでみた。


「もう部長に話をしてあるし、今日来てくれないと困るんだって」

「そこをなんとか」


 振り切って帰ろうとしたけれど、がっしりと腕を組まれ、コンピューター教室に連れて行かれた。

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